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28話 なにしてんだこいつ
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「おうげぇぇぇぇ~~~……」
朝から私は気分が悪かった。厠にこもり、ずっと胃の中身を吐き続けている。頭が痛くて胸がむかむかして、気持ちが悪くて目が回る……これは俗に言う、二日酔いという奴か?
自分が酒に弱いのは自覚していた。魔王時代もできるだけ酒を飲まぬよう細心の注意を払っていたのだが、昨日は羽目を外して飲みすぎたようだ。
ぐぅ、もう二度と酒など飲むまい……だが、一つだけいい事はあった。
酔った勢いでシュウをたっぷり堪能できたからな。どれだけ抱き着こうと、キスを迫ろうと、全部酒のせいで片付けられる。アルコールは素晴らしい免罪符だ。
まぁ……シュウとの時間を作れるのであれば、また酒を飲むのもありではあるな。
「うぷっ!? うげぇ~~~~……」
……その前に二日酔いから立ち直るのが先か……不快感で胃がひっくり返ってしまいそうだ……。
「エルザ、平気? 薬作ってきたから飲んでね」
「す、すまない……恩に着る……」
シュウが心配して薬を持ってきてくれたか、なんとも至福であるな。
「調薬」と「アイテムラヴァ」のスキルを持つため、飲んだらすぐに気分がよくなった。最近忘れがちだが、彼の本職は探索者だ。アイテムを作り、その効果を高めるスキルを習得している。私の二日酔いも簡単に治せるわけだな。
とはいえ、体調がすぐに戻るわけではない。吐き気や不快感がなくなっただけで、倦怠感はまだ残っていた。魔力も上手く操れぬ、これでは暴発する危険があるな。
「今日、エルザは休養日にしましょうか。依頼は私達でこなしてくるわ」
「待ってくれミスティ殿、私にはシュウの傍に居なければならぬ使命が……」
「そんな体じゃ貴女が辛いだけよ。たまにはゆっくり過ごしてみたら?」
「うぐぅ……」
確かに、この状態で出て行っては足手まといになるだけだ。というかミスティはどうしてけろりとしているのだ、私の倍以上は飲んでいただろうに。
シュウの邪魔をするのも本意ではない……致し方ない、今回は留守番するとしよう。
「シュウよ、出来る限り早く帰ってきてくれよ……」
「うん……帰ってくるから、袖を離して……」
おっと、無意識の内にシュウの服を引っ張っていたか。それだけ私もシュウと離れるのが心苦しいのだよ。
今日一日の我慢だ、他の事をして気を紛らわすとしよう。
◇◇◇
という事で、独り寂しく屋敷に残されたわけだが、何もしないのは性に合わぬ。いい機会だし、掃除をしてやろうではないか。
洗濯物もたまっているからな、庭に洗濯物が並ぶ様はきっと爽快だろう。
エプロンつけて、三角巾を被ってと。あとは箒にちり取りモップに洗濯板と桶! よし完璧だ。
「ふふん、こう見えて魔王時代、身の回りの掃除は自分でやっていたのだぞ」
誰に説明しているかわからんが、なんか言ってみたくなった。最近はやろうとするとシュウが既に片づけてしまうからな、久々に腕を奮うとしよう。
はたきで高い所の埃を落として、上の階から順番に掃除をしていく。水拭きをして汚れを取ったら、乾拭きでしっかり拭きあげるっと。
風呂は洗剤水をぶちまけて、少し時間をあける。すると汚れが浮いてくるから、ブラシで落としていく。うむ、中々調子が出てきたぞ。
庭の草むしりも魔法で終わらせてやるか。暴発の危険はあるが、外だし問題あるまい。
「そらっ!」
念力で草を取るつもりが、土ごと抉ってしまった。……うん、横着はやめよう。却って仕事が増えただけだ……。
後始末をした後は、洗濯だ。ふぅん、こいつが一番の難敵になりそうだぞ。
「何しろ、シュウの衣類も入っているからな……」
山に隠れたダイヤを前に喉が鳴る。シュウの衣服を前に私は、理性を保っていられるか?
まずは私とミスティの服を洗い、干していく。うむ、青空の下、洗濯物がはためく光景は風情があるものだ。
では残りの、シュウの衣類に手を付けるとしよう。
「こ、これは……! ま、まさか最初に握ってしまうとは……」
シュウの下着だ。周囲には誰の気配もない……いや待て! やめろエルザ! 確かにすさまじい魅力を誇る逸品だが、これをくんかくんかしては私の尊厳が粉みじんになってしまうぞ!
