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16話 ばるきりーさんの疑問
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職員室にて、ラーズグリーズは明日の補習の準備をしていた。
使用する教室を確保して、ダ・ヴィンチの意見を取り入れたテキストの用意と、受講者に合わせた学習法を個々に考えておく。それが終わったらバスケ部の地区大会出場の申し込みをして、他にも月曜からの授業の備えと……バリバリ音を出しながらめまぐるしく動くラーズグリーズのバイタリティに、他の教師は舌を巻いていた。
「ふぅ」
操作に慣れたパソコンを打ち終え、ラーズグリーズは一息ついた。
琴音から感謝されて以降、この仕事が楽しくて仕方がない。各生徒と向き合い、個性を伸ばしていく仕事が、こんなにも楽しいだなんて。
よく見ていくと、一人一人違うのだ。この生徒はここが苦手で、あの生徒はあれが得意で、それを伸ばすにはそうやって、どれを克服するにはどうやってと、考えているうちに日が暮れる。もう時間が足りなくてもどかしかった。
やっと軌道に乗った教職にほっとする一方、ラーズグリーズは一人の生徒に関して悩んでいた。浩二である。一歩離れた所で浩二を見れるようになったからだろうか。彼の心の動きが、なんとなく伝わってくるのだ。
浩二は大人に対し不信感を抱いている。それは琴音から聞いた通りだが、その不信感の後ろには、大人への憎しみがあるような気がした。それも、随分深い根があると見える。
どうして彼が、そうまで大人を憎むのか。気になるし、調べるのは簡単だが、ラーズグリーズから調べるのは、彼のためにはならない。
今なら分かる。琴音の言う、触れられたくない領域とやらが。生徒は皆、大なり小なり不安や悩みを抱えている。それをつつくのは、人の心に土足で踏み込むのと同じだ。浩二が抱えている物は、決して軽くない。無理に触れようとしたら、彼の心に悪影響を与えてしまう。
教師は手を出すだけでなく、あえて距離を開ける必要もある。待つのもまた、教育だ。
「待つしか出来ないのはつらいがなぁ……」
ラーズグリーズは背もたれに寄りかかり、窓を見やった。
そしたら窓の外に、部下の姿が見えた。
「……ほう」
途中報告に来たか。ラーズグリーズは目を閉じ、部下に意識を向け、頭に直接声を届けた。
「首尾はどうだ?」
「未だ発見出来ません。何度か感知はするのですが、すぐに気づかれてしまいます」
「そうか……引き続き、奴を追ってくれ」
部下は敬礼し、いずこへと飛び去った。
教師の悩みとは別の、戦士としての苦悩に、ラーズグリーズはため息をついた。
あれから、ヘルの行方を掴めずにいた。主様との戦いで力をだいぶ失っているだろうが、それも時間が解決してしまう。時間が立てば立つほど、奴は本来の力を取り戻していくはずだ。
奴が本来の力を取り戻したら、ラーズグリーズでは勝てない。奴と戦えるのは主様くらいのものだ。しかしその主様は今、戦うどころか動く事さえできないのだが。
「……ヘルか」
つい先日、ラーズグリーズは奴について聞くために、主様の下へ参上していた。
主様はヴァルハラの奥、自身の寝室にて、深い眠りについている。お言葉を得られるのは本当に稀で、ごく短時間に限られている。
原因はヘルだ。ヘルが主様の持つ槍を目的に、襲撃してきた事から起因する。
自身と互角の力を持つヘルを倒すべく、主様は立ち上がり、先陣を切って戦い続けた。結果としてヘルを撃退することはできたが、引き換えとして、主様の意識は深奥へと沈んでしまったのだ。
それでもなお、主様は夢で世界を見渡し、時折ヴァルキュリア達に助言を与えてくださる。
ヘルについて伺うため、ラーズグリーズはここしばらく尋ね続けていたのだが、やはり、主様は黙したまま。有力な情報は、得られなかった。
「ヘルがおとなしい内に対処するべきなのだが……」
唯一分かっているのは、奴の狙いがはっきりしている事だけだ。
最初は、浩二と琴音の二人を狙っているのかと思っていた。しかしフレースヴェルグ、アルミラージの行動を振り返るに、浩二を重点的に攻撃していた。ヘルは浩二を狙い、そして殺そうとしている。それだけは、どうにかわかった。
しかしなぜだ。なぜヘルはたった一人の、それも子供の人間なんかを付け回している?
