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第七話 父との語らい
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同封されていたカードを見れば、謝罪の言葉の後に、「明後日に今日の代わりに伺わせていただきます」と書かれている。
……だーかーら、勝手に決めるなっていうの!
明後日にこちらに用事があったらどうするの。会うつもりもないしね。
仕方なくまた「来週のいつもの時間で」と、そう返事を書いて送り返した。花をそのまま受け取ったのは、謝罪は受け入れますということの意思表示だから、それはわかるだろう。
今までの自分だったら謝ってくれたのだから、とこれくらいで許しただろうけれど、今の私は違う。これは相手の失点としてカウントをして立場を悪くさせてやるつもりだ。
父にヘンリーの悪口を吹き込んでやろうと思ったのに、父はなかなか帰ってこない。基本仕事人間な人だから、こういうこともままあるのだけれど。
夜着に着替えながら、ロナードの指示以外にも自分にできることはないか、と考える。
やはり、私の結婚を握っているのは父なのだから、最終的には父を味方に引き込まなければならないだろう。となると、今まで以上に父と仲良くならなければならないと思う。
しかし、父と仲よくする方法がよくわからない。
私は自分は父とあまり仲が良くないと思っているが、多分、家族からしたら私が一番父と仲良くしていると思っているだろうし、私も父に甘やかされているだろうことは自覚している。
母と父は仲は悪くないけれど没交渉というか、イチャイチャべたべたするような人達ではないし、付かず離れずといった政略結婚である典型的な夫婦だ。お互い愛人などを作ってないだけマシかもしれない。
兄は母との関係は良好だけれど、父とは仲がよくない。
同性のせいか男のせいか父は兄には厳しいし。妹目線からしても、どうして父は兄にはあんなに厳しいのだろうと自分との差を悩むのだが。しかし、兄は父に厳しくされていないからといって私に意地悪をしたりするような人ではなかったので、尊敬している。私だったら妹をいじめて八つ当たりしていそうなのに。
兄に父との仲よくなり方をきいて参考にすることもできなさそうだと思い八方ふさがりだとため息をついた。
使用人たちを下がらせ、そして本を読んでいたら門が開き、馬が小さくいななく音がした。
「おかえりなさい、お父様!」
夜着の上にガウンを着こみ、行儀が悪いとは思ったけれど、玄関まで階段を走って下りる。ドアを従僕と共に入って来た父は私の顔を見て驚いたようだった。
「リンダか? ああ、ただいま」
お父様が私の顔をじろじろと見ている。ん? と思って、視線の意味がわかった。眉がないから驚いたんだ。うわあ、寝る前なんだから、メイクなんか落としてるもん、眉だけでも描いておけばよかった!
恥ずかしいけれど仕方がない。
「どうしたんだ? まだ起きていたのか?」
「お仕事お疲れ様です。眠れなかったので、お父様とお話しててもいいですか?」
「ああ、おいで。私は食事にするから、お前はホットミルクでも飲んでいなさい。蜂蜜を入れて」
ホットミルク……子供ですか!
