捨てられた魔王(♀)を保護しました~元魔王様はショタ狂い~

歩く、歩く。

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26話 努力するのはよきことかな

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「はっはっは、中々苦労しているようだね」
「マスターが悪いんですよ、エルザを焚きつけるから」

 ギルドマスターと話しながら、僕は森の中の湖へやってきていた。
 マスターは気まぐれで僕を師事してくれるのだけど、内容は主に精神修行が中心だ。
 座禅を組んだり、互いに問答を掛け合ったり、僕の心の鍛錬をしてくれている。僕の足りない所を補おうと考えてはくれているんだ。普段の態度がいい加減だから、あんまりそうは思えないんだけどね……。
 ちなみにエルザは朝から用事があると言って、珍しく別行動をとっている。彼女からの好き好き攻撃から解放されてほっとする反面、どことなく寂しく思う僕が居た。
 我儘な奴だなぁ、普段は彼女から逃げてるっていうのに、いざ離れると彼女が恋しくなるなんて。
 僕はエルザをどう思っているんだろう? 勿論彼女は好きだ、でもその好きの意味が分からない、「like」なのか、それとも「love」なのか。僕はずっと前者だと思っていたけど、最近は違う気がしてならない。
 もし後者だったら、僕は、どうすればいいのかな……。

「悩んでいるようだね。エルザが好きなのか、恋しているのか。それが分からないって所かな」
「あはは、やっぱり、ばれちゃいますか」
「わかりやすいんだよ。若いってのはいいねぇ、特に女が絡むとなおさらだ。今はとにかく、色々悩みなさい。若い頃の悩みが多ければ多いほど、将来偉人になれるものだからね」
「はい……ところで、今日の鍛錬はなんですか?」
「水練でもしようかと思っているんだ。そうだねぇ……とりあえず疲れるまで泳ぎ続けてごらん。ワシがいいと言うまで、とにかく泳いで泳いで泳ぎまくる。それだけだ」
「わかりました」

 意図はよく分からないけど、頑張ろう。とにかく泳げばいいんだよね?
 でもこの湖、結構広いな。疲れてきたらおぼれてしまううのでは? それに深いし。マスターが居るから助けてくれるとは思うけど……。
 ……本当に助けてくれるのかな? 心配だ……。

  ◇◇◇

 ミスティの指示を受けながら包丁を操り、食材を切っていく。初めて料理なるものに挑戦しているが、これはまた……難しくも楽しいものだ。

「指を切らないよう注意してね、猫の手を意識すれば大丈夫だから」
「把握した」

 苦手なニンジンを刻むのは抵抗があるが、シュウのためだ。これしきの事、耐えてやるぞ。
 シュウが修練に向かうと聞いたからな、差し入れで食事でも持って行こうと思っているのだが、生憎私は料理した経験がない。なのでミスティに教えを受けてるというわけだ。

「サンドイッチなら作るのも簡単だしね。料理初心者なら、これが最適でしょう」
「具はポテトサラダとシーチキンか、どちらもシュウは好きだったな」

 シュウの好物は把握している。他にはムニエルにコーンポタージュ、そしてソーセージのクレープだ。
 将来的にはクレープを作れるようになりたいものだ。さっき試しに作ってみたら、ものの見事に焦がしてしまったからな……。

「こんなにも愛されて、シュウ君てば幸せ者ね。ますます美味しい展開になってきたわ……うふふ……」
「ミスティ殿、顔が壊れているが大丈夫か」
「おっと、妄想に浸りすぎたわね、ごめんなさい」

 物凄くゆるっゆるな顔になっていたな、美女が台無しだ。
 最近ミスティの考える事が分かるようになってきたな、私とシュウのやり取りを見て興奮しているようだ。まぁ害はないし、むしろ私とシュウの仲を後押ししてくれるから、一向にかまわないんだがな。
 利用できるのは何でも利用する、魔王時代に学んだ処世術よ。

「さっ、続き続き。シュウ君には秘密にしているんだっけ」
「うむ。彼を驚かせてやりたいからな」

 日を追うごとにシュウへの思慕は強まるばかりだ、あ奴のためならば、どんな事でもしてやりたい。私の苦手な分野であっても、シュウのためならばどのような苦労も厭わぬよ。
 この想いは、何と呼ぶべきか……ふふ、魔王時代にはなかった感情が、こんなにも心地よいとはな。
 魔王の座を下ろされ手にしたのは、自由と宝物か。失った物に対して、得た物の方が大きいとは。いやはや、人生はどう転ぶかわからぬな。

「痛っ!」
「あらら大丈夫? 指を切ってしまったわね」
「問題ない、これしきすぐに治せるとも」

 これで何度目の失敗だ? いかんな、慣れぬ事をしているのに、ぼさっとしていては。
 気を引き締めてかかるとしよう、シュウのために必ずや料理を、完遂させねばならぬな。

  ◇◇◇

 苦労の末、どうにかサンドイッチが出来た。詰め込んだバケットが宝箱のように見えてしまうな。
 ミスティには感謝しかないな、何かしらの形で誠意を返さねば。
 さて、早速シュウに持って行ってやらねば。わくわくが止まらんなぁ。

「そういえば、シュウ君の居場所が分かるからくりはなんなの?」
「なぁに、シュウに追尾の魔法を仕込んでいてな、世界の果てに居ようとも居場所を感知できるようにしているのだよ」
「犯罪スレスレだからやめときなさい」
「バレなければ合法だ」

 シュウには気付かれていないからな、何も問題はない。
 目的地が近づいてきたな。さて、シュウはどれほど頑張っているかな?

