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第五話 初恋 (アレックス視点)
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「で、アレックスは僕の家に何をしにきたんだい?」
リンダを先に帰したロナードは改めてアレックスに向き直る。
そりゃそうだろう。なんの連絡もなく唐突に人の家に訪れていたのだから。リンダの手前、何をしに来たとも言えず、ロナードは黙っていたのだろうけれど、何か用があって来ていたのだろうと思うのが普通だ。
「……暇つぶし?」
彼の質問に答えられず、俺はそう言ってごまかした。
ロナードの頭脳なら、その言葉が嘘だということを気づいているのかもしれない。人の心にも敏い彼だから。
「ふぅん」
しかし、幼馴染は何も言わないでいてくれた。
ロナードの家に向かうリンダとすれ違ったと出入りの商人から聞いたので、大急ぎで馬を飛ばしてきたということは言わなくていいだろう。
愚痴るリンダの話を聞いたのは偶然だった。
自分の婚約者の浮気の話を聞いたのに、憤りはリンダを侮辱したようなヘンリーに対してしか湧かなかった。
その時に、自覚した。
まだ、自分はリンダに未練があったということに。
俺は幼い時から、リンダを想っていた。
こんなに近しい存在なのだから、彼女と結婚できるはずだ、とずっと勝手に思っていた。
リンダをめぐるライバルとしたらロナードだけだったが、ロナードはライバルになりえないとすぐにわかったから余裕を持っていたのだが、彼女は俺の知らないうちに奪われるように知らない男と婚約をしていた。
「リンダちゃんがお嫁に来てくれると思っていたのに。情けないわね」
リンダの婚約を知った母は嘆いていた。
本気で泣きたかったのは俺の方だというのに。
どうしてちゃんと掴まえておかなかったのと言われたけれど、政略結婚の典型例みたいな彼女の婚約に、子供同士の想いがたとえあったとしても、太刀打ちできたかどうか知れない。
「あんたのところに嫁に来てくれるような子なんていないわよ」
内心で嫁に、と母が勝手に期待していたリンダの婚約が決まり母は焦ったのだろうか。ほどなくしてテレーゼを紹介されて、自分は彼女の顔を見ることもなくそれに応じた。
結婚相手なんてどうでもよかった。誰でもよかった。
初めて会わされた時にした会話も覚えていない。
まだリンダに未練があっても、かといって、リンダをヘンリーから奪おうとかも思っていなかった。それは誰も幸せにしないと思ったから。
貴族として、政略結婚をすることもありうると覚悟をしていたから。
俺がそんな気持ちで気がない状況だったからこそ、もしかしたらテレーゼがそれに勘づいてテレーゼはヘンリーと浮気をしたのだろうか。
それならば、自分はテレーゼを責めることはできないと思っている。義理を欠いているのは自分の方なのだから。
いや、それでも他の男と浮名を流すようなことは許されることではないが。
「リンダは知らなかったみたいだけどさ、ヘンリーの噂ってアレックス知ってる?」
「ああ」
ヘンリーが女をかわるがわる侍らせているという噂は前々から聞いていた。
そのうちの一人がまさか自分の婚約者だったなんて、思いもしなかったけれど。
「ヘンリーの悪評はそれだけじゃないんだよ。他人の功績や手柄を自分のものにするとか、強いものにごまをすってすり寄るのが上手いとか。そういうのもある意味1つの才能ではあるとは思うけど、リンダを傷つけるようなところがあるっていうのは一番ダメだな」
「……随分と詳しいな」
「レイがヘンリーの被害者だったからね」
レイはロナードの恋人だ。物憂げな雰囲気をまとう中性的な雰囲気の男性で、ロナードがベタ惚れしているから知っている。もしヘンリーがレイを毛嫌いしていて、彼に嫌がらせをしているとしたら、なんとなくわかる気がする。レイが嫌われるタイプというわけではなく、皆から好感を持たれるレイを一方的に敵視しているのだろうと思うからだ。
ヘンリーの底意地の悪い二面性などは、同じ馬術大会に参加した時の馬への扱いなどを見ていて感じていた。
「僕としてはリンダの結婚相手となる奴がどんな男でも、あれよりかはマシだと思っている」
「それが俺でもか?」
先ほど言われたことを引っ張り出して、冗談交じりにそう返したのに、存外真剣な顔をしてロナードはじっと俺を見つめてきた。