寝る前ではあるけれど、別にまだ寝るには少し早い時間だし。娘の結婚を整えた癖に、扱いが子供に対してと同じとはこの人の中での自分とは、どういう風に見えているのだろうか。
用意してもらったホットミルクにはブランデーを入れてもらって、そして1口飲む。お腹の中がぽかぽかしてきた。
「今日はヘンリー様がいらっしゃる日だったのですが、ヘンリー様、いらして下さらなかったんですよね。お忙しいのかしら」
「おや、どうしたんだろうね。事前に連絡なかったのかい?」
「ええ、なんの連絡もなく、待ちぼうけをくらいましたわ」
そういうところは厳しい父の眉が寄せられている。それをちらっと見ながら、私は愚痴に聞こえないように淡々という。
「私が心配してお尋ねしたら、後から連絡はいただけたのですけれど。ヘンリー様は他の女性とも人気ある方ですし、もしかしたら私と一緒にいるよりそちらと楽しまれることの方を優先されているのかもしれませんね」
少し悲し気にそういうと、父はそんなことないだろう、と笑った。
「たまたま何か不都合があっただけだろう。ヘンリーくんを信じてあげなさい」
「はい……」
よし、今日のところはこの程度でいいだろう。将来婿になる男がルーズであるという悪口を吹き込むのと、他の女の気配があり、自分の娘がないがしろにされているという印象を植え付けたかったのだから。それと。
「私とヘンリー様も婚約してからしばらく経ちますね……。私がお父様の元を離れてヘンリー様のところに嫁いだら、このようにお話することもできなくなると思うと、淋しくなりますね……」
カップに目を落としながらそう呟くと、父は無言になってしまった。
娘というものは父親にとって特別とかいうから、こういう手は通じるかしらと思ったが、思った以上にクリーンヒットしたらしく、食事をしている父の手が、完全に止まってしまった。
私はにこっと笑うと父を見る。
「ヘンリー様は素晴らしい人ですが、お父様はどうしてヘンリー様を私の夫にとお選びになったのですか? 政治的なことを考えれば他にも選択肢があったと思いますが。侯爵家と手を組むことをお考えに?」
「いや……正直なところ、かの家は侯爵家といっても末席だし、我が家は伯爵家でも序列上位。名より実を取るとしたら、マルタス侯爵家よりもっといいところにお前を押し込むことだってできたよ」
すっと唐突に父の目が政治家の目になる。
「それならなぜ?」
「うちの鉄鉱石業とあちらの石炭業が手を組むのにちょうどよかったし、それとヘンリーくんも評判のいい男性だしね。なんたって向こうが頭を下げてお前が欲しいと申し込んできてたんだから」
「……」
父の言い方が明確でないところに、ヒントと真相がありそうだ。
とりあえず身分以外に父を頷かせた何かがある。業務提携は取ってつけた理由だろう。父は詳しくは言わないが、結納金として相手方が我が家に納めようとしているものが、相当魅力的なものだったに違いない。
しかし、これ以上突っ込んで聞いても、父は話してくれなさそうだ。
「そうですか、わかりました」
今日のところの収穫はこれくらいでいいとしよう。
私は父におやすみなさい、と挨拶をすると、部屋に戻っていった。
……だーかーら、勝手に決めるなっていうの!
明後日にこちらに用事があったらどうするの。会うつもりもないしね。
仕方なくまた「来週のいつもの時間で」と、そう返事を書いて送り返した。花をそのまま受け取ったのは、謝罪は受け入れますということの意思表示だから、それはわかるだろう。
今までの自分だったら謝ってくれたのだから、とこれくらいで許しただろうけれど、今の私は違う。これは相手の失点としてカウントをして立場を悪くさせてやるつもりだ。
父にヘンリーの悪口を吹き込んでやろうと思ったのに、父はなかなか帰ってこない。基本仕事人間な人だから、こういうこともままあるのだけれど。
夜着に着替えながら、ロナードの指示以外にも自分にできることはないか、と考える。
やはり、私の結婚を握っているのは父なのだから、最終的には父を味方に引き込まなければならないだろう。となると、今まで以上に父と仲良くならなければならないと思う。
しかし、父と仲よくする方法がよくわからない。
私は自分は父とあまり仲が良くないと思っているが、多分、家族からしたら私が一番父と仲良くしていると思っているだろうし、私も父に甘やかされているだろうことは自覚している。
母と父は仲は悪くないけれど没交渉というか、イチャイチャべたべたするような人達ではないし、付かず離れずといった政略結婚である典型的な夫婦だ。お互い愛人などを作ってないだけマシかもしれない。
兄は母との関係は良好だけれど、父とは仲がよくない。
同性のせいか男のせいか父は兄には厳しいし。妹目線からしても、どうして父は兄にはあんなに厳しいのだろうと自分との差を悩むのだが。しかし、兄は父に厳しくされていないからといって私に意地悪をしたりするような人ではなかったので、尊敬している。私だったら妹をいじめて八つ当たりしていそうなのに。
兄に父との仲よくなり方をきいて参考にすることもできなさそうだと思い八方ふさがりだとため息をついた。
使用人たちを下がらせ、そして本を読んでいたら門が開き、馬が小さくいななく音がした。
「おかえりなさい、お父様!」
夜着の上にガウンを着こみ、行儀が悪いとは思ったけれど、玄関まで階段を走って下りる。ドアを従僕と共に入って来た父は私の顔を見て驚いたようだった。
「リンダか? ああ、ただいま」
お父様が私の顔をじろじろと見ている。ん? と思って、視線の意味がわかった。眉がないから驚いたんだ。うわあ、寝る前なんだから、メイクなんか落としてるもん、眉だけでも描いておけばよかった!
