上 下
32 / 48
第二章 出会い

第7話 ラルドー伯爵領

しおりを挟む


 公爵家、ご家族のご旅行の話を聞いたのは次の日の、朝の打ち合わせの時だった。
 旦那様の方からそういう話があるというのが、家の統括をしている執事グループから、私たちお嬢様付きの専属メイドに話が下りてきたのだ。
 専属メイドは各自の受け持ちのお嬢様の予定も把握しなくてはいけないし、他の家族に対する連携もとったり、荷物の整理をしたりもするのであらかじめ、そういう予定を耳にするのは早くなる。

 公爵家に嫁いできている癖に、奥様は領内にいることが多く、社交シーズンに出歩いて顔を売るということはあまりしない。
 それは、自分のあまり聞こえがよくない立場を理解して、噂におびえ、慎み深く行動しているようにも見えるが、実際のところはどうなんだろうとも思う。
 その割にはお友達の貴族のところへはしょっちゅう出かけているような気もするが。
 だから、この旅行はこの家に来てから、まだ数度目くらいのものだ。
 リリアンヌの知識として覚えているのは上の女の子たちのデビュタントのために王都へ行ったものくらいか。

 だから、旅行ときいて少なからず驚いたのだが、その内容を聞いて、これ、旅行といわないんじゃ、とも思ってしまったが。

「行くのはラルドーよ。ラルドー伯爵領」
「え、それって旦那様の所領ですよね?」

 単なる帰省じゃないのよ。

「ええ、そうよ。ご結婚されてから、旦那様は何度か伯爵領にお戻りになっているけれど、ご家族はあちらに行かれていないからお披露目ね」

 それは領主一家か自分の領地に一度も足を踏み入れていないというのは、領民からすれば、放置されている気がして気分がよくないだろう。

「それって、ご家族全員での旅ということ?」
「メリュジーヌお嬢様はきっとお留守番だろうね」

 もしメリュジーヌお嬢様だけ置いてけぼりになったら……。
 娘の一人が家族での旅行についてこないことに対して旦那様はなんとも思わないのだろうか、と思うけれど、なんとも思わなさそうな気がする。
 だいたいこの家にだって旦那様はめったに帰ってこない。ほぼ王都に行きっぱなしであるのだから。
 この旅行だってもしかしたら、ご自身は王都にいて、家族だけラルドーに呼び寄せて領主の体裁をつける気じゃないでしょうね、とも疑っている。
 もし一緒にラルドーに行くとしても、お嬢様がいないことも、奥様がうまくごまかしてしまうだろうということは見え見えだ。

「ご旅行の間、使用人は暇をもらう組と、屋敷待機組と、同行組と分かれるわ」

 お仕えする人がいなくなるのだから、自宅が近かったり、通いの人は家で過ごすことも可能らしい。
 私のように屋敷に住み込みの場合は屋敷にいることになるだろうけれど。

「誰がシシリー様についていく?」
「私は留守番を希望しますが」
「え、いいの?」

 即座に反応をした私に、やはり驚かれてしまった。
 こういう機会でもないと、旅行なんて庶民には手が届かないものだ。一緒に行きたがる人の方が多いだろう。
 私の場合は、メリュジーヌお嬢様が行かないのに、なんで私が行かなきゃいけないの? という気持ちもあるし、別に、この世界にいること自体が旅行気分というか。まだこの世界自体に慣れていないのに、知らないところにいってぼろを出したくないという気持ちも大きい。そこまで好奇心が旺盛なタイプでもないし。

「旅行はいつ頃になる予定ですか?」
「準備に時間がかかるから、すぐにというわけではないだろうね。秋をこえて、冬くらいじゃないかな」

 道中の宿の手配、同行する使用人や荷物を運ぶ馬や馬車の手配もある。護衛もいる。
 貴族の旅行は時間も金もかかるものだから、あらかじめ綿密な調整が必要なのだろう。

 ツアーを頼んで、最悪、現地で買えばいいやとサイフとカードと身一つで飛行機に乗って出かけられる旅行と大違いだ。
 そんな行き当たりばったりな若かりし頃の旅を思い出していたが、さりげなく聞いていた言葉に、ふとあることに気づいた。

 ……四季があるんだ、この国。
 それで、物理法則から地球上と同じくらいの惑星じゃないかと推測していたけれど、今、自分が住んでいる場所の緯度的なものは大体予想がついた。
 太陽の公転面に対する地軸の傾き。それが地球に四季を生むのだから。


 お目付け役がいなくなったら、お嬢様を外に連れ出すことができるかもしれない。
 そうなったら、セイラ先生とお嬢様を会わせることはできるだろうか。
 同じ家にいるのに、誰かしらの目があるから、偶然を装ってでも、お嬢様を会わせることはなかなか難しかった。
 しかし、人が少なくなるそれは絶好のチャンスだろう。