「で、でもちょっとだけなら……」
誘惑には、勝てなかったよ……すーはーすーはー……最高だ……。
◇◇◇
依頼は、森の深部にある希少素材を取ってこいってものだった。
その素材の周囲には凶暴なトカゲ型モンスター、アサルトが生息している。幾人もの冒険者が犠牲になっているとの事で、ゴールドランクの二人に依頼が回ってきたんだって。
僕は探索者の仕事もしつつ、十六夜流と天帝を駆使して援護する。
無数のアサルトの動きを見切り、肌に掠らせるようにして攻撃を避けていく。感覚が研ぎ澄まされてきたのか、最近の僕はより効率よく体を動かせるようになっている。攻撃が当たる直前の、ゼロコンマ数秒で体を数ミリ動かし、その場から一歩も動かずとも回避できる。
勿論避けるだけでなく、すれ違いざまアサルトを斬っていく。アサルトは斬られたことに気付かず動いて、自ら体をバラバラにしていった。
うん、思った以上に調子がいい。ちょっと試してみよう。
アサルトを宙へ蹴り上げ、アポートですぐに追いかける。居合斬りで切り捨てた後、すぐさま地上へ瞬間移動。後続を切り裂いたら、今度は後方へ移動して距離を取る。
頭で描いた動きがスムーズにとれる、昔の勘を取り戻してきたのかな。けどなんだろうな、調子はいいのに、どこか気合いが入らない。
「どうしたシュウ? なんかぼんやりしてるな」
「いや、エルザが気になってしまって。大丈夫かな」
「あー、二日酔いでダウンしたんだっけか。けどエルザなら大丈夫だろ」
ロイドは僕の背を叩きながら、アサルトをなぎ倒していく。ロイドは腕を上げたようで、一撃で数体のアサルトを倒していた。
ミスティも一撃ちで複数のアサルトを射抜き、木に磔にする。こうして一緒に戦うと、二人の頼もしさが分かるなぁ。
「でもシュウ君が居ないから寂しがってるでしょうし、早い所戻ってあげないとね」
「そうですね、僕もなんだか、落ち着かないですし」
いつも傍に居てくれるエルザが居ないだけで、心が乱される。エルザはかなりの寂しがりだ、屋敷に一人残されて、心細い思いをしていないかな?
帰ったらエルザの好きな物を作ってあげよう、絶対にね。
「ふふふ、意識してる意識してる。押した後は引いてみろってね。一回距離を置いてあげると、より相手を意識するようになるのよねぇ」
「手玉に取られてるなぁ、あの二人。お前も悪い奴だ」
「あら、私のやり口は嫌いかしら?」
「嫌いだったら何年もコンビやってないだろ?」
『へへへへへ』
あの二人も仲いいなぁ。
◇◇◇
どうにか洗濯を終えたはいいが、時間を食ってしまったな。
結局何度もシュウの衣類をくんかくんかしてしまった。ひと嗅ぎする度に脳が痺れて、まるで麻薬のようであった。
……今度から、洗濯は私がするようにしようか。うむ、そうしよう。これは決して私利私欲によるものではなく、あくまで家事を分担して互いの負担を減らすためであってげふんげふん。
よし、後は個々の部屋の掃除……と行きたいところだが、プライベートを侵害するわけにはいかないからな、私の部屋だけを掃除しておこう。
本当はシュウの部屋も掃除しておきたいが、やめておこう。
「と言っても、普段から掃除してるからやる事はないんだがな」
自室の清掃も終わった。洗濯物は夕方ごろに取り込めばいいから、時間が余ったな。
簡単な昼食をとってから、自室で寝転がる。手持無沙汰だな……。
「……シュウ……」
どうしよう、寂しい。早く帰ってきてくれないだろうか……。
思えばベルゼンに来てからひとりきりになるのは初めてか。いつも傍に誰かしら居たから、一人の時間が身に染みる。
くそぅ、我慢できぬな……。
「こんな時は、これだ」
こっそり洗濯せずに拝借したシュウのシャツだ。ほんのりとシュウの匂いがする、嗅いでいると寂しさが和らぐぞ。
ただ嗅ぐだけでこれならば、包まれたらどうなるのだ?
