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3話 アホの子+アホの子=アホの子

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「あんた……なんって事してくれてんだよ!」

 ばるきりーさんことラーズグリーズは、浩二に正座をさせられ、こんこんと説教を受けていた。周りは警察で囲まれて、あとついでにヴァルキュリア軍が現場修復に奔走していた。
 ラーズグリーズは彼を助けたはずだった。てっきり彼から感謝の言葉が聞けるかと思ったのに、彼の口から飛び出したのは中々手厳しい罵詈雑言である。

「しかしな浩二、私は君を救助したわけだろう? こうして無事に済んだのだから、怒るのはむしろ筋違いじゃ」
「黙れ」

 浩二に強く言われ、ラーズグリーズは口をつぐんだ。

「あんたな、これで助けたって言えるのか?」

 浩二は腕を広げ、めちゃくちゃに破壊された住宅地を示した。
 確かに少しやりすぎただろうが、フレースヴェルグは気絶させただけ、切断した腕も再生する。人間だって犠牲者は居なかったし、建物は元に戻せる。別段、気に留めるような事ではないと思うのだが。

「君の怪我も大した事はないのだろう? せいぜい肩が外れたくらいで、大した事なかったし」
「俺の怪我は別にいいんだよ。もっと違う事を言うべきじゃないのか?」
「むぅ……思い当たらんのだが……第一、命は助けたのだから……」
「……所詮何を言おうが無駄かよ」

 浩二は心底呆れた様子でそっぽを向いた。軽蔑されているのは分かったが、なぜそこまで蔑まされなければならないのだろう。
 首を傾げるラーズグリーズ。すると横から、救いの手が伸びてきた。

「こうちゃん、もういいでしょ? ばるきりーさんの言うとおり、皆無事だったんだから」

 琴音である。浩二をなだめようとしてくれたのだが、浩二は琴音の腕を掴んだ。

「無事だ?」

 そして彼女の髪をかきあげて、眉根をしかめた。

「お前、その怪我隠して何言ってんだよ」
「何、怪我?」

 ラーズグリーズは立ち上がった。琴音はこめかみに傷を受けており、出血の跡が伺えた。それ以外にも傷跡が目立つ。先ほどの爆発に巻き込まれたからだろうか。

「その怪我、こいつのせいでついたんだろ?」
「違うよ。私が鈍くさくて、逃げ遅れたから」
「嘘つくな。分かりやすいんだよ、お前は」

 浩二は絆創膏を何枚か琴音に貼ってから、ラーズグリーズを睨んだ。

「あんたは結局戦士なんだな。教師にゃ絶対なれねーよ」
「それはどういう意味だ?」
「説明しても無駄だ。話す価値も無いし、もう罵る意味も無い」

 浩二は踵を返し、

「生徒一人助けられない教師が偉そうな面で教壇に立つな、馬鹿野郎」

 そう残して、足早に去ってしまった。
 生徒一人を助けられない? どうしてだ? ちゃんと命は守っただろうに。ラーズグリーズは頭を悩ませた。

「えっと、ばるきりーさん。あんまり気にしなくても平気だよ」
「そう言われてもな」

 琴音の絆創膏を見つつ、ラーズグリーズは考えた。
 教師にはなれないとは? 生徒を助けるとはなんだ? 彼が求めていたのはなんだ? 浩二の言葉が頭の中をぐるぐる回り、ラーズグリーズは思考の渦に飲まれていった。

「……分からん。なぜあそこまで言われなければならなかった? 琴音、君は分かるか?」
「うん、まぁ。ちょっとは」

 琴音は苦笑いを浮かべた。

「やっぱり、怪我する人を出すのはよくなかったかも。ばるきりーさんの助け方だと死んじゃう人も居たかもしれないし」
「あの程度で死ぬのか? むぅ……」

 ヴァルハラの住民ならばあの程度は軽く耐えるのだが。人間は想像以上に脆い種族らしい。

「しかし、それでもあれは少々言いすぎだと思うが」
「うん、こうちゃんはちょっと、その辺りに敏感なんだ」

 琴音は視線をそらした。

「こうちゃんの事知ってると、ああいう言い方になっちゃうのはしょうがないかも」
「浩二がああ言うのは、理由があるのか?」
「口で言うのは簡単だけど……こうちゃんがそれ知ったら、多分余計こじれちゃうかも」
「こじれる? なぜこじれるのだ?」
「ちょっと繊細な問題なの」

