23 / 48
第一章 ここは私の知らない世界
第23話 リベラルタス
しおりを挟む
今日はシシリーのお使いとして来ている。そろそろお暇しないといけないだろう。
帰ろうかとした途端、ノックの音がした。
セイラ様の「どうぞ」という声と共に入ってきたのは男性だった。
その彼の、真っ先に目を引いたのは髪色だった。
見事な赤毛だ。リリアンヌの髪も赤いけれど、それよりさらに鮮やかな色だった。
その赤いくせ毛を短く切って刈り込んでいるようなのがよく似合っている。
「呼ばれたと聞いたのですが……お話し中のようで、よろしいのでしょうか?」
客人がいると思わなかったらしく、入ってきた彼は、自分とセイラ様の間で視線をさまよわせている。
「いいのよ、リリアンヌに紹介したくて私が呼んだのだから。リリアンヌ、こちらはリベラルタスよ。あのアドバルーンを試作してもらっているの」
姓がないということは彼は平民なのだろう。ジャンとかマリーとかそういう短い名前が多い平民にしては随分としゃれた名前だ。
つりあがった眉に、目じりが垂れて優しそうな顔立ちはけっこうタイプかも……ってそんなことを考えている場合ではない。
自分も立ち上がって礼を取る。
「リベラルタスは、うちの商店で経理を担当してもらっているのだけれど、色々できるし器用だし優秀なのよ。一度見たものは全部覚えるしね」
「それは便利ですねえ。でも覚えたくないことも覚えて忘れないとしたら不便でしょうけれど」
あー、いるいるそういう人。サヴァン症候群とかいったっけ?
でもそういう人って、日常生活は困難だったりする障害があったりするっていうけど……。
私の探るような視線を、リベラルタスは「?」と困ったような笑顔で受け止めているだけだ。どうもそういう困りごとはこの人にはなさそうだ。単なる記憶力の良い人ってところだろうか。
セイラお嬢様は今度は私の紹介を彼にする。
「そしてこちらは公爵家のシシリーお嬢様の専属メイドのリリアンヌよ。天然ガスが空気より軽いことを発見し、アドバルーンの基本設計をしたのはリリアンヌよ。優秀な私のお友達」
いえ、発見はしてないです。知ってただけですぅ。
そしてアドバルーンは存在を知ってただけですぅ。
結果を知ってるだけで、それを偉そうにひけらかしているだけだから、そんな持ち上げられるとぼろが出てしまうのではと冷や冷やする。
セイラ様のよいしょに、リベラルタスは乗っかって、にこにこしながら私を見つめてくる。
「公爵家にお仕えすることができるだけでもすごいことなのに。リリアンヌさんは素晴らしい方なのですね」
公爵領の中で一番格が高く競争率の高い就職先は公爵家だ。もちろん優秀な人材が多く雇われているのだけれど……リリアンヌの場合は優秀さというよりコネ就職に近いのだけれど。
まあ、運も実力のうち! コネも実力のうち! うんうん!
家名を名乗らなかったことから、リリアンヌが平民だということはリベラルタスも知っているだろうに、貴族であるセイラ様だけでなく私に対しても敬語なのは、もともと丁寧な人だからだろうか。
「公爵家にお勤めするのは私たち平民の憧れですから」
「あら、リベラルタスはうちの商会のお仕事じゃ不満なの?」
セイラがからかうようにリベラルタスに言えば、慌てたようにリベラルタスは首を振った。
「いえ、ここらで一番本が揃っているのは公爵家所蔵の図書室だと有名ですから」
「わかってるわ、冗談よ。思う存分本を読むのが夢なのはわかるわ」
どうやらここには本好きが集まっているようだ。
そう、この世界では本は貴重で高価なものだから、図書館自体が存在しない。
大きな図書館とか大手本屋のビル全部が本棚とかの存在を知っていると、公爵家のあの図書室の本の数なんて、せいぜい小中学校の図書室レベルでたかが知れてるじゃないのと思ってしまうのだけれど、それでも大したものらしい。
「でも、図書室に入ることができるのは、使用人の中でも一部だけですから、公爵家にお仕えしてても難しいですよ?」
「やはりそうですか……そうですよね。貴重なものですし」
私が現実を教えてあげればがっかりされてしまった。
そんな私は図書室の鍵を巻き上げて、日々入り浸っているのだけれど。
店から出て、セイラ様から渡されたシシリーへ渡すものを馬車に運びこむのは、リベラルタスが手伝ってくれた。
かさばるけれど、そんなに重いものではない。
どうやら、中は重さを感じさせないように工夫をされているスカートを膨らませるためのパニエや、新しいデザインの帽子のようだ。
シシリーが身に着けていいと思えば、ドロテアはともかくエルヴィラか奥様も気にして身に着けるかもしれない。宣伝効果を狙ってのプレゼントだろう。さすが商売人だ。公爵家に出入りしていることを抜かりなく活用している。
二人で作業をしながら、それとなくリベラルタスのことを探ってみた。
「リベラルタスはいくつなのですか?」
「私ですか? 22です」
……え、みずほより若いんだけど。リリアンヌよりは年上だけれど、なんとなく若々しく見える笑顔もどこか犬っぽくて、可愛く見えて困ってしまう。
ふむ、と少し考えこむと、リベラルタスを手招きした。
彼の耳元に唇を寄せると、声をひそめて囁く。
「ねえ、お兄さん、私と悪いことしない?」
「え?」
「この世の天国に、貴方を招待してあげる」
私が囁いた内容に、リベラルタスはさっと顔を真っ赤にして、大きく頷いた。
帰ろうかとした途端、ノックの音がした。
セイラ様の「どうぞ」という声と共に入ってきたのは男性だった。
その彼の、真っ先に目を引いたのは髪色だった。
見事な赤毛だ。リリアンヌの髪も赤いけれど、それよりさらに鮮やかな色だった。
その赤いくせ毛を短く切って刈り込んでいるようなのがよく似合っている。
「呼ばれたと聞いたのですが……お話し中のようで、よろしいのでしょうか?」
客人がいると思わなかったらしく、入ってきた彼は、自分とセイラ様の間で視線をさまよわせている。
「いいのよ、リリアンヌに紹介したくて私が呼んだのだから。リリアンヌ、こちらはリベラルタスよ。あのアドバルーンを試作してもらっているの」
姓がないということは彼は平民なのだろう。ジャンとかマリーとかそういう短い名前が多い平民にしては随分としゃれた名前だ。
つりあがった眉に、目じりが垂れて優しそうな顔立ちはけっこうタイプかも……ってそんなことを考えている場合ではない。
自分も立ち上がって礼を取る。
「リベラルタスは、うちの商店で経理を担当してもらっているのだけれど、色々できるし器用だし優秀なのよ。一度見たものは全部覚えるしね」
「それは便利ですねえ。でも覚えたくないことも覚えて忘れないとしたら不便でしょうけれど」
あー、いるいるそういう人。サヴァン症候群とかいったっけ?
