捨てられた魔王(♀)を保護しました~元魔王様はショタ狂い~

歩く、歩く。

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31話 人生最良の日になるはずだった

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 僕らは繁華街から興行区へ移動し、出店を見ながら散策していた。
 ベルゼンの東部にある興行区には、野外劇場や闘技場が建てられているんだ。休日になると、野外劇場ではオペラや演劇が行われたり、闘技場では闘牛や賭け事が催されたりして、人々の憩いの場になっているんだよ。
 ここへは初めて来るけど、活気が違うな。今日は闘牛が開催されるみたいで、沢山の人が歩いていた。

「こうした娯楽施設は私も運営していたな。今となっては懐かしい限りだ」
「魔王時代の政策だね」
「ああ、民も娯楽に興じねば、心が詰まってしまうからな。競馬を始め、多くの催事を催したものだ。無論、チケット代の一部は国費に回させてもらったがね」

「財政も一緒に支えてたんだ。でもエルザって、とてもいい魔王様だったんだね。国民の事を常に気遣ってさ」
「上に立つ者としての責務だからな。今となっては、もう戻りたくはないが。私のしていた事は、多くの者には受け入れがたい物だったようだからな。民のために、この身を犠牲にして働いてきたはずが、このざまだ。もう二度と政の世界には踏み入れたくはない。地位はなくとも、自分の思うままに、自由に生きている今が、一番幸せだ」

 聞けばエルザは、百年以上も自分以外の人のために、人生を賭けていたみたいだ。
 魔王って地位の檻に閉じ込められて、一度も自由に生きた事がなかった……凄く苦しかっただろうし、心が何度もつぶれそうになったと思う。
 重責から解放されて、青空の下でのびのびと生きている彼女は、輝いて見える。エルザはやっと自分の人生を生きているんだ。

「闘牛、見ていく? 僕見た事がないから、寄ってみたいんだ」
「かまわんぞ。ふふふ、人間がどのように牛と舞うのか、お手並み拝見だ。だが野外劇場ではオペラもやるようだな、あっちも捨てがたい」
「じゃあ順番に見て行こうか。今日はとことん欲張ろう」

 うまい具合に時間がズレていて、オペラと闘牛、どちらも見る事が出来そうだ。
 ソーセージのクレープを片手に席を取る。劇が始まる前の時間って、なんだかわくわくするな。
 そんな期待を胸に始まったオペラは、濃密な恋愛劇だった。平民と駆け落ちした貴族の物語で、多くの障害を乗り越えながら愛を育む、なんとも情熱的な内容だ。
 つい僕も見入ってしまったけど、それ以上にエルザがのめりこんでいた。

 物語の展開一つ一つに一喜一憂し、時には自分の事のように怒り、むせび泣いている。正直劇より彼女の方が面白かったかも。
 終わった後には物販で原作小説まで買ってしまうし、彼女の琴線に触れたみたいだ。僕も同じなんだけどね。中々泣かせる物語だったよ。

「これ……尺の都合上語られなかったシーンもあるらしい……絶対読も……」
「僕もそうしよう。じゃあ、闘技場に行こう。闘牛が始まるみたいだよ」
「そうしよう……くぅ、アンジェリーナぁぁぁ……」

 ヒロインに感情移入しすぎだよ。わかるけどね。

  ◇◇◇

 闘技場にも大勢の人が詰めかけている。闘牛はベルゼンでも人気のイベントみたいで、年齢性別問わず、人と牛の闘いに熱中していた。
 初めて見る闘牛はとても面白かった。赤い布をはためかせ、猛進してくる闘牛を華麗にかわしていく。マタドールに誰もが魅了されていた。
 それは種族も問わないみたいで、僕の隣の元魔王の女デーモンは。

「Olé! いい演武だ、よし気を抜くなよもう一丁! ヤー! Olé!」

 誰よりもはしゃいでいた。
 闘牛士がマントをはためかせ、華麗に牛をいなす度、エルザはエキサイトしていた。隣の人と一緒に盛り上がり、大きな掛け声を上げて、気付けば応援団長になっている。流石元魔王、カリスマ性が桁違いだ。
 さっきまでオペラで感涙を流していたのに、今は闘牛の興奮で汗を流している。忙しい人だなぁ。いやデーモンか。

 こんなにも楽しんでくれていると、誘った方としても冥利に尽きるよ。
 イベントよりも、エルザに視線が向かってしまうな。こんなにも生きるのを全力で楽しみ、色んな表情を浮かべるエルザは、とても魅力的だ。
 守ってあげたいな、彼女を。
 どれだけ離れても、元魔王の肩書は消えない。彼女を脅かす危機が来ないとは限らない。
 そのために、僕が居る。

 かつての英雄が、愛する人を守るために生み出した不知火の型と、災厄を振り払うために作り出した刀、天帝。僕が受け継いだ、エルザを救うための刃だ。
 彼女はやっと自由になれたんだ、彼女を再び鎖につなごうとする奴が出てきたら、なんとしてでも僕が打ち払う。なぜなら、僕は……。

「暴れ牛だ! 逃げろ!」

 突然悲鳴が上がった。見れば、闘牛が観客席に現れている。檻から逃げ出してここまで来たのか。
 かなり昂っているみたいで、手あたり次第に人を襲っている。すぐに止めなきゃ。

「来い! てんて……」
「その必要はない」

 エルザは闘牛まで瞬間移動し、ギン! と睨みつけた。
 途端に闘牛は怯え、おとなしくなる。単なる威嚇だけで、闘牛を一瞬で鎮めちゃった。

「あの程度、武器を振りかざす必要もない。殺気で脅してやればあのとおりさ」
「……流石魔王様……」

 ……彼女を守る以前に、僕が守られてちゃ世話ないね……とほほ。
 その後も闘牛を堪能した僕らは、柄も言えない高揚感のまま闘技場を後にした。
 凄く楽しかった、また観に行きたいよ。勿論、エルザと一緒に。
 今日一日で沢山の思い出を作れたな。今まで生きてきた中で、こんなに楽しかったのは初めてだ。

「さて、次はどこへ行こうか」
「まだ遊び足りない?」
「無論だ、それにまだ日が高いだろう? 帰るには早すぎるぞ」
「それもそうだね。……ふふ」
「どうした」
「エルザと会えてよかったって思っただけ。そうだ、ちょっと街の外に出てみない? 二人きりでゆっくり、話そうよ」

 今の想いを、エルザに伝えたいんだ。

  ◇◇◇

 私達はベルゼンを見下ろせる丘へ向かった、ミスティと出会ったあの場所だ。
 ここなら街がよく見える。私達にとって大事な世界である街を、腰を下ろして眺めてみる。
 シュウと共に逃亡して、早数ヶ月か。時の流れは早いものだな。全てを失ったあの日が、もう遠い過去に感じる。
 暗い洞窟の中で絶望に沈み、命が朽ち行くのを待っていたのが、まるで嘘のようだ。だって今の私は希望に満ち溢れ、親よりもらった命を、思い切り輝かせているのだから。

 他でもない、シュウ・ライザーのおかげでな。
 彼は柔らかな手を差し伸べ、私の心を撫で、傷を癒してくれた。一挙一動がいちいち愛らしく、抱きしめれば極上の感触に夢見心地になれた。

 気づけば今は、すっかりシュウの虜だ。彼のいない人生など、もはや考えられん。モノクロの百年を、シュウが綺麗に色づけてくれたのだ。
 シュウが欲しい。誰にも彼を渡したくない、私だけのシュウでいてくれ。
 そう伝えるならば、今しかない。今ならば誰も私の邪魔をする者は居ない。だというのに、なぜ言えないのだ。沢山アプローチして好意を伝えてある、あとは告白するだけだろうに、それしきの事が出来ぬとは。
 恋仲に進むのがこうまで恥ずかしいとは、なんと難儀な事なるか。

