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17話 帝の名を持つ妖刀
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結局一睡もできなかった。
エルザみたいな美女がずっと抱きしめてくるなんて、本当に拷問だった……一応僕も男だから、彼女の好意は嬉しい。でも、だからと言ってあれは……刺激が強すぎるよ。
「うーん! 今日はすこぶる元気だ、快晴で気分もいいな!」
一方のエルザはすんごく調子が良さそうだ。肌はつやつやしてるし、髪の毛も心なしか潤っているし、調子が良すぎて今日のモンスター討伐を通常の三倍の速度で片付けちゃったし、キレッキレだ。
でもほんと、ロイドとミスティに気付かれなくてよかった。もし見つかっていたら何を言われていたことか。
「ううむ、ここまで回復効果があるとなると……シュウ、提案がある」
「却下で」
「私はまだ何も言っていないぞ?」
「君と一緒に眠ったら僕が眠れなくなっちゃうんだ、申し訳ないけど、勘弁して……」
「むす~……」
ほっぺた膨らませて抗議してもだめだからね。あとミスティ、なんで僕らを優しい眼差しで眺めてるのかな?
「んふふ……シュウ君、私はわかってるわよ。昨日はお楽しみだったみたいね」
「ぎくっ」
ば、ばれてーら……そりゃ、隠しきれるわけないよね……。
「ま、添い寝程度なら特に言う事はないわ。それに私ちゃんと理解ある女だから、ガンガンやっていいから」
「あの……僕寝不足になってるってわかってます?」
ガンガンやられたおかげで頭がガンガン痛いんだけど。
「平気かシュウ? 寝不足で辛いならおぶっていくけど」
「心配には及ばぬ。いざとなれば私がシュウを抱き上げていくからな」
「どちらも却下で」
僕は子供じゃないんだけど。これでも冒険者として五年以上のキャリアがあるんだ。
「それにしても、今日もアイテム沢山手に入ったわね。ため込んだレアアイテム、そろそろ整理した方がいいかも」
「そうだなぁ、倉庫も限界近いし、いくつか売り払うか」
「レアアイテムを蓄えていたのか、すぐに売らないのか?」
「時価があるからね、手に入れたら一旦寝かせて、価値が上がるか様子を見るのよ。それに物によっては仕事で持って行く時もあるし、予備の武器としても使えるしね」
「何か欲しいのがあったら持って行っていいぞ」
「僕はいいですよ。エルザはどう? いつも素手だけど、武器とか使わないの?」
「私も要らんな。私の力に耐えられる武器がないし、不器用だから技術が必要な得物は使えないし……」
思わず納得してしまった。それだと武器使わない方が強いかもしれないな。
ともあれ、二人が持っている倉庫へ向かう。ベルゼンの外れにある貸倉庫だ。
「おお、新進気鋭のパーティのお出ましか」
「ギルドマスター、来ていたんですね」
たまたまスラーブが居た。幾人かの職員を連れて、倉庫の視察に来てたみたいだ。
「災害時の備蓄品をこの倉庫に詰めていてな、古くなりそうな奴はギルドの酒場で提供しようと思っていたんだ」
「へぇ、じゃあその時にまた覗いてみるよ。俺達はレアアイテムの整理に来ててさ、マスターも何か欲しいのあったら持ってきな。もちろん有料だがね」
「がめつい奴だな、暇だし覗いてみるがの」
「仕事してくださいマスター」
女性職員に怒られてる。あの人本当にギルドマスターなのかなぁ。
