もしも北欧神話のワルキューレが、男子高校生の担任の先生になったら。

歩く、歩く。

文字の大きさ
上 下
29 / 32

28話 浩二、死す。

しおりを挟む
 ばるきりーさんの拳をまともに受け、ヘルは派手に転がった。頭を何度も床に擦りつけ、人身事故のような勢いですっ飛び、本棚にぶつかって下敷きになった。
 ばるきりーさんは槍を抜き取り、浩二と琴音を背中に隠した。スーツのジャケットを放り投げ、何度か髪を振るう。
 ヘルはすぐさま本棚を粉砕し、散らばる紙切れの中を歩いてきた。ばるきりーさんの登場に、やや困惑している様子だった。

「なぜここに……」
「フレイに協力してもらったまでだ。主様ほどではないが、奴も上位神の一人。貴様を探し、空間の壁を破壊するなど、難しい事ではない」

 ばるきりーさんは槍を肩に担いだ。瞳には、底知れない怒りが宿っている。

「二人とも、無事で良かった。もう、大丈夫だ」

 浩二と琴音に優しく声をかけたばるきりーさんは、グングニルに目をやった。

「主様の槍、こんな所にあったか。まさか、主様の書庫をアジトにしていたとはな」
「ああ……ここは外界と断絶されている。隠れるには、もってこいだった」

 ヘルは無表情のまま、静かに答えた。
 ばるきりーさんは長く息を吐き、槍をヘルに突きつけた。

「散々、私の生徒を可愛がってくれたようじゃないか。相応の覚悟は、出来ているんだろうな!」

 槍の切っ先から雷が飛び、ヘルに襲い掛かった。まともに雷が直撃するが、ヘルは意に介さず、埃を落とすように体を払った。
 ばるきりーさんの魔法が、効いていない。ばるきりーさんの顔が、険しくなった。

「力の差は分かったか?」

 ヘルはあざ笑った。

「まだ本調子ではないと言え、貴様程度の下級神なら捻れる程度の力は戻っている。勝ち目はないぞ」
「……そうだとしても、退く理由にはならん」

 ばるきりーさんは、浩二をかばうように両腕を広げた。
 ヘルは青い炎を作り、飛ばしてきた。ばるきりーさんは全て叩き落し、槍を翳して躍り出た。
 流れるような動きで槍を振るい、ばるきりーさんはヘルに肉薄する。ヘルも炎の剣を作って応戦し、両者は切り結んだ。

「負けるとわかって飛び込むか、ますます意味が分からんな。なぜこんな無駄な真似をする? 勝ち目のない相手に喧嘩を売るなど、子供の理屈でしかないのだぞ」
「なんとでも言うがいい」

 ばるきりーさんはヘルを蹴り飛ばした。

「生徒が危機に瀕しているのなら、教師は立ち向かわねばならんのだ。生徒を守るのが教師の務め、責任だ。彼らを導く者として……私は全責任を背負わねばならん。たとえそれが己で背負いきれぬ物だとしても、私は全てを賭して、貴様を倒さねばならんのだ。教師ばるきりーの名においてな」
「……下らん。黙っていれば、耳障りな戯言ばかり」

 ヘルは唾を床に吐き捨てた。

「貴様が吾に歯向かうなど、思い上がりも甚だしいわ! たかだか人間ごときに貰った名が、一体何の意味を持つ!」
「沢山の意味がある。生徒からの親愛、信頼、そして絆。彼らから受けた多くの宝物が、私に力をくれる。そして私が背を押し、壁を乗り越えた生徒の姿が、私を奮い立たせる、私に勇気をくれるのだ。
 ヘルよ、貴様に見せてやる。私が人から貰った勇気という名の力を! 貴様が侮り、罵った人の力がどれだけ強いのか、思い知らせてやろう!」

 ばるきりーさんはシャツを脱ぎ捨てた。
 その下から、虹色に光る鎧が出て来て、彼女の全身を覆った。左腕には、全身を覆い隠せる楕円形の盾が現れた。全身を重武装し、ばるきりーさんが教師から、戦士に戻った。
 ワルキューレとなったばるきりーさんは、槍を掲げた。

「我が生徒に手を出した事、永遠に後悔するがいい!」
「ほざけ雑魚が!」

 ヘルは吼え、猛然と襲い掛かった!
 ヘルを受け止めたばるきりーさんは、奴もろとも姿を消した。目に映らぬほどの速度で駆け、あちこちから武具がぶつかり合う音が、激しく打ち鳴らされてきた。
 切り結ぶ二人の余波に、棚が砕け、本が散り、床が割れた。空気が震える衝撃に浩二と琴音は揺さぶられ、立つ事すらままならない。
 琴音を引っ張り、浩二はテーブルを盾に隠れた。すると高速戦闘を止めた二人が、グングニルを挟んで向かい合う。
 ばるきりーさんが最初に動いた。指を鳴らすなり雷鳴が轟き、無数の雷が槍を形成した。遅れてヘルが氷の塊を作り出し、数多の針を作り出す。

