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9話 新しい門出だ
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「んじゃ、新人冒険者の加入を祝して、かんぱーい!」
「いえー!」
ベルゼンに戻ってから、僕達はギルド併設の酒場で宴を開いていた。
ロイドとミスティの奢りで沢山の料理と酒が並んでいる。気付けば他の冒険者まで巻き込んでの大騒ぎになっちゃった。
自分が主役になる事なんてなかったから、ちょっと戸惑ってしまうな。こんな時どうふるまえばいいんだろう。
「おいおい、何縮こまってるんだよ。ほら注いでやるから飲めって」
「おとと……こぼれちゃう」
ロイドからソフトドリンクを注いでもらった。こんなに歓迎されて、いいのかなぁ。
エルザも緊張しているのか、ジュース一杯で終わらせていた。
「やぁやぁ始めているようだね。君たちの事は聞いたよ、随分な活躍だったそうじゃないか」
しれっとギルドマスターが話に入ってきた。
マスターはじっと僕を見つめて、口の端を持ち上げる。この人、僕の心を見透かしているような気がして少し苦手だな。
「崖崩れに巻き込まれても無傷とは、悪運も兼ね備えているようだね。これは将来有望な若者だ」
「どうも……」
「おいマスター殿、やらしい目でシュウを見ないでもらおうか。怯えているであろう」
エルザが庇ってくれた。マスターは顎を撫でると、片目を閉じた。
「君たちには期待しているよ。特にシュウ君、君には大きな期待をさせてもらうよ」
「はぁ……」
「見つけた! こらマスター! まだ仕事終わってないんですよー!」
「おおっとまたまた見つかった! それでは諸君、またのーっ」
ギルドマスターはすたこらさっさと逃げてしまう。剽軽なんだか、本当に只者じゃないのか、よくわからない人だな……。
「でもほんと、二人とも予想以上の実力だったわね。エルザの魔法はそこらのウィザードなんか目じゃないし、シュウ君もすごく優秀な探索者だし。これは今後の仕事が楽になるわ」
「私達の力を認めてくれて感謝する。できる限り、足手まといにならぬよう努力しよう」
そう話すエルザはどこか不安そうだった。
実の所、僕も不安で仕方がない。何しろ僕達は……互いに裏切られ、捨てられた経験がある。こうした集団に所属するのに、拭いきれない恐怖があるんだ。
今は優しくても、後でアースのように横柄な態度をとったりしないか、四天王みたいに襲ってこないか。猜疑心でいっぱいになってしまう。
特に、この数日は凄く楽しかった。人生で一番と言えるくらい……。
僅かな希望を見せられてからの裏切りは、心に二度と治らない傷を作るんだ。だから、ロイドとミスティ、それにエルザが……万一裏切ったりしたら僕は……きっと立ち直れない。
「震えているのか」
「え? あ……はは、なんでもないよ」
困ったな、人の輪に入りたいのに、いざ入ろうとするとしり込みするなんて。
この世で一番恐いのは、モンスターなんかじゃない。人の心だ。
「……シュウよ、お前の考えている事がなんとなくわかる。私もお前と同じ目に遭った者だ、私もこの中の誰かが裏切るかと思うと、不安で夜も寝れなくなる」
「エルザもなの? 魔王だったのに」
「魔王だからこそさ、頂点に立つ者ほど孤独な存在はない。魔王の地位を狙って、幾人も甘言や謀略を用いて私を責め立て、その結果が追放だ。とても誰かを信じる気にはなれん。だがな、私はお前だけは、信じる事ができる」
「えっ?」
「お前はあの洞窟で、行き倒れていた私を助けてくれた。私を助ければ全てを敵に回し、何の得にもならないのに。あの時お前がくれた優しさを、私は決して忘れられない。だからこそ誓おう、私はお前がくれた優しさを、絶対に裏切りはしない。例え世界の全てが裏切ったとしても、この私だけはお前の味方であり続けると誓おう。もしまた一人で苦しむ事があれば、迷わず私を頼れ。一人より二人の方が、苦しみが小さくてすむだろう」
「……それは、本心?」
「私の心からの言葉だ。僅か一週間ほどだが、共に過ごした者の言葉が信じられないか?」
