捨てられた魔王(♀)を保護しました~元魔王様はショタ狂い~

歩く、歩く。

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4話 エリクサー、お嫌いですか?

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 翌日、私は夜明けとともに目を覚ました。
 ベルゼンに到着出来て、緊張が解れたからだろうか。よく眠る事ができた。
 もう私には帰るべき場所も、身分もない。なんの身寄りもよりどころもない、まっさらなただの女だ。
 全責務から解放されたからか、気持ちが軽い。魔王だった頃は常に重圧に悩まされていたから、新鮮な気分だ。

「……そういえば、シュウには迷惑をかけてしまったな」

 昨日、我慢できずにシュウの前で眠ってしまった。あろうことか彼に膝枕を……申し訳ない事をしたな。
 あの失態、何としても挽回しなければ。
 だが……シュウの膝枕、あれは良き物だった。なんというか、程よい硬さと温かさで、包み込まれるような心地と言うか、肩の力が抜けると言うか……うむ、一言で言えば、最高だったな。

「……何を考えているんだ、私は」

 思わず赤くなる。シュウの膝枕一つではしゃぎすぎではないか。これじゃ私がシュウに好意を抱いているようなものではないか。
 確かにシュウは良き男だ。魔王である私ですら受け入れる懐の深さ、私の弱さも受け入れる優しさ、何よりちんまりとして愛らしい容姿。全てがうまい具合に混ざり合った男だ。

 私としてはかなり……いや相当好意的に思っているが、だからと言ってそう簡単に好意を示しては元魔王としての威厳がだな……。

「もしもーし、いいかしら」
「みみみミスティ殿! あ、ああ! 大丈夫だ」

 頬を殴って気持ちを切り替える。ミスティは部屋に入るなり、私に服を渡してきた。

「これ、貸してあげるわ。いつまでもそんな恰好じゃよくないものね」

 私の服は奴隷用のぼろ布だ。一応私も女だからな、いい加減身なりは整えたい。
 ミスティの気遣いに感謝しつつ、新しい服に着替える。まともな服を着れたのはいつぶりだろうか。

「胸とお尻がパツパツだけど、悪くないわね」
「すまない、何から何まで。感謝する」

 深く頭を下げ、謝礼を示す。上に立っていた者だからこそ無礼は許されない。きちんと礼儀を正さねば。

「身支度整えたらリビングに来なさい、シュウ君が朝ご飯を用意してくれてるのよ」
「シュウが? そうか……」

 私より早く起きて活動していたか、流石だな。
 リビングに向かうと、テーブルの上にはサラダにベーコンエッグ、パンにオレンジジュースと、豪華な食事が並んでいる。これを全てシュウが用意したのか。

「おはようエルザ、よく眠れた?」
「ああ、おかげでな。昨日はすまなかった」
「大丈夫だよ。ミスティさん、キッチンを貸していただきありがとうございます」
「いいのいいの。にしてもすごいわねこのメニュー、高級ホテルのモーニングみたい」
「ヨーグルトも手に入ったので、フルーツを添えて出しますね」

 手に入ったって、もしかして、朝から買い物に出ていたのか? ううむ、私が寝ている間に……すまないな。しかし、まともな食事は久しぶり、とても楽しみだ。
 早速一口いただくと、驚いた。凄まじく美味いではないか。「調理」のスキルを持っているのは知っていたが、予想以上だ。
 それに、なんだか力が湧いてくる。これは、能力値が一気に向上しているのか。

「シュウよ、この料理はもしや、バフ効果があるのか?」
「うん、今日一日全ての能力が倍加すると思うよ。あとスタミナ消費も軽減できるから、疲労もかなり減ると思う」
「え、なにその至れり尽くせりな効果。「料理人」クラス顔負けの完成度だわ。君、凄く優秀な探索者なのね」
「そんなことはないですよ。前のパーティでずっと「こんなまずい物食えるか」って怒鳴られてましたし」

 勇者アースとは、随分我儘な奴だったようだな。このような美味なる物を突っぱねるとは。
 もしアースより先にシュウと出会っていたら、彼をすぐさま引き入れ、専属のコックとして重用していたというのに……いやいや、何を考えている私は。

「こんなに美味しいのに、酷い奴ね。私なら喜んでパーティに誘うわよ」
「なら、ぜひ入れてください。前のパーティでは荷物持ちや斥候をしていました、必ず役に立てると思います」

 シュウは自分を売り込んでいる。今後ベルゼンで生きるのならば、強い者に付き従うのは有効な手段だな。
 私も今なら力を十全以上に発揮できる。魔力も体力も全回復し、最高のコンディションだ。一宿一飯の恩、必ず返してみせよう。

「おーいミスティー、居るかー?」
「あ、どーぞ! 好きに入ってきて」
「来客か? ならば我らは席を外そう」
「ううんいいの。むしろ貴方達に紹介しておきたい男だから」
「客でも居るのか? まぁいいや、邪魔するぞ」

 ミスティが通したのは、スチールの鎧に身を包み、大剣を背負った、屈強な戦士だった。短く刈り込んだ茶髪に快活な面立ちの男だ。

「そいつら……ああ、昨日酒場で聞いたな。お前が変な二人を連れてきたって」
「変な二人とは失礼ね。私にとっては大事なお客様よ」
「悪い悪い。初めまして、ミスティとコンビを組んでる冒険者、ロイド・リミットだ。よろしく!」

