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33話 数々の虐待に屈し、とうとう女騎士が白旗を上げた

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 シトリーによる魔王連合軍を壊滅し、全領土を手に入れた事で、ガレオンは一気に魔界の四割を支配する事となった。
 出した損害はシトリー肝煎りのグングニル一隻と少々のケガ人のみ、そのグングニルも動力部を直せば稼働できるそうで、得た利益は計り知れない。

 ガレオンの完全勝利に領民達は沸き立った。後日行われた勝利演説には、多くの領民が魔王城へと集まり、ガレオンを称える声で溢れかえっていた。
 この男に仕えていてよかった。セレヴィは心からそう思っていた。ガレオンの偉業を支えられる、こんなにも幸せな事があるだろうか。

「俺は必ず魔界全てを手にしてみせる! お前達は黙って俺について来い、真の栄光を見せてやる!」

 声高々に宣言した、大きすぎる夢も、ガレオンならば絶対達成してしまうだろう。そう信じさせるだけの力を、この魔王は持っていた。
 誰よりも強く、己を貫き通し、下の者にも気配りを忘れない。この人について行きたいと感じさせるカリスマ性も相まって、理想の中の理想の上司だ。

 ガレオンの功績は、副産物としてセレヴィの仕事にも華を添えていた。
 セレヴィが力を入れていたサーカス事業だが、ガレオンの演説の日に初公演を迎えていた。そのせいか、初日から大盛況となっていた。

 ガレオンの勝利宣言により心が高揚したのか、多くの人が来場してくれた。露店や大道芸、幻獣の展示に人々は喜び、サーカスの数々の曲芸に雨のような拍手が降り注いだ。
 沢山の人達の笑顔を見て、セレヴィは諸手を挙げて喜んだ。頑張った以上の成果が出た、これほど嬉しい事はない。こんなにもやり甲斐を感じた仕事は、生れて初めてだ。

「ありがとうございますセレヴィさん、貴方のお力添えで、素晴らしい公演となりました」

 午前の公演後、ブラフマンから幾度も感謝された。
 両手をしっかりと握られ、セレヴィは頬を染めた。こんな風に礼を言われるのは慣れていないから、少し恥ずかしい。

「で、でもまだ公演は始まったばかりです。気を抜かずに頑張りましょう」
「勿論です。ですがこれだけは言わせてください、貴方に任せて本当によかった」

 なんて温かな言葉だろう。セレヴィは気持ちを押さえられず、小躍りした。

「そんなにはしゃいで、かわいーとこあんじゃねっすかー」
「うっ、マステマ……見てたのか……」
「そんだけはしゃいで見るなはねーっすよ、んまー休みも返上して働いてたっすからね、嬉しいのは分かるっすよ。けど実際すげーイベントになったっすねー。正直驚いたっす、あーたがここまでやるたぁ思わなかったっす」
「私だけじゃないよ、多くの人達に助けられて、ここまでやれたんだ。一人で出来た事じゃないから、より嬉しいんだよ」
「そっすか。勿論そん中にあーしも入ってるっすよね」
「否定はしない」
「捻くれた返事っすねぇ、あーたらしいっす。ま、これならいー返事、出来るんじゃねっすか」
「ああ、そうだな」

 胸に手を当て、セレヴィは空を仰いだ。

  ◇◇◇

 日が沈んだ頃、セレヴィはバルコニーへ向かった。彼と約束したのだ、そこで話そうと。
 既にガレオンは到着していて、城下町を見下ろしている。心なしか、微笑んでいるように見える。深呼吸をしてガレオンの隣に立つが、言葉が出てこない。何を話せばいいのか、頭が渋滞していた。

