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第三章 新たなステージ

第5話 公爵邸のお留守番

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 お嬢様がお出かけになった後、居残り組はこれ以上ないくらいにだらけきっていた。

「暇ねえ~楽ねえ~」
「ずっとこうならいいのにね……」

 仕えるべきご主人様たちはいないし、今日は厳しい執事長のシュナイダーさんは用事で外出したので、掃除をそこそこ終わらせたら、皆で厨房に集まって座り込んでのおしゃべりになった。
 この家で二番目に厳しいメイド長のミリィ夫人は旅に同伴している。
 こういう時に「ちゃんとみんなして!」というような真面目キャラに限って、一緒に出掛けてしまっているし。

 こういうところの人選が甘いんだよなぁと思ってしまう。
 いや、シュナイダーさんからしたら、大部分の期間、自分が残っているから大丈夫だと思ったのだろうけれど、ちょっと目を離せばすぐにさぼろうとしている人間なんてどこの世界にもいるものだ。
 自習の時間になれば、遊ぼうとする学生なんて現代日本だっているわけだし。

 旅行に行かなかったメンバーが全員居残りになったわけではない。

 奥様方がいない一か月は給金がいつもより減るので、その間に短期労働で給金を求めて他のところに働きに行ったものや、自宅で他の労働をしているものもいる。
 自宅を持たなかったり、旅行と同時に行われる邸内の大掃除に参加するものがここに残っているくらいだろう。食事の保証はされるので、給金がなくても特に困ることはないはずだ。

 おしゃべりに見かけだけ参加しながら、私は書類や手紙を書いたり、チェックを入れたりしていた。
 そんな私の書いているものを、同じく居残り組のシンシアが覗き込む。

「リリアンヌは何してるの?」

 彼女が字が読めないと分かっていても、手元を覗き込まれるとやはり気になってしまう。

「今は奥様たちがお出かけになってる間の、館のリフォーム進行表見てたの」
「んー、なんて書いてるの?」

 シンシアだけでなく、近くにいたのは字が読めない女性ばかりだったので、シュナイダーさんが前においていった今後の進行表を見て首をかしげている。

「腐りかけている厨房の壁の張りなおしと、屋根の修理と外構の手入れ……こっちは園丁の人たちだろうけれど、庭木の入れ替えもするみたいね。屋内は全ての部屋の壁紙の張り替えと塗り替え。手すりの交換。お嬢様たちの部屋も、家具と絨毯を入れ替えるみたい」

 随分と大がかりなリフォームだ。一体どれくらいのお金が動いたのだろう。
 公爵家がどれくらいお金持ちかは知らないが、そんなに金があるものなのだろうか。富とは集中するところにするものだなぁ、と他人事ながら感心してしまった。

「家具の交換となったら、荷物を出し入れしなきゃよね。一か月でできるの?」
「最初に家具を全て出して、壁紙の張替えを二階から一階へと順にしていくみたい。それから新しい家具を入れていくのね。明日からしばらく肉体労働ね」

 他の人の目をごまかすように、あえて二階を強調して説明し、それから辛い労働になることを印象づけさせて話題をそらす。 
 そう、気になっていたのはメリュジーヌお嬢様の部屋だ。
 奥様はその部屋に人は踏み入れさせたくないだろうから、屋根裏部屋の改装はしないだろうとは思っていたが、この進行表を見るまでは安心できなかった。
 もし、いるはずのメリュジーヌお嬢様がいないことに気づかれたら大騒ぎになってしまう。

「ミレディとシンシアにお願いがあるの」

 お茶のお替りを入れようと立ち上がった時に、ミレディとシンシアに手伝って声をかけて、近くに来てくれた二人の耳にささやく。

 今回、奥様付きメイドだけれどミレディは居残り組だ。
 仲が悪いミリィ夫人が旅行に付き添っているので、彼女はいかないことにしたのだろうか。
 それとも、これを機会にジェームズとイチャイチャするつもりなのか、二人とも旅に参加していなかった。
 もっとも執事は女主人に付き添って家を出るのではなく、男主人に従い家を守る仕事があるから、旅行に同行することはないだろうけれど。