まずは肩慣らしにシャツを抱きしめる……うっ、これは……シュウを感じる、感じるぞ。想像以上の破壊力ではないかっ。
こ、今度は被さってみるか……お、おおおお……! なんだこれは……何この感覚ぅ!
と、とどめに、き、着てみるか……しゅ、シュウのシャツを、着る……! は、背徳感が……堪らんっ!
「う、うおおおお……!」
シュウは小柄だからな、シャツは胸のあたりまでを覆い、パツパツになってしまった。この拘束感、まるでシュウに抱きしめられているような錯覚が……!
「シュウ……シュウ……! もっと、もっとだ! もっと私を抱きしめてくれ!」
いかん! これは癖になる! 癖になるぞ! シュウの匂いとシャツの拘束感が私の心臓をぎゅんぎゅん掴んでくるぅ!
ベッド上でごろごろ、シャツの匂いくんかくんか、自分の体をぎゅー! くあああっ! ダメだ、シュウにもてあそばれているようで、頭がフットーしてしまうーっ!
「愛しているぞシュウーっ!」
「なんの悲鳴? どうしたのエルザ!」
あれ、シュウの声が聞こえたぞ。
同時に開かれるドア。現れたのはロイドにミスティ、そして心配そうな顔をしたシュウ……。
「……お、おかえり、皆の衆……随分早いな……」
「急いで仕事を終わらせて、帰ってきたんだけど……お楽しみだったみたいね……」
「……うん、俺達は何も見なかった、そういう事にしよう……」
「……僕のシャツで、何してたの……?」
み、見られた……シュウ達に、最悪の場面を見られた……! あ、ああ……あああああああああああああああああああああ!!!???
「うわあああああああああああ! シュウ違うんだこれは、これわぁぁああああっ!」
「うわあああああああああああ! ご、ごめんなさいーっ!」
「これはまぁ、まぁまぁまぁまぁ! 美味しい場面ご馳走様でーっす!」
「大丈夫だエルザ、それでもシュウは受け入れるはずだからな」
「余計な慰めはやめろぉぉぉぉっ! シュウ! 忘れろ、忘れろ忘れろ忘れろぉぉぉっ!」
「わーっ! 僕のシャツ着たまま外に出ないでエルザ! その恰好はまずいってぇ!」
さ、最悪、最悪だぁぁぁぁっ! 誰か、私を殺してくれぇぇぇぇぇっ!
朝から私は気分が悪かった。厠にこもり、ずっと胃の中身を吐き続けている。頭が痛くて胸がむかむかして、気持ちが悪くて目が回る……これは俗に言う、二日酔いという奴か?
自分が酒に弱いのは自覚していた。魔王時代もできるだけ酒を飲まぬよう細心の注意を払っていたのだが、昨日は羽目を外して飲みすぎたようだ。
ぐぅ、もう二度と酒など飲むまい……だが、一つだけいい事はあった。
酔った勢いでシュウをたっぷり堪能できたからな。どれだけ抱き着こうと、キスを迫ろうと、全部酒のせいで片付けられる。アルコールは素晴らしい免罪符だ。
まぁ……シュウとの時間を作れるのであれば、また酒を飲むのもありではあるな。
「うぷっ!? うげぇ~~~~……」
……その前に二日酔いから立ち直るのが先か……不快感で胃がひっくり返ってしまいそうだ……。
「エルザ、平気? 薬作ってきたから飲んでね」
「す、すまない……恩に着る……」
シュウが心配して薬を持ってきてくれたか、なんとも至福であるな。
「調薬」と「アイテムラヴァ」のスキルを持つため、飲んだらすぐに気分がよくなった。最近忘れがちだが、彼の本職は探索者だ。アイテムを作り、その効果を高めるスキルを習得している。私の二日酔いも簡単に治せるわけだな。
とはいえ、体調がすぐに戻るわけではない。吐き気や不快感がなくなっただけで、倦怠感はまだ残っていた。魔力も上手く操れぬ、これでは暴発する危険があるな。
「今日、エルザは休養日にしましょうか。依頼は私達でこなしてくるわ」
「待ってくれミスティ殿、私にはシュウの傍に居なければならぬ使命が……」
「そんな体じゃ貴女が辛いだけよ。たまにはゆっくり過ごしてみたら?」
「うぐぅ……」
確かに、この状態で出て行っては足手まといになるだけだ。というかミスティはどうしてけろりとしているのだ、私の倍以上は飲んでいただろうに。
シュウの邪魔をするのも本意ではない……致し方ない、今回は留守番するとしよう。
「シュウよ、出来る限り早く帰ってきてくれよ……」
