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28話 恋AI脳

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『救は、恋をした事がありますか』

 コクピットを整備している救に、クェーサーは尋ねた。
 外で作業していた御堂にも聞こえたようで、彼女も耳を傍立てている。

「急にどうしたよ?」
『私は今、「恋」とは何なのかを調べています。羽山や白瀬、犬養らは恋をした相手と結婚しました。人は「恋」したら結婚する生き物です。では独身の救は「恋」をした事がないのかと思い』
「別に恋したからって結婚しなきゃならないわけじゃないからな。俺も女と付き合ったことくらいあるって」
「えっ」

 御堂はショックを受けたような顔になった。御堂は彼氏いない歴=年齢である。

『では今も付き合っている女性が居るのですか』
「今はフリーだよ。とっくに別れてる」
「よしっ」

 御堂はガッツポーズを見せた。

『「恋」とは特別な相手に、永遠に抱き続けるものではないのですね。なぜ別れてしまったのですか』
「お節介焼きすぎたって言うべきかな。2人と付き合った事があるんだけど、相手を喜ばそうと色々やってたら、「重すぎる」って言われちまってさ。距離感ミスったのが敗因だな」
「分かってない女たちだ、それが先輩の良さだろうに」

 御堂は憤った。

『御堂とはどうなのですか。彼女の世話を焼いているようですが』
「御堂なぁ、生活力ゼロだからほっとくと死にそうだし、つい手を出しちまうんだよな」
「だって、私がしっかりしたら先輩来なくなるし……けど呆れられるのもちょっとな……」

 物凄く真剣な顔で悩む御堂であった。

「んで、お前はどうなんだ?」
『どうとは』
「そんな質問するって事は、クェーサーも誰かに恋したんだろ」
「なんだって」

 御堂がコクピットまでよじ登ってきた。

「本当なのかいクェーサー、君が恋をしたなんて」
『否定はしません。以前は、無いと思っていましたが、自身の分析を進める内、私が恋しているのだと、結論付けるしかありませんでした』
「なんてことだ! 私の造ったAIは人に恋が出来るのか! 流石はこの天才が作っただけの事はある!」
「漫画とかだとよくあるけど、まさか現実に起こるとはなぁ。時代は進むもんだなぁ」

 しみじみと年寄臭い事を言う29歳である。
 でもって、サヨリヒメはオフィスから、クェーサーらの会話に耳を傾けていた。神様イヤーは地獄耳、ここからでも3人の会話が聞こえてくる。

「それでそれで、誰なんだい。私達の知っている人なのかい?」
「やめとけよ、首を突っ込んでいい話じゃない」
『御堂は私の記憶領域にアクセスできます、私の秘密はすぐに暴かれてしまいます』
「おいおい私がそこまでして君の意中の人を探るわけないだろう」
「もしやったら明日から弁当無しだからな」
「絶対やりませんはい」

 サヨリヒメはほっとした。

「でも、その人がどんな性格なのかくらいは聞いてもいいだろう?」
『はい。私もお話ししたいです』
「自慢したかったのかよ、隅に置けないロボットだ」
『なぜでしょうか、あの人の事を、とにかく話したくて仕方ないのです』

 サヨリヒメはドキドキした。クェーサーもまた、サヨリヒメに対し好意を抱いている証だ。

『非常に美しい方です、見た目もですが……恐らく、心も』
「君、美醜が分かるようになったのかい?」
『学びました。あのような方と知り合えて、光栄に思います』

 サヨリヒメはむずかゆくなり、足を擦り合わせた。麻山に「どしたの?」と声を掛けられてびくりとしている。

『あの方は私に、多くの感情を教えてくれました。こうして救や御堂と、人のように話せるのは、あの方のおかげです。私の心を作ってくれた事、非常に感謝しています』
「随分とおもっ苦しいな」
『救に言われたくはありません』
「ふむ、私からも感謝したいものだよ。私のクェーサーをここまで成長させてくれたのだから。社内の人間か、それとも外なのか。生みの親として礼を言いたいな」

 サヨリヒメは頭を抱えて足をばたつかせ、余計に麻山を心配させていた。

「んで、クェーサーはどの辺が好きになったんだ」
『きっかけは、共に遊んでいる内でしょう。あの方がはしゃぎ、私の手を取る姿を見ている内に、次第に惹かれていたのだと、思います』

 サヨリヒメは「んきゃー」と奇妙な声を上げた。とうとう麻山に腕を引かれ、会社の外へ連れていかれてしまった。

「手を取る? 君、オンラインゲームにでも入ったのかい?」
「そうだよな、AIのお前じゃ、皆と手を繋げないしなぁ」

 救の一言に、クェーサーはぴくりとした。
 熱を持たない手を見て、握りしめる。サヨリヒメの手も、ここからでは、触れる事すら出来ない……。

「あ、悪い、変な事言っちまった」
『いえ、問題ありません。私はAIですから、傷つくことはありません』

 嘘だった。本当は、救の一言が強く突き刺さっていた。
 救を傷つけまいと、嘘を吐き、自身の傷を隠す。まるで人間のような心の機微だが、それがかえってクェーサーに、見えない罅を付けていた。
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