「行け!」
「殺せ!」

 掛け声と同時に、雷と氷の乱舞が始まる。青と白の閃光が走る中、ばるきりーさんは指を噛んだ。
 傷口から滴る血を床に落とすなり、魔法陣が作り出される。数瞬呪文を唱え、ばるきりーさんが手を叩き付けると、巨大な角を持つ牡鹿が飛び出してきた。
 乱舞渦巻く中、ばるきりーさんは牡鹿をヘルにけしかけた。鋭い角がヘルを捉え、胸を刺し貫こうとする。刹那、ヘルの腹が割れ、巨人の腕が現れた。

 巨人の腕は牡鹿を叩き潰したが、牡鹿は死に際、巨人の腕を角で引き裂いた。召喚術が相打ちに終わると見るや否や、ばるきりーさんは自分の槍をぶん投げた!
 超速の槍をヘルは避けるが、ばるきりーさんが腕を引き寄せるように振るうと、槍はブーメランのような軌道を描いて戻ってくる。ヘルは咄嗟に髪を抜き取り、分身を作り盾にした。

 槍の切っ先は分身を刺し、内側から爆散させた。ヘルは槍を蹴り落とし、今度は自ら動いた。
 ばるきりーさんの足元に直接茨の蔓を生やし、足首を絡めてきたのだ。一瞬身動きが取れなくなったばるきりーさんに、ヘルはナイフを出し、射出した。
 あのナイフを受ければ、体が腐り落ちる!

「っと」

 ばるきりーさんは事もなく盾を掲げ、ナイフを防いだ。足の蔓は軽く一蹴し、槍を手元に戻してから、一旦ヘルと距離を取った。
 二人はにらみ合い、大きくサークリングする。互いの命を狙う眼差しは鋭く、一部の隙も見当たらない。
 ばるきりーさんの槍と、ヘルの剣が同時に動く。瞬間、二人の姿は消え、またしても高速の白刃戦が始まった。
 人ではついて来れない、壮絶な神のぶつかり合いに、浩二と琴音は唖然としていた。
 もし出来たなら、ばるきりーさんの力になれればと思った。けど現実はまるで違いすぎて、自分達では、何一つ力になれない。その事実を、否応にでもたたきつけられていた。
 けど……それでも……。

「……頑張れ、ばるきりーさん」

 自分達の声が、少しでも助けになれれば。願いを込め、浩二は応援を口に出す。琴音も小さく、けどもばるきりーさんに聞こえるよう声を出し、声援を送る。
 二人の願いも空しく、均衡が破れた。高速の世界からばるきりーさんが弾き飛ばされ、床にたたきつけられたのだ。

 血を吐くばるきりーさんに、ヘルからの猛攻が来る。黒い針の雨がばるきりーさんに無慈悲に振り注ぎ、全身に突き刺さった。
 体のあちこちを針で固定され、磔になったばるきりーさんへ、ヘルは炎の剣を振りかざした。燃え盛る刀身が首を刎ねようと迫り来る。

「ぐっ!」

 ばるきりーさんは首をはねられる直前、自分の体を光の粒子に変えた。
 炎の剣は空を切り、ばるきりーさんの姿が消える。光の粒子はヘルの背後に回り、ばるきりーさんの体を再構築した。
 ばるきりーさんはそのまま突きの姿勢に映った。ヘルはすぐに反応し、髪を鞭のようにしならせ、ばるきりーさんを打ち付けた。衝撃が鎧を貫き、骨の折れる音がした。
 ばるきりーさんは歯を食いしばり、もう片方の手にも槍を持った。ヘルに時雨のごとき突きを繰り出すも、ヘルは素手で全ての突きを裁き、逆に痛烈な乱撃を叩き込んだ。

 全て急所へ、威力を倍にして返され、ばるきりーさんの連打が遅くなる。一瞬の間隙を突き、ヘルはばるきりーさんを蹴り飛ばした!
 数多の本棚を突き破り、ばるきりーさんの姿が埃に紛れて消えた。いつもならすぐに戻ってくるのに、ばるきりーさんが戻ってくる様子はない。

 ヘルは埃を払い、ばるきりーさんが消えた方向に手を翳した。
 黒い球体を作り、放り出す。球体は真っ直ぐにばるきりーさんの所へ飛び、遠くで爆音を響かせた。

「木っ端にしては、頑張った方か。そこそこにな」

 ヘルは平然と言い、鼻で笑っていた。体はおろか、鎧にすら、傷一つついていない。
 ばるきりーさんが、全く通用していない。ヘルは踵を返し、浩二に手を伸ばした。

「さて、では、本懐を成し遂げようか」
「……勝ったつもりかよ」

 浩二は後ずさりし、喉を鳴らした。
 考えろ……僅かでもいい。ばるきりーさんが戻ってこれる時間を作るんだ。
 あの人が、やられるわけがない。必ず、戻ってきてくれる。
 本を投げる? いや無理だ、それではわずかな時間さえ作れない。ではランプで本を燃やす? ……駄目だ、ここの本はそもそも燃えない。
 せめて魔法が使えれば。特異点なら、それくらいの事は、試さねば。そう思い本を手に取るが、どの本が魔術書なのかさっぱりだ。
 駄目だ、俺では止められない!

