捨てられた魔王(♀)を保護しました~元魔王様はショタ狂い~

歩く、歩く。

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12話 状態異常「尊死」

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 アイテムや資金のやりくりは私の仕事となっている。
 魔王時代、このような資材・資金の計算をやっていたからな。効率的な資産運用は得意中の得意だ。
 だから、この一ヶ月で得た素材はシュウ達の想像以上に潤沢だぞ。

「凄いな、俺達これだけの素材を集めてたっけか」

 屋敷の裏にある資材置場には、これまで得た素材がぎっしり詰まっている。今まで魔王軍やら国家資金やら、規模の大きい資産を運用し続けていたからな。一個人の資産運用など児戯も同じよ。

「エルザがこういう計算得意だって、やりくりしてくれてるんだけどね。前より出費を抑える事が出来てて、貯金がかなり出来てるのよ。何、前職で会計とかやってたの?」
「似たようなものだな。今までの帳簿を見せてもらったが、ミスティ殿は無駄遣いが多すぎる。タイムセールや特売日を利用すればもっと余裕が出ていたはずだぞ」
「いや~、宵越しの金は持たない主義でしたので……反省します」
「値切りも上手いよね。この間なんか干し肉を六割引きまで値下げしてたし」
「相手の弱みに付け込む、交渉の基本だ」

 魑魅魍魎ひしめく外交に比べれば、そこらの店の値切り交渉も容易い物。魔法で既に店主達の弱みは握ってあるから、常にこちらの有利な土俵で戦えるのだ。
 この世は情報を制した者が勝つ。日常生活においても同じだな。

「でも、あまりやりすぎちゃダメだよ? 相手にも生活があるからね」
「問題ない、その辺は加減しているさ。生かさず殺さず、だろう?」
「流石元魔王様」
「それよりシュウよ、何が欲しいのだ? 二人の装備を強化するのに必要な素材を言ってみよ」
「ん、それじゃあね……」

 シュウに頼まれた素材を持ってくると、彼は隣に作った鍛冶場へ向かう。
 シュウはこの一ヶ月で得た報酬を、屋敷の改修に回していた。自分の力を活かせるようにと、ミスティに頼み込んだのだ。

 鍛冶場もその一環で作り上げている。「鍛冶」のスキルを持っている彼のおかげで、ミスティとロイドは経費を気にする事なく武具の修繕ができるようになったのだ。
 しかし、練度の強化までできてしまうとは。流石は私が見込んだ男だ。

 なにより、見ていてとても愛い、ものすごく愛い。ちんまりとしていじらしく動く姿は癒されるし、後ろからぎゅっとしたくなる衝動に駆られてしまう。絶対柔らかそうだし、絶対抱きしめたら気持ちいいだろうに。
 ああもう、今すぐにでも抱きすくめてうなじの辺りをくんかくんかしたい、頭をなでなでして存分に愛でていたい。マッサージと称してもみもみしても問題ないだろうか? 意外とシュウは警戒心が強い、邪心を持って近づけばたちまち距離を離されてしまうだろう。

 くそ、日がな一日シュウを眺める仕事はないか? 無給でもいい、彼の一日をずーっと眺めているだけで心が満たされるのだっ。

 魔王時代にはありえなかった充足したこの感覚、たまらん、たまらんぞ。胸の奥が激しく高鳴り、全身が燃え上がりそうなほど熱くなる。こまくて愛い生物が傍にいるこの感覚、なんたる快感なのだ!

「エルザ、鼻血出てるけど大丈夫か? 病院行くか?」
「はっ! 大丈夫だ。少々特殊な回復魔法で癒されていただけだからな」
「回復量がオーバーフローして逆にダメージ受けたのか?」

 ふっ、シュウの尊さでオーバーヒートしただけだ。……声に出して言ったら間違いなくトラブルになるからな、心の中にとどめておこう。

「よし、じゃあ始めます」

 シュウは金槌を握り、ロイドの剣を錬磨し始める。門外漢の私には詳しい工程はわからぬが、シュウが全力で集中しているのはわかる。ただ黙って見守るしかできない。
 ……いやしかしまぁ、なんと凛々しい横顔だ。普段の小動物的な面立ちからは想像できぬ姿、これもまた良き物だ。
 ああぁぁぁシュウから目が離せぬ、離せぬぞ。よだれが止まらん、どこを切っても旨い所しかないのかこの小動物はっ。

「エルザ、よだれ垂れてるわよ、拭きなさい」
「はっ! すまない、今日の昼食を考えていてな」
「貴方そんなに腹ペコキャラだったかしら」

 目の前に極上の獲物が居るというのに腹を空かせぬトラが居るか? ……じゅるり。
 なんて事をしている内にシュウの作業が終わってしまった。もっと眺めたかったのに、残念だ。

「これでどうでしょう?」
「どれどれ……あれ?」
「どうしたんです?」
「……なぁミスティ、このグレートソード、鑑定してもらえるか?」
「ええ……うそ、でしょ?」

 ロイドとミスティの顔がこわばった。何があったんだ?