さておいて、倉庫の中はレアアイテムがぎっしりと詰まっていた。高品質の冒険道具やマジックアイテム、それに多種多様な武器。見渡す限りお宝の山だ、アースが見つけたら根こそぎ持って行きそうだよ。
「シュウは魔法が使えないからな、レンタルマジックでも持ってみたらどうだ?」
ロイドが投げ渡してきたのは、筒状のペンダントだ。アメジストが嵌められたアクセサリーだけど、これって凄いレアアイテムだよ。
「登録した魔法を、貯蔵した魔力の分だけ使えるアイテムですね。これ凄く貴重な物ですよ? そんなのを軽々しくもらうわけには」
「いいのいいの。いつもお世話になってるし、それくらいあげるわ」
「魔法なら私がいくらでも貸してやるとも、魔力だっていくらでもチャージしてやる。いいか、もしふしだらな痴女どもに囲まれたら、私の「ラグナロク(ゴブリンを吹っ飛ばした奴)」で跡形もなく消し飛ばしてやれ。いや、「ジャジメント(ビーム)」の方が使い勝手がいいか?」
「そんな殺意溢れる魔法は使いたくないかな……」
エルザの目が本気で恐い。
というかこれ、今では失われた技術で作られたオーパーツなんだけど……売ったら家一軒は買える道具だよ。そんなの貰って、本当にいいのかな。
「何考えているか分かったから先に言っておくぞ、お前はそのアイテム以上の価値がある人材だ」
「そんな事は……」
「あるわ。エリクサーが作れて鍛冶技能も高くて、たった一人で専門職以上にスキルを使いこなせる探索者が、果たして世界にどれだけ居るかしら? もう貴方が居ないと私達のパーティは成り立たなくなっているの」
「こいつは投資だ、お前を失った時の損失はあまりにもでかすぎる。シュウの強化はそのまま俺達の利益に繋がるんだ。それに恩を売っておけば、他からの勧誘が来ても乗ったりしなくなるだろ?」
「はは……ずるいですね」
「ずるくなくちゃ冒険者なんてやってらんないわよ。当然エルザも同じだから。貴女レベルのウィザードはまず見つからないもの、現時点でプラチナランク並の力を持ってるし、何が何でも繋ぎ止めてみせるからね」
「案ずることはない、シュウの居る所私ありだ。シュウが二人と共に居るのを選ぶならば、私も当然同じ選択をする。こちらとしても、ゴールドランクと組めるのはメリットしかないからな、離れる理由がない」
何とも嬉しい評価を貰えたな。僕はサポートしか出来ないし、裏方だったから感謝されるのも少なかったし……ミスティとロイド、本当に出会えてよかったな。
「ほっほ、どれを買おうか目移りするなぁ。レアアイテムをこんなにため込んで、けしからんぞ」
「仕事してくださいマスター……」
「年寄の楽しみを邪魔するない。おや?」
ギルドマスターが、倉庫の隅っこに目をやった。
レイピアや片手剣などの刀剣が積まれている。マスターはその中から、一本の刀を拾い上げた。
金の柄に丸い鍔を持った、美しい刀だ。黒塗りの鞘に納められたそれは、吸い込まれそうな妖力を感じる……。
「……これは……なぜこのような業物が……?」
「ん? それ欲しいのか? 別にいいけど、使い物にならないんだよそれ。試しに抜いてみな」
「うむ……ぐっ、抜けないな」
「私も試していいか? ぐぬぅ……! なんだこの刀、びくともせんぞ」
「だろ? なぜか鞘から抜けなくてな、俺やミスティは勿論、知り合いの冒険者たちにも無理だったんだ。かといって売ったり、質に入れたりしても、気が付くとこの倉庫に戻ってくるんだよ」
「ま、まさか幽霊!?」
刀を放り出し、エルザが僕に飛びついた。けどマスターは首を振り、