「では、死ね」

 ヘルの宣告が下る。浩二は目を閉じ、体を硬直させた。

「ばるきりぃぃぃぃぃぃさぁぁぁぁぁぁん!」

 と、急に琴音が、ばるきりーさんを呼んだ。
 あまりの大声に浩二は勿論、ヘルも僅かだがひるみ、一瞬動きが止まった。すぐにヘルは動き出すも、琴音の悲鳴は、確かにワルキューレに届き、

「……ぉぉぉぉおおおおおっ!」

 僅かな隙は、ばるきりーさんが戻ってくるのに充分な時間だった。
 捨て身の特攻でヘルにぶつかり、ばるきりーさんが復帰した。槍をどてっぱらにぶち込み、盾で殴りつけ、鬼気迫る怒涛のラッシュでヘルを押し捲る。ばるきりーさんの気迫に当てられ、ヘルは抵抗できず、防戦一方で押し返されていった。
 だが、所詮奇襲で押し返しただけだ。ばるきりーさんは、先ほどの攻防で相当消耗している。とてもじゃないが、ヘルが立て直したらすぐに逆転されてしまう。

「くそ……」

 浩二は本を探した。オーディンと同じ力があるなら、本を使って攻撃するくらい、できるはずだ。
 足手まといになるなんて嫌だ。あの人は俺を救ってくれた。あの人には、返しきれないくらいの恩があるんだ。
 今度は、俺があの人を助ける番なんだ!

「……あ」

 無数の本をあさっているうちに、浩二は、ある本を見つけた。それはここに来て、最初に浩二が手をつけた本だった。

「この本は……それに、グロッティ……!」

 浩二の頭に、ある作戦が思い浮かんだ。この本があれば、どうにかなる。かなり危険を伴うが、やる価値はある!

「琴音、頼みがある」

 浩二は琴音に、策を話した。琴音は顔を青くし、首を振った。

「そんなの……危なすぎるよ……」
「危険は百も承知だ。けど、危険でもやるっきゃない。危険を冒さず対処できる相手じゃないんだ」
「嫌だよ、こうちゃん、出来ないよ……」
「お前には危険がないようにする! ばるきりーさんをこのまま見捨てるつもりか!」

 浩二は懸命に琴音を説得した。

「がふっ!」

 ばるきりーさんの呻きが聞こえ、浩二は顔を上げた。
 とうとうヘルが立ち直り、ばるきりーさんに炎の剣を突き刺していた。鎧を貫き、腹を刺した刀身は、中からばるきりーさんを焼き続ける。
 それでもなお、ばるきりーさんはヘルの剣を掴み、抜けないように抵抗する。一歩でも、ヘルを生徒に近づかせないように。

「まだ……まだ……」
「くどいぞ、去ね」

 剣で深々と抉り、ばるきりーさんはさらなる苦痛に悶絶した。無残な姿に琴音は目を背けた。

「琴音、覚悟を決めろ。ばるきりーさんを助けるには、この方法しかない……お前が協力してくれなくちゃ、絶対成功しないんだ!」
「……ばるきりーさん……」

 琴音は唇を噛み、ようやく頷いた。
 そして同時に、ばるきりーさんが投げ飛ばされ、浩二に降ってきた。あまりの勢いに押しつぶされ、琴音共々下敷きになった。
 ヘルが炎の剣を掲げ、悠然と歩いてきた。

「最後の抵抗は終わったか?」

 ヘルは首を鳴らし、腕を突き出した。時間の猶予はもう残されていない。
 やるなら、今しかない!
 浩二はグングニルに目をやった。走れば、5、6歩で到着する。自分がグングニルの一部ならば、きっと使えるはずだ!
 浩二はグングニルに突っ込んだ。ばるきりーさんの制止を振り切り、手を伸ばす。ヘルを倒すために、ばるきりーさんを助けるために!
 しかし、浩二の決死の行動は、

「甘い」

 ヘルの一言の後、黒い針によって無為に帰した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

エリア51戦線~リカバリー~

島田つき
キャラ文芸
今時のギャル(?)佐藤と、奇妙な特撮オタク鈴木。彼らの日常に迫る異変。本当にあった都市伝説――被害にあう友達――その正体は。 漫画で投稿している「エリア51戦線」の小説版です。 自サイトのものを改稿し、漫画準拠の設定にしてあります。 漫画でまだ投稿していない部分のストーリーが出てくるので、ネタバレ注意です。 また、微妙に漫画版とは流れや台詞が違ったり、心理が掘り下げられていたりするので、これはこれで楽しめる内容となっているかと思います。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...