婚約破棄された公爵令嬢のお嬢様がいい人すぎて悪女になれないようなので異世界から来た私が代わりにざまぁしていいですか?

すだもみぢ

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第一章 ここは私の知らない世界

第13話 空

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「こちら、お客様はどれくらい入られてますか?」

 カフェのように人の出入りが多ければついで買いのようなものも狙えるけれど、洋服屋ではいまいちだろうか。そう思いながら何気なく聞いた。
 委託販売させてほしいとか、そういうお願いすらしてない段階で我ながら図々しいが。捕らぬ狸の皮算用ってやつです。完璧に。

「この店、まだ知名度が低いのが問題なのよね。オープンしたてで、あまりここに店があるのすら知られていなくて……」
「あぁ、そうなんですね……」

 ガラス張りにして外から中が見えるようなら中がブティックってわかりそうなものでも、木製のドアで看板だけで店の種類を判別するしかできない。
 それに同業他社は既にこの街にあるだろうから、新しい洋服屋が開かれていても、今のままでいいと思う人は興味がわかないだろう。
 新しい物が好きな人を、こちらの店に誘導するなら、意外性を打ち出すのがいいのでは、と思うのだが。

「それなら空から宣伝すればよくないですか?」

 あ、いけね。
 来る時から空が広いなぁと思っていたから、ついつい、思考が引っ張られてしまった。
 しかし、私のアイディアに彼女の興味は引っかかったようだ。

「空?」
「高い塔を作るのは時間がかかっても、天然ガス取れる土地ですからね、ここ。店の二階か屋根から気球を高く飛ばして、垂れ幕でもすればよくないですか? 目立つと思いますよ。それとも恥ずかしいとか、やっちゃいけない法律とかあります?」

 アドバルーンとかいうんじゃなかったっけ?
 一度、都内のデパートでパンダ頭を飛ばしてるの見たことあったけど。

 この世界でもレストランのような飲食を扱っている店が、普通に街の中にある。
 それなら屋敷の厨房で見たようなガス管は存在しているのではないだろうか。
 店の奥からも熱気を感じるから、ガスを利用している可能性もあるし。きっと布を伸ばすアイロンのような道具を熱するのにガスを使っているんじゃないかなぁ。

「天然ガスで大きな風船作って浮かせるのに安全性の問題ありますけれど、人間が乗ってるわけじゃないから大丈夫だろうし。火だけ気を付ければ」

 問題は布とか紐とかがどれだけ軽い素材がここで手に入るか、かな。それと気密性。
 ここで取れるメタンガスの純度がどれくらいかはわからないけれど……。でも、不燃性が多い重い気体はそう混じってないと思うんだよねえ、普段、勢いよく燃えてる様子を見ると。
 もっとも、ここの空気の割合や気体の重さが私が知っている世界と同じだったらの話だけれどね。
 でも物の燃焼の具合とか見てると似たようなもんだと思うんだよなぁ……。

「熱気球でも同じようなことができる気がしますが、可燃性の燃料を追加する手間を考えると、やはりガス気球の方が楽なんじゃないですかね」

 どっちがいいかなぁ、と空を見上げながら化学式とかを考えていたら、セイラ先生が驚嘆したような顔をしていた。

「すごいわ、リリアンヌ」
「え?」
「天然ガスが空気より軽いなんて、言われてみるまで気づかなかったわ。生活に便利なものとして燃料として用いられるだけで、それが軽いことを利用するなんて思わなかった。危険だから集めることはダメと幼い頃から言われているものね」
「あー……」

 ここの世界では天然ガスはそういう風に扱われる気体だったのか。
 だから気球みたいなものが今まで存在してなかったのだろう。

 ――しまった。

 生活に根差しているからこそ、ここの世界なりのルールがあって、それが化学の進歩を妨げたりはしても、それでうまくいってたはずなのに、私が邪魔してないだろうか。

 余計なことを言ってしまったかもしれない。
 自分のせいで爆発事故で誰か死んだら申し訳なさすぎるのだけれど。
 でも、天然ガスの身近具合はこの世界の人の方が私よりはるかに上だろうし、う、うん、信じてる。私、この世界に来るまで自噴している天然ガス見たことなかったもの。この世界の人の方が扱い方はプロだろう。

 いつか誰かが見つけて始めるべきことを、ここがきっかけになっちゃっただけだ。

 そのまま、セイラ先生が持ってきた紙に簡単なアドバルーンの設計図みたいなものとアイディアを話し、縫製のプロ視点での私のアイディアの欠点を指摘されたり。
 そんなことをしていたら、遅い時間になってしまった。

「申し訳ありません、もう帰らないと……。全然肝心なテストのお話できませんでしたね。また次回に持ち越しですか?」
「いいえ、もう充分です。むしろ私の方が得たものが多いくらいです。今日はとても有意義な時間をいただき、ありがとうございます。次回はお手紙で私が授業できる時間などについてもお知らせいたします。それと、メリュジーヌお嬢様についてもお話を伺いたいですしね」

 晴れやかな笑顔なセイラ先生に送り出され、私はメリュジーヌお嬢様へのお土産と、それ以外にも必要なものをいくつか商店街で買ってから、公爵邸に戻っていった。




 歩いている間にどんどんと周囲が暗くなっていく。
 元々街頭などがあまりない道で、前がよく見えないのが怖い。

「どひぃぃぃ、なんでこんなに天然ガスが豊かな場所でガス灯がないのぉ」

 内心叫びながら歩いていたら、不意に周囲が明るくなった。
 思わず光源を確認しようと見たら、月が上っていた。

「あれ、月……? 満月? こんなに明るいもんなの?」

 先ほどより明らかに周囲が見えやすい。
 月明かりがここまで明るいなんて。月が記憶にあるものより大きく見える気がするのは、少し心細かったからか、それともこの世界の月が大きいのか。

 周囲が暗くなっていくのと入れ替わるように、家では灯をつけ始めているようで、ぽつ、ぽつ、と周囲の光が増えていった。
 明かりがついてもそれはまだ暗く、みずほであった自分が知っているような光の渦にはほど遠いものだった。

「月は東に日は西に……しんじまっか、ひみに……」

 誰かが聞いていたらなんの暗号?と思われたかもしれない。
 地平線に沈む太陽と、そのタイミングで出てきていた月の形を確かめ、やはりここが自分が知ってる世界に酷似していることを確信した。同じだとは言えないけれど。
 子供達に教えていた、月が南中する時間やその形の語呂合わせを呟いたら、唐突に里心がついてしまって、歩きながら大きくため息をつく。


 なんでよりによって自分は、あのタイミングでこの世界に飛ばされてきたんだろう。
 あの日は特別な日だったのに。

 二月一日。

 それは中学入試の日だ。
 短くても1年、長い子にいたっては4年以上かけて育て上げた生徒という名の果実たち。
 いうならば農家が収穫と出荷の直前に、仕事を取り上げられたようなものだろうか。
 頑張ったのは子供達だけれど、自分だって一生懸命応援した結果が出る大事な日なのだ。
 

 月を見上げて思う。


 せめてあの子たちが合格してればいいけれど。ああ、胃が痛い。

 私は帰れるかどうかわからないけれど、遠い空の下のみんなが、笑える春を迎えられていることを祈るだけだ。
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