「……当然だよ、まさかこのような場所に、こんな物が出てくるとはな」
「知ってるのマスター? ってシュウ君、どうしたの?」
ミスティの声掛けも耳に入ってこない。なぜか僕は、刀から目を離せなかった。
刀が語り掛けてくる、自分を手に取れと。自然と手が伸び、刀を握りしめた。
「……んっ」
鍔に指をかけ、一気に引き抜く。薄っすらと紫がかかった刃が鞘から飛び出した。
不思議だ、凄く暖かくて、安心する。握っていると力が湧いてくるような、優しい感情があふれてきた。
試しに振ってみると、紫電がほとばしった。軽い手ごたえの後、一瞬音が消え去った。
―――音だけじゃない。目の前の景色が両断されて、時が止まったように動かなくなる。やがて両断された景色が元に戻ると、何かがはじける音がとどろいた。
なんて切れ味だ。音、空間、時間……この世のあらゆる概念を両断してしまうなんて……。
「――ュウ、どうしたんだシュウ?」
「え、あれ? 何が?」
「うつろな目で刀を抜いたからな、しかしその刀が抜けた、だと?」
ようやく僕は気付いた、誰も抜けなかった刀を解き放っていたことに。
薄紫の刀身から、妖気のような得体のしれない力を感じる。何だろうこの刀、まるで生きているみたいだ。
「シュウ君が抜いた? なんで、どうして?」
「刀が彼を選んだ、それだけの事だろうて」
「マスター、この刀を知っているんですよね。教えてください、これはなんて刀なんですか」
「「天帝」。それがその刀の銘だよ。そいつは意思を持っていて、自ら使用者を選ぶんだ。一度所有者として認められれば、いかに遠くへ居ようとも、ひと声で持ち主の下へ飛んでくる。その刃はふさわしき者が持てば空間、時空をも切り裂くと言われている、幻の妖刀だ」
天帝……噂だけは聞いた事がある。
記録にも残らないほどの大昔、英雄が使い、動乱の世に平和をもたらした、歴史に埋もれた伝説の刀。勇者の聖剣にも肩を並べる名刀だ。
数百年前まではある国が所有していたみたいだけど、その国が滅亡してから行方が分からなくなったって……でも、気の遠くなるような時を超えて、ベルゼンまで流れ着いていたんだね。
「凄いじゃないかシュウ! そんな刀に選ばれるとは!」
「君が選ばれたなら持って行きなさい。私達が持っていても無用の長物だし、使える人が持っていた方が刀も喜ぶもの」
「……いえ、残念ですけど、これはいただけません」
天帝を元に戻し、僕は倉庫から出た。
あの刀は素晴らしい逸品だ、きっと位列は最上大業物に上るだろう、だからこそ僕には身に余る。
「シュウ、どうしたんだ? 剣が使えなくとも、ロイドに教わればいいではないか」
「そうじゃない、そうじゃないんだ……ごめん、少し一人にさせて」
「…………」
去っていく僕を、ロイドが目を細めて眺めていた。
◇◇◇
公園に逃げ込み、空を仰ぐ。つい逃げてしまったな。
天帝を抜いた感触がまだ残っている、久しぶりにあんな名刀を手にしてしまった。
あの刀は凄い剣だ、だけど使えば、斬ってはならない人まで斬り飛ばしてしまう危うさを備えた剣でもある。
あんな物を、使うわけには、いかない。僕なんかが、取っていい剣ではないんだ。
「腰の得物、よく似合ってるじゃないか」
ロイドが追い付いてきて、僕は肩を跳ね上げた。それに気が付くと、腰に天帝が収まっている。
驚いて手放すけど、勝手に腰にワープしてくる。一度認めたら離れてくれないのかな? そんなの困るよ……だって僕はもう。