 旅行に出るのに時間がまだかかるというのは、こちらにしてもいろいろと準備ができるチャンスだろう。


 旅行の話を聞いて、一番喜んだのはシシリーだった。
 やはり若いだけあって、あちこち出歩いてみたいと思うのは当然だろう。
 さっそくどのような場所に行くのかをはしゃいで調べていたが、それだけでは興奮はやまず。

「ねえ、エドガー様もご一緒に行くことはできないのかしら」
「バカねえ、無理に決まっているでしょう」

 そう提案しては、あっさりとエルヴィラにたしなめられて膨れている。

「エドガー様はここをお継ぎになるのよ。いくら家族ぐるみのお付き合いをしているとしても、関係ない伯爵領にお招きするわけにはいかないわ」

 そうもっともらしい言い方をしているが、エルヴィラの言い方はどこか冷ややかだ。これは女の勘だろうか、となんとなく思ってしまう。
 少しずつ大人に近づいていく妹と、婚約者の仲の良さが気になっているのじゃないかな、と他人視点で面白がってみている性格の悪い私だ。

 エドガーはシシリーを可愛がっているのは、はたから見ててもわかるから。

 もともと女の好みとして、きつい感じが顔立ちに残るエルヴィラより、子供らしさの残る、甘い雰囲気のシシリーの方がエドガーは好きなのではないだろうか
 私の見立てではエドガーはいばりんぼだ。
 御しやすく、偉ぶれるような相手が好きそうな気がする。だからこそ、いくら美人でも自分を立ててくれないメリュジーヌお嬢様は苦手だったのではないだろうか。
 あと、物に弱い。自分にとって金になる相手の方が好きだ。
 だからこそそれをわかっている奥様にまんまとからめとられて、エルヴィラに心が向くように導かれてしまったのではと思う。

 ……単純な男だ。

「一緒のご旅行なら、エルヴィラお姉さまだって嬉しいでしょう?」

 そう口を尖らす妹をエルヴィラは無視している。

 自分自身の喜びより、たとえ相手が妹とはいえ、不安要素の排除を優先するなんて、なかなかしっかりしているな、と思って、ふと気づいた。

 ああ、そうか。この人、一度、すでに略奪愛しているんだもんね。自分の男を信頼しきるなんて無理か。

 そう思えば、男に乗り換えられた女というのもしんどいんだなぁ、と思ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。気長に待っててください。月2くらいで更新したいとは思ってます。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

魔力ゼロと判明した途端、婚約破棄されて両親から勘当を言い渡されました。でも実は世界最高レベルの魔力総量だったみたいです

ひじり
恋愛
生まれつき、ノアは魔力がゼロだった。 侯爵位を授かるアルゴール家の長女として厳しく育てられてきた。 アルゴールの血筋の者は、誰もが高い魔力量を持っていたが、何故かノアだけは歳を重ねても魔力量がゼロから増えることは無く、故にノアの両親はそれをひた隠しにしてきた。 同じく侯爵位のホルストン家の嫡男モルドアとの婚約が決まるが、両親から魔力ゼロのことは絶対に伏せておくように命じられた。 しかし婚約相手に嘘を吐くことが出来なかったノアは、自分の魔力量がゼロであることをモルドアに打ち明け、受け入れてもらおうと考えた。 だが、秘密を打ち明けた途端、モルドアは冷酷に言い捨てる。 「悪いけど、きみとの婚約は破棄させてもらう」 元々、これは政略的な婚約であった。 アルゴール家は、王家との繋がりを持つホルストン家との関係を強固とする為に。 逆にホルストン家は、高い魔力を持つアルゴール家の血を欲し、地位を盤石のものとする為に。 だからこれは当然の結果だ。魔力がゼロのノアには、何の価値もない。 婚約を破棄されたことを両親に伝えると、モルドアの時と同じように冷たい視線をぶつけられ、一言。 「失せろ、この出来損ないが」 両親から勘当を言い渡されたノアだが、己の境遇に悲観はしなかった。 魔力ゼロのノアが両親にも秘密にしていた将来の夢、それは賢者になることだった。 政略結婚の呪縛から解き放たれたことに感謝し、ノアは単身、王都へと乗り込むことに。 だが、冒険者になってからも差別が続く。 魔力ゼロと知れると、誰もパーティーに入れてはくれない。ようやく入れてもらえたパーティーでは、荷物持ちとしてこき使われる始末だ。 そして冒険者になってから僅か半年、ノアはクビを宣告される。 心を折られて涙を流すノアのもとに、冒険者登録を終えたばかりのロイルが手を差し伸べ、仲間になってほしいと告げられる。 ロイルの話によると、ノアは魔力がゼロなのではなく、眠っているだけらしい。 魔力に触れることが出来るロイルの力で、ノアは自分の体の奥底に眠っていた魔力を呼び覚ます。 その日、ノアは初めて魔法を使うことが出来た。しかもその威力は通常の比ではない。 何故ならば、ノアの体に眠っている魔力の総量は、世界最高レベルのものだったから。 これは、魔力ゼロの出来損ないと呼ばれた女賢者ノアと、元王族の魔眼使いロイルが紡ぐ、少し過激な恋物語である。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

処理中です...