上 下
5 / 48
第一章 ここは私の知らない世界

第5話 リリアンヌの顔

しおりを挟む
 一応、分かったことはわかった。
 そしてわかったことは、この厨房の仕事がほんとにしんどいということも含まれてる。
 中腰でひたすら野菜を切るとか、大きなへらで大きい鍋をかきまわすのが辛いとか、そういうのもあるけれど。


「暑い……」


 部屋中に蜃気楼が立ちそうなくらい、部屋が暑い。
 窓開け放しているけれど、40度以上はありそう。
 なんでこの調理場こんなに暑いんだろうと思ったら、煮炊き用のガスが多く、それも点けっぱなしになっているようだ。

 火を消さなくていいのだろうか、と思ったら、閉める栓自体が存在していない。
 煮炊きをする火自体は操作せず固定で、弱火や強火のコントロールは、鍋自体を上から釣り上げて火から離してしているようだ。
 滑車みたいなので鍋を持ち上げたり、下げたりして、ローテクなんだかハイテクなのだかわからない。
 鍋が大きいから、人間の方もそれに合わせて台に上ってかきまわしたりもしていて、ものすごく面倒くさそうだ。

 配管どうなってるんだろうとちらっと見たら、床をぶち抜いて管が出てて、そこから火が常時点いてる仕組みのようだ。ガス管が通っている気配がなく、直接地中に繋がっている。

 これ、天然ガス?

 あー、なるほど。ほっといても勝手に湧いてくるのなら点けっぱなしにしておくほうが合理的なんだ。
 火を点けたり消したりする手間も省けるし、それにガス漏れしているのに気づかずに爆発の危険もなくなるものね。
 だからこそ、独特の調理法になるんだなぁ、と感心してしまった。
 自分の常識が全てではないな、と反省した。物事はそれに合わせて変わっていくのだなぁと。 

 それで厨房仕事はみんなが敬遠するわけか。
 女性なら汗だくになって化粧とか崩れるだろうしね。
 この自分自体の化粧はどうなっているのだろうと不安になり、こっそりと顔を擦ったけれど、化粧をほとんどしていないようだ。わずかに口紅を差して程度らしくて安心した。
 じゃなかったら、厨房に会う人に自分の顔を見て、流れた化粧で恐れられるところだったわ。

 そういえば、自分の顔を確認してないけど、リリアンヌってどんな顔しているんだろう。なんか見るのが怖いが……。

 しかし、サウナ効果でお肌はもちもちになった気がする。

 暑いー、死ぬーとゆでだこのような顔をしながら、今度はデザート用の果物を切って。
 解放された時は全身、汗でびっしょりになっていた。

 しかし私はこの時気づいていなかった。
 天然ガスの存在をここで気づいていなかったら、この後でこの国の未来も大きく変化させられなかったし、メリュジーヌお嬢様の運命を変えることもできなかったということに。



「今日はお疲れ様、リリアンヌ」

 夕食の支度が仕事だったので、準備まですればいいだろう、とようやく解放してもらえた。

「そろそろシシリーお嬢様の方に戻りますね。身支度を整えてから」
「そうした方がいいね」

 汗だくになっているから着替える必要があるだろう。体も拭きたいし。
 部屋にもう一度戻ろうとしたら、厨房のおばさんに包みに入ったお菓子をいただいた。
 中身はデザート用のクッキーのあまりのようだ。

「これは今日頑張ってたから、ご褒美だよ」
「ありがとう!」

 ラッキー、と焼き菓子を受け取るが、それを二つの包みに自分で分け直した。
 外掃除をしていたアンナを見つけると、お菓子を取り出す。

「アンナ、焼き菓子いる?」
「え? いいの?」
「うん、今日楽しかったの、アンナのおかげだしね。またお喋りしようね」

 ほら、隠して隠して、と彼女のエプロンのポケットに隠させる。

 下働きの子はあまり裕福ではないようだというのは話していてわかったし。
 なんとなくこういうことしたくなるのは、中身が大人だからかなぁ。

 一応、リリアンヌとしての記憶が戻ってきているから、人前に出るようにしても、それほど下手を打つことはなさそうだ。多分。

 自分の部屋に戻り、ワンピースを脱ぐと水をかける。そうすれば汗染みなどができないのは、みずほではなく、リリアンヌのもっていた知恵だろうか。
 そして、予備の制服のワンピースを取り出して袖を通した。
 このお仕着せのワンピースも支給でなくて自分で買わなければいけないし、午前と午後で着替える必要があったりもする。リリアンヌの知識がなかったら知らなかった……。
 職場の制服なのに支給じゃないなんて、と驚いたよ。大事に着よう。

 髪の毛を縛ってまとめ、確認しようと端が曇って暗い小さな鏡に自分を映し、つくづくと思った。

 ……私、美人だな!!

