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49話 奴隷のくせに生意気な

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 一週間の出張は、短いながらも濃密な時間を過ごせた。
 満足以上の成果を上げられたし、シトリー領立て直しを通してより自分を高められたし、何よりも幼馴染のノアと再会出来て、彼女に今のセレヴィを認めてもらえた。
 沢山の収穫があったシトリー領は一旦ルシファーに預け、セレヴィはガレオンと共にガレオン上へ戻る運びとなった。勿論、ノアも一緒にだ。
 帰りのドラゴン便でもノアははしゃいでいた。初めての空飛ぶ足に興奮しているようだ。

「どひゃー……ドラゴンを飼い慣らすなんて、人間界じゃ考えられないです」
「なら土産に連れて帰るか? その後の責任は取らんがな」
「いや、遠慮しときます……」

 ガレオンとも打ち解けてくれたようで何よりだ。でもなぜだろう、ノアと話しているのを見ていると、胸がもやぁっとしてくるのだが。
 いやいや、嫉妬とかありえない。だって嫉妬する要素なんかないのだから。ガレオンがノアに目を向けるなんてまずないさ。

「ところでノア、お前はどうするんだ。ガレオンなら人間界に戻せるけれども」
「それなんですけど、先刻ガレオン様に正式にお願いした所なんです」
「ガレオン「様」? 少し前まで随分恐がっていたのに、どんな心境の変化だ」

「いやまぁ、恥ずかしい話なんですが……あれだけ民のために働いている姿を見せられては私としても尊敬せざるを得ないといいますか……無礼を働くには恐れ多い方だと痛感しましてですね……」
「別に俺は無礼程度気にせんぞ。犬の遠吠えなど誰も耳を傾けないからな」
「うぎっ……この節は誠に失礼いたしました……」

 ノアは完全に屈服している。今後ガレオンに頭が上がる事は二度とないだろう。

「話の腰が折れたが、こいつは人間界へは戻らんぞ。本人の希望で俺の奴隷になりたいそうだ」
「じゃあ、これからも一緒に居られるんだな」
「はいっ! セレヴィ様のいない人間界なんてノアには戻る価値もありません。不束者ですが、よろしくお願いいたしますセレヴィ様っ!」

 ノアと抱き合い、互いに笑いあう。ガレオンも微笑みながら見守ってくれた。

「よーし、セレヴィ様と同じように秘書として働けるよう、不祥ノア、頑張りますよっ!」
「誰がお前を秘書にすると言った」
「えっ? だってセレヴィ様の傍に居られるようにしてやるって」
「だからと言ってお前を秘書にするとは言っていないだろう。第一お前では俺の秘書として力不足だ、セレヴィ以外に俺の秘書は務まらん」
「しょんなぁ!?」

 ガビーンとショックを受けるノアだが、セレヴィは内心歓喜した。今確かにガレオンは特別扱いをしてくれた。口元が緩み、ついにやにやしてしまった。
 ノアには悪いが、優越感を楽しむセレヴィである。

「話が違うっ! じゃあ私はどうなるんですかっ、返答次第じゃ怒りますよっ!」
「メイドとして契約してやる。マステマ直属の配置にしてやるから身を粉にして働くんだな」
「メイドぉ? 私は騎士ですよっ、そんな可愛い仕事ではなく兵士の仕事がしたいんですけどっ」
「ノア、ガレオン軍は一兵卒でも私より強いんだぞ」
「うぇっ!? そ、それじゃあ私に務まらないじゃないですか……」

「ノアは生真面目だから、メイドの仕事も向いているさ。それにマステマは私の友人だ、一緒に夕餉を取る仲だぞ」
「そう、なんですか? じゃあ……セレヴィ様のお側に居られるんですかっ?」
「シフト次第だがな。だが職場自体は同じだ、昼休憩は合流できるだろう」
「一生ついて行きます魔王様」