「ふぅ……ふぅ……」
「よし、じゃあもう一回」
「はい……!」

 シュウは湖で延々と泳がされているようだ。かなりの距離を泳いだのだろうか、息が上がって苦しそうだ。
 あれでは、溺れてしまうのではないか? スラーブは何をしているのだ、シュウを殺すつもりか!
 くそ、見ていられん!

「ミスティ、これを預かっていてくれ! 今行くぞシュウ!」
「ちょっと待って! 貴方前に確か!」

 ミスティの声など聞いていられぬ、勢い勇んで湖に飛び込み、やっと気づいた。

「泳げないって言ってたじゃない!?」
「忘れていたぁ! がぼぼっ、助けてくれぇ!」

 デーモンは水に弱く、浸かると体から力が抜け、魔法が使えなくなってしまう種族なのだ。いかん、服が水を吸って重くなる……う、動けん、動けんぞ……!

「エルザ!? 何してるの一体!?」
「シュウ! た、頼む、手を貸してくれっ!」

 とほほ、私の弱点を忘れてしまうとはな……。
 しかしここで思わぬ幸運が。シュウは私を背中から抱きかかえ、ラッコのような姿勢で陸まで運んでくれたのだ。
 奥手のシュウに抱きしめられるとは、なんたる役得だ。災い転じて福となすとはまさに言ったものだ。
 しかも、何やらすべすべした感触がする……これはシュウの地肌の感触か?

「もう、何をしているさ。カナヅチなんだから、無茶な事しちゃだめだよ」
「すまない、シュウが溺れていると思ってつい……お、おい!?」

 い、今気づいたぞ、シュウは半裸ではないか!
 下着一丁で何と度し難い姿だ、柔肌をそんな無防備に晒して、私を誘っているのか? そうだそうに決まっている! 大胆な奴め、修練にかこつけて私を惑わすとは。
 ううむ、シュウの体を間近に見た事はないが、かなり引き締まっているな。小柄で愛らしくともやはり冒険者、相応に鍛え上げられている。うっすら浮かぶ腹筋がまたいいものだ。

 水練の後だから全身に水滴がついて、しっとりとした色気が……水練でやや疲れが浮かんだ顔がまた、我が母性本能をくすぐられる表情を生み出しているではないか!
 くぅ、その甘露をぜひとも舐めさせてもらいたいものだ!  こんな……特上品を前にして我慢など出来んぞ!
 いかん、いかんぞ。このままでは理性の箍がぶっ壊れてしまう。人前だというのにシュウを押し倒し、全身をくまなくぺろぺろしてしまうかもしれん! なんと罪作りな男なのだ、全身愛おしい罪で逮捕して、私という監獄に閉じ込め、永久の凌辱刑に処してしまおうか!

「エルザ、ぽけーっとしてどうしたの?」
「はっ! すまん、ちょっと異世界転移していた。ともかくシュウよ、その姿はいかん、断じていかん! これを羽織っていろ!」

 魔法でマントを出し、かぶせてやる。こんな姿を他の女に見られては、たちまち誘拐され、手足を拘束された後、全身をくまなく撫でまわされ、とろっとろにされてしまうぞ。私なら絶対するし、間違いないはずだ。
 断じて許さん、その権利は私にあるのだぞ! この柔肌を堪能できるのはこのエルザただ一人しかありえんのだ!

「ど、どうしたんだろう……僕をじっと見て動かないんですけど……」
「妄想が爆発してるだけだから心配しないで。それよりエルザ、渡すものがあるでしょう?」
「はっ! 危うく私が食事をするところであった……」

 気を取り直し、バケットをシュウに渡してやる。幾度も苦しみ作り上げたのだ、必ず良い評価がもらえるだろう。

「サンドイッチ? 作ってきてくれたんだ」
「体力をつけねば修練に耐えられんぞ。マスターよ、食事くらいいいだろう?」
「無論さ、空腹で倒れられても困るからね」

 寛容な男だ、師たる器をきちんと兼ね備えているようだな。
 許しも得たので、早速手を付けるシュウ。果たして、結果は。

「うん! 美味しいよ、こんなに料理できるなんて知らなかったな」
「そうか、ならばよしだ」

 これまで誰かのためにこのような行いをした事はなかったが、礼を言われると嬉しいものだ。もっとやってみようという気になるではないか。
 よし、本格的に手を入れてみよう。シュウが喜ぶのならば、どのような苦労も厭わぬ。
 大事な人のために腕を磨くか、なんとも楽しみな事ではないか。はっはっは!
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