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虹の橋でのお話

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 ロップイヤーのなごみは、わんわんと大きな声を上げて泣く琴葉ことはちゃんをとても淋しそうに、そして悲しそうに見つめていました。
 いやだ、いやだと、パパとママを困らせています。
 琴葉ちゃんがそんなにも泣いてしまうのは……なごみ自身に原因があったのです。
 だから余計にやるせなくて苦しいのです。

 なごみには琴葉ちゃんをなぐさめてあげることが、もうできません。
 琴葉ちゃんのそばに行って、なんども声をかけてみるけれど、前みたいにすぐに気づいて、うれしそうになごみの頭を撫でてはくれません……。
 だって、なごみは死んでしまったから……。

(体はラクになったけど……死んじゃうって一番つらくて耐えられないよ……。淋しいよ……)

 なごみも琴葉ちゃんのように、涙があふれて止まりません。
 どんなに「ほら、元気になったよ!」とまわりを走り回っても、琴葉ちゃんもパパもママも誰一人として、「元気になって良かったね」とほめてよろこんではくれませんでした。
 その痛くもつらい現実が、自分はもうみんなと二度とふれ合うことができないんだと……自分はもう死んでしまったのだと……いやでも突きつけてくるのです。


 その時でした。

「なごみ、おいで」

 淋しくて淋しくて、なごみが途方にくれていると……突然なつかしい声が聞こえてきたのです。
 間違えていなければそれは……一昨年に天国へと旅立ったおばあちゃんの声……。
 なごみを見ていると気持ちが和やかになるからと、「なごみ」と名づけてくれた優しいおばあちゃん。
 なごみはまたおばあちゃんに会えるのかと思うと嬉しくて、勢いよく声の方を振り返りました。

「おばあちゃん!」
「久しぶりね、なごみ」

 やっぱりおばあちゃんです。
 優しい優しいおばあちゃんが、そこにいました。
 おばあちゃんは「よくがんばったね」と、たくさんほめてくれて頭をなでてくれました。

「でもね、なごみ。もうみんなとはお別れをしなくちゃいけないのよ。私たちは天国へ行かないと行けないからね」
「そんな……やだよ……。ねえ、おばあちゃん。ここにずっといたらダメなの? 絶対? 本当に本当にダメなの?」
「ダメなのよ……。悲しいけどね……」

 おばあちゃんもとても悲しそうです。
 死んだらみんな天国へと行かなければならない。
 それはもちろん、なごみもちゃんと知っていました。
 でも琴葉ちゃんとはなれて暮らすことに、どうしても納得ができません。
 置いてなんていけない……なごみは琴葉ちゃんから離れるわけにはいかないのです。

「おばあちゃん……でもね、琴葉ちゃんはね、なごみがいないとダメなの。眠れないって言ってたし、幼稚園でもがんばれないって言ってたよ。なごみがお家で待ってるから、がんばれるって言ってたの。だからなごみが天国に行っちゃったら、琴葉ちゃんはがんばれないし眠れないの……。だから行けないよ……ごめんなさい」
「大丈夫。琴葉は、ちゃんと納得ができるいい子なはずだから。むしろ、天国へ行かずにずっとここにいる方が良くないのよ、わかるでしょう? 琴葉も悲しむよ。悲しませたくはないでしょう?」
「でも……ムリなの! 置いていけない! ここで見守りたいの!」

 なごみはどうしても納得ができませんでした。
 首をたてに振って、「おばあちゃんと一緒に行く」と言わなきゃダメなのも、どこかでは分かってはいたけれど……。
 でもどうしても、その言葉が言えないのです。言いたくないのです。

「なごみも琴葉ちゃんがいなきゃダメなの……。琴葉ちゃんになごみがいないとダメなように、なごみにも琴葉ちゃんがいないとダメなの……だからムリなの!」
「よしよし……なごみはやさしい子だもんね。いつも、琴葉のそばにいてくれてありがとう」

 琴葉ちゃんと同じようにワンワンと大きな声で泣き、駄々をこねるなごみを、おばあちゃんが優しい声と手でなだめてくれます。
 それでも、まだ首をたてに振ることはできませんでした。
 すると突然、おばあちゃんが「ごめんね……なごみ……」と、なごみを抱き上げて立ち上がったのです。