「邪険にしてやんなって、刀が可哀そうだぞ? 女も剣も同じだ、惚れられたのなら、受け入れてやれって」
「そういわれても、僕は剣を使う力がありませんし……」
「本当にそうなのか?」
ロイドは片目を閉じて、尋ねてきた。
「なぁシュウ、最初の仕事での落石事故、覚えているか。あの時ミスティを助けてくれたのは、お前なんじゃないか?」
「……なんで、そう思うんですか?」
「崩れた岩の断面が、あまりにも鮮やかすぎるんだよ。自然に砕けたのならありえない、鋭利な刃物で斬らない限り起こらないんだ。ミスティにあんな事はできないし、他に助けに来た奴はいない。必然的にシュウしかいないだろう? ……お前がミスティのナイフで、岩を切り裂いたんだ、違うか?」
「違いますよ。僕は戦闘スキルを持たない探索者ですから」
「にしては、天帝の扱いが随分と手馴れていたな。一振りしただけだが、切っ先がぶれず、一直線を描いて振りぬかれた。剣の素人なら、まず出来ない。軽く振っただけで、空気や空間すら切り裂くような真似も、もちろんな。あれは経験者じゃないと成しえない技術だ」
「……アイテムラヴァの効果は装備にも及びますし、その影響だと思いますよ」
「いい加減、嘘をつくのはやめな」
やっぱり、ゴールドランク冒険者にはごまかしきれないか。
「シュウ、何か剣術を修めていただろう。それも超高度な技術をだ」
「齧った程度、ですよ。せいぜい自衛のために……」
「シュウ」
「……ふぅ、やっぱり、話さないとだめですよね」
「ああ、じゃないと話すまで追いかける」
「……おっしゃる通り、僕は使っていないだけで、剣術のスキルを習得しています。ある人から、仕込まれて」
「やっぱりか。なんで使わないんだ? あれだけの腕前なら、剣士として充分やっていけるはずじゃないか」
「その剣術のせいで僕は故郷を追われて……帰る場所を、失ったんです。僕はもう、石を投げられたくない。もう二度と孤独になりたくなくて、剣を置いたんです」
天帝を外し、ロイドに返した。
天帝は追いかけてこない。僕の意思を尊重してくれたのかな、ありがとうね。
「ミスティさんを助けたときは、緊急事態だったので使いました。でも誰にも、戦う姿を見せたくないんです。今の僕は探索者、皆さんのサポートに誇りを持っています。それで、いいでしょう?」
「……そうだな。今の話は忘れてくれ、こいつも倉庫に戻しておく」
「ありがとうございます」
これでいいんだ。僕は二度と剣を握らない、そう決めたんだ。
僕は探索者、皆の背中を支える役割が、一番性に合っているんだから。
エルザみたいな美女がずっと抱きしめてくるなんて、本当に拷問だった……一応僕も男だから、彼女の好意は嬉しい。でも、だからと言ってあれは……刺激が強すぎるよ。
「うーん! 今日はすこぶる元気だ、快晴で気分もいいな!」
一方のエルザはすんごく調子が良さそうだ。肌はつやつやしてるし、髪の毛も心なしか潤っているし、調子が良すぎて今日のモンスター討伐を通常の三倍の速度で片付けちゃったし、キレッキレだ。
でもほんと、ロイドとミスティに気付かれなくてよかった。もし見つかっていたら何を言われていたことか。
「ううむ、ここまで回復効果があるとなると……シュウ、提案がある」
「却下で」
「私はまだ何も言っていないぞ?」
「君と一緒に眠ったら僕が眠れなくなっちゃうんだ、申し訳ないけど、勘弁して……」
「むす~……」
ほっぺた膨らませて抗議してもだめだからね。あとミスティ、なんで僕らを優しい眼差しで眺めてるのかな?
