婚約破棄された公爵令嬢のお嬢様がいい人すぎて悪女になれないようなので異世界から来た私が代わりにざまぁしていいですか?

すだもみぢ

文字の大きさ
上 下
30 / 48
第二章 出会い

第5話 好きな人

しおりを挟む
 自分のこと、と言っても、自分ではない。この体の持ち主の過去。
 そうでもないと、このリリアンヌが貴族の教養を欲しがっている理由は説明つかないし。
 女性が爵位を得ることはほぼできないこの国で、リリアンヌが貴族になるのは貴族と結婚が一番早いだろうけれど、爵位を金で買うという方法もある。
 その場合でも、自分がではなくて配偶者が爵位を得るのがしゃくに触る。

「両親が死んで爵位は返してるの。領地もないくらいの大したことない貴族だったけれどね」

 私がそういうと、なるほど、とリベラルタスが頷いた。

「それで、学ぶことに慣れているようなのですね」
「え?」

 どこが?
 私は自分のふがいなさに心で涙を流していたというのに。

「契約書にサインしていた貴方の字を見たら、書くことに慣れているなと思って不思議でした。書くことに慣れていない人の字はそろってないですから」

 あれでも彼からしたら慣れているように見えたのか。確かに字を書くことすらおぼつかない人間ばかり周囲にいるとしたら、私の字は書き慣れているように見えるだろう。
 日本に生まれて、義務教育で9年、高等教育で3年、最高学府で4年というコースを歩いた経験は、この体には沁みついてなくても、心には沁みついていて、無駄じゃないと言ってもらったようで嬉しい。

「なんという家名だったのですか?」
「ゼーレンよ」
「リリアンヌ・ゼーレンが貴方の本当の名前だったのですね」
「本当もなにも、今はただのリリアンヌだから」

 平民である自分を否定する必要はない。私はそう思う。
 本当のリリアンヌは、貴族であった自分の過去を懐かしんだり、今を憂いたりしていたりしたのだろうか。
 それは私にとっては、現代日本を懐かしむくらい建設的でないことじゃないなぁと思う。

 そりゃ、たまには懐かしむよ。カップラーメン食べたい! とか思うもの……。

 でも、今を生きるしかないのだから、そんなことを考えるより、今、なにが自分の手の中にあるかを考えていたい。
 そして、明日はもっと色々と手に入れられるようにしたいものだ。強欲だろうか。

「あ、そろそろですね。わざわざありがとう」
「じゃあ、ここで」

 公爵邸への道の分岐のところで、リベラルタスに軽く微笑んで別れる。

「あれ?」

 なんとなく振り返ったら、リベラルタスが戻っていくのが見える。
 配達に行くと言ってたから、これより先まで用事があるのかと思っていたのに。
 彼の目的地は、ここよりもっと店寄りであったらしい。

「わざわざここまで送ってくれたんだ……」

 彼からしたら仕事中の忙しい時間。
 それなのに恩着せがましいものではない、彼の純粋な優しさが好ましく思えた。



*****



 次の日の昼。シシリーのお茶の準備に厨房に来ていたら、おしゃべりのコリンヌにつかまってしまった。

「ねえねえ、リリって、恋人できたの!? だから最近休みの度に出かけているの?」
「は?」

 後ろでシングルマザーのメイドのマイナや、同室のシンシアもこちらを見ている。三人の中で私の話題になって、代表してコリンヌが私に突撃してきたようだ。

「な、なんで?」
「昨日、男の人と歩いているの見かけたってマイナが!」

 私がとっさにマイナを見ると、ごめんね、と目配せされた。
 一緒というのはリベラルタスのことだろう。

「ああ、あの人はちょっとした知り合いよ」
「ええ~ほんとに~?」

 ぐいぐい来られるところに閉口してしまう。ほんと、女子は恋バナが好きだなぁ。
 でも、もし好きな人がいたとしても、コリンヌには絶対喋らない! 屋敷中に触れ回れてしまうから!