 琴音は言いよどんだ。彼女の表情は優れず、胸の内を隠そうとしているようだった。
 ラーズグリーズはまた首を傾げた。言いたい事があるなら、とっとと言えばいいだろうに。

「……やはり分からん。命の恩人に無礼を働くのが人間の礼儀なのだろうか……」
「や、それは違ってね。えっとぉ……うーんっとぉ……」

 琴音は懸命に考えて、頭から湯気を出した。

「……うん。やっぱり口で言うより、ばるきりーさんが動いた方がいいと思う」
「私がか? なぜだ、君が浩二の事を説明してくれればいいだけのことだろう?」
「それだと、余計にこうちゃんを怒らせちゃうよ。また怒られるの、嫌でしょ?」

 そんなの当たり前だ。なぜか浩二の言葉は、頭に突き刺さる。彼からは、見放されてしまったかもしれない。そう思うと、胸が痛くなる。
 どうしたらいい、どうしたら、彼は許してくれるだろうか。
 悩むラーズグリーズに、琴音は両手を掴んだ。

「だから、ばるきりーさんが頑張らなくちゃいけないの。ばるきりーさんがこうちゃんの事を知っていかないと、ね」
「そう、なのか?」
「うん。だってばるきりーさんは、先生なんだから」

 琴音はラーズグリーズの手をとり、にぱっと笑った。

「人の事、知りに来たんでしょ? それなら、今は先生になってみて。私も一緒に協力するから! 何か困った事があったら、なんでも言って!」
「琴音……うむ!」

 琴音の手をしっかり握り返し、ラーズグリーズはむんっとやる気を出した。
 そこまで言われたならばやってやろうではないか。ヴァルハラの戦士、ラーズグリーズに不可能などないのだから!

「……しかし……」

 拘束され、連行されていくフレースヴェルグを見上げ、ラーズグリーズは顎に手を当てた。
 フレースヴェルグは寒さを好むため北極を住処にし、温暖な地域には近づこうとしない巨人である。四月の日本は温暖で、決して彼が好む環境ではないはずなのだが。
 何より、奴のあの目。瞳孔の開ききった、正気を失った目。比較的大人しい巨人がするような目ではない。

「……あれは洗脳術の類だったな」

 誰がどんな目的でかけたのかはわからないが、洗脳術の使い方としては、悪意に満ち溢れている。浩二と琴音は、意図的に襲撃された可能性が高かった。
 ただ……それは後で調べる。今すべき事は、別にあった。

「琴音」

 ラーズグリーズは琴音の肩を掴み、額がくっつくほどに顔を近づけた。

「教えてくれ……教師として……基本的な心構えをこの私に叩き込んで欲しいのだ!」
「ふえ? 私が?」
「先ほど困った事があったらなんでも言えといっただろう。だったら今がその時だ! 私は今のままでは戦士でしかない……私が教師と成るためにも! 君の力が今こそ必要なのだ!」
「私の……力が……!」

 ラーズグリーズが頼み込んだことで、琴音のやる気エンジンが、轟音と共に始動してしまったらしい。

「分かったよばるきりーさん!」

 アホ毛のアンテナをぴんと立て、琴音は目を輝かせた。
 彼女、困った事に頼られ好きなのである。一度頼られると以降、浩二ですら止められぬほどにヒートアップしてしまうのだ。
 んでもって、ニトロブースターばりの勢いで気が飛んでしまうのがお約束。

「じゃあ私の家に来て! 教師とは何たるか、私の部屋でみっちりレクチャーしてあげる!」
「お願いします老師!」
「さぁ! あの夕日まで私と競争よ!」

 お前ら何キャラだよ。浩二がいたらそんなツッコミが確実に入るであろう異様なテンションのまま、二人は夕日ではなく夕月に向かって走っていったのだった。
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