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66話 仕方ないから愛してやる事にした

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 ガレオンの「封印」によって、ヒガナは小さな球体に閉じ込められた。
 ガレオンはピンポン玉程度の監獄を龍に食わせると、自身の力を封じ込めた。
 長い息を吐き、その場に座り込む。元の姿は強大な力のせいで相当な体力を消耗してしまう、反動でガレオンは動けなくなっていた。
 セレヴィはガレオンに駆け寄り、彼に寄り添うと疲労を取り除いた。毎日ガレオンに使っているおかげで、習熟度もかなり上がっている。今ではガレオンの体力を元に戻すなんて容易いものだ。

「助かる」
「私は見ているしか出来なかったから。このくらいはさせてくれ」
「それで、どうだ。あれが俺の本当の姿だ。元人間のお前からしてみれば、化け物でしかないだろう」
「いいや、格好良かったよ。むしろ嬉しかった」

 ガレオンが真の姿を見せるのは、セレヴィを守ると決めた時。つまり全力で彼女を想っている時にしかあの姿にならないのだ。
 嬉しい反面、複雑な心境だ。何しろまだ、イナンナが消えていない。
 ガレオンのかつての想い人を前にセレヴィは戸惑っている。彼女にどう声を掛ければいいのだろうか。

『あたしと同じ力を持ってるのか。これも因果って奴なのかね』

 イナンナは小さく笑うと、セレヴィに手を伸ばした。
 ヒガナの影響下から抜けたため、セレヴィに触れられない。それでもイナンナは、セレヴィの温もりを感じていた。

『あんたが今のアスタの想い人か。どんな奴かと思っていたけど、品のいい子だ。名前なんていうんだい?』
「セレヴィです。セレヴィ・F・ラーゼフォン」
『名前まで綺麗とは恐れ入るよ。魔王の妃になるならあたしみたいな学の無い奴より、セレヴィみたいな子がいいのだろうね』

「……そんな事はありません。イナンナ様の抱く思想はとても、誰よりも立派です。誰もが飢えず不幸にならない世界を造る、そんなの思いついても、行動に移せる人はまず居ません。あなたが革命を始めたから今の魔界と彼があるのです。何より、イナンナ様には人を惹きつける力がある。本来ならば、貴方が彼の隣に立つべきでしょう」

 そこまで言って、セレヴィは目を閉じた。

「でも、私もガレオンが、好きなのです。貴方に及ばないのは、百も承知です。その上でお願いがあります。……彼を私にください。貴方が抱いた遺志を共に継ぎ、必ず実現させます。だから、イナンナ様が愛したガレオンを、私も愛して、よろしいでしょうか」

 セレヴィは深々と頭を下げてイナンナの返事を待った。一方のイナンナは目を丸くすると、くすくす笑い始めた。

『そんな堅苦しい挨拶しなくていいよ。セレヴィが誰を愛そうが自由だろ、お好きにどうぞ。どのみち、アスタは誰の物でもなかったんだからさ』
「ガレオンは貴方と死別してから、ずっとイナンナ様を想い続けていたのです。でしたら、筋を通す必要があります」

『律儀だなぁ、気に入ったよ。アスタが見初めただけはある。ちゃんと生きている時に会っておきたかったね。そんじゃ、一つだけあたしから聞いてもいいかい。本当に、セレヴィにアスタとあたしの夢を完遂させる覚悟はあるかい?』
「あります」

 セレヴィの答えに迷いはない。真っ直ぐイナンナを見つめる瞳には、確かな決意が宿っていた。
 イナンナは安心した。彼女にならガレオンと夢を託しても大丈夫だ。
 ガレオンを取られたと言うのに、どこかすがすがしい気分だ。死んでからずっと、ガレオンの行く末を不安に思っていたからだろう。イナンナを引き摺って、自身の幸せを後回しにしていないかと。
 セレヴィならば、ガレオンをきっと幸せにしてくれるだろう。

『アスタをよろしく頼むよ。アスタもセレヴィを大事にしてやりな』
「言われずともしてやるさ」

 イナンナは満足げに頷き、踵を返した。
 ガレオンは引き留めようとして、やめた。
 それでいいと、イナンナは笑顔で頷いた。死人は生きる者に寄り添えない。彼の隣に立つのは、セレヴィの役目なのだから。

『じゃあ、帰るよ。あたし達の夢が完遂したら、また呼んでおくれ』

 イナンナは手を振り、天へと帰っていく。ガレオンとセレヴィは姿が見えなくなるまで、彼女を見送った。

  ◇◇◇

「私達も戻ろうか、マステマ達も心配しているだろうし」

 セレヴィはガレオンの腕を引き、巨岩の下を見て足を竦ませていた。
 ガレオンは唇を噛み、箱を握りしめる。ヒガナとの戦闘で箱はぐしゃぐしゃになったが、中身は無事だ。
 ガレオンの皇霊祭はまだ終わっていなかった。

「こっちを向け。タルトの礼が済んでいない」
「それって……」
「目を閉じろ」

 セレヴィは緊張しながら言われた通りにする。ガレオンは彼女の首に自作のプレゼントをかけた。
 エメラルドをはめ込んだペンダントだ。トップはガレオンのシジルを模したプラチナの飾りが施されており、短時間で作ったとは思えないクオリティである。

「これ、本当にいいのか?」
「いらないなら返せ」
「受け取るとも! 凄く嬉しいよ」

 セレヴィはペンダントを握りしめて目を細めた。

「男が女にエメラルドを送る意味を知っているか」
「……なんとなく、な。ガレオンはいつも遠回しだな」

 セレヴィは恥じらいを見せている。幾度も読んだ恋愛小説でも、エメラルドはダイヤに並んでよく使われるアイテムだ。
 鮮やかな緑の宝石は、「愛の石」の異名を持つ。愛の女神への捧げ物にもされており、愛する人と結ばれる力を持つと言われる石だ。
 セレヴィの頬に手を当て、ガレオンは一言だけ。

「俺だけの女になれ、セレヴィ・F・ラーゼフォン」

 飾り気のないシンプルな告白、それだけにセレヴィの心に深く響いた。
 ガレオンの胸に額を押し付け、セレヴィはこくんと頷いた。

「もう既に、私はガレオンの物だ。さっき、「俺の女」と言ってくれて、とても嬉しかったよ。私からもいいか。どうか私をガレオンだけの女にしてくれ、一生のお願いだ」

 彼女から思わぬ返事を聞き、ガレオンは微笑を浮かべた。
 当然、拒否する理由はない。二人は見つめあい、口づけを交わした。
 キスは、初恋のようなイチゴ味がした。
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