 ロイドは籠手を外し、握手を求めてきた。さっぱりした印象の、気持ちの良い男だな。

「ちなみに彼もゴールドランクよ。実力は私が保証する」
「ロイドさんも……じゃあお二人って、ベルゼンじゃ相当有名なのでは?」
「まぁな、それなりの自負を持ってやらせてもらっているよ。二人は冒険者なのか?」
「いいえ、旅人です。でもこの都市で生活をしたいので、登録をしようと思っていて」
「危ない所を救ってもらったからな、恩返しをしたいから、私達もパーティに加えて欲しい。私はウィザードだ、きっと役に立てると思う」

 魔王と名乗るわけにはいかないからな、魔法スキルは得意だから、「ウィザード」クラスとして通すつもりだ。

「回復魔法は使えるのか?」
「無論だ」
「それは頼もしいな、俺とミスティは回復魔法が使えなくて穴になっていたから助かるよ。それじゃ早速ギルドに行こう」
『はいっ』

 新たな生活の始まりだ、頑張るとしよう。

  ◇◇◇

 冒険者ギルドには多くの冒険者が集っていた。
 掲示板に無数の依頼が張り出されており、自分達の力量と相談しながら仕事を請け負う仕組みになっているようだな。酒場も併設されていて、情報交換もやりやすそうだ。

「シュウ、登録に際して注意する事はあるか?」
「特にないよ、登録自体は試験とかも無くて誰でも出来るんだ。気軽に身分証を手にできるから、身寄りのない人の受け口としての役割もあるんだよ」

 実感のこもった言葉だ。彼自身も孤児だったと聞く、そうした者にとって冒険者ギルドは貴重な居場所なのだろうな。

「おやおや、初めて見る顔だね」

 ご老人が私達に声をかけてきた。痩躯だが隙のない、朗らかなのに只者ではない、不思議な空気をまとった方だ。

「よっすマスター。今日から登録のルーキーだ」
「ほぅ、新しい風が入るか、良き事良き事。ワシはギルドマスターを務めているスラーブという者だ。よろしくな」
「ギルドマスター……この施設の責任者か」
「左様。遠く、異国の地より来たようだ。遠き地の息吹、ベルゼンの恵みとなる事を祈るよ」

 なぜだろう、私の事を見抜いているようなまなざしだ。ギルドマスタースラーブ、要警戒人物だな。

「ちょっとマスター! 会議すっぽかして何やってるんですかー!?」
「やっべ見つかった。そいじゃ皆の衆、適当にごまかしておくれ。さーらばー!」

 スラーブは職員から逃げ出した。まるで無駄のない身のこなしで窓を飛び越えたな、何かしらの武術を修めているようだ。

「相変わらずねあの人も。さ、登録はこっちよ」
「うむ。これで私も、冒険者か」

 登録を済ませ、アイアンランクのカードを受け取る。自分を示す証を手にしただけで、安心感があるな。
 それに、魔王ではない自分となった実感も沸く。少しだけ、自由になった気になるよ。
 国に対する未練など、すでに無くなっている。あれだけ手酷く裏切られてしまったからな、愛想も尽きたよ。仮に頭を下げて戻って来いと言われても、こっちから願い下げだ。
 これからは誰かのためではなく、自分のために生きるんだ。

「よし、じゃあ二人の実力を見たいから、簡単な依頼を受けてみよう。準備は怠るなよ」
「大丈夫です。朝のうちに皆さんの用意を済ませておきましたから」

 シュウは背負った大荷物を解いた。中には薬、携帯食料、攻撃および補助アイテム等、必要な物がぎっしりと詰まっていた。

「あらあら、夜明け前からこんなに用意してたの? 重かったんじゃない?」
「大丈夫です。慣れてますから」
「頼もしいな。……ん? この薬……ポーションじゃないな」
「これですか? ええ、これはエリクサーです」
「そうかエリクサー……」
『……え?』

 私達は固まった。今シュウは、なんと言った?

「たまたま材料があったので調合しました。どんな大怪我をしてもすぐに回復できますし、状態異常もへっちゃら、それと魔力もチャージ出来るようにしておきましたよ」
「いやいやいやおかしいだろ!? エリクサーって、万能の霊薬だぞ! 「錬金術師」のクラスで、特に高位の奴しか作れない物なんだぞ! それをこんな……しかも魔力チャージの改造って……偽物、だよな?」
「……本物よロイド。私の「鑑定」が、本物って言ってる……」

 ば、馬鹿な……エリクサーは世界でも希少な薬だ。私ですら百年以上生きてきて、数回しか見た事がない。そんな物をこんな少年が、どうして?
 そもそも、探索者は他クラスが持つ全ての支援スキルを習得できるが、代わりに特化したクラスの半分程度しか性能を発揮できない、器用貧乏なクラスだ。
 普通の探索者ならば、ポーションを作るのが精々のはずなのだが……。

「エリクサー、苦手ですか? イチゴ味にして飲みやすくしてますけど、メロン味の方がいいですか?」
「そういう問題じゃなくて……」
「そうだぞシュウ、メロン味は安っぽいからブドウ味を所望する」
「違うそうじゃない。……貴方を捨てたパーティ、頭おかしいんじゃないの……?」

 同感だ……勇者アース、よほど人を見る目がないのだろうな。私ならば絶対逃がさぬように傍においてよしよししながら仕事をさせていただろうに……。
 いや、こんな可愛い生物ならばよしよしでは物足りない。できる事なら抱きしめて後頭部の匂いを嗅いで悦に浸りたい。そして抱き枕にしたまま眠りたいものだ。

 ……だから何を考えているのだ私は。
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