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37話 女騎士を揺さぶり苦しませる

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 シトリー領まで、二人はドラゴン便を利用し移動していた。
 大型のドラゴンの背にゴンドラを備え付けた物で、鉄道馬車以上の長距離移動に使われているのだが、乗り心地はあまり良くなかった。
 羽ばたく度に大きく揺れ、頭が揺さぶられる。セレヴィはすっかり酔ってしまい、顔を青くしていた。酔い止めを使おうにも、こうまで揺れては水がこぼれて飲めやしない。

「遠くを見ていろ、多少はましになる」
「はい……すみません……」
「重症だな、じっとしていろ」

 ガレオンがセレヴィの頭に手を置くと、酔いが軽くなった。魔法で応急処置をしてくれたようだ。

「ありがとうございます。ですがどうやって、雷属性の魔法は癒しの力を使えないはずでは」
「酔いは聴覚と視覚の情報のズレ、ようは脳に伝わる電気信号の乱れで起こる。俺はそれを整えただけだ」
「かなり、高度な技術では?」
「俺だから出来るんだ。凡夫が使えば廃人にしかねない、俺以外の奴には頼むなよ。で、気分はどうだ」
「楽になりました、ありがとうございます」
「ふん、酔ったらすぐに言え。治してやる」

 それからガレオンは、服装を緩めるよう助言したり、換気をしたりと、セレヴィが酔わないよう気を回してくれた。
 ガレオンが居る安心感からか、以降セレヴィは酔わなくなった。乗り物酔いは精神面からのアプローチでも防止になる、彼女にとっては魔王こそが何よりの酔い止めでもあった。

 どんだけこいつが好きなんだ私は……。

 余裕が出来ると、ガレオンを意識してしまう。ふと目を下ろせば、ガレオンの手がすぐそばにあるではないか。
 ちょっと伸ばせば届く、手を繋げる。けれど今は仕事中だぞ、ガレオンに迷惑かけるぞ。
 頭の中で天使と悪魔がせめぎあい、葛藤するセレヴィ。今にも手を繋ぎそうな左手を、右手で必死に抑えていた。
 こんだけ私が動揺しているのに、ガレオンは何も反応なしかっ。平然としおってからに!

 混乱のあまりガレオンに八つ当たりするセレヴィであった。

 セレヴィが独り相撲をしている内に、ドラゴンが下降を始めた。
 セレヴィは外を見下ろした。シトリー領は聞いていた以上に荒野だった。街道はまるで整備されておらず、奇怪な姿の野生動物が跋扈している。馬車の残骸があちこちに転がっており、多くの犠牲者が出た事を物語っている。
 ガレオン領と比較して、あまりに危険な場所だ。どうもシトリーは適当に領地を運営し、民を顧みなかったと見える。
 己の欲のまま突き進む姿は、リティシア王と被った。荒れ果てた領地の立て直しか、骨が折れそうだ。

「滞在期間は一週間、その間にガレオン様でなければ処理できない案件を対処するのですね」
「そうだ。ルシファーにも休暇を与えないとならないからな」

 休暇、そうだ忘れていた、彼女はもう何ヶ月もガレオン領に戻っていないんだ。
 ルシファーから魔法を教わろうと思っていたけれど、断念するしかないか……。
 程なくして、目的地に到着する。荒野の真ん中に、巨大な陸上戦艦が停泊しているのだ。
 鉄塊としか形容しようのないそれは、魔王シトリーが民から搾り上げて作り出した魔導兵器グングニルだ。
 シトリー領陥落後に鹵獲し、修理したグングニルは、シトリー領開拓の移動拠点として活用されている。ガレオン領から持ち込んだ物資の輸送にも役立ち、出張中の宿泊施設としても活用できる、開拓に役立つマルチガジェットである。

