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第一章 ここは私の知らない世界

第15話 噂でのあぶりだし

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 メリュジーヌお嬢様にお土産を渡した後は、自分の部屋に戻る。
 お嬢様に渡すお土産は消耗品か小物かのどちらかに限る。なまじっかいい物を渡しても取り上げられたり、嫌がらせに捨てられてしまうからね。

 今日の自分はオフだけれど邸内をうろついている時は、メイド服の方が紛れられて安心だから、着替えて厨房まで夕飯を取りに行くことにしよう。

「あれ、リリ、今日、会ったっけ?」
「お休み貰って遊びいって、帰ってきたところなのよ」
「そーなんだ、お帰り」

 ちょうど夕飯の休憩を取っていたメイド仲間たちの隣に、当たり前のように腰を下ろして、お喋りの仲間入りをする。私はもっぱら聞き手だけれど。
 貴族の家というものは、それだけで1つの社会のようなものだ。しかも年齢層が幅広いから、学校より複雑な人間関係になる。

 でもって使用人、噂話、すごい好き。
 特に今、一緒に話している3人のうちの1人のコリンヌはお喋り好きだ。
「貴方には言うけど、内緒にしておいてね?」
 というと、ほぼ次の日にはみんなに広まっているスピーカータイプで。
 このように話しを広げてしまう子は他の娘も大事な話をするのは警戒しているから、かえって目についてわかりやすいものだ。
 そういう娘を丁寧に避けて、広がっても罪がない程度の重要そうな話を、嘘を交えたものもあるけれど、密やかに屋敷に広めるということを、ここのところ繰り返していた。

 人というのは、小耳にはさんだ情報の方を信じるらしい。
 例えば拭き掃除など他の用事をしているけれど、脳が暇な時に何気なくきいた話は重要なことだと思ってしまうようで。
 私がしているのは、一人でメイドが仕事をいいつけられてこなしているその後ろで、私の姿が見えないように、誰かに話しているふりをして、耳をそばだてているメイドに声だけが聞こえるようにして話すということだけだ。

 ターゲットを変えたり内容を変えてもみたり、幾つかの噂を流しそれがどのように屋敷の中に蔓延していくかを観察している。

 スピーカータイプの子は自分が知っている情報を、誰彼構わず話すから、次の日には屋敷中の皆が知ることになる。しかし、自分が握っている情報が大きいものでも、話す相手を選べる慎重な子なら、他のメイドから「あの噂、聞いた?」みたいな話が来る前に、それに対処できる者の方に話が行き、噂が立ち消えるのだ。

「奥様が旦那様からいただいて大事にしているブローチを、エルヴィラ様が勝手に持ち出して会合に着けていったらしい」という噂を流したほぼ直後に
「エルヴィラ! 貴方、私のブローチを持ち出したでしょう!」
 と、大声でエルヴィラを叱責する奥様の姿を見て、その対応の素早さから奥様と繋がりのあるメイドが割れた。信用しそうになっていたので危なかった。

 ちなみにこれは嘘の噂ではなくて本当のことだけどね。
 こそこそと胸の辺りを隠しながら出かけようとしているエルヴィラに行き会ったので、観察していたら、最後の最後で気を抜いたのだろう。馬車に乗る瞬間に胸から手を離してしまって見えたからね。


 悪い噂を流すことで、邸内の結束を乱す。
 そしてどの噂が流れたことで、メイドの横の繋がりや口の軽さ、派閥を知る。
 あまり褒められたやり方ではないけれど、元々、ここだって単なる職場。仲良しこよしでやっている世界ではないのだから、これくらいやっても文句言われようがないよね、仕方ないよね。

 流した噂より、尾ひれがついていたり元の話が相当膨らんでいたりもしたら、その噂を流したメイドのいうことは当てにならないから、さっぴいて話しを聞かなければいけないとかもわかって。

 噂をこのように使えば、その人の交友関係やその人の口の固さがわかることだから。
 それに、この家の大きな派閥だけでなく、細いメイド同士の横の繋がりも見えてきた。

 そしてこれで意外なこともわかった。

 結構、邸内で恋愛している人って多いのね……。

 女性向きだと思っていた噂話なのに、男が知ってるケースが何度かあった。
 女性と男性の職場の遠さから考えて、その話を知っているということは、相手が誰かまではわからないが、きっとそういう親密な関係な相手がいるってことが透けて見えて。
 庭が主な職場な庭師がわざわざ屋敷の中に来て、そんな価値のない噂話だけを聞くとは思えない。彼女との愛の語らいの最中に彼女側が話のついでに漏らしたのだろう。
 そして、私に引っ掛けられて話してしまう男も、相当口が軽いんだけどね……。

「エルヴィラ様とエドガー様が口論してたのを見たわ。仲が悪いのかしら」という噂を流した時は、「もしかしたらメリュジーヌお嬢様のことをまだお好きなのかしら」という憶測から「エドガー様はまだメリュジーヌお嬢様のことが好き」という確定事項になって流れたりしていくのは面白かったのだけれど、それでエルヴィラからメリュジーヌお嬢様に八つ当たりでもされたら困るので、慌てて火消しに回ったよ、もう。



 新しい噂の種を仕込んでから今度こそ部屋で落ち着こうと自室に戻れば、仕事が終わったのだろうか。シンシアがいた。まだエプロンを着けているけれど。

「おかえりぃ、リリ~」

 彼女は私が今日出かけていたのを知っている。私は机の上に置いていたバッグを掴むと。

「はい、シンシア、お土産」
「え? いいの? ありがと!!」

 買ってきていたお土産を彼女にも渡す。
 みんな街まであまり出ないから、こういう買い物もしないし、お互いへのプレゼントみたいなことはしないようだ。

「うわ、オシャレな飴! 大事に食べるね!」

 先ほどマイナにあげたのと同じものを見て、途端ににこにこの笑顔になるシンシア。
 その笑顔を見て、なぜだろう、ものすごく安心した。
 どうも思った以上に今日、自分は緊張していたらしい。

「シンシア見てるとほっとするなー……」
「なぁに、いきなり」

 嬉しそうに飴を見て、それを言葉通り大事にしまうシンシア。
 屈託ないシンシアの笑顔は、お嬢様の笑顔とは違うけれど、純粋に私を信頼してくれるのがわかって、下手に噂を流したりして試そうとしなくても十分信じられた。
 相部屋の彼女との信頼関係だけは築いてくれていた、過去のリリアンヌに感謝しよう……。
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