エルザと過ごしたのは、確かにほんの一週間だけだ。
でも彼女は、ずっと僕を励まし続けてくれた。不安に押しつぶされそうになった僕に寄り添ってくれたし、僕が危険な目にあった時には、誰よりも心配して一番に駆けつけてくれた。
うん、間違いなく、今の僕にとって最も信用できる人だ。
「ねぇシュウ君、君は前のパーティでどんな扱いを受けていたの? 聞く限りじゃ、ろくでもない奴の下で働かされていたみたいだけど」
「それは……」
「そいつらの事もあるから、俺達も簡単には信じてくれないみたいだな。けどおかげで、君の行動の理由がわかったよ」
「何か、変な事しましたっけ?」
「異常なまでの献身的な態度だよ。君は積極的に仕事をするけど、勝手に斥候へ向かったり、自分の身を無視して行動する事がある。まるで自分で自分を傷つけるようにね」
「周りから酷い目に遭わされすぎて、それが当たり前になってしまっているのね。でもね、そんな事をしても誰も喜ばない。もっと自分を大事にして、お願い」
……自分を大事にするなんて、考えたこともなかったな。
家族が居なくなってから、村から追い出されて、勇者達から奴隷のような扱いを受けて……僕を心配したり、大事にしてくれる人は、誰もいなかった。
だからいつの間にか、僕はこう感じていた。僕なんか生きる価値なんかないんだって。それでも誰かに僕を覚えてほしかったから、認めてもらいたかったから、自分を犠牲にしてでも頑張ろうって思うようになったんだ。
けど、エルザもミスティもロイドも、皆僕を心配してくれている。僕が傷ついて、悲しんでいる。
「僕は、ここに居ていいんですか?」
「何言ってるんだ、当たり前だろ」
「僕はちゃんと役に、立っていますか?」
「とてもね。貴方のおかげで凄く助かったもの」
「……僕、生きていて、いいんですか?」
「ああ。お前は私に必要な男だ。シュウ」
思わず僕は、泣いていた。
誰からも必要とされなかった僕の、初めての居場所ができた。初めて誰かに、認められた。ただそれだけの事が、こんなにも嬉しいだなんて。
「さぁシュウ! 今日は我らの新たな門出だ、存分に楽しむぞ!」
「うん! 乾杯だ!」
明日から、きっといい日が続く。僕は未来への期待に胸を膨らませていた。
「いえー!」
ベルゼンに戻ってから、僕達はギルド併設の酒場で宴を開いていた。
ロイドとミスティの奢りで沢山の料理と酒が並んでいる。気付けば他の冒険者まで巻き込んでの大騒ぎになっちゃった。
自分が主役になる事なんてなかったから、ちょっと戸惑ってしまうな。こんな時どうふるまえばいいんだろう。
「おいおい、何縮こまってるんだよ。ほら注いでやるから飲めって」
「おとと……こぼれちゃう」
ロイドからソフトドリンクを注いでもらった。こんなに歓迎されて、いいのかなぁ。
エルザも緊張しているのか、ジュース一杯で終わらせていた。
「やぁやぁ始めているようだね。君たちの事は聞いたよ、随分な活躍だったそうじゃないか」
しれっとギルドマスターが話に入ってきた。
マスターはじっと僕を見つめて、口の端を持ち上げる。この人、僕の心を見透かしているような気がして少し苦手だな。
「崖崩れに巻き込まれても無傷とは、悪運も兼ね備えているようだね。これは将来有望な若者だ」
「どうも……」
「おいマスター殿、やらしい目でシュウを見ないでもらおうか。怯えているであろう」
エルザが庇ってくれた。マスターは顎を撫でると、片目を閉じた。
「君たちには期待しているよ。特にシュウ君、君には大きな期待をさせてもらうよ」
「はぁ……」
「見つけた! こらマスター! まだ仕事終わってないんですよー!」
「おおっとまたまた見つかった! それでは諸君、またのーっ」
ギルドマスターはすたこらさっさと逃げてしまう。剽軽なんだか、本当に只者じゃないのか、よくわからない人だな……。
「でもほんと、二人とも予想以上の実力だったわね。エルザの魔法はそこらのウィザードなんか目じゃないし、シュウ君もすごく優秀な探索者だし。これは今後の仕事が楽になるわ」
「私達の力を認めてくれて感謝する。できる限り、足手まといにならぬよう努力しよう」
そう話すエルザはどこか不安そうだった。