恥ずかしいけれど仕方がない。
「どうしたんだ? まだ起きていたのか?」
「お仕事お疲れ様です。眠れなかったので、お父様とお話しててもいいですか?」
「ああ、おいで。私は食事にするから、お前はホットミルクでも飲んでいなさい。蜂蜜を入れて」
ホットミルク……子供ですか!
寝る前ではあるけれど、別にまだ寝るには少し早い時間だし。娘の結婚を整えた癖に、扱いが子供に対してと同じとはこの人の中での自分とは、どういう風に見えているのだろうか。
用意してもらったホットミルクにはブランデーを入れてもらって、そして1口飲む。お腹の中がぽかぽかしてきた。
「今日はヘンリー様がいらっしゃる日だったのですが、ヘンリー様、いらして下さらなかったんですよね。お忙しいのかしら」
「おや、どうしたんだろうね。事前に連絡なかったのかい?」
「ええ、なんの連絡もなく、待ちぼうけをくらいましたわ」
そういうところは厳しい父の眉が寄せられている。それをちらっと見ながら、私は愚痴に聞こえないように淡々という。
「私が心配してお尋ねしたら、後から連絡はいただけたのですけれど。ヘンリー様は他の女性とも人気ある方ですし、もしかしたら私と一緒にいるよりそちらと楽しまれることの方を優先されているのかもしれませんね」
少し悲し気にそういうと、父はそんなことないだろう、と笑った。
「たまたま何か不都合があっただけだろう。ヘンリーくんを信じてあげなさい」
「はい……」
よし、今日のところはこの程度でいいだろう。将来婿になる男がルーズであるという悪口を吹き込むのと、他の女の気配があり、自分の娘がないがしろにされているという印象を植え付けたかったのだから。それと。
「私とヘンリー様も婚約してからしばらく経ちますね……。私がお父様の元を離れてヘンリー様のところに嫁いだら、このようにお話することもできなくなると思うと、淋しくなりますね……」
カップに目を落としながらそう呟くと、父は無言になってしまった。
娘というものは父親にとって特別とかいうから、こういう手は通じるかしらと思ったが、思った以上にクリーンヒットしたらしく、食事をしている父の手が、完全に止まってしまった。
私はにこっと笑うと父を見る。
「ヘンリー様は素晴らしい人ですが、お父様はどうしてヘンリー様を私の夫にとお選びになったのですか? 政治的なことを考えれば他にも選択肢があったと思いますが。侯爵家と手を組むことをお考えに?」
「いや……正直なところ、かの家は侯爵家といっても末席だし、我が家は伯爵家でも序列上位。名より実を取るとしたら、マルタス侯爵家よりもっといいところにお前を押し込むことだってできたよ」
すっと唐突に父の目が政治家の目になる。
「それならなぜ?」
「うちの鉄鉱石業とあちらの石炭業が手を組むのにちょうどよかったし、それとヘンリーくんも評判のいい男性だしね。なんたって向こうが頭を下げてお前が欲しいと申し込んできてたんだから」
「……」
父の言い方が明確でないところに、ヒントと真相がありそうだ。
とりあえず身分以外に父を頷かせた何かがある。業務提携は取ってつけた理由だろう。父は詳しくは言わないが、結納金として相手方が我が家に納めようとしているものが、相当魅力的なものだったに違いない。
しかし、これ以上突っ込んで聞いても、父は話してくれなさそうだ。
「そうですか、わかりました」
今日のところの収穫はこれくらいでいいとしよう。
私は父におやすみなさい、と挨拶をすると、部屋に戻っていった。
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