「んふふ……シュウ君、私はわかってるわよ。昨日はお楽しみだったみたいね」
「ぎくっ」
ば、ばれてーら……そりゃ、隠しきれるわけないよね……。
「ま、添い寝程度なら特に言う事はないわ。それに私ちゃんと理解ある女だから、ガンガンやっていいから」
「あの……僕寝不足になってるってわかってます?」
ガンガンやられたおかげで頭がガンガン痛いんだけど。
「平気かシュウ? 寝不足で辛いならおぶっていくけど」
「心配には及ばぬ。いざとなれば私がシュウを抱き上げていくからな」
「どちらも却下で」
僕は子供じゃないんだけど。これでも冒険者として五年以上のキャリアがあるんだ。
「それにしても、今日もアイテム沢山手に入ったわね。ため込んだレアアイテム、そろそろ整理した方がいいかも」
「そうだなぁ、倉庫も限界近いし、いくつか売り払うか」
「レアアイテムを蓄えていたのか、すぐに売らないのか?」
「時価があるからね、手に入れたら一旦寝かせて、価値が上がるか様子を見るのよ。それに物によっては仕事で持って行く時もあるし、予備の武器としても使えるしね」
「何か欲しいのがあったら持って行っていいぞ」
「僕はいいですよ。エルザはどう? いつも素手だけど、武器とか使わないの?」
「私も要らんな。私の力に耐えられる武器がないし、不器用だから技術が必要な得物は使えないし……」
思わず納得してしまった。それだと武器使わない方が強いかもしれないな。
ともあれ、二人が持っている倉庫へ向かう。ベルゼンの外れにある貸倉庫だ。
「おお、新進気鋭のパーティのお出ましか」
「ギルドマスター、来ていたんですね」
たまたまスラーブが居た。幾人かの職員を連れて、倉庫の視察に来てたみたいだ。
「災害時の備蓄品をこの倉庫に詰めていてな、古くなりそうな奴はギルドの酒場で提供しようと思っていたんだ」
「へぇ、じゃあその時にまた覗いてみるよ。俺達はレアアイテムの整理に来ててさ、マスターも何か欲しいのあったら持ってきな。もちろん有料だがね」
「がめつい奴だな、暇だし覗いてみるがの」
「仕事してくださいマスター」
女性職員に怒られてる。あの人本当にギルドマスターなのかなぁ。
さておいて、倉庫の中はレアアイテムがぎっしりと詰まっていた。高品質の冒険道具やマジックアイテム、それに多種多様な武器。見渡す限りお宝の山だ、アースが見つけたら根こそぎ持って行きそうだよ。
「シュウは魔法が使えないからな、レンタルマジックでも持ってみたらどうだ?」
ロイドが投げ渡してきたのは、筒状のペンダントだ。アメジストが嵌められたアクセサリーだけど、これって凄いレアアイテムだよ。
「登録した魔法を、貯蔵した魔力の分だけ使えるアイテムですね。これ凄く貴重な物ですよ? そんなのを軽々しくもらうわけには」
「いいのいいの。いつもお世話になってるし、それくらいあげるわ」
「魔法なら私がいくらでも貸してやるとも、魔力だっていくらでもチャージしてやる。いいか、もしふしだらな痴女どもに囲まれたら、私の「ラグナロク(ゴブリンを吹っ飛ばした奴)」で跡形もなく消し飛ばしてやれ。いや、「ジャジメント(ビーム)」の方が使い勝手がいいか?」
「そんな殺意溢れる魔法は使いたくないかな……」
エルザの目が本気で恐い。
というかこれ、今では失われた技術で作られたオーパーツなんだけど……売ったら家一軒は買える道具だよ。そんなの貰って、本当にいいのかな。
「何考えているか分かったから先に言っておくぞ、お前はそのアイテム以上の価値がある人材だ」
「そんな事は……」
「あるわ。エリクサーが作れて鍛冶技能も高くて、たった一人で専門職以上にスキルを使いこなせる探索者が、果たして世界にどれだけ居るかしら? もう貴方が居ないと私達のパーティは成り立たなくなっているの」
「こいつは投資だ、お前を失った時の損失はあまりにもでかすぎる。シュウの強化はそのまま俺達の利益に繋がるんだ。それに恩を売っておけば、他からの勧誘が来ても乗ったりしなくなるだろ?」
「はは……ずるいですね」
