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7話 馬だって?自転車でちぎってくれるわ!
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勝負内容はシンプルで、直線六〇〇メートルを先に走り抜けた方が勝ち。
あの変態にだけは絶対に負けられない、負けたら最後……何に付き合わされるかわかったもんじゃないもの。
「アンジェリン! 準備はいいかい?」
「OK!」
私は親指を立てた。エドワードより十メートル下がった位置から先にスタートし、並んだ瞬間からレーススタートってルール。
自転車はスピードに乗るまで時間がかかる、初速から速い馬と同時スタートじゃまず勝てない。
ギアをスプリント出来るまで上げるには、最低でも十メートルは欲しい。これで条件は五分と五分……いざ勝負!
ゆっくり漕ぎはじめ、ギアを上げながら加速していく。エドワードと並んだ瞬間、ギアが6まで到達した。
「始め!」
瞬間、レースが始まる。エドワードはあれでも馬術が特技、競馬の大会にも出ていて、幾度も優勝している実力者。そう思うと……燃えてくるわ。
勝負は敵が強ければ強いほどやりがいがある。忘れていたわ……全身の毛が逆立ち、血液が沸騰するかのような、身を削り合うレースって奴を!
「唸れ筋肉、猛れ鼓動! 灰になるまで燃えろ魂!」
バーエンドバーを握って前傾姿勢、歯を思い切り食いしばり、ギアを最大8まで重くした瞬間にサドルから腰を上げる。
所謂立ち漕ぎ、自転車競技ではダンシングと呼ばれる高速巡航体勢。脚力に加えて広背筋、腹筋、上腕筋の力も加えた全開の踏力によって自転車を一気に加速していく。
バーエンドバーを握った事で掌が向かい合うニュートラルグリップにチェンジ。腕の力が伝わりやすくなり、ダンシングの安定感がより向上。更にマウスピースでしっかり歯を噛み合わせ、瞬発力をさらにアップ。準備は整った。
馬如き、自転車で千切ってやる!
◇◇◇
最初の50メートルは、俺がリードしていたはずだった。
だがアンジェリンが立ちあがった瞬間、戦慄が走った。
彼女の美しくもクールな切れ長の目が獣のように見開かれたと思うと、自転車がうなりを上げて加速しはじめたのだ。
風を粉砕するかのように走る姿はまさしく「ハリケーン」、災害の如き勢いだ。
「駆けろゴールド! 追い抜かされるぞ!」
俺の馬は数々の大会で優勝を記録した名馬だ。それが……女の操る意思無き馬に負けるなど許されない。
「んんんんんんんんんんっりゃあああああああああ!」
アンジェリンが叫んだ。
瞬間、まるで蓄えられていた力が解き放たれたかのように急加速。俺とゴールド号が追い抜かされた。
最終的には30メートルもの差をつけられた上で試合終了、まさかの敗北を喫してしまったのだ。
「俺が、負けただと……! 自転車とやらに……!」
認めざるを得ない。ハリケーンの名に恥じない、素晴らしい騎手。アンジェリン、君には完敗だ。
しかもこの敗北の屈辱感は腹の底からゾクゾクしてくる。プライドを傷つけられた事による悦びが、俺の全身を駆け巡った。
「それに負けたら相手の言う事を聞く……よく考えたら、勝っても負けてもご褒美があるではないか」
◇◇◇
エドワードに完勝した瞬間、両腕を突き上げた。
肺に目いっぱい息を送って、額に浮かんだ汗をぬぐいとる。肌に直接吹き付ける風が涼しくて、ほてった体を冷ましていく。
やっぱり自転車で勝利するのは気持ちいい! 自分の力全てを出し切るこの感じ、この達成感こそロードレースの醍醐味ね。
「勝った、お姉さまが勝った!」
レミリアが抱き着いてきて、二人揃って原っぱに倒れてしまった。
いつもなら受け止められるんだけど、やっぱ全力スプリントすると短距離でも足が売り切れるわ。太ももと足裏がピクピクしてる。