「マシどころかそれがベストだとずっと思っているよ、僕は。昔からね」
リンダを先に帰したロナードは改めてアレックスに向き直る。
そりゃそうだろう。なんの連絡もなく唐突に人の家に訪れていたのだから。リンダの手前、何をしに来たとも言えず、ロナードは黙っていたのだろうけれど、何か用があって来ていたのだろうと思うのが普通だ。
「……暇つぶし?」
彼の質問に答えられず、俺はそう言ってごまかした。
ロナードの頭脳なら、その言葉が嘘だということを気づいているのかもしれない。人の心にも敏い彼だから。
「ふぅん」
しかし、幼馴染は何も言わないでいてくれた。
ロナードの家に向かうリンダとすれ違ったと出入りの商人から聞いたので、大急ぎで馬を飛ばしてきたということは言わなくていいだろう。
愚痴るリンダの話を聞いたのは偶然だった。
自分の婚約者の浮気の話を聞いたのに、憤りはリンダを侮辱したようなヘンリーに対してしか湧かなかった。
その時に、自覚した。
まだ、自分はリンダに未練があったということに。
俺は幼い時から、リンダを想っていた。
こんなに近しい存在なのだから、彼女と結婚できるはずだ、とずっと勝手に思っていた。
リンダをめぐるライバルとしたらロナードだけだったが、ロナードはライバルになりえないとすぐにわかったから余裕を持っていたのだが、彼女は俺の知らないうちに奪われるように知らない男と婚約をしていた。
「リンダちゃんがお嫁に来てくれると思っていたのに。情けないわね」
リンダの婚約を知った母は嘆いていた。
本気で泣きたかったのは俺の方だというのに。
どうしてちゃんと掴まえておかなかったのと言われたけれど、政略結婚の典型例みたいな彼女の婚約に、子供同士の想いがたとえあったとしても、太刀打ちできたかどうか知れない。
「あんたのところに嫁に来てくれるような子なんていないわよ」
内心で嫁に、と母が勝手に期待していたリンダの婚約が決まり母は焦ったのだろうか。ほどなくしてテレーゼを紹介されて、自分は彼女の顔を見ることもなくそれに応じた。
結婚相手なんてどうでもよかった。誰でもよかった。
初めて会わされた時にした会話も覚えていない。
まだリンダに未練があっても、かといって、リンダをヘンリーから奪おうとかも思っていなかった。それは誰も幸せにしないと思ったから。
貴族として、政略結婚をすることもありうると覚悟をしていたから。
俺がそんな気持ちで気がない状況だったからこそ、もしかしたらテレーゼがそれに勘づいてテレーゼはヘンリーと浮気をしたのだろうか。
それならば、自分はテレーゼを責めることはできないと思っている。義理を欠いているのは自分の方なのだから。
いや、それでも他の男と浮名を流すようなことは許されることではないが。
「リンダは知らなかったみたいだけどさ、ヘンリーの噂ってアレックス知ってる?」
「ああ」
ヘンリーが女をかわるがわる侍らせているという噂は前々から聞いていた。
そのうちの一人がまさか自分の婚約者だったなんて、思いもしなかったけれど。
「ヘンリーの悪評はそれだけじゃないんだよ。他人の功績や手柄を自分のものにするとか、強いものにごまをすってすり寄るのが上手いとか。そういうのもある意味1つの才能ではあるとは思うけど、リンダを傷つけるようなところがあるっていうのは一番ダメだな」
「……随分と詳しいな」
「レイがヘンリーの被害者だったからね」
レイはロナードの恋人だ。物憂げな雰囲気をまとう中性的な雰囲気の男性で、ロナードがベタ惚れしているから知っている。もしヘンリーがレイを毛嫌いしていて、彼に嫌がらせをしているとしたら、なんとなくわかる気がする。レイが嫌われるタイプというわけではなく、皆から好感を持たれるレイを一方的に敵視しているのだろうと思うからだ。
ヘンリーの底意地の悪い二面性などは、同じ馬術大会に参加した時の馬への扱いなどを見ていて感じていた。
「僕としてはリンダの結婚相手となる奴がどんな男でも、あれよりかはマシだと思っている」
「それが俺でもか?」
先ほど言われたことを引っ張り出して、冗談交じりにそう返したのに、存外真剣な顔をしてロナードはじっと俺を見つめてきた。
「マシどころかそれがベストだとずっと思っているよ、僕は。昔からね」
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