「ずるくなくちゃ冒険者なんてやってらんないわよ。当然エルザも同じだから。貴女レベルのウィザードはまず見つからないもの、現時点でプラチナランク並の力を持ってるし、何が何でも繋ぎ止めてみせるからね」
「案ずることはない、シュウの居る所私ありだ。シュウが二人と共に居るのを選ぶならば、私も当然同じ選択をする。こちらとしても、ゴールドランクと組めるのはメリットしかないからな、離れる理由がない」
何とも嬉しい評価を貰えたな。僕はサポートしか出来ないし、裏方だったから感謝されるのも少なかったし……ミスティとロイド、本当に出会えてよかったな。
「ほっほ、どれを買おうか目移りするなぁ。レアアイテムをこんなにため込んで、けしからんぞ」
「仕事してくださいマスター……」
「年寄の楽しみを邪魔するない。おや?」
ギルドマスターが、倉庫の隅っこに目をやった。
レイピアや片手剣などの刀剣が積まれている。マスターはその中から、一本の刀を拾い上げた。
金の柄に丸い鍔を持った、美しい刀だ。黒塗りの鞘に納められたそれは、吸い込まれそうな妖力を感じる……。
「……これは……なぜこのような業物が……?」
「ん? それ欲しいのか? 別にいいけど、使い物にならないんだよそれ。試しに抜いてみな」
「うむ……ぐっ、抜けないな」
「私も試していいか? ぐぬぅ……! なんだこの刀、びくともせんぞ」
「だろ? なぜか鞘から抜けなくてな、俺やミスティは勿論、知り合いの冒険者たちにも無理だったんだ。かといって売ったり、質に入れたりしても、気が付くとこの倉庫に戻ってくるんだよ」
「ま、まさか幽霊!?」
刀を放り出し、エルザが僕に飛びついた。けどマスターは首を振り、
「……当然だよ、まさかこのような場所に、こんな物が出てくるとはな」
「知ってるのマスター? ってシュウ君、どうしたの?」
ミスティの声掛けも耳に入ってこない。なぜか僕は、刀から目を離せなかった。
刀が語り掛けてくる、自分を手に取れと。自然と手が伸び、刀を握りしめた。
「……んっ」
鍔に指をかけ、一気に引き抜く。薄っすらと紫がかかった刃が鞘から飛び出した。
不思議だ、凄く暖かくて、安心する。握っていると力が湧いてくるような、優しい感情があふれてきた。
試しに振ってみると、紫電がほとばしった。軽い手ごたえの後、一瞬音が消え去った。
―――音だけじゃない。目の前の景色が両断されて、時が止まったように動かなくなる。やがて両断された景色が元に戻ると、何かがはじける音がとどろいた。
なんて切れ味だ。音、空間、時間……この世のあらゆる概念を両断してしまうなんて……。
「――ュウ、どうしたんだシュウ?」
「え、あれ? 何が?」
「うつろな目で刀を抜いたからな、しかしその刀が抜けた、だと?」
ようやく僕は気付いた、誰も抜けなかった刀を解き放っていたことに。
薄紫の刀身から、妖気のような得体のしれない力を感じる。何だろうこの刀、まるで生きているみたいだ。
「シュウ君が抜いた? なんで、どうして?」
「刀が彼を選んだ、それだけの事だろうて」
「マスター、この刀を知っているんですよね。教えてください、これはなんて刀なんですか」
「「天帝」。それがその刀の銘だよ。そいつは意思を持っていて、自ら使用者を選ぶんだ。一度所有者として認められれば、いかに遠くへ居ようとも、ひと声で持ち主の下へ飛んでくる。その刃はふさわしき者が持てば空間、時空をも切り裂くと言われている、幻の妖刀だ」
天帝……噂だけは聞いた事がある。
記録にも残らないほどの大昔、英雄が使い、動乱の世に平和をもたらした、歴史に埋もれた伝説の刀。勇者の聖剣にも肩を並べる名刀だ。
数百年前まではある国が所有していたみたいだけど、その国が滅亡してから行方が分からなくなったって……でも、気の遠くなるような時を超えて、ベルゼンまで流れ着いていたんだね。
「凄いじゃないかシュウ! そんな刀に選ばれるとは!」
「君が選ばれたなら持って行きなさい。私達が持っていても無用の長物だし、使える人が持っていた方が刀も喜ぶもの」
