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第三章 新たなステージ
第3話 朝 (メリュジーヌ視点)
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――カーテンの隙間から見える外はまだ暗い。
やはり知らないところだと緊張しているのだろうか。ふかふかのベッドで、肌触りのよいシーツという組み合わせなのに、いつもより早い時間に目が覚めてしまった。
普段から自分を起こしに来るような人はいないけれど、自分で身支度を整え、自分で食事を取りにいけない立場だけあって、誰か家の者と落ち合う前にこっそりと厨房に出かけて使用人用の食事を分けてもらっていた。
その癖がここでも出てしまったのだろうか。
それよりも随分と早い時間に目覚めてしまったようだ。
どうもまだ夜明け前のようだ。
空は明るくなろうとしている手前で、夜明け前のオレンジというより世界がまだ紫色に染まっている。
もう一度眠ろうとしても、頭はすっきりとしていて眠れそうにない。
昨日は久々の馬車に、散歩をして運動をして疲れたため早くベッドに入ったのだが、そのせいで眠りが足りているのだろうか。
「そうだわ。あの洞窟に行ってみようかしら」
マチルダに連れていってもらった場所。
あの時はほとんど見ることもなく帰ってきてしまったけれど、皆が起きてくるまでのちょうどいい時間潰しだったのではないだろうか。
そうと決まればさっそく、と持ってきていた動きやすいワンピースを着てコートを羽織り、そしてマチルダに借りていた毛糸のストールを巻く。
夜明け前という一番寒い時間帯だけれど、借りたストールは太い毛糸を使っていて、アンゴラの毛なのかとても暖かいのだ。
屋敷の人は皆、寝静まっている。そんな皆の眠りを邪魔しないように、そっと玄関の鍵を外すと、そっとそのまま外に出た。
外に出ると、途端に解放感に包まれる。
ここは、自分が外に出かけることをとがめる人もいない。
こうして、外の冷たく新鮮な空気を胸いっぱいに吸っても、誰も気にしない。
郊外の小道には人通りはまるでいない。もともと人が少ない地域なのだろう。
世界の中で自分だけが取り残されたようで、そんな感覚も初めてのことだ。いつも人の気配が途切れない公爵邸にいたのだから。
目的地の洞窟が近づいていく。その時だった。
「……~~~~~………っ!!」
気のせいだろうか。誰かの声が聞こえたような気がした。
しかし、振り返っても誰もいない。鳥かなにかの鳴き声を聞き間違えたのだろうか。
気にしないことにして、昨日と同じように、恐る恐る暗い洞窟の中を覗き込む。
目指すは大好きな絵本の中に描かれていた光る石。
本物があるとしたら、どのような姿を、どのような光をしているのかが気になる。
見える範囲には、光が届いている気配はない。
そういえば、リリアンヌが教えてくれた。
光を自ら放つものは少なく、私が探している石は他の光をため込む性質を持っているだけではないだろうかと。
それならば、こんな夜明け前という時間帯は、石がもし光っていたとしても自分が持ってた光を全部外に吐き出してしまった後なのではないか。
その考えにがっかりしてしまって、もう帰ろうとした時だった。
「誰かいないか!? 助けてくれ!」
確かに洞窟の中から、男の人の声がした。叫び続けていたのだろうか。声がかすれている。
反響するせいか、それは遠い場所から届いているようだった。
しかし、助けてというのは穏やかではない。
それ以前に、なんでこの洞窟の中に人がいるのだろう。しかもこんな時間に。
この洞窟の危険性はこのあたりに住む子供でも教えられる有名なものなのに、知らない人がいたなんて。知らない人が探検がてらまぎれこんでしまったのだろうか。
それとも、何かの事件だろうか。
そうだとしたら逃げた方が、と一歩、洞窟から後ずさりした時に、もう一度、助けを呼ぶ声が聞こえ、決断した。
助けてから考えよう、と。
これをリリアンヌに知られたら、「お嬢様はお人よしだから!」とまた叱られるかもしれない。しかし、本当に誰かが困っているのなら助けなければならないだろうから。
「誰かいらっしゃいますの?」
恐る恐る声を掛けたら、間髪入れずに声が返ってきた。
「助けてくれ!」
今度は力強い声がはっきり聞こえた。
「どうなさったんですか!?」
暗闇の中に向かってとりあえず声をかけたら、返事が返ってきた。
「出口がわからないんだ。誘導してくれ!」
どうやら誰かが中で迷子になっているらしい。