クロスバイクで馬を追い抜くとなると、やっぱきついなぁ。ロードだったらもっと楽に追い抜けたんだけど、最終的にはド根性で振りきったわ。
「うーん……やっぱノーマルのペダルじゃあれが限界か」
近い内にビンディングシューズとクリートペダルを開発しないと。それじゃあ、賭けの清算に入りましょう。
「負けたよアンジェリン。さぁ、なんなりと要求してくれ。君が出す命令であれば僕は……下僕であろうと奴隷であろうとあらゆる屈辱でもうけてみせようじゃないか!」
「負けたのにどうしてそんな目ぇ輝かせてんの?」
「ドMだからでしょう」
エヴァの直球なツッコミだけど、まさしくその通り。このド変態につける薬はないわね。
私にそんな倒錯した趣味はないわ。けど自由にできる傀儡が出来たのは大きい。
「そうねぇ。それじゃあちょっと、一緒に来てくれるかしら?」
◇◇◇
そんなこんなで一週間後。レミリアとエドワードを引き連れ、ロックスさんの工房へと足を運んだ。
「こんにちわー! 例のモノ出来てますー?」
「やぁアンジュ、勿論できているとも」
ロックスさんが出してくれたのは、二台のクロスバイク。レミリアとエドワードのために用意した自転車だ。
エドワードに出した要求は、「貴方も自転車に乗りなさい」。
まだ自転車を作り出してから日が浅くて、ユーザーが少ないんだもの。変態といえど、自転車に性差も国境もない。彼にも自転車の楽しさを教えてあげたいの。
「お姉さまと同じ自転車……つまりこれは身も心もお姉さまと結合するって事なのでは……」
「アンジェリンと同じ自転車……つまりこれは身も心もアンジェリンの奴隷となるって事なのでは……」
「よかった、そんなに喜んでもらえるなら用意した甲斐があったわ」
「喜び方が斜め下なのに気づかぬ主はもうダメかもしれない」
ねぇエヴァ、その売れないラノベタイトルみたいな独自は何?
ともかく、私は自転車仲間が欲しい。それに健全な精神は健康な体に宿るって言うし。
「自転車を通してあのド変態の性癖が矯正できればなって」
「それはアンジェリン様が淑女になるのと同じくらいの難題でしょうね」
「あら嫌だわエヴァ、私がお淑やかじゃないっていうの?」
「はい。ってやめてコブラツイストは止めてくださいあーっあーっ」
「アンジェリン、早速僕に自転車の乗り方を教えてくれ」
エヴァを撃墜した所で、エドワードをクロスバイクに乗せていく。
元々馬に乗ってたから飲み込みも早いわね。あっさり自転車に慣れて、四人でのツーリングが実現したわ。
一人でサイクリングするのもいいんだけど、やっぱり大人数で漕いだ方が面白いもの。
エドワードも自転車にはまったみたいだし、これでまた一人自転車仲間が増えた。この調子で異世界に自転車の輪が広がっていくといいんだけどな。
「やぁ、アンジュじゃないか。また会えたね」
「ブラッド騎士団長!」
パトロールの途中かしら、何にしても出会えてラッキー。
「随分と大人数だね。その、自転車だったかな? 馬のように早く走れるのかな?」
「はい! 先週かるーく千切ってきました!」
「それは凄いな。くれぐれも事故を起こさないよう気を付けてくれよ。しかしそうか……そうまで速いとなると、私も興味がわいてきたな。どこで売っているんだい?」
「ブラッド騎士団長も自転車に興味を?」
これは是非ともプレゼントしてあげねば! ナイスミドルに合わせるならやっぱりチェレステカラーの自転車よね。
「こ、今度、一緒に見に行きません? もしよければ、自転車をプレゼントしたいのですけど」
「いいのかい? それじゃあ、お願いするよ」
「分かりました!」
っしゃあ! デートの約束こぎつけたぁ!
やっぱり自転車最高、ペダルを通して色んな人と繋がっていくツールだわ。サイクリングを通して、もっと沢山の人と関われたらいいなぁ。
……けど何か忘れているような気がする。なんかこう、悪役令嬢にありがちな悲惨な末路とかがすっかり記憶から抜けているような……。
「ま、いっかー」
今が楽しけりゃそれでいいわよね、うん!