「うん……帰ってくるから、袖を離して……」
おっと、無意識の内にシュウの服を引っ張っていたか。それだけ私もシュウと離れるのが心苦しいのだよ。
今日一日の我慢だ、他の事をして気を紛らわすとしよう。
◇◇◇
という事で、独り寂しく屋敷に残されたわけだが、何もしないのは性に合わぬ。いい機会だし、掃除をしてやろうではないか。
洗濯物もたまっているからな、庭に洗濯物が並ぶ様はきっと爽快だろう。
エプロンつけて、三角巾を被ってと。あとは箒にちり取りモップに洗濯板と桶! よし完璧だ。
「ふふん、こう見えて魔王時代、身の回りの掃除は自分でやっていたのだぞ」
誰に説明しているかわからんが、なんか言ってみたくなった。最近はやろうとするとシュウが既に片づけてしまうからな、久々に腕を奮うとしよう。
はたきで高い所の埃を落として、上の階から順番に掃除をしていく。水拭きをして汚れを取ったら、乾拭きでしっかり拭きあげるっと。
風呂は洗剤水をぶちまけて、少し時間をあける。すると汚れが浮いてくるから、ブラシで落としていく。うむ、中々調子が出てきたぞ。
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「そらっ!」
念力で草を取るつもりが、土ごと抉ってしまった。……うん、横着はやめよう。却って仕事が増えただけだ……。
後始末をした後は、洗濯だ。ふぅん、こいつが一番の難敵になりそうだぞ。
「何しろ、シュウの衣類も入っているからな……」
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まずは私とミスティの服を洗い、干していく。うむ、青空の下、洗濯物がはためく光景は風情があるものだ。
では残りの、シュウの衣類に手を付けるとしよう。
「こ、これは……! ま、まさか最初に握ってしまうとは……」
シュウの下着だ。周囲には誰の気配もない……いや待て! やめろエルザ! 確かにすさまじい魅力を誇る逸品だが、これをくんかくんかしては私の尊厳が粉みじんになってしまうぞ!
「で、でもちょっとだけなら……」
誘惑には、勝てなかったよ……すーはーすーはー……最高だ……。
◇◇◇
依頼は、森の深部にある希少素材を取ってこいってものだった。
その素材の周囲には凶暴なトカゲ型モンスター、アサルトが生息している。幾人もの冒険者が犠牲になっているとの事で、ゴールドランクの二人に依頼が回ってきたんだって。
僕は探索者の仕事もしつつ、十六夜流と天帝を駆使して援護する。
無数のアサルトの動きを見切り、肌に掠らせるようにして攻撃を避けていく。感覚が研ぎ澄まされてきたのか、最近の僕はより効率よく体を動かせるようになっている。攻撃が当たる直前の、ゼロコンマ数秒で体を数ミリ動かし、その場から一歩も動かずとも回避できる。
勿論避けるだけでなく、すれ違いざまアサルトを斬っていく。アサルトは斬られたことに気付かず動いて、自ら体をバラバラにしていった。
うん、思った以上に調子がいい。ちょっと試してみよう。
アサルトを宙へ蹴り上げ、アポートですぐに追いかける。居合斬りで切り捨てた後、すぐさま地上へ瞬間移動。後続を切り裂いたら、今度は後方へ移動して距離を取る。
頭で描いた動きがスムーズにとれる、昔の勘を取り戻してきたのかな。けどなんだろうな、調子はいいのに、どこか気合いが入らない。
「どうしたシュウ? なんかぼんやりしてるな」
「いや、エルザが気になってしまって。大丈夫かな」
「あー、二日酔いでダウンしたんだっけか。けどエルザなら大丈夫だろ」
ロイドは僕の背を叩きながら、アサルトをなぎ倒していく。ロイドは腕を上げたようで、一撃で数体のアサルトを倒していた。
ミスティも一撃ちで複数のアサルトを射抜き、木に磔にする。こうして一緒に戦うと、二人の頼もしさが分かるなぁ。
「でもシュウ君が居ないから寂しがってるでしょうし、早い所戻ってあげないとね」
「そうですね、僕もなんだか、落ち着かないですし」
いつも傍に居てくれるエルザが居ないだけで、心が乱される。エルザはかなりの寂しがりだ、屋敷に一人残されて、心細い思いをしていないかな?