「えっ!? おばあちゃん!? やだ!! おろして!!」
「ごめんねぇ、なごみ。でも、本当にもうここにはいられないのよ……」

 おばあちゃんも泣いているようでした。
 そして、天国へ向かう道中でおばあちゃんが教えてくれました。
 天国の手前には虹の橋と言う天国とこの世を結ぶ橋があると。
 その一歩手前には、草地や丘、青々とした緑の谷があって、そこはいつも暖かく、とても過ごしやすい場所らしいのです。
 そこには動物たちがたくさんいて、みんな生きていた頃の病気や怪我などなかったかのように、元気に走り回って遊んでいると言うのです。
 そして、そんなみんなは、地上に残した大切な家族をそこで待っているのだと、おばあちゃんは言いました。

「そこの子たちは、みんな同じなの?」
「そうだよ」
「じゃあ、なごみもそこにいようかな……」
「わかった。なごみもそこで琴葉を待って、一緒に虹の橋を渡って天国までおいで」

 おばあちゃんはなごみをその場所まで連れて行ってくれました。
 確かにそこはおばあちゃんの言う通り、とてもあたたかくてすばらしい場所なのです。
 なごみが不思議そうに辺りをキョロキョロと見渡していると、おばあちゃんはなごみを撫でて微笑みました。

「待つのがつらくなったら、いつでもおばあちゃんを呼ぶのよ。すぐ迎えに来るから」
「大丈夫……。琴葉ちゃんもなごみと逢えるまで待つのは同じだから……」
「なごみ……自暴自棄になっちゃダメだからね。なごみが琴葉を置いてきたからって、泣かせてしまったからって、そうやって自分を責めて自分を大切にしないと琴葉はもっと悲しむんだからね」
「おばあちゃん……」
「なごみ。自分を大切にね。楽しく仲良くみんなと遊んでね。どんなに淋しくても悲しくても、愛されていることを忘れないで。琴葉もおばあちゃんもみんな、なごみが幸せであって欲しいといつも思っているの。それを忘れないでね。友達を作って楽しく遊ぶって、おばあちゃんと約束してくれる?」
「うん……」

 おばあちゃんは最後までなごみを心配しながら、虹の橋を渡って天国へ行ってしまいました。
 納得をしておばあちゃんを見送ったはずのに、いざひとりぼっちになると、突然あの淋しさがまたおそってきたのです。
 琴葉ちゃんを待つとおばあちゃんには言ったけれど……琴葉ちゃんはいつ迎えに来てくれるんだろう……と、なごみはやっぱりとても淋しくて、つらくてたまりません。

(笑って遊ぶ気になんて、とてもじゃないけどなれないよ……)

 楽しそうに遊んでいる動物たちを横目に見ながら、なごみはゆっくりポツポツと歩き出してみました。
 辺りを見渡すと、どこまでもあたたかくすばらしい場所が広がっています。
 でもやっぱり……なごみの今の気持ちには合いません。

 すると、しばらくウロウロしていたら、一つだけ雨が降りそそぐ場所が目に入りました。
 なごみは吸い寄せられるように、その雨の場所に入って行ってしまいます。
 おばあちゃんとの約束を忘れて……。

(今はここがいいかも……。琴葉ちゃんを置いてきたなごみにはここがぴったり……)

 そこはシトシトと冷たい雨が降りそそぐ雨降り地区と呼ばれる場所。
 とても寒くてつらい場所……。
 それなのに、ここに足を踏み入れればもう……ここにいなければいけないと、なぜか強くそう思ってしまうのです。
 なぜならこの雨は、地上に残してきた大切な家族が流す涙なのです。
 残してきた家族を泣かせたまま、あたたかい日差しの中で走り回って遊べない。
 そんな子たちがここには沢山とどまっていました。


 ✿・✿・✿・✿・✿・✿・✿


 でも時が経つに連れて、どんどん顔ぶれが変わります。
 みんな半年もしないうちに立ち直って、あたたかい日差しの中に駆け出していくからです。

 でもなごみは……もうずっと動けませんでした。
 ここから動けないということは……いまだに琴葉ちゃんが悲しみに凍えているということです。
 そんな中で笑って遊ぶことなんて、とてもじゃないけれどできません。