「お久しぶりです主様! そしてMrsセレヴィも!」

 グングニルに着地するなり、ルシファーが出迎えてくれた。シトリー領の立て直しに奔走しているせいか、日焼けして褐色肌になっている。でも彼女の顔に疲れはなく、むしろ活き活きしていた。

「いやはや! 開拓地とは本当にいい物ですね! ジリジリと照り付ける日差しに肌を焼かれる感覚……日焼けしたまま風呂に入った時の痛み! たわしで洗うと痛みが快楽に繋がって、入浴中何度も絶頂しちゃいました! 何より鉄道敷きの肉体労働と言ったら、筋肉に乳酸がたまって悲鳴が上がる感覚がもう最高ですよ! わかっていますね主様! 本当に私を悦ばせるのがお上手で!」

「……ルシファー様、末期ですね……」
「こいつは元からそうだ。ともあれご苦労だったな、シトリー領の現状はどうなっている」
「それは移動の最中にでも。いかんせん資料が多すぎまして、執務室にまとめてあります」

 グングニル中央部に備えられた執務室には、人の背丈ほどに積まれた書類がいくつも並んでいた。あまりの量にセレヴィは目を瞬いてしまう。
 ルシファーでは対応できない案件がこうまで多いとは……いくらガレオンでも手に余るんじゃないか?

「くっくっく、いいじゃないか。暫く領地が安定して暇を持て余していたからな」

 杞憂であった。ガレオンは指を鳴らし、やる気を燃やしている。早速書類を手に取るなり、凄まじい速度で片付け始めた。
 セレヴィは書類を素早く仕分けし、重要度の高い順に並び替え、綺麗にファイリングしていく。傍から見れば常軌を逸したガレオンの速度に追従しているのだ。

 最初はガレオンの処理速度に目を回したものだが、今では慣れてついてこれるようになっていた。それどころか、ガレオンを観察する余裕すら生まれていた。
 一瞬しか書類を見ていないガレオンだが、書類の内容全てを暗記・理解し、それに対する的確な指示もメモしていた。現場の者達が混乱しない配慮も完備とは恐れ入る。

 それに月並みな感想だが、仕事中のガレオンは凛々しくて見ていて飽きない。というか気を付けないと見惚れてしまう。
 いかんいかん、余計な事を考えてしまった。
 たった四十分で全部の書類を片付け、ガレオンは首を鳴らす。セレヴィも澄まし顔で佇み、余裕のアピールだ。

「用意できたのは一週間だけ、その間に三つの問題を片付けるぞ。シトリー領の奴隷どもへの支援・ライフラインの完備・鉄道事業の拡充だ。特に上二つを重点的に対処する」
「かしこまりました。スケジュール調整はお任せください」
「三分でやれ。ルシファー!」
「資料配布ですね、お任せください!」

 ガレオンの処理した書類を元に、派遣したガレオン軍が動いていく。グングニルの中が、にわかに活気づいていた。

「今日中にシトリー領内全ての都市と村を回る算段を付けました、明日は生産地域と開拓現場の視察、明後日は―――」

 セレヴィが立てた予定はあまりにも過酷すぎる物だが、ガレオンは楽しそうに聞いて頷いている。それどころか、

「まだ温いな、奴隷どもとの面会の時間も作れ」
「人数はいかがしますか?」
「全員だ。派遣している連中も含めてな。現場の労働環境も把握しておきたい」

 自らより過酷に、大変なスケジュールを追加している。しかもこれをやり切ってしまうから恐ろしい。
 究極のワンマン魔王だが、行動には「自身に関わる全ての人々が幸せになれるよう」という軸が存在している。マステマ曰く、魔王になってからずっとブレずに通しているそうだ。

「直近の村から視察に行くぞ、ついてこい」

 颯爽と出ていくガレオンに、セレヴィも急いでついていく。
 迷わず己の責務を果たそうとする背中が格好良くて、そんな魔王の傍で仕事が出来るのが幸せで、ついセレヴィは顔が緩んでいた。
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