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43話 むかつく奴の話を聞いて機嫌が悪くなった

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 セレヴィは魔界に来てから今日までの話をした。ようやくノアはセレヴィの状況を把握し、紅茶を飲んで一息ついた。

「魔王の秘書を務めているなんて……でも流石ですセレヴィ様、魔王に認められるその実力、リティシア騎士団トップは伊達じゃないですねっ!」
「ありがとう、次はノアの番だ。どうやって魔界に来たんだ?」
「実はですね、哨戒任務中に凄く綺麗で、巨大な鳥に襲われたんです。それで、気づいたらここに連れてこられていて。それとセレヴィ様を感じる力も与えられましてですね」
「私を感じる力?」

「はいっ! どこに居ようとセレヴィ様の居場所が分かる力なんです。私はセレヴィ様があの鳥に助けを求めて、私をここへ連れてきたんだと思ったんですっ。彷徨ってる間凄く大変でしたけど、セレヴィ様との再会を希望に、今日まで生きて来れました」
「……そうか。私はその鳥がどのような物か知らないんだが、どんな鳥なんだ?」
「翡翠色の羽をした、凄く大きな鳥です。物凄く綺麗で、つい見惚れてしまう程でした」
「うん……やっぱり分からないな。しかし、強大な力を持つのは確からしい」

 ノアを人間のまま魔界に連れてきた事からも伺える。それに知性を持った生物なのも分かった。セレヴィとノアの関係性を理解していなければ、彼女にそんな力を授けたりしないだろう。

「それで、いつ行動に移すんですかっ?」
「何をだ」
「人間界に戻るんですよっ。セレヴィ様はラーゼフォン家のご当主なんですっ、何としてもラーゼフォン家を復興させる義務があるはずですよっ。このノアも手伝います、ですから絶対人間界に戻りましょうねっ」
 ノアは目を輝かせている。彼女からの強い期待を感じ、セレヴィは胸をちくりとさせた。
「すまないがノア、私は人間界に戻らない、戻りたくないんだ」
「え? でも、ラーゼフォン家は? ご両親の遺志はどうされるんです?」

「……二人には、申し訳なく思っている。だがラーゼフォン家は既に没落しているんだろう? 一度伯位を失えば最後、取り戻すのは不可能だ。戻ったとしてもこの体では私とは信じられないだろうし、よしんば信じたとしても逆賊として捕らえられ、処刑されるだろう。何より向こうには、ノア以外に味方は居ない。王ですら私の敵だ。分かるだろう? 私はもう人間界へ戻れないんだ」

「そ、そんな……なんで? どうして諦めるんですかっ! 何とかなりますよ! 頑張ればきっと何とかなります! 私の知ってるセレヴィ様は、どんな時でも諦めない、不屈の精神を持った騎士様ですっ! その魂さえあれば必ずラーゼフォン家を復興できますよっ! だから、そんな弱音を吐かないでくださいっ。セレヴィ様ならこの程度の困難なんてどうって事ないんですからっ!」

 ノアは純粋だ。頑張ればどんな事でも実現できると、心の底から本気で思っている。世の中にはどうにもならない事があると、理解できていないのだ。
 別の言い方をすれば世間知らずの子供だ。そして一度幻想を抱いた相手が、僅かでも変わってしまうと……認められずに駄々をこねてしまう。
 でも、ノアは大事な友達だ。彼女には、今のセレヴィを認めてほしかった。

「今の私には、ラーゼフォン家よりも大切な物がある。魔王の秘書として働く内に、多くの宝物を手に入れたんだ。私は自分の力を、大切な宝物のために使いたい。魔界に骨をうずめる覚悟を決めているんだ。ノアの気持ちは分かるし、とてもありがたい。だけど両親の遺志に背いてでも、私にはやらねばならない使命が出来てしまったんだ」

「……嘘です、そんなの。だってセレヴィ様はあんなにもラーゼフォン家を大事にされていたんですよ? そんな、あっさりと捨てるような事なんかあり得ないです。お願いです、嘘だと言ってください、魔王なんかになびかないでください……貴方は魔王に流されるまま生きているだけです、私のセレヴィ様はそんな弱い人なんかじゃないんですよ……」

「ならばノア、私を見ていてくれ。私がただ現状に流されるまま魔王に従っていると思ったのなら、人間界でもどこであろうとも連れ出せばいい。だけどもし、私が本気でガレオンに仕えていると思ったのなら、どうか今の私を受け入れてほしい。リティシア騎士団のセレヴィではなく、魔王ガレオンの騎士セレヴィなのだと」
「……いいでしょう、見定めてみせます。今の貴方が何者なのか、不祥ノア、しかと見せていただきます」