◇◇◇
私、エヴァの主はブラッド騎士団長にすっかり夢中だ。
そのせいで気づいていないようだ、ここに居る怨霊の存在に。
「……お姉さま、なんで私以外の人に色目を使っているんですか? そこのド変態はともかく、そのお方はまともな方じゃないですか。つまりはお姉さまを奪う危険がある害虫って事ですよね」
光をなくした瞳でブラッド騎士団長を見つめるレミリア。どこから取り出したのか、はさみを握りしめて呪詛のような何かを呟き始めた。
どうしよう、立場上このシザーマン止めなきゃいけないんだけどやりたくない。
「ああ嫌だわ私からまた全てが奪われるなんてそんなの絶対防がなきゃもう大切な宝物を奪われるのは嫌なのよあの害虫親父絶対殺すこの世に魂の欠片すら残さずぶっ殺してやるいやむしろお姉さまを手籠めにするため心中した方がいいかしらお姉さまは私だけの物私だけを見ていればいいのああお姉さまお姉さまお姉さまお姉さまお姉さまままままままま」
……さようならアンジェリン様。私は今日の内に荷物をまとめて逃げようかと思います、貴方と過ごした日々は忘れません、まる。
「待つんだレミリア。君がアンジェリンに恋慕を抱いているのは分かる、だからこそ、耐えねばならない時があるんだ」
あ、変態が変態の仲裁に入った。
「考えてごらんレミリア、愛とは一度距離を開ける事で想いを熟成し、ため込む物。その空白の愛が大きければ大きいほど、開いた時の反動は爆発的な物となる。つまり! 君と会えない時間をあえて作る事でアンジェリンは君への想いをより大きくする事が出来るのだ!」
「! 成程、その考えには至りませんでした……!」
ごめん、言ってる意味が全然分からない。
けど変態同士でシンパシーでも感じたのか、通じ合っているらしい。正直分かりたくない、変態の思考を解読しろとかそんなのなんて拷問?
「ですけど、貴方もお姉さまを慕っているのでは……悔しくは、ないんですか?」
「全然! 何しろ僕は寝取られ趣味も完備しているからね、目の前でアンジェリンが誰かにとられると思うと、その悔しさで逆に興奮するくらいさはっはっは!」
恐い恐い恐い恐い、こいつ本当に気持ち悪恐い。
「悔しがるのではなく、むしろ楽しむんだ。アンジェリンが僕達から離れている間、僕達の中では彼女への愛が熟成されている。より大きくなった愛を彼女に渡せば、きっと思いは実るはずだ!」
「そうですね……私のお姉さまに対する愛は銀河をも超えています。必ず咲かせます、愛で輝く百合の花! でももしお姉さまを横取りしたら、貴方であろうと容赦しませんから」
「望むところだよ。むしろ本望ですらある。アンジェリンを寝取られる様を見せつけられながら、彼女に蔑みの眼差しを向けられつつ、死んでいく可哀そうな僕……ああっ! 想像しただけでもう、ドキドキが止まらない! レミリア、どうか君の恋が成就した暁には、僕を彼女の前で無残に殺してくれたまえ!」
「わかりました! けどエドワード様の恋が成就したら貴方を殺してお姉さまも殺して私も死にますけどよろしいですか?」
「構わないとも。そんなハーレム展開、むしろご褒美さ」
とりあえず十ヶ所ほどツッコませろ。けどやったら反撃されそうだから黙っておこう。ヤンデレとドMのブレンドコーヒーなんて濃厚すぎて胸やけするわ。
アンジェリン様は尊敬に値する凄い人だ。けど変人だ。その結果、近寄る人間は純度100パーセントの変態のみ。まともな人間は私くらいだろう。
真人間として切実に思う、普通の主人の下で働きたい。でも丹精込めて育てたバカわいいペットが無残な目に遭うのは見たくないし……。
「……分かりましたよ、仕事頑張りますよ」
メイド長に昇給でも打診しておこう、そうでもしないとやってらんねーわこの仕事。
あの変態にだけは絶対に負けられない、負けたら最後……何に付き合わされるかわかったもんじゃないもの。
「アンジェリン! 準備はいいかい?」
「OK!」
私は親指を立てた。エドワードより十メートル下がった位置から先にスタートし、並んだ瞬間からレーススタートってルール。
自転車はスピードに乗るまで時間がかかる、初速から速い馬と同時スタートじゃまず勝てない。
ギアをスプリント出来るまで上げるには、最低でも十メートルは欲しい。これで条件は五分と五分……いざ勝負!