でもそういう人って、日常生活は困難だったりする障害があったりするっていうけど……。
私の探るような視線を、リベラルタスは「?」と困ったような笑顔で受け止めているだけだ。どうもそういう困りごとはこの人にはなさそうだ。単なる記憶力の良い人ってところだろうか。
セイラお嬢様は今度は私の紹介を彼にする。
「そしてこちらは公爵家のシシリーお嬢様の専属メイドのリリアンヌよ。天然ガスが空気より軽いことを発見し、アドバルーンの基本設計をしたのはリリアンヌよ。優秀な私のお友達」
いえ、発見はしてないです。知ってただけですぅ。
そしてアドバルーンは存在を知ってただけですぅ。
結果を知ってるだけで、それを偉そうにひけらかしているだけだから、そんな持ち上げられるとぼろが出てしまうのではと冷や冷やする。
セイラ様のよいしょに、リベラルタスは乗っかって、にこにこしながら私を見つめてくる。
「公爵家にお仕えすることができるだけでもすごいことなのに。リリアンヌさんは素晴らしい方なのですね」
公爵領の中で一番格が高く競争率の高い就職先は公爵家だ。もちろん優秀な人材が多く雇われているのだけれど……リリアンヌの場合は優秀さというよりコネ就職に近いのだけれど。
まあ、運も実力のうち! コネも実力のうち! うんうん!
家名を名乗らなかったことから、リリアンヌが平民だということはリベラルタスも知っているだろうに、貴族であるセイラ様だけでなく私に対しても敬語なのは、もともと丁寧な人だからだろうか。
「公爵家にお勤めするのは私たち平民の憧れですから」
「あら、リベラルタスはうちの商会のお仕事じゃ不満なの?」
セイラがからかうようにリベラルタスに言えば、慌てたようにリベラルタスは首を振った。
「いえ、ここらで一番本が揃っているのは公爵家所蔵の図書室だと有名ですから」
「わかってるわ、冗談よ。思う存分本を読むのが夢なのはわかるわ」
どうやらここには本好きが集まっているようだ。
そう、この世界では本は貴重で高価なものだから、図書館自体が存在しない。
大きな図書館とか大手本屋のビル全部が本棚とかの存在を知っていると、公爵家のあの図書室の本の数なんて、せいぜい小中学校の図書室レベルでたかが知れてるじゃないのと思ってしまうのだけれど、それでも大したものらしい。
「でも、図書室に入ることができるのは、使用人の中でも一部だけですから、公爵家にお仕えしてても難しいですよ?」
「やはりそうですか……そうですよね。貴重なものですし」
私が現実を教えてあげればがっかりされてしまった。
そんな私は図書室の鍵を巻き上げて、日々入り浸っているのだけれど。
店から出て、セイラ様から渡されたシシリーへ渡すものを馬車に運びこむのは、リベラルタスが手伝ってくれた。
かさばるけれど、そんなに重いものではない。
どうやら、中は重さを感じさせないように工夫をされているスカートを膨らませるためのパニエや、新しいデザインの帽子のようだ。
シシリーが身に着けていいと思えば、ドロテアはともかくエルヴィラか奥様も気にして身に着けるかもしれない。宣伝効果を狙ってのプレゼントだろう。さすが商売人だ。公爵家に出入りしていることを抜かりなく活用している。
二人で作業をしながら、それとなくリベラルタスのことを探ってみた。
「リベラルタスはいくつなのですか?」
「私ですか? 22です」
……え、みずほより若いんだけど。リリアンヌよりは年上だけれど、なんとなく若々しく見える笑顔もどこか犬っぽくて、可愛く見えて困ってしまう。
ふむ、と少し考えこむと、リベラルタスを手招きした。
彼の耳元に唇を寄せると、声をひそめて囁く。
「ねえ、お兄さん、私と悪いことしない?」
「え?」
「この世の天国に、貴方を招待してあげる」
私が囁いた内容に、リベラルタスはさっと顔を真っ赤にして、大きく頷いた。
1
お気に入りに追加
1,635
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる