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30話 魔王様との逢引
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僕はずっと屋敷とギルドの往復の生活をしていた。休日の過ごし方も、家事をしたり、食料品の買い出しに行ったりするくらい。遠出もたまにギルド近くの公園に行く程度だ。
生活基盤も整って、余裕も出てきたことだし、ベルゼンを探索してみよう。
「それで、私をどこへ連れて行ってくれるのだ?」
「うーん、そうだなぁ」
ベルゼンは複数のエリアに分けられていて、区画毎に特色のある施設が並んでいるんだ。僕達が住んでいるのは中央区画、ギルドや役所と言った、都市機能の中枢が集まる区画だ。
デートに向いているとなると、繁華街と興行区になるかな。特に興行区は僕も一度行ってみたかった場所なんだ。
「まずは繁華街を見て、次に工業区へ行く、っていうのはどうかな」
「いいな! ならばぜひ、シュウを連れていきたい場所があるのだ」
エルザは僕の手を引いて、意気揚々と歩き出した。今日の彼女はいつになく楽しそうで、スキップ気味に歩いている。ヒールで飛び跳ねるように歩いていたら、
「おっと!?」
「ほら危ない。気を付けてね」
「う、うむ。すまぬな……」
思い切り転んだエルザを支えてあげる。奇しくも、エルザをお姫様抱っこするような形になってしまった。
偶然とはいえ、ちょっと恥ずかしいな。って、エルザが目を閉じ、意を決したような顔になってる。
「何してるの?」
「私の覚悟は完了している、いつでも来い!」
「……何の?」
「バカ者、この体勢になったらやる事は一つだろう、接吻だ! 女にこのような恥じらうセリフを言わせるな」
「……ここ、往来のど真ん中だけど……」
「私は見られている方がむしろ燃えるのだが」
「ごめん僕が無理」
エルザは積極的だなぁ、でもここでするのは勘弁してほしい。
「むぅ、それは残念だ。まぁ別の機会にやるとして」
「やるなら人目につかない所で……ってやめてやめて裏路地に連れ込まないで。今日随分はしゃいでない?」
「当然だろう? 他ならぬシュウと共に過ごせる時間、気分が高揚しないわけがなかろう。ずっと楽しみにしていたのだぞ?」
「そっか……遅れて、ごめんね」
「構わん、過去より今が大事だ。繁華街に行くのならば、あの店へ行こう。実はずっと前から狙っていた物があったのだ」
◇◇◇
エルザが連れてきたのはブティックだった。結構な高級品を扱っているみたいで、値札の桁が一つか二つ多い。ここで買うのはちょっと、怯んでしまうな。
なんでこんな場所を知っているんだろうか……そういえば、エルザはミスティと一緒に繁華街へ出かけてたりしてたっけ。僕より彼女の方がこの場所に詳しいんだな。
「これだ、どうだシュウ、お前に似合うと思わんか?」
彼女が示した服は、燕尾服だ。オートクチュールの逸品で、ドラゴン討伐の依頼数件分の値段が示されている。とても手が出るような品ではないよ。
「我が交渉術を駆使すれば、八割九割引きなど容易い物。見ていろシュウ、必ずや私がこの服を手にしてみせよう」
「ごめん、気持ちは嬉しいけど、僕だと持て余しちゃうよ。これはちょっと、要らないかな」
「だが、こうした一張羅は持っていて損はないぞ。この時のためにこっそり依頼をこなし、金を蓄えていたのだ、気にするな」
「貴族じゃない限り、この服を着る場面はそうそうないよ。そのお金は別の事に使おう、その方が僕も嬉しい」
「むぅ……そう言われてはなぁ……」
少し残念そうだ。悪いことしてしまったかな?
と、店主が僕らに声をかけてきた。
「エルザ様、お気に召した品はありますか? おや、そちらが例の方ですか?」
「何か……?」
「いえ、よくミスティ様と来られて、お話しされていたのですよ。シュウと共に、ここで思い出となる品を買いたいと。ふふ、何度も嬉しそうにお話しされていましたね」
「こら店主、バラすでない」
エルザは耳まで真っ赤にしていた。高級な服を求めたのは、それが理由か……。
僕への想いを、形になる物で示そうとしたんだ。どうしよう、嬉しくて顔が緩んでしまう。
でも、僕のためにお金を無駄にしてほしくない。エルザのお金は、彼女のために使って欲しいな。だから、こうしようか。
「あの、このハンカチもらえますか? 赤と青の、色違いで」
「かしこまりました、別々に包装いたしますね」
店主は僕の意図を察してくれたみたいだ。渡された青のハンカチをエルザに渡し、僕は赤のハンカチを手にした。
「これでどうかな? おそろいの柄のハンカチ。思い出になると思うんだけど」
「お、おお? 嬉しいが、なぜシュウが赤を選ぶ」
「君の色を持っていたいんだ」
僕の意図を理解して、エルザは照れたように微笑んだ。大事そうに胸に抱えて、むず痒そうに体を震わせた。
「お前は……こうも私を喜ばせるとは。ちんまいのに女の扱いを心得ているとは、末恐ろしい男だな。となれば私にも考えがあるぞ」
またエルザは僕の手を引いて走り出した。元気よく向かった先は、時計屋だ。
沢山の時計が、音を立てて時を刻んでいる。エルザはその中から同じ懐中時計を二つ選んだ。木製の綺麗な懐中時計だ。
「私からのお返しだ、ありがたく受け取るといい」
「ありがとう、凄く嬉しいよ。こんな立派な時計……」
「ときにシュウよ、時計を贈る意味、お前は分かるか?」
「いや、どんな意味?」
「私と同じ時を過ごしてほしい、だ」
凄い反撃が飛んできた。エルザ、言ってる意味わかってる? それ事実上の告白だよ?
なんてプレゼント交換だろうか。互いの贈り物に込められた意味が特別すぎて、言葉が出てこない。
僕らは赤くなったまま俯いてしまう。なんだ、この気持ち……エルザの存在が僕の中で大きくなって、大切にしたくなってくる。初めてだ、こんな感情。僕が誰かを大事にしたいと思うなんて、思わなかった。
「ええい、こんな湿っぽい空気我らには似合わん! おいシュウ、何か腹に詰め込むぞ!」
「うん。今度は僕がご馳走するよ」
ちょっと奮発して、高いレストランで早めの昼食。ハレの日くらい、彼女にいい物を食べさせてあげないとね。
なんだか、凄く楽しくなってきたな。今日は人生最高の日になりそうだ。
生活基盤も整って、余裕も出てきたことだし、ベルゼンを探索してみよう。
「それで、私をどこへ連れて行ってくれるのだ?」
「うーん、そうだなぁ」
ベルゼンは複数のエリアに分けられていて、区画毎に特色のある施設が並んでいるんだ。僕達が住んでいるのは中央区画、ギルドや役所と言った、都市機能の中枢が集まる区画だ。
デートに向いているとなると、繁華街と興行区になるかな。特に興行区は僕も一度行ってみたかった場所なんだ。
「まずは繁華街を見て、次に工業区へ行く、っていうのはどうかな」
「いいな! ならばぜひ、シュウを連れていきたい場所があるのだ」
エルザは僕の手を引いて、意気揚々と歩き出した。今日の彼女はいつになく楽しそうで、スキップ気味に歩いている。ヒールで飛び跳ねるように歩いていたら、
「おっと!?」
「ほら危ない。気を付けてね」
「う、うむ。すまぬな……」
思い切り転んだエルザを支えてあげる。奇しくも、エルザをお姫様抱っこするような形になってしまった。
偶然とはいえ、ちょっと恥ずかしいな。って、エルザが目を閉じ、意を決したような顔になってる。
「何してるの?」
「私の覚悟は完了している、いつでも来い!」
「……何の?」
「バカ者、この体勢になったらやる事は一つだろう、接吻だ! 女にこのような恥じらうセリフを言わせるな」
「……ここ、往来のど真ん中だけど……」
「私は見られている方がむしろ燃えるのだが」
「ごめん僕が無理」
エルザは積極的だなぁ、でもここでするのは勘弁してほしい。
「むぅ、それは残念だ。まぁ別の機会にやるとして」
「やるなら人目につかない所で……ってやめてやめて裏路地に連れ込まないで。今日随分はしゃいでない?」
「当然だろう? 他ならぬシュウと共に過ごせる時間、気分が高揚しないわけがなかろう。ずっと楽しみにしていたのだぞ?」
「そっか……遅れて、ごめんね」
「構わん、過去より今が大事だ。繁華街に行くのならば、あの店へ行こう。実はずっと前から狙っていた物があったのだ」
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エルザが連れてきたのはブティックだった。結構な高級品を扱っているみたいで、値札の桁が一つか二つ多い。ここで買うのはちょっと、怯んでしまうな。
なんでこんな場所を知っているんだろうか……そういえば、エルザはミスティと一緒に繁華街へ出かけてたりしてたっけ。僕より彼女の方がこの場所に詳しいんだな。
「これだ、どうだシュウ、お前に似合うと思わんか?」
彼女が示した服は、燕尾服だ。オートクチュールの逸品で、ドラゴン討伐の依頼数件分の値段が示されている。とても手が出るような品ではないよ。
「我が交渉術を駆使すれば、八割九割引きなど容易い物。見ていろシュウ、必ずや私がこの服を手にしてみせよう」
「ごめん、気持ちは嬉しいけど、僕だと持て余しちゃうよ。これはちょっと、要らないかな」
「だが、こうした一張羅は持っていて損はないぞ。この時のためにこっそり依頼をこなし、金を蓄えていたのだ、気にするな」
「貴族じゃない限り、この服を着る場面はそうそうないよ。そのお金は別の事に使おう、その方が僕も嬉しい」
「むぅ……そう言われてはなぁ……」
少し残念そうだ。悪いことしてしまったかな?
と、店主が僕らに声をかけてきた。
「エルザ様、お気に召した品はありますか? おや、そちらが例の方ですか?」
「何か……?」
「いえ、よくミスティ様と来られて、お話しされていたのですよ。シュウと共に、ここで思い出となる品を買いたいと。ふふ、何度も嬉しそうにお話しされていましたね」
「こら店主、バラすでない」
エルザは耳まで真っ赤にしていた。高級な服を求めたのは、それが理由か……。
僕への想いを、形になる物で示そうとしたんだ。どうしよう、嬉しくて顔が緩んでしまう。
でも、僕のためにお金を無駄にしてほしくない。エルザのお金は、彼女のために使って欲しいな。だから、こうしようか。
「あの、このハンカチもらえますか? 赤と青の、色違いで」
「かしこまりました、別々に包装いたしますね」
店主は僕の意図を察してくれたみたいだ。渡された青のハンカチをエルザに渡し、僕は赤のハンカチを手にした。
「これでどうかな? おそろいの柄のハンカチ。思い出になると思うんだけど」
「お、おお? 嬉しいが、なぜシュウが赤を選ぶ」
「君の色を持っていたいんだ」
僕の意図を理解して、エルザは照れたように微笑んだ。大事そうに胸に抱えて、むず痒そうに体を震わせた。
「お前は……こうも私を喜ばせるとは。ちんまいのに女の扱いを心得ているとは、末恐ろしい男だな。となれば私にも考えがあるぞ」
またエルザは僕の手を引いて走り出した。元気よく向かった先は、時計屋だ。
沢山の時計が、音を立てて時を刻んでいる。エルザはその中から同じ懐中時計を二つ選んだ。木製の綺麗な懐中時計だ。
「私からのお返しだ、ありがたく受け取るといい」
「ありがとう、凄く嬉しいよ。こんな立派な時計……」
「ときにシュウよ、時計を贈る意味、お前は分かるか?」
「いや、どんな意味?」
「私と同じ時を過ごしてほしい、だ」
凄い反撃が飛んできた。エルザ、言ってる意味わかってる? それ事実上の告白だよ?
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僕らは赤くなったまま俯いてしまう。なんだ、この気持ち……エルザの存在が僕の中で大きくなって、大切にしたくなってくる。初めてだ、こんな感情。僕が誰かを大事にしたいと思うなんて、思わなかった。
「ええい、こんな湿っぽい空気我らには似合わん! おいシュウ、何か腹に詰め込むぞ!」
「うん。今度は僕がご馳走するよ」
ちょっと奮発して、高いレストランで早めの昼食。ハレの日くらい、彼女にいい物を食べさせてあげないとね。
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