この洞窟は複数の分かれ道があり、その中には水で満ちた穴などもあるから、大人ですら容易に迷子になってしまうという。
誘導といわれてもどうすればいいのかわからない。
声でこちらだと言っても洞窟の中は音が反響して方向がわからないだろう。
迂闊に自分も入ったら、二次遭難をする危険もある。
ここは誰かを呼んでくるのが得策だろうか。
しかし、誰がどこに住んでいるのかもしれない知らない土地。セイラ様の別邸に戻るとしても時間がかかりすぎて、その間にこの洞窟が水没する危険もある。
「ちょっと待ってください」
なんか方法は……そう考えて、洞窟の中に転がっている白い石があちこちに散在するのに気づいた。
光る石は白い石。そう伝えられている。
それは今は光っていないし、実際に光を放つわけではないが、光を浴びせればまた光を放つかもしれない。
夜明けの光は弱すぎて、あまり光らないかもしれないが、何も道しるべがないよりましだろう。
太陽の光を浴びせれば、少しの時間でも石が光を放つのを期待しよう。
そう思い、洞窟の入口付近に散らばっている白い石をかき集めて外に持ち出した。そして、その間に自分の首に巻いていたストールを取り外した。
「マチルダ、ごめんね。編み直すから」
手編みのストールの端っこに綴じられていた毛糸をほどいて、それを近くの木に巻き付けて縛る。
そしてストールの本体の方を持つと、毛糸をほどきながら洞窟の方に戻っていった。
自分の方も迷子になってはいけない。
もし、この毛糸が途中でなくなったとしたら、声の主を救出することを諦めて戻ること。
水が満ちて危ないと感じても逃げること。
そう自分に言い聞かせながら、白い石をかき集め、スカートの前にそれをため込んで端を持ち上げる。
そんな場合ではないとは思いつつも、足がむき出しになるような、こんなみっともない恰好をしているところを誰にも見られずにいてよかったと思う。
「よかった……少し光ってる」
わずかな光からでも、石は光を発している。
洞窟に入るとその緑がかった光を放つ石をところどころに置きながら、毛糸をほどきながら奥へと進んでいった。
「光が見えますか!? 見えたらこちらの方に来てください!」
ばしゃり。
足を踏み出す度に靴が水を踏む。
中はもう水びたしだ。
いや、少しずつ水嵩が増してきている気がする。
水が膝を越えたら、足をすくって動けなくなる。そうなる前に脱出しないと。
そうこうしていたら、洞窟に入ってしばらく経って、暗闇に慣れた目が、何かが動いたのをとらえた。
「こちらです、早く!!」
声を掛けたら心得たように、相手が自分の方に向かってゆっくりと歩いてきている。もう水が多くなってきて、うまく歩けないのだ。
そして相手はこんな水があふれた中にいて、きっと体温も奪われているのだろう。
少しずつ、水が増しているのがわかる。岩が鳴る音が聞こえた。
水が岩にあたり、その音が反響しているのだと瞬時にわかった。
「走ってください!! 私の後についてきて!足元に光る石があるから」
これ以上の石はもう必要ない。持っていた石をすべてそこに放り捨てて、元来た道を大急ぎで戻る。ほどいていた毛糸を手繰り寄せながら。
糸より、やはり、光る石の方が目印としてわかりやすかった。
落ち着いて、と自分に言い聞かせながら、水をじゃぶじゃぶとかき分け入口に向かって走る。
最後は目の前に外の光が一気に広がって、まぶしくて仕方がないけれど。
目を閉じてそこを駆け抜け、そして洞窟からできるだけ遠くへ、と駆けていく。
その刹那の後に。
何かが大きく吠えるような音と共に濁流が押し寄せる。また水が引いて、そして波のように打ち付けて、と入口が洗われるかのように水が遊んでいるかのようにうごめいて。
「た、助かった……」
自分が来た道が轟音と共に水で覆われたのに気づいたのだろう。
私の後ろで走ってきていたその人は、息を切らしガタガタ震えながらも、中が水で覆いつくされた洞窟をあっけにとられたように見ていた。
「大丈夫ですか?」
震えているのは恐怖より寒さだろうと思い、彼の足元を見る。上半身は無事のようだが、ズボンがぐっしょりと濡れて、まるで粗相をしたかのようにも見えてしまうのだ。
そこでようやく、その人の顔を見た。
それは濃い金色の髪の、どこかでその面差しを見たことがあるような男性だった。
年齢はきっと自分と同じくらいで若い。
面識があるとしたらどこでかしらと思いつつも、もしあったとしたら、こんな華やかな人は忘れないだろうから、きっと気のせいだろうと思ってすぐにその考えを捨てた。