 ノアは小指を出した。セレヴィは頷き、指切りをする。
 魔王の騎士としての姿、必ずや幼馴染の目に焼き付けてやろう。

  ◇◇◇

「ガレオンの騎士ですか。臆面もなく言うようになりましたね」

 ルシファーが楽し気に言う。ガレオンも小さく笑い、二人を見守った。
 セレヴィから強く信頼されている、それが何よりも嬉しかった。秘書からこうまで慕われると、上司冥利に尽きるというもの。
 それにセレヴィからの好意にも当に気づいている。ガレオン自身も彼女に対して秘書ではなく、異性としての意識を持ち始めていた。

 目頭を摘み、ガレオンは己を戒めた。セレヴィは秘書だ、それ以上の感情を持ってはいけない。そもそも奴隷に欲情するなど魔王としてあってはならない。
 セレヴィにも一言伝えるべきだろう、俺を諦めろと。だというのに、未だガレオンは行動に移せないでいた。

「珍しいですね、主様が決断を迷われるとは。私からセレヴィ嬢へ言伝しましょうか?」
「余計な事をするな。いずれ俺自身で伝える」
「お言葉ですが、気持ちに蓋をし続けては、主様も辛いだけでは? 彼女を好ましく思っているのでしょう、周囲も感づいていますよ」

「知ったような口を聞くな。あいつに今以上の重荷を背負わせるつもりはない。魔王の妃など、他の誰よりも危険な立場だ。俺が魔界でどういった立ち位置に居るか、分からないほど馬鹿じゃないだろう」
「確かに、主様は魔界全ての魔王達から憎まれています。もしも彼女が貴方の妻となれば、真っ先に命を狙われるでしょうね。貴方の最大の弱みとして。現にシトリー領を奪う際、彼女自身も狙われてしまいましたものね」
「セレヴィは人間界でも多くの馬鹿共から命を狙われ続けた、魔界に来てまで同じ目に遭わせるわけにはいくまい。俺との関係を今以上にするわけにはいかないだろう」

「左様ですか。しかし、ふふふ」
「なんだ、笑って」
「いえ、主様から自然に「妃」との言葉が出てきましたからね。セレヴィ嬢を娶るのは、まんざらでもないようでして」
「好ましくない奴をいつまでも傍に置く程俺は寛容じゃない」

 最初こそ、単なるおせっかいからセレヴィを拾った。生きるのに絶望していた哀れな人間を見ていられず助けただけのつもりだった。
 誰かのために胸を痛める事が出来て、目標に向けてどんな時でも一生懸命になれて、でもどこか抜けていて。そのくせ生意気にも、毎朝紅茶で魔王相手に勝負を仕掛けてきたり。ガレオンの反応にいちいち一喜一憂してきたり。
 行動一つ一つが愛らしく、次第に明るく笑うようになったセレヴィに惹かれていた。

 久しく忘れていた、誰かを愛しく思う気持ちだった。完璧な魔王になるべく、とうに捨てたはずの感情を、たった一人の小娘が呼び起こしてしまったのだ。
 だからと言って、認めるわけにはいかない。ガレオンは常に、完全無欠の魔王でなければならない。愛する者など最高の魔王には不要だ。

「俺が生涯愛するのはただ一人、お前も分かっているだろう」
「分かった上で反論いたしますが、私達も主様のお幸せを強く願っています。主様が幸福になられないのに、どうして私達が幸福を享受できるでしょう。主様が常にあの方をお想いになっているのは理解しています、ですが既に、イナンナ様は居ないのです。ただ一人、他者の幸福のために自らを犠牲にし続ける主様を見て、イナンナ様はどう思うでしょうか」

「……さぁな。死人の考えなど俺は知らん、興味もない。だが俺がセレヴィになびけば、イナンナへの裏切りになる。イナンナを裏切るなど、俺には出来ん」

 頑ななまでに一途なガレオンに、普段おちゃらけたルシファーもため息をつくしかない。
 かつて亡くした大事な者を想うがあまり、自身の気持ちを押し殺している。だというのに、セレヴィを諦められず、傷つけるのを恐れて、突き放すのもできていない。
 一切の隙が無かった魔王ガレオンにとって、セレヴィは最大の弱点となりつつあった。

「セレヴィについては俺が処理をする。それより、ノアの発言を覚えているか」
「気になる内容がありましたね。翡翠の羽をもつ巨大な鳥。まさか奴でしょうか」
「さぁな。ノアにセレヴィを感知する力まで与えて、何をしたいのかが分からん。一応捜索はしておけ、優先度は低くて構わん。今はシトリー領の立て直しが最優先だ。発見次第速やかに報告しろ」
「仰せのままに」

 万一奴だったとしたら、恐らくセレヴィを狙ってくるだろう。二度も俺の女に手を下そうというのなら、容赦はしない。
 今度こそ、この俺の手で叩き潰してやる。
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