「な、シュウ。どんな事したらこうなるんだ?」
「何か、問題が?」
「練度が最大の99になってるんだけど?」

 ……もうシュウのやる事に驚かないつもりだったが、やはり驚いてしまった。
 どんなに腕の良い職人でも、練度は一度に5前後までしか上がらない。たった一度で数十も練度が上がるなんて、よもや天才だ。
 ロイドが試しに剣を振ってみると、衝撃波が飛び出した。地面が深く抉り取られ、余波が屋敷を揺らす。ただのグレートソードが勇者の聖剣真っ青の化け物に生まれ変わっていた。

「すげ……並の武器なんかもう目じゃないぞこのグレートソード……」
「ねぇ、私の弓も鍛えて!」

 ミスティも目を輝かせて弓を差し出した。
 彼女の弓もあっという間に錬成が終わり、+99まで強化される。同じ弓なのに輝きが全く違う。まるでプラチナで仕上げられたようだ。
 嬉々としてミスティが試射すると、矢は甲高い音を立てて飛び、見えなくなってしまう。大砲以上の飛距離が出てないか?

「私、今なら鋼鉄も撃ち抜ける気がする」
「あの、どうでしょうか」
「大満足さ! こりゃ早く仕事に出ないとな」
「そうね、新しい武器の力を試さないと」

 大喜びの冒険者二人に連れられ、私達は仕事へ飛び出した。
 まぁ結果はお察しの通り、二人の独壇場だ。
 ロイドの一撃は物理が効かないモンスターの皮膚を抉り取り、ミスティの矢は岩に隠れたモンスターを、岩ごと木端微塵にした。シュウの錬成により、二人は一騎当千の力を手にしていた。

 ……やはり、探索者が出せる精度ではないな。

 そもそも探索者の「鍛冶」スキルでは、耐久値を直すのが精いっぱい、練度を上げるなんて、本職である「職人」でしかできないはずだが。
 不自然すぎるが、まぁ、シュウが可愛いから全てよしだ。

「シュウ! 今度は防具も錬成してくれるか?」
「まだ素材に余裕はあるはずよね? これなら私達、どんどん強くなれるわ」
「いいですよ。まさかそこまで喜んでもらえるなんて、やりがいがあるなぁ」

 満足そうに照れるシュウも愛いものだが、一つ問題があった。
 ミスティとロイドの活躍は当然冒険者の間に広まる事となり、シュウの職人としての評判も瞬く間に広がってしまった。

 するとどうなるか。彼に装備を強化してもらおうと、俺も私もと次々に錬成を依頼する者が現れてしまったではないか。
 気付けばシュウを求めて多くの冒険者が屋敷に詰めかけるようになってしまい、連日行列が絶えなくなってしまった。

「なんか、えらいことになっちゃった……」

 そう言うシュウだが、どことなく嬉しそうだ。頼りにされてまんざらでもないようなのだが、私は不満だ。
 ……他の連中のせいで、シュウを愛でる時間が減ってしまったではないかっ!
 シュウの観察は私のライフワークでもある、一日最低五時間は彼を眺めていないと精神の安定を図れないのだよ。
 だというのに、こうまで彼を忙しくさせては、構ってもらう時間が大きく削られてしまう。そんなの我慢できるものか。

「どうしたのエルザ、何かあったの?」
「……もっと私に構ってくれ」

 シュウの袖を引き、つい我儘を言ってしまった。私としたことが、シュウにやきもちを妬いてしまった。
 だが仕方あるまい。シュウは皆のものではない、私だけのものだ。誰であろうと、彼を奪う者は断じて許さん。シュウには私だけを見ていて欲しいのだ。

「えっと、じゃあ……すぐに今日の分を終わらせるから、そしたら一緒に、何かしようか?」
「いいぞ! それでいい!」

 シュウに構ってもらえるのならば何でもいい。くそぅ、彼を独り占めできれば……しかしシュウを他の者に自慢したい欲求があるのもまた事実……。
 私は一体どうすればいいというのだ!

「なぁミスティ……」
「みなまで言わなくていいわ、私も同じ気持ちよ」
『尊い』

 その頃二人の冒険者が、状態異常「尊死」により砂になりかけていたようだが、私達のあずかり知るところではなかったのであった。
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