ゆっくり漕ぎはじめ、ギアを上げながら加速していく。エドワードと並んだ瞬間、ギアが6まで到達した。
「始め!」
瞬間、レースが始まる。エドワードはあれでも馬術が特技、競馬の大会にも出ていて、幾度も優勝している実力者。そう思うと……燃えてくるわ。
勝負は敵が強ければ強いほどやりがいがある。忘れていたわ……全身の毛が逆立ち、血液が沸騰するかのような、身を削り合うレースって奴を!
「唸れ筋肉、猛れ鼓動! 灰になるまで燃えろ魂!」
バーエンドバーを握って前傾姿勢、歯を思い切り食いしばり、ギアを最大8まで重くした瞬間にサドルから腰を上げる。
所謂立ち漕ぎ、自転車競技ではダンシングと呼ばれる高速巡航体勢。脚力に加えて広背筋、腹筋、上腕筋の力も加えた全開の踏力によって自転車を一気に加速していく。
バーエンドバーを握った事で掌が向かい合うニュートラルグリップにチェンジ。腕の力が伝わりやすくなり、ダンシングの安定感がより向上。更にマウスピースでしっかり歯を噛み合わせ、瞬発力をさらにアップ。準備は整った。
馬如き、自転車で千切ってやる!
◇◇◇
最初の50メートルは、俺がリードしていたはずだった。
だがアンジェリンが立ちあがった瞬間、戦慄が走った。
彼女の美しくもクールな切れ長の目が獣のように見開かれたと思うと、自転車がうなりを上げて加速しはじめたのだ。
風を粉砕するかのように走る姿はまさしく「ハリケーン」、災害の如き勢いだ。
「駆けろゴールド! 追い抜かされるぞ!」
俺の馬は数々の大会で優勝を記録した名馬だ。それが……女の操る意思無き馬に負けるなど許されない。
「んんんんんんんんんんっりゃあああああああああ!」
アンジェリンが叫んだ。
瞬間、まるで蓄えられていた力が解き放たれたかのように急加速。俺とゴールド号が追い抜かされた。
最終的には30メートルもの差をつけられた上で試合終了、まさかの敗北を喫してしまったのだ。
「俺が、負けただと……! 自転車とやらに……!」
認めざるを得ない。ハリケーンの名に恥じない、素晴らしい騎手。アンジェリン、君には完敗だ。
しかもこの敗北の屈辱感は腹の底からゾクゾクしてくる。プライドを傷つけられた事による悦びが、俺の全身を駆け巡った。
「それに負けたら相手の言う事を聞く……よく考えたら、勝っても負けてもご褒美があるではないか」
◇◇◇
エドワードに完勝した瞬間、両腕を突き上げた。
肺に目いっぱい息を送って、額に浮かんだ汗をぬぐいとる。肌に直接吹き付ける風が涼しくて、ほてった体を冷ましていく。
やっぱり自転車で勝利するのは気持ちいい! 自分の力全てを出し切るこの感じ、この達成感こそロードレースの醍醐味ね。
「勝った、お姉さまが勝った!」
レミリアが抱き着いてきて、二人揃って原っぱに倒れてしまった。
いつもなら受け止められるんだけど、やっぱ全力スプリントすると短距離でも足が売り切れるわ。太ももと足裏がピクピクしてる。
クロスバイクで馬を追い抜くとなると、やっぱきついなぁ。ロードだったらもっと楽に追い抜けたんだけど、最終的にはド根性で振りきったわ。
「うーん……やっぱノーマルのペダルじゃあれが限界か」
近い内にビンディングシューズとクリートペダルを開発しないと。それじゃあ、賭けの清算に入りましょう。
「負けたよアンジェリン。さぁ、なんなりと要求してくれ。君が出す命令であれば僕は……下僕であろうと奴隷であろうとあらゆる屈辱でもうけてみせようじゃないか!」