「ああ、ありがとう」
そう言って笑顔になった彼に、ようやくほっとして、自分も微笑んだ。
やはり知らないところだと緊張しているのだろうか。ふかふかのベッドで、肌触りのよいシーツという組み合わせなのに、いつもより早い時間に目が覚めてしまった。
普段から自分を起こしに来るような人はいないけれど、自分で身支度を整え、自分で食事を取りにいけない立場だけあって、誰か家の者と落ち合う前にこっそりと厨房に出かけて使用人用の食事を分けてもらっていた。
その癖がここでも出てしまったのだろうか。
それよりも随分と早い時間に目覚めてしまったようだ。
どうもまだ夜明け前のようだ。
空は明るくなろうとしている手前で、夜明け前のオレンジというより世界がまだ紫色に染まっている。
もう一度眠ろうとしても、頭はすっきりとしていて眠れそうにない。
昨日は久々の馬車に、散歩をして運動をして疲れたため早くベッドに入ったのだが、そのせいで眠りが足りているのだろうか。
「そうだわ。あの洞窟に行ってみようかしら」
マチルダに連れていってもらった場所。
あの時はほとんど見ることもなく帰ってきてしまったけれど、皆が起きてくるまでのちょうどいい時間潰しだったのではないだろうか。
そうと決まればさっそく、と持ってきていた動きやすいワンピースを着てコートを羽織り、そしてマチルダに借りていた毛糸のストールを巻く。
夜明け前という一番寒い時間帯だけれど、借りたストールは太い毛糸を使っていて、アンゴラの毛なのかとても暖かいのだ。
屋敷の人は皆、寝静まっている。そんな皆の眠りを邪魔しないように、そっと玄関の鍵を外すと、そっとそのまま外に出た。
外に出ると、途端に解放感に包まれる。
ここは、自分が外に出かけることをとがめる人もいない。
こうして、外の冷たく新鮮な空気を胸いっぱいに吸っても、誰も気にしない。
郊外の小道には人通りはまるでいない。もともと人が少ない地域なのだろう。
世界の中で自分だけが取り残されたようで、そんな感覚も初めてのことだ。いつも人の気配が途切れない公爵邸にいたのだから。
目的地の洞窟が近づいていく。その時だった。
「……~~~~~………っ!!」
気のせいだろうか。誰かの声が聞こえたような気がした。
しかし、振り返っても誰もいない。鳥かなにかの鳴き声を聞き間違えたのだろうか。
気にしないことにして、昨日と同じように、恐る恐る暗い洞窟の中を覗き込む。
目指すは大好きな絵本の中に描かれていた光る石。
本物があるとしたら、どのような姿を、どのような光をしているのかが気になる。
見える範囲には、光が届いている気配はない。
そういえば、リリアンヌが教えてくれた。
光を自ら放つものは少なく、私が探している石は他の光をため込む性質を持っているだけではないだろうかと。
それならば、こんな夜明け前という時間帯は、石がもし光っていたとしても自分が持ってた光を全部外に吐き出してしまった後なのではないか。
その考えにがっかりしてしまって、もう帰ろうとした時だった。
「誰かいないか!? 助けてくれ!」
確かに洞窟の中から、男の人の声がした。叫び続けていたのだろうか。声がかすれている。
反響するせいか、それは遠い場所から届いているようだった。
しかし、助けてというのは穏やかではない。
それ以前に、なんでこの洞窟の中に人がいるのだろう。しかもこんな時間に。
この洞窟の危険性はこのあたりに住む子供でも教えられる有名なものなのに、知らない人がいたなんて。知らない人が探検がてらまぎれこんでしまったのだろうか。
それとも、何かの事件だろうか。
そうだとしたら逃げた方が、と一歩、洞窟から後ずさりした時に、もう一度、助けを呼ぶ声が聞こえ、決断した。
助けてから考えよう、と。
これをリリアンヌに知られたら、「お嬢様はお人よしだから!」とまた叱られるかもしれない。しかし、本当に誰かが困っているのなら助けなければならないだろうから。
「誰かいらっしゃいますの?」
恐る恐る声を掛けたら、間髪入れずに声が返ってきた。
「助けてくれ!」
今度は力強い声がはっきり聞こえた。
「どうなさったんですか!?」
暗闇の中に向かってとりあえず声をかけたら、返事が返ってきた。
「出口がわからないんだ。誘導してくれ!」
どうやら誰かが中で迷子になっているらしい。
この洞窟は複数の分かれ道があり、その中には水で満ちた穴などもあるから、大人ですら容易に迷子になってしまうという。
誘導といわれてもどうすればいいのかわからない。