 ちょろいなこいつ。セレヴィとガレオンの思考はシンクロした。

  ◇◇◇

 ガレオン城に到着するなり、セレヴィに向かってマステマが走ってきた。
 「はいどーん!」の掛け声からの全力タックルを受け、セレヴィの体が吹っ飛ぶ。満面の笑みでのしかかったマステマは、うりうりとセレヴィの頬を撫でてきた。

「久しぶりっすねー元気してたっすかー? あーしが愛しくて夜な夜な泣いてたんじゃねっすかー? ちなみにあーしは寂しかったっすよー丁度いい玩具が居なくてすんげー暇だったんすからー」
「むにむにするな、何ヶ月も離れ離れになってたわけじゃないんだから……おい今玩具つっただろ」
「玩具を玩具と言ってなーにが悪いんすかぁー?」

 そのまま取っ組み合いに発展した。けどなんか楽しいな。

「セレヴィ様、その方は?」
「紹介しよう、こいつがメイド長のマステマだ」
「主様から話は聞いてるっすよー、なんでもあーし直属のメイドになるって話っすよね」

 マステマは値踏みするようにノアを見て、いじわるそうに目を光らせた。
 あ、今新しい玩具認定したなこいつ。またしてもセレヴィとガレオンの思考がシンクロした。

「初めましてっす、あーしが噂のマステマ、あーたが大好きなセレヴィ様の彼女っすよー」
「かっかのょっ!? しぇ、しぇれびい様っ!? まさか私に隠してたけどそっちの気がおありだったんでしゅかっ!?」

「話をややこしくするな! マステマ、ノアをからかうのはよせ。冗談が通じない相手なんだぞ」
「酷いっすねー毎日あーしと百合ん百合んな夜を過ごす仲だってのにー。出張前夜だってあーしを抱いて寝たっすよねぇー。あんなにガンガン責めてあーしを鳴かせたくせにぃ♪」
「抱いてぇっ!? セレヴィ様がタチなんですかぁっ!?」
「お前ら二人とも語弊がある言い方をするなぁ!」

 流石はマステマである、出会ってすぐにノアを手玉に取って遊んでいた。

「安心しろ、ガレオン領では同性婚を認めているからな」
「違いますっ! マステマが適当な嘘を吐いているだけで私はヘテロセクシャルです! 私はガレオン様以外に目移りしたり……違う! そうじゃない! 何言ってるんだ私はぁっ!」

 危うく大勢の前でガレオンへの好意を暴露しそうになった。マステマは面白がって「言っちゃえ言っちゃえ☆」と促してくるし。こいつ後で処刑してやる。

「ふん、冗談だ。マステマ、空き部屋にノアを案内しろ。ついでに制服も見繕ってやれ。ノアは明日一杯は休みにしてやる、後で契約書を渡すからそいつにサインしろ」

 ガレオンは首を鳴らしながら執務室へ向かった。なんとなくだが、ガレオンは疲れているような気がする。
 いくら彼が超人でも、一週間で半年分の圧縮業務をこなすのは流石にきつかったらしい。かく言うセレヴィも、今になって体の重さを感じた。ガレオン城に戻って気が抜けたせいかもしれない。

「帰って早々もうひと頑張りしないといけないみたいっすねぇ。練習してきたんすよねぇ?」
「分かっている、だから背中に飛び乗るな。……行ってくる」
「骨は拾ってやるっすよー」

 マステマに見送られ、セレヴィはガレオンを追いかけた。
 執務室にて、ガレオンは書類を整理していた。まだ仕事中、胸を叩いて自分に言い聞かせた。

「マステマとのじゃれあいは終わったか」
「はい。先ほどはお見苦しい姿を見せてしまい申し訳ありません」
「お前も疲れているようだからな。無茶に付き合わせた俺のミスでもある、気にするな」
「ガレオン様もお疲れのようですね」
「どうだかな」