「ぎゃふん」
「ん? なんだ?」
「俺にそう言わせたかったんだろう、だからその通りにしてやった」
「そんなわざとらしく言われても嬉しくはない」
「あまのじゃくな奴だ、じゃあどうすればよかったんだ」
「もっと自然に言って欲しかった」
「そもそもの台詞が不自然だから無理だ。さて、まずは改めて言っておこう。ご苦労だった。初日であれだけの成果を出すのは予想以上だ。仕事の結果としては、満点以上を付けてやる」

 ガレオンに労われ、セレヴィは頬を掻いた。
 喜びもひとしおだ。誰よりもガレオンにそう言われたかったから。この一言を目標にして、頑張り続けてきたんだ。

「それに、シトリー領奪取もお前の働きが大きかった。本当に風邪になってまで奴らの注意を引いたんだ、大した忠義心だよ」
「それは、言わないでくれ。私も反省しているのだから」
「無茶はあれっきりにしろ。お前が体調不良になれば俺も困るんだ、俺の騎士に代わりは居ないからな」
「私はまだ、お前の騎士で居ていいんだな」
「馬鹿をぬかせ、永遠にだ。最も、この後のお前の返答次第だが」

 ガレオンはセレヴィと向き合い、奴隷の証に指を当てた。

「俺は約束を守る男だ、成果を上げた褒美に、お前の望みをなんでも一つだけかなえてやる。勿論、人間界への帰還も許してやる。よかったな、脱出ルートを確保する手間も、何もかもが省けるぞ?」
「……意地悪だな」

 もしこのチャンスを逃せば、彼女は二度と人間界に戻る事はできないだろう。少し前のセレヴィだったら、二つ返事で帰還を望んでいたはずだ。
 でも、彼女はすっかり、牙を抜かれていた。
 セレヴィはガレオンの手を握り、首を振った。

「……人間界には、戻りません。貴方から逃げるのは、不可能です。だって貴方は、私に沢山の宝物を与えすぎた。私のやりたい仕事、友人、騎士としての誇り……そして貴方に仕えられる幸せ。これほどまでに生きる喜びを貰ってしまっては、私はここから離れられません。私はもう……脱出する意思を、砕かれてしまいました。ですから、私をここに置かせてください。お願いします」
「くっくっくっ、はっはっはっはっは! とうとう白旗を上げたか。そんなにも耐えられなかったか? 俺からの虐待は」
「ええ、本当に……優しくて温かい、酷い虐待の数々でした」

 セレヴィは涙を流し、一番の笑顔を見せた。
 雫を拭い、ガレオンは頬を撫でた。

「なら、他の望みはあるか。なんでもいいぞ、金でも服でも、食い物でも、お前が望む物を用意してやる」
「……それでは」

 ずっと望んでいた願いだった。今までずっと、ガレオンから貰っていなかった物が、たった一つだけあったから。

「名前を、呼んでください。私をセレヴィと、呼んでください。ずっと「お前」としか呼ばれていなくて、認められてないのかなって、気にしていて……でも今なら、認めてくれますよね。だからお願いです、私の名前を呼んでください。それが私の、望みです」
「……そうか、思えば一言も呼んでいなかったか。俺も配慮が足りなかったようだ、以後気を付けよう」

 ガレオンは踵を返し、去っていく。セレヴィはちょっと落ち込んだ顔になった。
 ダメだったのだろうか……そう思った時。

「何をしている、ついてこい、
「えっ?」
「俺の騎士なら食事くらい付き合え、それとも、魔王と席を共にはできないか? セレヴィ」

 また呼んでくれた、ガレオンが自分の名を。
 むずむずして、顔がだらしなく緩んでしまう。ただ名前を呼ばれただけなのに、どんな金銀財宝よりも、セレヴィにとって価値のある贈り物だった。

「はい、喜んで!」

 ガレオンの傍に居る限り、セレヴィは永遠に虐待され続けるだろう。彼から絶対逃げられず、数多の優しさの暴力によって、心を縛られてしまうのだ。
 次はどんな手で虐待してくれるのか、セレヴィは楽しみで仕方なかった。
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