 そして、そんな毎日から五年が過ぎたある日……。
 ある男の人がなごみのところにやってきました。
 その男の人は何だか分からないけれど、とても神々しく感じました。

「きみも琴葉ちゃんも、ずっと泣いているね」

 なごみは「誰だろう?」とふしぎに思って、首を傾げました。
 その男の人はなごみの頭をなでて、優しくほほえみます。

「琴葉ちゃんもきみを失ったせいで毎日を無気力に過ごしていて、ちっとも楽しそうじゃない。気を抜いたら、いつもすぐに泣いてしまう」
「そんなの……そんなの仕方ないじゃない……。何年経っても淋しいもの……。琴葉ちゃんにはなごみがいないとダメなの! なごみだって琴葉ちゃんがいなきゃダメなの!」
「そうみたいだね……」

 男の人はとても困った顔で笑いました。
 そして「一つだけ提案があるんだ」と、なごみを抱き上げます。

「ここから出てがんばってはくれないかな? 他の動物たちにも優しくして、一緒に遊んで、困っていたら助けてあげて欲しい」
「……そんなの琴葉ちゃんがいなきゃ出来ない」
「琴葉ちゃんに逢わせてあげるよ」
「えっ!? 本当に!?」
「ああ。ちゃんと約束を守れたら、だけどね。なごみが約束が守れたら、大好きな琴葉ちゃんのもとへ生まれ変わらせてあげると、私も約束をしよう。お洋服を着替えて、またウサギとしてでもいいし。人間として、琴葉ちゃんの子供になるのもいいよ。でも、それはなごみがここに戻らずにしっかりと頑張れたらだ」

 この男の人の言葉を聞いて、久しぶりになごみの目がキラキラと輝き出します。
 無気力だった自分の気持ちにやる気の炎がともったのです。
 この人はウソを言っていないと、なぜだか分からないけれど強くそう思えたし……。
 何よりも少しの可能性があるのなら、それにすがりつきたかったのです。

「がんばる! 約束するから、琴葉ちゃんの子供になりたい! 琴葉ちゃんね、いつも言ってたの。「琴葉がお腹を痛めてなごみを産んだのよ。だから、琴葉がなごみのママなのよ」って。あの時は、琴葉ちゃんったらかわいいなと思ってたけど、それを現実にしたい!!」
「じゃあ、交渉成立だね。おばあちゃんも心配しているよ。何度もなごみのところへ行こうとしていたのを止めていたんだ。君自身で立ち直らないとダメだと思ったからね」
「おばあちゃん……ごめんなさい……。なごみ、おばあちゃんとの約束を……」
「そうだね、やぶってしまったね。でもこれから、その約束をやり直せばいい。そうだろう?」

 そう言って男の人はとても嬉しそうに微笑んで、なごみをあたたかい日差しのもとへ連れ出してくれました。


 ✿・✿・✿・✿・✿・✿・✿


 なごみは辺りをキョロキョロと見渡します。
 みんなが楽しそうでした。

(まず、何をしたらいいんだろう……)

 なごみはみんなを見ながら、首を傾げます。
 困っていたら助けてあげてと言われたけれど、みんな困っているようには見えません。

(あの男の人に、もっとどうすればいいのかくわしく聞いておけば良かったかも……)

 うーんとなごみはうなって、何かいい考えが浮かばないかと頭をひねります。
 すると、突然誰かから声をかけられました。

「ねぇ、そんなに悩んでどうかしたの? もしかして、ここに来たばかり?」

 声の方を見ると、二羽のウサギを連れた尻尾の短いシャム猫がいました。
 どうやら、そのシャム猫とウサギたちには、なごみがとても困っているように見えたようです。

「実は……最近雨降り地区から出てきたんだけど、まずどうすればいいか分からないの……」

 なごみは今の悩みを素直に伝えてみることにしました。
 なごみは地上で猫と出会ったことはなく、猫がどういった生き物なのか分かりませんでしたが、この猫はウサギを連れています。
 だからきっとウサギに優しいのは間違いないだろうなと、なごみは安心して素直に気持ちを打ち明けることができたのです。

「そうなんだね。じゃあ、こっちに来て」

 シャム猫とウサギたちは、なごみをどこかに案内してくれるようです。


 ✿・✿・✿・✿・✿・✿・✿


「ここは……」

 シャム猫とウサギたちが連れて来てくれたところには、さまざまな家が立ち並んでいました。
 さきほどの場所とは違い、ここは街みたいに見えます。

「住みたい家を頭の中で想像したら出てくるからやってみて」
「そうなの。生きていた時に住んでた家でもいいのよ」
「でもそうすると、淋しさ倍増だけどね……。同じ家なのに、どこを探してもいないんだもん……。分かってるのに帰って来てくれるのを待っちゃうの……」