ヘルは馬鹿ではない。意味も無く、道端の石ころを壊すような真似は断じてしない。恐らく、浩二には何か秘密があるのだ。ヘルにしかわからない、秘密が。
ただその秘密だが、ラーズグリーズにはうっすらと心当たりがある。ヴァルハラで浩二は、秘密の片鱗を見せている。
なぜ彼が主様の武器を使えるのか。そしてもうひとつ、彼の言葉に含まれる、不可思議な強制力。彼が命令を下すと、ラーズグリーズの意思に関係なく、勝手に体と思考が動いてしまうのだ。ラーズグリーズ程高位の存在に影響が出るのなら、他のヴァルキュリアも恐らく同じだろう。彼の命令に、誰も逆らえない。
ただ、それだけわかっていても、答えはわからなかった。なぜ彼がそのような力を持つか、そこから調べていくしかあるまい。
「君は、何者なんだ?」
ラーズグリーズのつぶやきは、誰にも届かなかった。
使用する教室を確保して、ダ・ヴィンチの意見を取り入れたテキストの用意と、受講者に合わせた学習法を個々に考えておく。それが終わったらバスケ部の地区大会出場の申し込みをして、他にも月曜からの授業の備えと……バリバリ音を出しながらめまぐるしく動くラーズグリーズのバイタリティに、他の教師は舌を巻いていた。
「ふぅ」
操作に慣れたパソコンを打ち終え、ラーズグリーズは一息ついた。
琴音から感謝されて以降、この仕事が楽しくて仕方がない。各生徒と向き合い、個性を伸ばしていく仕事が、こんなにも楽しいだなんて。
よく見ていくと、一人一人違うのだ。この生徒はここが苦手で、あの生徒はあれが得意で、それを伸ばすにはそうやって、どれを克服するにはどうやってと、考えているうちに日が暮れる。もう時間が足りなくてもどかしかった。
やっと軌道に乗った教職にほっとする一方、ラーズグリーズは一人の生徒に関して悩んでいた。浩二である。一歩離れた所で浩二を見れるようになったからだろうか。彼の心の動きが、なんとなく伝わってくるのだ。
浩二は大人に対し不信感を抱いている。それは琴音から聞いた通りだが、その不信感の後ろには、大人への憎しみがあるような気がした。それも、随分深い根があると見える。
どうして彼が、そうまで大人を憎むのか。気になるし、調べるのは簡単だが、ラーズグリーズから調べるのは、彼のためにはならない。
今なら分かる。琴音の言う、触れられたくない領域とやらが。生徒は皆、大なり小なり不安や悩みを抱えている。それをつつくのは、人の心に土足で踏み込むのと同じだ。浩二が抱えている物は、決して軽くない。無理に触れようとしたら、彼の心に悪影響を与えてしまう。
教師は手を出すだけでなく、あえて距離を開ける必要もある。待つのもまた、教育だ。
「待つしか出来ないのはつらいがなぁ……」
ラーズグリーズは背もたれに寄りかかり、窓を見やった。
そしたら窓の外に、部下の姿が見えた。
「……ほう」
途中報告に来たか。ラーズグリーズは目を閉じ、部下に意識を向け、頭に直接声を届けた。
「首尾はどうだ?」
「未だ発見出来ません。何度か感知はするのですが、すぐに気づかれてしまいます」
「そうか……引き続き、奴を追ってくれ」
部下は敬礼し、いずこへと飛び去った。
教師の悩みとは別の、戦士としての苦悩に、ラーズグリーズはため息をついた。
あれから、ヘルの行方を掴めずにいた。主様との戦いで力をだいぶ失っているだろうが、それも時間が解決してしまう。時間が立てば立つほど、奴は本来の力を取り戻していくはずだ。
奴が本来の力を取り戻したら、ラーズグリーズでは勝てない。奴と戦えるのは主様くらいのものだ。しかしその主様は今、戦うどころか動く事さえできないのだが。
「……ヘルか」
つい先日、ラーズグリーズは奴について聞くために、主様の下へ参上していた。
主様はヴァルハラの奥、自身の寝室にて、深い眠りについている。お言葉を得られるのは本当に稀で、ごく短時間に限られている。
原因はヘルだ。ヘルが主様の持つ槍を目的に、襲撃してきた事から起因する。
自身と互角の力を持つヘルを倒すべく、主様は立ち上がり、先陣を切って戦い続けた。結果としてヘルを撃退することはできたが、引き換えとして、主様の意識は深奥へと沈んでしまったのだ。
それでもなお、主様は夢で世界を見渡し、時折ヴァルキュリア達に助言を与えてくださる。
ヘルについて伺うため、ラーズグリーズはここしばらく尋ね続けていたのだが、やはり、主様は黙したまま。有力な情報は、得られなかった。
「ヘルがおとなしい内に対処するべきなのだが……」
唯一分かっているのは、奴の狙いがはっきりしている事だけだ。
最初は、浩二と琴音の二人を狙っているのかと思っていた。しかしフレースヴェルグ、アルミラージの行動を振り返るに、浩二を重点的に攻撃していた。ヘルは浩二を狙い、そして殺そうとしている。それだけは、どうにかわかった。
しかしなぜだ。なぜヘルはたった一人の、それも子供の人間なんかを付け回している?
ヘルは馬鹿ではない。意味も無く、道端の石ころを壊すような真似は断じてしない。恐らく、浩二には何か秘密があるのだ。ヘルにしかわからない、秘密が。
ただその秘密だが、ラーズグリーズにはうっすらと心当たりがある。ヴァルハラで浩二は、秘密の片鱗を見せている。
なぜ彼が主様の武器を使えるのか。そしてもうひとつ、彼の言葉に含まれる、不可思議な強制力。彼が命令を下すと、ラーズグリーズの意思に関係なく、勝手に体と思考が動いてしまうのだ。ラーズグリーズ程高位の存在に影響が出るのなら、他のヴァルキュリアも恐らく同じだろう。彼の命令に、誰も逆らえない。
ただ、それだけわかっていても、答えはわからなかった。なぜ彼がそのような力を持つか、そこから調べていくしかあるまい。
「君は、何者なんだ?」
ラーズグリーズのつぶやきは、誰にも届かなかった。
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