「……いえ、残念ですけど、これはいただけません」
天帝を元に戻し、僕は倉庫から出た。
あの刀は素晴らしい逸品だ、きっと位列は最上大業物に上るだろう、だからこそ僕には身に余る。
「シュウ、どうしたんだ? 剣が使えなくとも、ロイドに教わればいいではないか」
「そうじゃない、そうじゃないんだ……ごめん、少し一人にさせて」
「…………」
去っていく僕を、ロイドが目を細めて眺めていた。
◇◇◇
公園に逃げ込み、空を仰ぐ。つい逃げてしまったな。
天帝を抜いた感触がまだ残っている、久しぶりにあんな名刀を手にしてしまった。
あの刀は凄い剣だ、だけど使えば、斬ってはならない人まで斬り飛ばしてしまう危うさを備えた剣でもある。
あんな物を、使うわけには、いかない。僕なんかが、取っていい剣ではないんだ。
「腰の得物、よく似合ってるじゃないか」
ロイドが追い付いてきて、僕は肩を跳ね上げた。それに気が付くと、腰に天帝が収まっている。
驚いて手放すけど、勝手に腰にワープしてくる。一度認めたら離れてくれないのかな? そんなの困るよ……だって僕はもう。
「邪険にしてやんなって、刀が可哀そうだぞ? 女も剣も同じだ、惚れられたのなら、受け入れてやれって」
「そういわれても、僕は剣を使う力がありませんし……」
「本当にそうなのか?」
ロイドは片目を閉じて、尋ねてきた。
「なぁシュウ、最初の仕事での落石事故、覚えているか。あの時ミスティを助けてくれたのは、お前なんじゃないか?」
「……なんで、そう思うんですか?」
「崩れた岩の断面が、あまりにも鮮やかすぎるんだよ。自然に砕けたのならありえない、鋭利な刃物で斬らない限り起こらないんだ。ミスティにあんな事はできないし、他に助けに来た奴はいない。必然的にシュウしかいないだろう? ……お前がミスティのナイフで、岩を切り裂いたんだ、違うか?」
「違いますよ。僕は戦闘スキルを持たない探索者ですから」
「にしては、天帝の扱いが随分と手馴れていたな。一振りしただけだが、切っ先がぶれず、一直線を描いて振りぬかれた。剣の素人なら、まず出来ない。軽く振っただけで、空気や空間すら切り裂くような真似も、もちろんな。あれは経験者じゃないと成しえない技術だ」
「……アイテムラヴァの効果は装備にも及びますし、その影響だと思いますよ」
「いい加減、嘘をつくのはやめな」
やっぱり、ゴールドランク冒険者にはごまかしきれないか。
「シュウ、何か剣術を修めていただろう。それも超高度な技術をだ」
「齧った程度、ですよ。せいぜい自衛のために……」
「シュウ」
「……ふぅ、やっぱり、話さないとだめですよね」
「ああ、じゃないと話すまで追いかける」
「……おっしゃる通り、僕は使っていないだけで、剣術のスキルを習得しています。ある人から、仕込まれて」
「やっぱりか。なんで使わないんだ? あれだけの腕前なら、剣士として充分やっていけるはずじゃないか」
「その剣術のせいで僕は故郷を追われて……帰る場所を、失ったんです。僕はもう、石を投げられたくない。もう二度と孤独になりたくなくて、剣を置いたんです」
天帝を外し、ロイドに返した。
天帝は追いかけてこない。僕の意思を尊重してくれたのかな、ありがとうね。
「ミスティさんを助けたときは、緊急事態だったので使いました。でも誰にも、戦う姿を見せたくないんです。今の僕は探索者、皆さんのサポートに誇りを持っています。それで、いいでしょう?」
「……そうだな。今の話は忘れてくれ、こいつも倉庫に戻しておく」
「ありがとうございます」
これでいいんだ。僕は二度と剣を握らない、そう決めたんだ。
僕は探索者、皆の背中を支える役割が、一番性に合っているんだから。
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40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。
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