 彼にしては返事に力がない。今なら、セレヴィの習得した魔法が役に立つはずだ。
 許しをもらってからガレオンの手を取り、意識を集中する。体内で練り上げたマナから、癒しの力を抽出し、ガレオンに放出した。
 するとガレオンの体が緑色に光り出す。無事に発動したようだ。
 一週間、ルシファーの指南の下、セレヴィは疲労を癒す力を手にしていた。効果は正直、疲れを少しだけ取る程度の微々たるものでしかないが。

「……これは……」
「お疲れのようですので、一助になれればと。……いかがでしょうか?」

 ガレオンは答えなかった。もしかして、失敗してしまっただろうか。
 不安になった瞬間、ガレオンが腕を引いて、抱きしめてきた。
 頭がキャパオーバーして爆発し、セレヴィの頭から大量の湯気が立ち上る。目を回して口をパクパクさせ、声が出てこなかった。
 ガレオンははっとし、体を離した。セレヴィは「ぷしゅ~」と音を立て、ぐるぐる眼になってふらついていた。

「悪くない魔法だ、隠れて訓練していたようだな」
「はひっ!? え、ええ! ルシファー様にご指南いただきましたっ!」
「ふん、俺に言えばもっと高精度に習得できたものを。どういった意図か知らんが、努力は認めてやろう」
「え、ええとその……ガレオン様を驚かそうと思いまして……」
「サプライズのつもりか」
「……あの、お気に召しませんでしたか?」

 二重の緊張で頭の中からも心音が聞こえた。ガレオンは目を逸らすと、口元を緩ませた。

「お前に任せる仕事が一つ増えたな。終業前にこの魔法を使え、翌日に疲れを残さないで済みそうだ」
「で、では、私の魔法は!?」
「皆まで言う必要があるか?」

 セレヴィはぱぁっと目を輝かせた。仕事に加え、魔法でもガレオンに認められたんだ。
 両手を口に当て足をパタつかせ、セレヴィは人生で一番の笑顔で喜んだ。そのせいかもしれない。
 ガレオンの笑みに、微かな悲しみが隠れていたのに、気づかなかった。

  ◇◇◇

「風属性か。それに疲れを癒す力……瓜二つだな」

 自室にて、ガレオンは黄昏ながらセレヴィの魔法を思い返していた。
 自分に隠れて腕を磨いていたのは、予想外だった。しかもガレオンにサプライズするためだけに、相当な努力を重ねていたとは。

 可愛い奴だ。こうまで好意を向けられて、ガレオンとて悪い気はしない。最近では彼女に甘えている部分もあり、ガレオン自身もセレヴィへ憎くない感情を抱きつつあった。
 嬉しい反面、かつての記憶が蘇る。奇しくもセレヴィの使う力は彼女と全く同じ物だった。

『アスタ、疲れは取れたか?』

 目を閉じれば、快活な声が聞こえてくる。ガレオンが倒れそうな時、彼女は決まってあの魔法で彼を支えていた。

『この場を乗り切ったら酒を酌み交わそう、あたしの奢りだ! あの三人には内緒だぞ? あいつら際限なく飲むからな、財布がいくつあっても足りないよ』

 大斧を担いでガレオンを励まし、幾度もの修羅場を乗り越えてきた。彼女が何度ガレオンを救ってきたか、数えきれないくらいだ。
 ガレオンは彼女にも、甘えている部分があった。

『今、魔界は酷く荒れている。多くの人達が、今日食う飯にも困るほどに貧しい世界だ。だから変えたいんだよ、誰もが飢える事なく笑って過ごせる世界にさ。そのためにお前の力を貸してくれ、アスタ』

 彼女は口癖のように言い続けていた。ガレオンを仲間にする時も同じように、笑ってしまうような理想を語って手を差し伸べた。
 今じゃその理想を、ガレオンが実現しようとしている。かつて二人で語った夢の世界が、現実の物になろうとしていた。

「やはり、お前を裏切る事は出来ないな……イナンナ」

 セレヴィの好意を受け取るわけにはいかない。俺が生涯愛するのはたった一人、二人も居てはいけないんだ。
 だというのに、ガレオンは心からセレヴィを切り離す事が、出来なかった。
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