実の所、僕も不安で仕方がない。何しろ僕達は……互いに裏切られ、捨てられた経験がある。こうした集団に所属するのに、拭いきれない恐怖があるんだ。
今は優しくても、後でアースのように横柄な態度をとったりしないか、四天王みたいに襲ってこないか。猜疑心でいっぱいになってしまう。
特に、この数日は凄く楽しかった。人生で一番と言えるくらい……。
僅かな希望を見せられてからの裏切りは、心に二度と治らない傷を作るんだ。だから、ロイドとミスティ、それにエルザが……万一裏切ったりしたら僕は……きっと立ち直れない。
「震えているのか」
「え? あ……はは、なんでもないよ」
困ったな、人の輪に入りたいのに、いざ入ろうとするとしり込みするなんて。
この世で一番恐いのは、モンスターなんかじゃない。人の心だ。
「……シュウよ、お前の考えている事がなんとなくわかる。私もお前と同じ目に遭った者だ、私もこの中の誰かが裏切るかと思うと、不安で夜も寝れなくなる」
「エルザもなの? 魔王だったのに」
「魔王だからこそさ、頂点に立つ者ほど孤独な存在はない。魔王の地位を狙って、幾人も甘言や謀略を用いて私を責め立て、その結果が追放だ。とても誰かを信じる気にはなれん。だがな、私はお前だけは、信じる事ができる」
「えっ?」
「お前はあの洞窟で、行き倒れていた私を助けてくれた。私を助ければ全てを敵に回し、何の得にもならないのに。あの時お前がくれた優しさを、私は決して忘れられない。だからこそ誓おう、私はお前がくれた優しさを、絶対に裏切りはしない。例え世界の全てが裏切ったとしても、この私だけはお前の味方であり続けると誓おう。もしまた一人で苦しむ事があれば、迷わず私を頼れ。一人より二人の方が、苦しみが小さくてすむだろう」
「……それは、本心?」
「私の心からの言葉だ。僅か一週間ほどだが、共に過ごした者の言葉が信じられないか?」
エルザと過ごしたのは、確かにほんの一週間だけだ。
でも彼女は、ずっと僕を励まし続けてくれた。不安に押しつぶされそうになった僕に寄り添ってくれたし、僕が危険な目にあった時には、誰よりも心配して一番に駆けつけてくれた。
うん、間違いなく、今の僕にとって最も信用できる人だ。
「ねぇシュウ君、君は前のパーティでどんな扱いを受けていたの? 聞く限りじゃ、ろくでもない奴の下で働かされていたみたいだけど」
「それは……」
「そいつらの事もあるから、俺達も簡単には信じてくれないみたいだな。けどおかげで、君の行動の理由がわかったよ」
「何か、変な事しましたっけ?」
「異常なまでの献身的な態度だよ。君は積極的に仕事をするけど、勝手に斥候へ向かったり、自分の身を無視して行動する事がある。まるで自分で自分を傷つけるようにね」
「周りから酷い目に遭わされすぎて、それが当たり前になってしまっているのね。でもね、そんな事をしても誰も喜ばない。もっと自分を大事にして、お願い」
……自分を大事にするなんて、考えたこともなかったな。
家族が居なくなってから、村から追い出されて、勇者達から奴隷のような扱いを受けて……僕を心配したり、大事にしてくれる人は、誰もいなかった。
だからいつの間にか、僕はこう感じていた。僕なんか生きる価値なんかないんだって。それでも誰かに僕を覚えてほしかったから、認めてもらいたかったから、自分を犠牲にしてでも頑張ろうって思うようになったんだ。
けど、エルザもミスティもロイドも、皆僕を心配してくれている。僕が傷ついて、悲しんでいる。
「僕は、ここに居ていいんですか?」
「何言ってるんだ、当たり前だろ」
「僕はちゃんと役に、立っていますか?」
「とてもね。貴方のおかげで凄く助かったもの」
「……僕、生きていて、いいんですか?」
「ああ。お前は私に必要な男だ。シュウ」
思わず僕は、泣いていた。
誰からも必要とされなかった僕の、初めての居場所ができた。初めて誰かに、認められた。ただそれだけの事が、こんなにも嬉しいだなんて。
「さぁシュウ! 今日は我らの新たな門出だ、存分に楽しむぞ!」
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