婚約破棄された公爵令嬢のお嬢様がいい人すぎて悪女になれないようなので異世界から来た私が代わりにざまぁしていいですか?

すだもみぢ

文字の大きさ
上 下
17 / 48
第一章 ここは私の知らない世界

第17話 奪われた婚約

しおりを挟む
 セイラ先生から私宛に手紙が届いた。
 どうやら気球の作成に取り組んでいるようだ。こういうアイディアがあればすぐに行動に移そうとする人は好きだ。やはり軽くて気密性の高い布を探すのに相当難航しているようだ。
 口出しならできても、自分の手を使ってお手伝いをするのが難しくもどかしいが。
 授業はやはり、銀の鹿と小さじ亭の控室でするのが、周囲の目を気にせずによさそうだと書かれている。店が休みの日と、私の休みを合わせての授業日の提案は正直ありがたかったが、それよりも。

「授業料無料?」

 それどころか、彼女の方から気球のアイディアに対する対価までくれるそうな。正直ありがたい。

 さて、お返事を、と張り切るが実は問題がある。
 前回手紙を書いた時は便せんもインクもペンも拝借したものだった。何度もそんなわけにいかないだろうから、この間の外出でペンと便せんは買った。インクは意外と高かったので買うのを断念したのだけれど。
 墨の作り方だったらわかるけど、さすがにインクの作り方なんて知らない……イカスミはインクの代わりになるみたいな話はきいたけれど、この世界にあるかもわからないし、むしろあったらイカ墨パスタを食べたい。
 困ったあげくに「読めりゃいいよね、読めりゃ!」と花を色々集めてすりつぶして色水を作り、それをペン先につけて書いた。
 本当は紅茶でやろうとしたけれど、煮詰めてもあまり濃い色にならなかったんだよね。出し殻だったせいかな。
 セイラ先生からお金貰えるとしたら、まずインクが欲しいよ。あまりたかるわけにいかないけれど。

 書いた手紙を銀の鹿と小さじ亭に送ろうとしたら、シシリーの授業の日となってしまっていた。これでは本人に渡した方が早いだろうなぁ。

 セイラ先生と人前ではそっけなく、そして授業が終わるのを辛抱強く待つ。

「お見送りをいたします」
「ええ、お願いね」

 シシリーが頷いたのに合わせて私が立ち上がり、セイラ先生をご案内しよう。

 廊下に出るなり、誰もいないのを確かめると、セイラ先生は持っていた小さなバッグから封筒を取り出し、私の方に差し出した。
 私がお返事を渡す前に、もう新しいのが来てしまった……。

「この間お話していたものです。詳しいことはこちらに」
「はい。そしてこちらが私の方のものです」

 まるで闇取引をしているような気分だ。後でゆっくり読もうと二人して急いで受け取ったものをしまうが。
 シシリーの部屋から階段を下りていこうとすると、下から嫌な気配と物音がした。

「なんだ、確かお前、メリュジーヌの……」

 目を細め、何かをもの言いたそうにこちらを見ている男の顔を見て、げっと思ったけれど顔に出さない。
 

「エドガー様、いらっしゃいませ」

 目を伏せ、頭を下げる。
 また来てるよ、この男。

 よそんちなのに、なんでこんなに来るの?
 婚約者の家だとはいえ、傍若無人過ぎない?
 こういうところがお嬢様に嫌われてうんざりしていたんだろうな、とは思う。

 だいたい公爵がこの家にあまり帰ってきていないのだに、むやみやたらに他人を上げていいのだろうか。しかも嫁入り前の娘が四人もいる家に、こんなズカズカ男が上がりこむのも非常識だし。
 この家の乗っ取りでも企んでいるんじゃないか? と思ってしまう。

 あら、とエドガーに気づいたセイラ先生が優雅に挨拶をする。

「エドガー様、ごきげんよう」
「セイラ嬢か、久しぶりだな」

 領内に住む貴族ということで、お互いが顔見知りらしいらしい。
 こうしてみると、セイラ嬢の方がエドガーより背が高い。

「お父様やお兄様はお元気でいらっしゃいますか?」
「ええ、そのようですね。最近はあまり顔を合わせていないですが」
「エドガー様はどのような御用向きでこちらに?」
「ちょっと婚約者殿に会いにな」
「婚約者とおっしゃるとメリュジーヌお嬢様でしょうか?」
「あ、いや、エルヴィラ嬢だよ」

 なぜか少し得意げに言っているエドガーに、後ろからライダーキックをかましてやりたくてたまらない。
 そんなエドガーの声に、セイラ先生は眉をひそめている。

「あら、私ったら勘違いしていたようですね。てっきりそうだと」

 そう言って、エドガーに「それでは失礼いたしますね」と別れの挨拶を切り出した。それに続いて私も頭を下げて、エドガーとすれ違って玄関まで歩いていった。

 何かを考えこんでいるようなセイラ先生の様子に、思わず「どうなさいました?」と声をかけてしまったが、本当に大丈夫だろうか。
 あ、すみません、とセイラ先生は微笑むが、やはりその顔が納得いかないというような顔をしている。