「屋敷がこんな調子なら一週間くらい、私がいなくても大丈夫な気がするのよね。私もちょっと旅行したいなって思っているんだけど……」

 そういっただけなのに、二人の食いつきは違う方向にきた。

「え、それってもしかして、前に一緒に歩いていたとかいう人?」
「え!? リリアンヌって恋人いたの?」

 なぜだろう。二人とも目がキラキラしているように見えるのだけれど。

「え、あの……ま、まぁ、確かに……」

 この間、私が一緒に歩いているところを見られたというのはリベラルタスのことで、セイラ先生はリベラルタスも別邸に顔を出すようなことを言っていたから、シンシアが聞いてきた「前に一緒に歩いてた人」であるのはあながち間違いではないかもしれない。
 しかし、彼は恋人ではない、恋人では。そういってしまったら相手に失礼だ。

 その時、ふっとあの私より赤い癖毛を思い出して、あの間近で見えた笑顔を思いだして、うまく顔の表情が動かせなくなってしまったのはどうしてだろう。

 ただ、それだけだったのに、ミレディが、ほーんという顔をしてにやにやし始める。

「あ、図星みたいね」
「違うってば!」

 私が否定しようとしているのに、それはいいから、とさえぎられてしまった。くぅ。

「で、それで?」
「うぅ……えっと、私、居残り組で申請しているのに、今から変更したら叱られちゃうでしょ? だからこっそり旅行してきたいのよ。お願い、私がいるふりしてごまかしてくれないかな。シシリー様の部屋の担当を二人にカバーしてもらいたいの」

 本当は、メリュジーヌお嬢様の乳姉妹である私が旅行なんていったら、執事だったらメリュジーヌ様の存在に注目して彼女の不在に気づくかもしれない。だから旅行の許可など言い出せるはずもなかった。
 ある意味恋愛脳でアンチメリュジーヌなミレディは、私が恋人との方を優先して旅行をするのだと思い込んでるだろうし、シンシアはそこまで敏い子ではない。

「ああ、アリバイ作りね。そういうのは好きよ、任せて」

 なんか誤解されたような気もするけれど、二人はなぜかノリノリだからいいにしよう。

「うーん、奥様の方の模様替えの進行具合によるかなぁ……。最後の家具の搬入の時は専属メイドにいてほしいから、壁紙の張替え時期にだったらいけそうね」

 ミレディは時期を私が先ほど見ていた進行表をしっかりと見て、ぶつぶつ言っている。この子は字が読めるし、こういう頭の回転が速いのは助かる。

「一人につき200セルラーのバイト料払うから! だめ?」
「もう一声」

 すました顔をして、ミレディが私に吹っ掛けてきた。

「に、220……」
「250」
「……それでいいよ」

 二人に合わせて500セルラーを払うことになってしまった。
 ミレディは邸内ラブホテルの仲介をしていたのだから、私がいくら貯めこんでいるかを知っているからこそ、こんな値上げを要求したのだろう。抜け目がない娘だ。

 大体この家のメイドは月額で1500セルラーくらいの基本給が相場で、それに各種手当がついてくる。私はシシリー付き専属メイドだからそれよりさらに700セルラー上乗せなのだが、ミレディは奥様付きだからもっ高いと思われる。
 私もミレディに協力してくれた分、十分すぎるくらいに見返りを払っていたから彼女もお金には困ってなかったはずなのに、私の足元を見て吹っ掛けてきたのだから、いい根性をしている。
 ちなみに1セルラーは日本円にして140円くらいの価値だなと思っている。
 現代日本と高いものと安いものが全く同じだったりしないから、外で飲み食いした時に感じた目安だけれど。

「最初の荷物の運び出しして、壁紙の張替えする作業が入ったら、旅行に行ってくるからよろしくね」

 私と同部屋のシンシアと、何かあった時に機転のきくミレディは協力者として引き込んでおきたかった。特にミレディは、私と派閥が違うとみられている存在だから、彼女と私とはつながりがないと思われて、何かあった時に、彼女がアリバイを証言したら信用してもらえるだろうから。

 もちろんこれは、婚前の男女が旅行するという、はしたない旅行なのだ。
 だから、その口止め料も入っていると二人ともわかっているだろう。わかっているなら共犯者だ。

「お土産よろしくね」
「土産話もね」

 そう笑顔で言われたが、彼女たち好みの、恋愛要素たんまりな土産話ぽいことをどうやって捏造すべきか、今から悩むことになった。
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