 少々きつめの顔立ちではあるけれど、目鼻立ちはくっきりとしていて。赤毛にヘイゼルの目のようで、思わず見入ってしまった。
 一応、私の名誉のために言っておくが元々のみずほの顔だって、それほどまずいものだったわけではないです、ええ。
 しかし、このような生まれつき華やかな顔立ちではなかったので、メイクでごまかしていたというかなんというか。化粧映えする顔立ちと言っておこう。うん。

 でも思ったより若かった。
 えー、どうみてもリリアンヌ十代なんですけど。化粧しないでこの肌の美しさは若さゆえですね……。

「さてと、そろそろお嬢様に媚びてきますかね」

 そう一人ごちると、本日二度目の自室を後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。気長に待っててください。月2くらいで更新したいとは思ってます。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

魔力ゼロと判明した途端、婚約破棄されて両親から勘当を言い渡されました。でも実は世界最高レベルの魔力総量だったみたいです

ひじり
恋愛
生まれつき、ノアは魔力がゼロだった。 侯爵位を授かるアルゴール家の長女として厳しく育てられてきた。 アルゴールの血筋の者は、誰もが高い魔力量を持っていたが、何故かノアだけは歳を重ねても魔力量がゼロから増えることは無く、故にノアの両親はそれをひた隠しにしてきた。 同じく侯爵位のホルストン家の嫡男モルドアとの婚約が決まるが、両親から魔力ゼロのことは絶対に伏せておくように命じられた。 しかし婚約相手に嘘を吐くことが出来なかったノアは、自分の魔力量がゼロであることをモルドアに打ち明け、受け入れてもらおうと考えた。 だが、秘密を打ち明けた途端、モルドアは冷酷に言い捨てる。 「悪いけど、きみとの婚約は破棄させてもらう」 元々、これは政略的な婚約であった。 アルゴール家は、王家との繋がりを持つホルストン家との関係を強固とする為に。 逆にホルストン家は、高い魔力を持つアルゴール家の血を欲し、地位を盤石のものとする為に。 だからこれは当然の結果だ。魔力がゼロのノアには、何の価値もない。 婚約を破棄されたことを両親に伝えると、モルドアの時と同じように冷たい視線をぶつけられ、一言。 「失せろ、この出来損ないが」 両親から勘当を言い渡されたノアだが、己の境遇に悲観はしなかった。 魔力ゼロのノアが両親にも秘密にしていた将来の夢、それは賢者になることだった。 政略結婚の呪縛から解き放たれたことに感謝し、ノアは単身、王都へと乗り込むことに。 だが、冒険者になってからも差別が続く。 魔力ゼロと知れると、誰もパーティーに入れてはくれない。ようやく入れてもらえたパーティーでは、荷物持ちとしてこき使われる始末だ。 そして冒険者になってから僅か半年、ノアはクビを宣告される。 心を折られて涙を流すノアのもとに、冒険者登録を終えたばかりのロイルが手を差し伸べ、仲間になってほしいと告げられる。 ロイルの話によると、ノアは魔力がゼロなのではなく、眠っているだけらしい。 魔力に触れることが出来るロイルの力で、ノアは自分の体の奥底に眠っていた魔力を呼び覚ます。 その日、ノアは初めて魔法を使うことが出来た。しかもその威力は通常の比ではない。 何故ならば、ノアの体に眠っている魔力の総量は、世界最高レベルのものだったから。 これは、魔力ゼロの出来損ないと呼ばれた女賢者ノアと、元王族の魔眼使いロイルが紡ぐ、少し過激な恋物語である。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

処理中です...