「果たして、あのお二人の結婚って公爵様がお認めになっているのかしら」
「どういうことでしょう?」

 困ったような顔をして、この家に失礼なことを申し上げますが、リリアンヌだから言うのです、内緒ですよ、と真剣な顔をして囁かれた。

「王都からこちらに引っ越してくる時にこの領地について少し調べたのですが、この公爵領って元々先々代の王女が降嫁なさったのが祖ですよね。そしてそこでお生まれになったのが、今は亡きメルローゼ公爵令嬢」
「そうですよ、メリュジーヌお嬢様のお母様ですね」

 どうしたんだろう?と思いながらも、セイラ先生のいうことを頷きながら認める。

「そしてこの国の貴族法では、女の子しかその家に生まれてなかった場合、代襲制度というのがあって、他所の貴族の男子を婿として家に入れ、その人が爵位を継ぐことができます」

 要するに入り婿ってことだよね? この家もそうなんだし珍しくないことだろう。女の子は爵位を継げないんだから。継げてたらリリアンヌだって男爵位を返上しないで自分で継いでただろうしさ。

「しかし公爵家というのは、王家と繋がりがある血を持っていることが優先されるんです。この帝国中でも貴重である王家の血を保全する役割もありますから。公爵家の場合は婿は代襲ではなく後見人というだけで、あくまでも公爵様は王家の血を引く方その人なんです」

 なんかこんがらがってきたけど……。

「え、じゃあ、公爵に限っては女性公爵もありうるんですか?」

 そういうと、セイラ先生は、はい、と大きく頷いた。

「公爵であったのは亡くなったメルローゼ様であり、今、公爵相続人となるのはそのお子様であるメリュジーヌお嬢様だけなのですよ。未成年の間はその親族があくまでも代理人として領地を守っているだけで。もし相続する前に相続人になにかがあったら即、領地は王家に返上されます。それくらい血が優先されるんですよ。
なのに、実家の伯爵家を継ぐわけでもない次男のエドガー様が、この公爵家の跡継ぎであるメリュジーヌお嬢様とではなくあくまでも一貴族の娘になるエルヴィラ様と結婚なさるのはどういうことかなぁ、と」

 前、私が思った変だなぁと思ったことは、やはり他の人から見ても変なことだったようだ。
 ただしそれは、公爵家しか通じないものだったけれど。侯爵家以下ではやはり入り婿が爵位継いだ途端に偉そうになったりするんだろうかね。
 しかしエドガーは何を勘違いしてエルヴィラの方がいいと思ったのだろう。やはり、この貴族法で公爵が特別というのを知らないのでは、と思う。無知とは恐ろしい。

「当家の旦那様には、伯爵領もありますから、それをエルヴィラお嬢様が継がれるのでは?」
「ドロテア様が継がれて婿を取られるのではなくて?」
「そういえば、ドロテア様は王太子妃になるとかいう噂がありましたが」

 あ、やばい、メイドなのについつい家の中のことを話し過ぎてる。
 まぁいいや。知らないことを知る好奇心の方が抑えられないし、忠義なんか最初からないしね。
 しかし、セイラ先生も私のメイドとしての行動の異常さに気づいていないのか、真剣な顔をして首を振っている。

「それはありえませんよ。側妃は公爵位を持つ方から順に候補となりますから」
「え? 公爵令嬢なのにドロテア様ではダメなのですか?」
「ええ、絶対に無理です。この家で公爵令嬢であり、将来公爵の可能性があるのはメリュジーヌ様だけです。正式な場所ではこの家の方は、公爵様を除いて誰もこの家の家名を名乗れないですしね」

 要するに、例え現公爵(あくまでも後見人だけど)の娘として認知されて育っていたとしても、王家の血をまるっきり引いていない人間は公爵家の者として認められないのか。
 自分が知らないところに意外な法律があるとは。
 しかし、メリュジーヌお嬢様がよく「この家から離れられない」と言っていたのはこのことだろうか、と思う。
 母親との思い出があって愛着があったこの家から離れたくない、という意味だと思っていたけれど、公爵家の唯一の相続人だということをメリュジーヌ様は知っていたのかもしれない。

「それともし王太子殿下が正妃様と結婚されて、次に側妃の話が出たら、ほぼメリュジーヌ様がなると思われますよ。もう王宮では内定しているのではないでしょうか。お話とか来てないのですか?」
「ええ!?」

 そんな話、全然知らないぞ。むしろ来てたら困るんだけれど!

「ここ二十年ほど、国内の公爵家に女性はメリュジーヌ様を除いて生まれてないのです。有名な話でしたが……」

 知らないうちに私は青ざめていたかもしれない。
 もしかしたら公爵様、奥様辺りにはその話が来ているのかもしれない。
 しかし貴族法なんて知らない奥様だろうから、その話を握りつぶして自分の長子であるドロテアを王太子妃にしようとして、必死にドロテアに教育を施そうとしているのではないだろうか。

……ありうる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【7話完結】婚約破棄?妹の方が優秀?あぁそうですか・・・。じゃあ、もう教えなくていいですよね?

西東友一
恋愛
昔、昔。氷河期の頃、人々が魔法を使えた時のお話。魔法教師をしていた私はファンゼル王子と婚約していたのだけれど、妹の方が優秀だからそちらと結婚したいということ。妹もそう思っているみたいだし、もう教えなくてもいいよね? 7話完結のショートストーリー。 1日1話。1週間で完結する予定です。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...