「負けたのにどうしてそんな目ぇ輝かせてんの?」
「ドMだからでしょう」
エヴァの直球なツッコミだけど、まさしくその通り。このド変態につける薬はないわね。
私にそんな倒錯した趣味はないわ。けど自由にできる傀儡が出来たのは大きい。
「そうねぇ。それじゃあちょっと、一緒に来てくれるかしら?」
◇◇◇
そんなこんなで一週間後。レミリアとエドワードを引き連れ、ロックスさんの工房へと足を運んだ。
「こんにちわー! 例のモノ出来てますー?」
「やぁアンジュ、勿論できているとも」
ロックスさんが出してくれたのは、二台のクロスバイク。レミリアとエドワードのために用意した自転車だ。
エドワードに出した要求は、「貴方も自転車に乗りなさい」。
まだ自転車を作り出してから日が浅くて、ユーザーが少ないんだもの。変態といえど、自転車に性差も国境もない。彼にも自転車の楽しさを教えてあげたいの。
「お姉さまと同じ自転車……つまりこれは身も心もお姉さまと結合するって事なのでは……」
「アンジェリンと同じ自転車……つまりこれは身も心もアンジェリンの奴隷となるって事なのでは……」
「よかった、そんなに喜んでもらえるなら用意した甲斐があったわ」
「喜び方が斜め下なのに気づかぬ主はもうダメかもしれない」
ねぇエヴァ、その売れないラノベタイトルみたいな独自は何?
ともかく、私は自転車仲間が欲しい。それに健全な精神は健康な体に宿るって言うし。
「自転車を通してあのド変態の性癖が矯正できればなって」
「それはアンジェリン様が淑女になるのと同じくらいの難題でしょうね」
「あら嫌だわエヴァ、私がお淑やかじゃないっていうの?」
「はい。ってやめてコブラツイストは止めてくださいあーっあーっ」
「アンジェリン、早速僕に自転車の乗り方を教えてくれ」
エヴァを撃墜した所で、エドワードをクロスバイクに乗せていく。
元々馬に乗ってたから飲み込みも早いわね。あっさり自転車に慣れて、四人でのツーリングが実現したわ。
一人でサイクリングするのもいいんだけど、やっぱり大人数で漕いだ方が面白いもの。
エドワードも自転車にはまったみたいだし、これでまた一人自転車仲間が増えた。この調子で異世界に自転車の輪が広がっていくといいんだけどな。
「やぁ、アンジュじゃないか。また会えたね」
「ブラッド騎士団長!」
パトロールの途中かしら、何にしても出会えてラッキー。
「随分と大人数だね。その、自転車だったかな? 馬のように早く走れるのかな?」
「はい! 先週かるーく千切ってきました!」
「それは凄いな。くれぐれも事故を起こさないよう気を付けてくれよ。しかしそうか……そうまで速いとなると、私も興味がわいてきたな。どこで売っているんだい?」
「ブラッド騎士団長も自転車に興味を?」
これは是非ともプレゼントしてあげねば! ナイスミドルに合わせるならやっぱりチェレステカラーの自転車よね。
「こ、今度、一緒に見に行きません? もしよければ、自転車をプレゼントしたいのですけど」
「いいのかい? それじゃあ、お願いするよ」
「分かりました!」
っしゃあ! デートの約束こぎつけたぁ!
やっぱり自転車最高、ペダルを通して色んな人と繋がっていくツールだわ。サイクリングを通して、もっと沢山の人と関われたらいいなぁ。
……けど何か忘れているような気がする。なんかこう、悪役令嬢にありがちな悲惨な末路とかがすっかり記憶から抜けているような……。
「ま、いっかー」
今が楽しけりゃそれでいいわよね、うん!