声でこちらだと言っても洞窟の中は音が反響して方向がわからないだろう。
迂闊に自分も入ったら、二次遭難をする危険もある。
ここは誰かを呼んでくるのが得策だろうか。
しかし、誰がどこに住んでいるのかもしれない知らない土地。セイラ様の別邸に戻るとしても時間がかかりすぎて、その間にこの洞窟が水没する危険もある。
「ちょっと待ってください」
なんか方法は……そう考えて、洞窟の中に転がっている白い石があちこちに散在するのに気づいた。
光る石は白い石。そう伝えられている。
それは今は光っていないし、実際に光を放つわけではないが、光を浴びせればまた光を放つかもしれない。
夜明けの光は弱すぎて、あまり光らないかもしれないが、何も道しるべがないよりましだろう。
太陽の光を浴びせれば、少しの時間でも石が光を放つのを期待しよう。
そう思い、洞窟の入口付近に散らばっている白い石をかき集めて外に持ち出した。そして、その間に自分の首に巻いていたストールを取り外した。
「マチルダ、ごめんね。編み直すから」
手編みのストールの端っこに綴じられていた毛糸をほどいて、それを近くの木に巻き付けて縛る。
そしてストールの本体の方を持つと、毛糸をほどきながら洞窟の方に戻っていった。
自分の方も迷子になってはいけない。
もし、この毛糸が途中でなくなったとしたら、声の主を救出することを諦めて戻ること。
水が満ちて危ないと感じても逃げること。
そう自分に言い聞かせながら、白い石をかき集め、スカートの前にそれをため込んで端を持ち上げる。
そんな場合ではないとは思いつつも、足がむき出しになるような、こんなみっともない恰好をしているところを誰にも見られずにいてよかったと思う。
「よかった……少し光ってる」
わずかな光からでも、石は光を発している。
洞窟に入るとその緑がかった光を放つ石をところどころに置きながら、毛糸をほどきながら奥へと進んでいった。
「光が見えますか!? 見えたらこちらの方に来てください!」
ばしゃり。
足を踏み出す度に靴が水を踏む。
中はもう水びたしだ。
いや、少しずつ水嵩が増してきている気がする。
水が膝を越えたら、足をすくって動けなくなる。そうなる前に脱出しないと。
そうこうしていたら、洞窟に入ってしばらく経って、暗闇に慣れた目が、何かが動いたのをとらえた。
「こちらです、早く!!」
声を掛けたら心得たように、相手が自分の方に向かってゆっくりと歩いてきている。もう水が多くなってきて、うまく歩けないのだ。
そして相手はこんな水があふれた中にいて、きっと体温も奪われているのだろう。
少しずつ、水が増しているのがわかる。岩が鳴る音が聞こえた。
水が岩にあたり、その音が反響しているのだと瞬時にわかった。
「走ってください!! 私の後についてきて!足元に光る石があるから」
これ以上の石はもう必要ない。持っていた石をすべてそこに放り捨てて、元来た道を大急ぎで戻る。ほどいていた毛糸を手繰り寄せながら。
糸より、やはり、光る石の方が目印としてわかりやすかった。
落ち着いて、と自分に言い聞かせながら、水をじゃぶじゃぶとかき分け入口に向かって走る。
最後は目の前に外の光が一気に広がって、まぶしくて仕方がないけれど。
目を閉じてそこを駆け抜け、そして洞窟からできるだけ遠くへ、と駆けていく。
その刹那の後に。
何かが大きく吠えるような音と共に濁流が押し寄せる。また水が引いて、そして波のように打ち付けて、と入口が洗われるかのように水が遊んでいるかのようにうごめいて。
「た、助かった……」
自分が来た道が轟音と共に水で覆われたのに気づいたのだろう。
私の後ろで走ってきていたその人は、息を切らしガタガタ震えながらも、中が水で覆いつくされた洞窟をあっけにとられたように見ていた。
「大丈夫ですか?」
震えているのは恐怖より寒さだろうと思い、彼の足元を見る。上半身は無事のようだが、ズボンがぐっしょりと濡れて、まるで粗相をしたかのようにも見えてしまうのだ。
そこでようやく、その人の顔を見た。
それは濃い金色の髪の、どこかでその面差しを見たことがあるような男性だった。
年齢はきっと自分と同じくらいで若い。
面識があるとしたらどこでかしらと思いつつも、もしあったとしたら、こんな華やかな人は忘れないだろうから、きっと気のせいだろうと思ってすぐにその考えを捨てた。
「ああ、ありがとう」
そう言って笑顔になった彼に、ようやくほっとして、自分も微笑んだ。
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