「エルザ、ありがとう」
「む、どうした。突然礼など」
「伝えないとと思ったんだ。僕が今、君に抱いている気持ちを」

 シュウが私の手を握ってくる。だ、大胆な奴だな。シュウから触れてくれるのはあまりないから、こっちがドキドキしてしまうぞ。

「あの時、エルザに会えなかったら僕は、こうして笑って立っていなかった。きっと途方に暮れてさ迷った挙句、道端で自害していたと思うんだ。もうこんな世界になんか、居たくないって。
 でもエルザが傍に居てくれて、僕の世界は大きく変わったんだ。君が居てくれたから、ずっと嫌っていた自分を僕は、ようやく好きになれた。エルザが僕の全部を受け入れてくれたから、僕はやっと、僕を認められるようになれたんだ。
 僕の心からの本音だ、僕はエルザに救われたんだ。
 今にして思えば、僕は僕が本当に嫌いだった。誰からも好きだと言われた事もなく、ひたすらに蔑まれ、疎ましがられ、挙句殺されかけてしまったから、自分には価値がないと思っていた。
 今の僕に生きる価値が出来たのは、紛れもなくエルザのおかげだ。君が居たから僕は、嫌いな僕を受け入れられるようになったんだ。
 だから、ありがとう。僕と出会ってくれて。君と会えて僕は、本当に幸せだ」

 なんと、私の胸に響く演説をしてくれたのだろうか。
 礼を言うのは、私も同じだ。私に生きる意味を与えてくれたシュウには、感謝以外何もない。君こそ私を救ってくれた恩人だ。
 ……なぜこんな、いい雰囲気なのに言えないのだろうな。私の意気地なしめ。

「こんな事言っちゃうと、なんだか傷の舐め合いみたいだね」
「傷は舐めれば治るものだ、存分に舐めればいいさ。お互い、そうしあえる者にも恵まれなかったからな。しかしまぁ、何と言うか……照れるものだな。シュウからそのような言葉を受け取れるとは思わなんだ」
「あはは、普段人前であんなにべたつかれてたら、言いたくても言えないよ。ああしてくれるのは嬉しいけど、時と場所は考えて欲しいかな」
「ふむ、人前で無ければべたついてよいと。つまりは今、ナウだな!」

 シュウの許可も下りた事だし、遠慮なく抱きしめさせてもらうとしよう。そうでなければ、赤くなった顔がばれてしまう。今気づかれるのはちょっと、恥ずかしい。
 いつもなら暴れてもがくのに、シュウはされるがままだ。人前ではないからか? なるほど、人目に付かなければ存分にぎゅーしたりなでなでしたりすりすりしたりしていいのだな。ならば今度から部屋へ押しかけるようにしよう。

「ねぇ、エルザ。君に伝えたい事があるんだ」
「む、なんだ?」
「どうか、心して聞いて欲しい。僕にとっても、君にとっても、大事な話になるから」

 私の腕から抜け出して、シュウは立ち上がった。小動物のような彼が、凛々しい男の顔になる。不意に変わったシュウについ見とれてしまった。
 シュウが差し伸べた手を取り、彼の前に立つ。真剣な眼差しが私を射抜き、身動きを取れなくさせる。元魔王たる私が、こんな少年にひるまされるなんて……。

「エルザ、僕は、君を―――」

 シュウが大事な話を言う刹那、爆音が響いた。
 肩を跳ね上げ、ベルゼンを見やる。正門から煙が上がり、冒険者達が集まっていた。
 その渦中の真ん中に、一人の男が立っている。青白い光を放つ剣を持つ男だ。
 底知れぬ魔力を秘めた剣だ、これだけ離れていても、腹の底に重みを感じるほどの波動を感じる。

「……あの姿、見覚えが……まさか、あいつは……!」
「ああ……私も知っている。会った事はないが、知っている……!」
 奴が、ベルゼンへ来たというのか? まさか、そんな馬鹿な!
「なんでここへ……くそ! 戻らなきゃ!」
「ああ……招かれざる最悪の客だ!」

 シュウよりも早く私は飛び出した。奴が来ては、私とシュウの居場所が脅かされる。なんとしても排除しなければならない。
 なぜ、ここへ来た! 勇者アースよ!
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