◇◇◇
私、エヴァの主はブラッド騎士団長にすっかり夢中だ。
そのせいで気づいていないようだ、ここに居る怨霊の存在に。
「……お姉さま、なんで私以外の人に色目を使っているんですか? そこのド変態はともかく、そのお方はまともな方じゃないですか。つまりはお姉さまを奪う危険がある害虫って事ですよね」
光をなくした瞳でブラッド騎士団長を見つめるレミリア。どこから取り出したのか、はさみを握りしめて呪詛のような何かを呟き始めた。
どうしよう、立場上このシザーマン止めなきゃいけないんだけどやりたくない。
「ああ嫌だわ私からまた全てが奪われるなんてそんなの絶対防がなきゃもう大切な宝物を奪われるのは嫌なのよあの害虫親父絶対殺すこの世に魂の欠片すら残さずぶっ殺してやるいやむしろお姉さまを手籠めにするため心中した方がいいかしらお姉さまは私だけの物私だけを見ていればいいのああお姉さまお姉さまお姉さまお姉さまお姉さまままままままま」
……さようならアンジェリン様。私は今日の内に荷物をまとめて逃げようかと思います、貴方と過ごした日々は忘れません、まる。
「待つんだレミリア。君がアンジェリンに恋慕を抱いているのは分かる、だからこそ、耐えねばならない時があるんだ」
あ、変態が変態の仲裁に入った。
「考えてごらんレミリア、愛とは一度距離を開ける事で想いを熟成し、ため込む物。その空白の愛が大きければ大きいほど、開いた時の反動は爆発的な物となる。つまり! 君と会えない時間をあえて作る事でアンジェリンは君への想いをより大きくする事が出来るのだ!」
「! 成程、その考えには至りませんでした……!」
ごめん、言ってる意味が全然分からない。
けど変態同士でシンパシーでも感じたのか、通じ合っているらしい。正直分かりたくない、変態の思考を解読しろとかそんなのなんて拷問?
「ですけど、貴方もお姉さまを慕っているのでは……悔しくは、ないんですか?」
「全然! 何しろ僕は寝取られ趣味も完備しているからね、目の前でアンジェリンが誰かにとられると思うと、その悔しさで逆に興奮するくらいさはっはっは!」
恐い恐い恐い恐い、こいつ本当に気持ち悪恐い。
「悔しがるのではなく、むしろ楽しむんだ。アンジェリンが僕達から離れている間、僕達の中では彼女への愛が熟成されている。より大きくなった愛を彼女に渡せば、きっと思いは実るはずだ!」
「そうですね……私のお姉さまに対する愛は銀河をも超えています。必ず咲かせます、愛で輝く百合の花! でももしお姉さまを横取りしたら、貴方であろうと容赦しませんから」
「望むところだよ。むしろ本望ですらある。アンジェリンを寝取られる様を見せつけられながら、彼女に蔑みの眼差しを向けられつつ、死んでいく可哀そうな僕……ああっ! 想像しただけでもう、ドキドキが止まらない! レミリア、どうか君の恋が成就した暁には、僕を彼女の前で無残に殺してくれたまえ!」
「わかりました! けどエドワード様の恋が成就したら貴方を殺してお姉さまも殺して私も死にますけどよろしいですか?」
「構わないとも。そんなハーレム展開、むしろご褒美さ」
とりあえず十ヶ所ほどツッコませろ。けどやったら反撃されそうだから黙っておこう。ヤンデレとドMのブレンドコーヒーなんて濃厚すぎて胸やけするわ。
アンジェリン様は尊敬に値する凄い人だ。けど変人だ。その結果、近寄る人間は純度100パーセントの変態のみ。まともな人間は私くらいだろう。
真人間として切実に思う、普通の主人の下で働きたい。でも丹精込めて育てたバカわいいペットが無残な目に遭うのは見たくないし……。
「……分かりましたよ、仕事頑張りますよ」
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