「私、他に好きな人いるし?」
「どんな人!?」
「……茶色い髪、茶色い目で、イケメン。口元にほくろがあって、声が良くて……みんなからも人気があるおじさんです」

 好きな人って真っ先に思いついたのが、みずほの頃に気が狂うほど好きだった、バンドVontageのギタリスト、SHOGO。
 あのギターテクニックを間近で見て、あのハスキーヴォイスで囁かれるなら死んでもいいと思ったよ。ほんと夢にまで出てきたからね。年齢差四半世紀くらいあるけど。もちろん、私の方が下で。
 私の顔がとっさに締まりのない顔になったのを見て取ったのだろうか、周囲が静まり返った。

「え、それって誰?」
「えーっと、とある楽器の奏者ってやつかしら……」

 何と言ったらいいんだろう。この世界に芸能人っているの?
 歌舞音曲の類はあるらしいけれど、どういう扱いをされているのかよくわからない。
 音楽といったら祭りの時のチンドン屋みたいなパレードくらいしか、リリアンヌの記憶にもないみたいだし。レコードのようなものもあるとは思えない。

「ああ、流しの吟遊詩人に惚れちゃったのね~」

 なんか違うけれど、勝手に納得してくれたようだ。吟遊詩人というのがいるのね、覚えておこう。
 生温かい目で見られている気がするんだけれど。どちらの世界でも芸能人にマジ恋する少女に対する第三者からの目というのは同じらしい。
 しかし、愛しのSHOGOをバカにされてるようでむっとしてしまった。
 他人の推しを否定しちゃいけないんだよ、と言ってもわからないだろうけど。

「格好いいならいいんです~、イケオジとは彼のようなことを言うのです」
「しかもおじさんなの!?」

 悔しくなって私が余計な口を出したら、妙に盛り上がってしまった。

「え、リリっておじさんが好きだったの?」

 好きな人がおじさんだっただけで、おじさんが好きというわけではないのだけれど。
 しかし、年下より年上の方が好きなのは事実なので、ここは黙っておこう。

「若い子には、おじさんの格好良さがわからんのですよ」
「貴方だって若いでしょうが!」

 即座に突っ込まれてしまった。
 まぁ、元も20代だけどね。

「おじさんというと、シュナイダーさんとかがタイプってこと?」

 当家の筆頭執事の名前を出されて顔が引きつる。あんな怖い人はこちらからごめんだわ。

「なんでそんな狭い範囲で好きな人を作らなきゃいけないのよ」
「だって、リリって結構人気あるのに、そういうの全然興味なさそうなんだもの」

 え、人気あったの? その言葉を聞いてびっくりしてしまったけれど、鏡で見たリリアンヌの顔ならモテてもわかる気がする。うん。中身の人がとても残念だけど。

「私のタイプがここにいないだけ!! というわけで、私はこの家の人を好きになることはあり得ないので、安心してください」
「裏切らないでよ!?」

 その言い方だと、コリンヌは誰かに恋する乙女だったらしい。知らなかった。

 でも、裏切らないよ。
 将来どうなるかわからないこの家で、伴侶となるような相手を見繕うようなことはしたくないから。

 お茶の支度が整い、私はさっさとシシリーのところまで戻った。
しおりを挟む
ツギクルバナー

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

愛されない王妃は、お飾りでいたい

夕立悠理
恋愛
──私が君を愛することは、ない。  クロアには前世の記憶がある。前世の記憶によると、ここはロマンス小説の世界でクロアは悪役令嬢だった。けれど、クロアが敗戦国の王に嫁がされたことにより、物語は終わった。  そして迎えた初夜。夫はクロアを愛せず、抱くつもりもないといった。 「イエーイ、これで自由の身だわ!!!」  クロアが喜びながらスローライフを送っていると、なんだか、夫の態度が急変し──!? 「初夜にいった言葉を忘れたんですか!?」

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...