 シャム猫とウサギたちがそれぞれなごみに優しく教えてくれます。
 そして、みんなの話を聞いていて思ったことがひとつ。
 ここにいる子たちも自分と同じなのだということです。

(みんなも離ればなれになった家族への想いや淋しさを抱えて、でもなんとか笑ってがんばってるんだ……)

 なごみは「よし!」と自分のほほをパンッと叩いて、気合いを入れて、家をまず作りました。
 想像をしたら作れると言っていたけれど……やっぱり想像するのは琴葉ちゃんと過ごした想い出がつまったあの家です。
 帰ってきてくれるかもと錯覚をしてしまって淋しくなると聞いたけれど……なごみもきっとあのシャム猫とウサギたちも家族との家しか知らないのです。
 他の家なんて思いつくわけがありませんでした。


 ✿・✿・✿・✿・✿・✿・✿


 その後は、シャム猫とウサギたちにしてもらったように、なごみも新しく来た子たちに優しくしてあげました。
 こっちにきたばかりで、周りをキョロキョロ見渡しながらどうすれば良いか分からなくて困っている子や、雨降り地区から動けずにいる子たちにも積極的に何度も何度も声をかけに行きます。

 もうここで何年過ごしたでしょうか……。
 お友達も沢山できました。
 お友達の中には新しいお洋服を着替えて、また生まれ変わると言う子も沢山いて、出会いと別れの繰り返しです。

「ママはまだこっちには来れそうにないから、そろそろ私からあっちに行こうと思うの」
「今度もウサギにするの?」
「うん、ママは私と出会ってからウサギにメロメロになったからね。だから今度も沢山沢山可愛いって言ってもらうんだ」
「今度は何ウサギになるの?」
「うーん、ママが大きいウサギに憧れるって前にテレビの前で言っていたから悩んでるのよね……。私は今はミニウサギなんだけど、個体差があれど、結構小さい方だと思うのよ。ここで出会ったミニウサギの子でも、私よりも大きい子は沢山いたもの」

 その子はショコラちゃんと言って、とても小さなウサギでした。
 ショコラちゃんと初めて会った時は「まだ子ウサギなのに……」と思ったほどです。
 ロップイヤーのなごみの子供だった時くらいのサイズしかないのです。

 ミニウサギとは、ミックスウサギの中でも小柄なウサギの総称です。
 けれどミックスなので、もちろん大人になった時に結構大きくなる子もいて、どんな大きさになるかは予測はできません。

 ショコラちゃんのママは人間の大人の女の人。
 ショコラちゃんが小さいから、色々と気を遣ってくれていたようです。
 寝相もあまり良くなかったみたいなので、万が一寝ぼけて踏んでしまわないようにと、一緒に眠ってくれることがなかったそうです。
 それでもケージの横で寝てはくれていましたが、本当はショコラちゃんはママの腕の中で眠りたかったみたいです。

 なので、比較的大きめな種類のウサギのお洋服を選びたいと悩んでいました。
 ウサギの大きさは様々なのです。
 ジャイアントラビットなんて、大きい子では120cm以上になる子もいます。
 ですが、そこまで大きいのは逆に困らせるだろうかと、ショコラちゃんは悩んでいました。

「スタンダードレッキスはどう? ジャイアントラビットほどではないにしても、大型種だし、しかも毛並みがとてもいいって話だって」
「ウサギの王様を意味しているんだっけ?」
「そうそう、そうらしいよ」
「ママ、喜ぶかな?」
「喜ぶよ! 絶対可愛いって沢山褒めてもらえるはず! なで心地も最高らしいから、沢山なでてもらえるかも! でも、寝相の件もあるから一緒に寝てくれるかはわかんないけど……」
「うーん……確かにね……。でもいいや。私スタンダードレッキスになる!」

 これで決まりです。
 ショコラちゃんはとても嬉しそうになごみにお礼を言っててから、新しいスタンダードレッキスのお洋服を選びに行きました。

 こうやって、なごみはお友達を沢山沢山見送りました。


 ✿・✿・✿・✿・✿・✿・✿


 また何年か経ったある日、なごみの前にあの男の人があらわれました。
 とても久しぶりなので、なごみは男の人の顔を忘れてしまったように思っていましたが、会ったらすぐにあの人だとわかりました。
 後ろにはおばあちゃんまでいます。