帰ったらエルザの好きな物を作ってあげよう、絶対にね。
「ふふふ、意識してる意識してる。押した後は引いてみろってね。一回距離を置いてあげると、より相手を意識するようになるのよねぇ」
「手玉に取られてるなぁ、あの二人。お前も悪い奴だ」
「あら、私のやり口は嫌いかしら?」
「嫌いだったら何年もコンビやってないだろ?」
『へへへへへ』
あの二人も仲いいなぁ。
◇◇◇
どうにか洗濯を終えたはいいが、時間を食ってしまったな。
結局何度もシュウの衣類をくんかくんかしてしまった。ひと嗅ぎする度に脳が痺れて、まるで麻薬のようであった。
……今度から、洗濯は私がするようにしようか。うむ、そうしよう。これは決して私利私欲によるものではなく、あくまで家事を分担して互いの負担を減らすためであってげふんげふん。
よし、後は個々の部屋の掃除……と行きたいところだが、プライベートを侵害するわけにはいかないからな、私の部屋だけを掃除しておこう。
本当はシュウの部屋も掃除しておきたいが、やめておこう。
「と言っても、普段から掃除してるからやる事はないんだがな」
自室の清掃も終わった。洗濯物は夕方ごろに取り込めばいいから、時間が余ったな。
簡単な昼食をとってから、自室で寝転がる。手持無沙汰だな……。
「……シュウ……」
どうしよう、寂しい。早く帰ってきてくれないだろうか……。
思えばベルゼンに来てからひとりきりになるのは初めてか。いつも傍に誰かしら居たから、一人の時間が身に染みる。
くそぅ、我慢できぬな……。
「こんな時は、これだ」
こっそり洗濯せずに拝借したシュウのシャツだ。ほんのりとシュウの匂いがする、嗅いでいると寂しさが和らぐぞ。
ただ嗅ぐだけでこれならば、包まれたらどうなるのだ?
まずは肩慣らしにシャツを抱きしめる……うっ、これは……シュウを感じる、感じるぞ。想像以上の破壊力ではないかっ。
こ、今度は被さってみるか……お、おおおお……! なんだこれは……何この感覚ぅ!
と、とどめに、き、着てみるか……しゅ、シュウのシャツを、着る……! は、背徳感が……堪らんっ!
「う、うおおおお……!」
シュウは小柄だからな、シャツは胸のあたりまでを覆い、パツパツになってしまった。この拘束感、まるでシュウに抱きしめられているような錯覚が……!
「シュウ……シュウ……! もっと、もっとだ! もっと私を抱きしめてくれ!」
いかん! これは癖になる! 癖になるぞ! シュウの匂いとシャツの拘束感が私の心臓をぎゅんぎゅん掴んでくるぅ!
ベッド上でごろごろ、シャツの匂いくんかくんか、自分の体をぎゅー! くあああっ! ダメだ、シュウにもてあそばれているようで、頭がフットーしてしまうーっ!
「愛しているぞシュウーっ!」
「なんの悲鳴? どうしたのエルザ!」
あれ、シュウの声が聞こえたぞ。
同時に開かれるドア。現れたのはロイドにミスティ、そして心配そうな顔をしたシュウ……。
「……お、おかえり、皆の衆……随分早いな……」
「急いで仕事を終わらせて、帰ってきたんだけど……お楽しみだったみたいね……」
「……うん、俺達は何も見なかった、そういう事にしよう……」
「……僕のシャツで、何してたの……?」
み、見られた……シュウ達に、最悪の場面を見られた……! あ、ああ……あああああああああああああああああああああ!!!???
「うわあああああああああああ! シュウ違うんだこれは、これわぁぁああああっ!」
「うわあああああああああああ! ご、ごめんなさいーっ!」
「これはまぁ、まぁまぁまぁまぁ! 美味しい場面ご馳走様でーっす!」
「大丈夫だエルザ、それでもシュウは受け入れるはずだからな」
「余計な慰めはやめろぉぉぉぉっ! シュウ! 忘れろ、忘れろ忘れろ忘れろぉぉぉっ!」
「わーっ! 僕のシャツ着たまま外に出ないでエルザ! その恰好はまずいってぇ!」
さ、最悪、最悪だぁぁぁぁっ! 誰か、私を殺してくれぇぇぇぇぇっ!
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