婚約破棄された公爵令嬢のお嬢様がいい人すぎて悪女になれないようなので異世界から来た私が代わりにざまぁしていいですか?

すだもみぢ

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第一章 ここは私の知らない世界

第24話 二人きりで

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「ちょ、ちょっと……リリアンヌさん……」
「し、静かに……じっとして……」
「でも、こんなこと……っ」
「貴方も男なら覚悟を決めなさい!」

 リベラルタスを押し倒すようにして、小声で彼に命じれば、彼は黙り込んだ。

 今、私はリベラルタスと密着して、公爵家の馬車に乗っている。
 外が見える窓からも、御者側の覗き窓からもわからないように彼を隠すのだから、少々の肉体的接触なんて気にしていられない。
 馬の足取りを遅いのを見て、中の重量が行きとかなり変わったのがわかるらしく、御者のおじさんは「シシリーお嬢様へのお土産は随分と重い荷物なんですねえ」とのんきに話しかけてきたが。
 ……お土産ではなく、不法乗車者がいるとばれたら、私もリベラルタスもただでは済まないだろう。

 リリアンヌの中身は彼より年上だが、ガワは美少女ということで、やはりリベラルタスは気になるらしく、終始真っ赤になっている。年齢の割に、随分とウブだなぁと思うが、この世界では婚前交渉とかそういうのがタブーなのだから当たり前かもしれない。
 むしろ、現代日本の中学生男子の方が、よほど色々慣れているかもしれない。

 公爵家は高い壁と柵に覆われていて、中に入るのはセキュリティが高くて大変だ。
 しかし公爵家の中に家紋のついた馬車はノーチェックで入ることができるし、出る方は意外とほぼフリーパスに近い。
 もっとも、治安のいい領内だからそんな風なのかもしれないが。王都や他領がどうかはしれない。

 公爵邸の中に入り込み、馬を停めた瞬間に中から扉を開けて、あらかじめリベラルタスに教えていた厩舎の裏まで走らせる。
 馬車の扉が死角になって、誰にも気づかれないはずだ。
 それといかにも平民であるリベラルタスの格好は使用人に紛れ込み、公爵邸に勤めている人には「新しい園丁か馬丁が来たんだな」くらいなものだろう。

 荷物を重そうなふりをしながら引っ張り出して、こっそりとリベラルタスのいそうな場所に囁く。

「いい? そこで動かないで待っててね」

 私の方は急いで私室に行って荷物を置けば、メイド服に着替えてリベラルタスのところまで走っていった。

「私の後についてきてね」

 そのまま管理棟の方に彼を連れて歩いていけば、いつものやる気のない警備の人達がぼんやりとしていたのに行き会った。
 
「ご苦労様です」
「あ、こんにちはー」

 何度も図書室には足を運んでいる。
 私の顔をもう覚えられていて、後ろについてくるリベラルタスのことも、同じ公爵邸で働く人なのだろうくらいにしか思っていないようだ。
 警備がザルすぎて不安になるけれど、そんなものなのだろう。

「ここよ、入って」

 図書室の鍵をポケットから取り出して中を開けると、その中を見て、リベラルタスがため息をついた。

「すごい……」

 ふふふ、他人の夢を叶えてあげるというのはなかなかに気分がいいものだ。
 貴重な蔵書というのがわかるのか、恐る恐る手を伸ばし、そして、熱いものでも触れたかのように手を引っ込めている。
 私なんて仕事の合間の汚れた手で無造作に触っていたのだけれど……自分との本への扱いの差を感じて懺悔したくなった。

「でも、いいんですか? 部外者を連れてきて」

 彼は私のことを心配してくれているのだろう。
 しかし、その心配は自分の方に回してほしいし、申し訳ないと体を縮こませる彼に、そうじゃないでしょ? と指を振った。

「ここに来たかったんでしょ? やりたいことはチャンスがあった時に叶えるものよ。いつかとか言ってると、いつまで経っても叶えられないから」

 特に今、この世界に来てそう思うようになった。

 人生、どうなるかわからない。
 後でとか言っていたら、いつどうなるかわからない。やれる時にやれることをやっておかないと、後ではもうできなくなるかもしれないのだ。
 その危機感に突き動かされるように、私はいつも動いていた。

「何かあったら、そこのカーテンの影か、書棚の間にでも隠れて。滅多に誰も来ない場所だから大丈夫だとは思うけれどね、絶対に見つからないでね。見つかったら私もやばいから」
「リリアンヌさんはどうするんですか?」
「私は仕事に戻るわ。後で迎えに来るから、好きなだけ本を読んでていいわよ。ただし、傷をつけたり破いたり、決してしないでね」
「しませんよ、そんなこと!」

 彼の本への扱いを見てたら、それが本音だろうことはわかる。
 そして、自分がいつの間にか彼に対してタメ語になっているのに気づいた。
 なぜか、彼は不思議と他人の警戒心を解かせるようなところがある。

 逆に、そういう人は危ないな、自分も用心しないとな、と思いつつ、私はそこを出て行った。


 ……そして、あまりにもひどいなと思ったのが、警備のおじさんは、入る時は二人だったのに、帰りは私一人なことに対して、なんも咎めることがなかったことだ。





「あ、ゾムさーん、お疲れ様です」

 初めてこの管理棟に来たような顔をして夜になって交代されている警備の人に挨拶をする。
 交代後の警備はゾムさんという私と仲良しのおじいちゃんでほっとした。
 ゾムさんだったら、もしリベラルタスが見つかっても「私の彼氏」とでも言えば、ごまかされてくれるだろうし、ごまかす前に融通をきかせてくれそうだ。

 この国の時間でいう2刻……4時間くらい放置しているけれど、リベラルタスはどうしているだろう。
 静まりかえり、だいぶ暗くなった管理棟の中を、足音が響かないように静かに歩く。
 自分は幽霊などを怖いと思わないが、そういうのが苦手な人は、嫌がる雰囲気だろうなと思いながら。

 きぃっ……。

 扉を開けた図書室の中は暗い。
 中に入ってリベラルタスを探し、ふっと笑ってしまった。
 わずかな明かりを求め、窓の端に寄って、外から洩れてくる明かりの元で、まだリベラルタスは本を読んでいた。

 すごい集中力だ。傍に寄っても私の存在に気づかずに、一心不乱に書物に目を落としている。
 読んでるのは何だろう。

「リベラルタスったら」

 突いたらようやく気付いたようで、はっと顔をこちらに向けた。

「貴方の夢の時間はおしまいよ。帰らなきゃ」
「あ、ありがとうございます」

 ぺこっとリベラルタスは頭を下げてから立ち上がろうとすると、大きくよろける。
 しかし本をしっかりと胸の中に抱えて落とさないのは見事だ。

「あ、足がしびれた……」
「どれだけ同じ格好していたの!?」

 動けなくなってしまった彼から本を受け取り、自分が代わりに彼が持っていた本を書棚に戻してあげた。
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