「なごみ、お疲れさま」
「おばあちゃん……おばあちゃん、ごめん! ごめんなさい!」
「何もあやまることなんてないのよ。本当によくがんばったね」

 おばあちゃんは優しく抱きしめて、頭を撫でてくれました。
 変わらない、優しくてあたたかい大好きなおばあちゃん。
 なごみは久しぶりに大きな声で泣いてしまいました。



「なごみ、待たせて悪かったね。あの時、五歳だった琴葉ちゃんはもう二十五歳になったよ」

 なごみは男の人のその言葉にとても驚きました。
 あの日からもう二十年も経っていたのです。

「こ、琴葉ちゃんは!? 今はどうしてるの!? 幸せに、元気にしてる!?」

 琴葉ちゃんを考えない日は、一日だってありませんでした。
 なごみはいつかまた一緒に暮らす日を何度も何度も夢見て、毎日がむしゃらにがんばってきました。
 家族のもとにまた戻るんだと楽しそうにしているショコラちゃんみたいな子をうらやましいと思いながら、友達みんなを沢山見送ってきました。
 なごみは今度は人間の子供としてと願ったけれど、やっぱりまたウサギでも良かったかもと後悔した日もありました。

「元気にしているよ」
「会いたい……。またウサギとしてでもいいから……また一緒に暮らしたい!」
「琴葉ちゃんはなごみ以外は無理だと、新しくウサギを迎える気はないみたいなんだ。でも、大丈夫。琴葉ちゃんはもうすぐ結婚をするみたいだよ。その子供として産まれる準備をそろそろ始めようか」
「なごみ、今度は琴葉と色々な場所に一緒に行けるのよ。琴葉と同じものを食べたり、旅行だって行けるわね」
「お留守番じゃない……」
「そう、お留守番じゃない。どこへだって行けるの」

 おばあちゃんのその言葉に、なごみはまた泣いてしまいました。
 琴葉ちゃんたちがなごみを置いて旅行へ行くことはなかったけれど、それでも日常のささいなお留守番はありました。
 幼稚園やお買い物、外食……ついて行けるわけはないけれど、少しだけ寂しかったから……。
 どこへでも一緒へ行けるという言葉が、とても嬉しかったのです。

「ウソ……じゃないのはわかってるんだけど……一応、確認させて? 本当に戻れるんだよね? 琴葉ちゃんの子供として」
「ああ、もちろんウソじゃないよ。ほら、行こう。琴葉ちゃんが待っているよ」

 あの時のように男の人は優しく、なごみを抱き上げました。
 なごみは念願の夢が叶って、嬉しくて嬉しくて涙が止まらなくって、言葉になりません。
 それでも頑張って、男の人に感謝の気持ちを精一杯伝えました。

「あり、ありがとう……ありがとうございます……!」
「うん、本当によく頑張ったね。なごみならもう大丈夫だね」
「おばあちゃんもありがとう!」
「なごみ、幸せにね。おばあちゃんはもう少し天国を満喫していくから。天国から見守っているからね」


 ✿・✿・✿・✿・✿・✿・✿


「琴葉、今日の検診で性別が分かるんだっけ?」
「うん。でも、私なんとなくだけど分かってるの。この子は女の子じゃないかなって」
「なごみの生まれ変わり?」
「うん、そう。きっと帰ってきてくれるって信じてるんだ。お月様や虹の橋に旅立った子たちは、お洋服を着替えてまた会いに来てくれるって、とある漫画家さんのマンガで読んだことがあるから。ウソか本当かは分からないけど、きっと本当だって信じてる」

 琴葉は旦那さんであるひなたにそう言って微笑み、お腹にソッと手を触れました。
 琴葉もまた信じていたのです。
 そして、なごみの帰りをずっとずっと待っていたのです。
 またなごみと話がしたいと。
 一緒に暮らしたいと強く願って。

「でもそうしたら、またウサギでも良かったんじゃないか?」
「そうなんだけど……なんとなく違う気がして。私にとってのウサちゃんはなごみしか考えられないってのもあるんだけど。なんとなく、なんとなーくね。なごみは人間になりたいんじゃないかと思ったんだよね」
「そうか、そうだな。きっとその琴葉の直感は間違えていないよ」

 ひなたが琴葉の頭を優しくなでます。
 琴葉はフフと笑って、「だから、この子はきっとなごみだと思う。名前も同じなごみにするの」と、とても嬉しそうに、愛おしそうに、お腹を何度も何度もなでました。

「おかえりなさい、なごみ。帰ってきてくれてありがとう」
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