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6話 愛するとは、なんでしょう
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人間は食事を取らねばならない。食事の必要がないクェーサーにはまるで意味が分からない行動だった。
御堂のスマホを通して、工場の昼食の様子を観察してみる。御堂と救はいつも製造中のロボットの前に席を作り、食事を共にしていた。
「ほい今日の弁当」
「先輩は律儀だねぇ、私なんかのために朝の貴重な時間を費やすなんてさ」
「いっつもコンビニ弁当ばっか食ってる奴見てほっとけるか。また栄養失調で倒れても知らないぞ」
「問題ない、最近はサプリを飲むようにしているからね。人間の英知の結晶さ」
「味気ねー……絶対嫌だなそんな生活」
クェーサーは御堂に賛成だ。サプリで栄養を取れば食事なんて必要ない、あんな非効率な行動など排除すればいい。
人間は不便だ。感情、行動、その全てに無駄が多すぎる。
「よう二人とも! ここ空いてるかい?」
救と御堂の仲に、白瀬が入ってきた。彼女も自作の弁当を持ち寄る人間だ。
「姐さん旦那と食わねぇの?」
「ちょっと遠くに営業行っちゃっててさぁ、一人で寂しいんだよ。でも大丈夫! ちゃんとお揃いの弁当持たせて、12時に一緒に蓋を開けようって約束してるから!」
白瀬はだらけた顔で手を振ると、勢いよく弁当を開けた。彼女は工場の営業担当と、社内恋愛にて結婚している。夫婦ともにここで働いているのだ。
普段は夫婦で昼食を取るが、たまに夫が外回りで居ない時は、こうして二人と席を囲むのである。
彼女は「あの人と一緒のお昼だぁ」と蕩けた顔になっている。向こうも同じことをしているはずがないのに、どうしてあんな顔が出来るのか。
「ほら見てこのLINE! ちゃんと開けたよーってメッセ来た!」
「仲睦まじくて羨ましいですね」
「まぁなー! 離れてても一緒に居る感じ……しゃーわせだよぉ」
『結婚5年目じゃが、ずーっとラブラブじゃのぉ。これで子宝に恵まれんのが不思議じゃ』
輪の中に、件の女性が神妙な顔で頷いている。彼女はクェーサーに工場の人間関係を、事細かに教えてくれている。まるで教師のような立ち位置になっていた。
話しかけては不審がられるから、クェーサーはメモ機能の筆談で彼女と会話をしていた。
『白瀬綾香はなぜ、夫を愛しているんですか? 結婚した人間は、5年もすれば相手への情が薄れるそうですが』
『人それぞれじゃよ。確かにそうした者も居るが、白瀬のようにどこまでも相手を愛せる者も居る。特に彼女は、愛の器が空っぽだったからのぉ』
『愛の器とは?』
『白瀬に聞いてみるとよい。どうして夫を愛しているのかとな』
「なぜ夫を愛しているのですか?」
「好きだからに決まってるだろ。何しろ私を好きになってくれた最初の男だしさぁ」
『ほれ、勝手に惚気始めたろ?』
女性は羽山工業の人間を熟知しているようだ。
「よくある話でさ、うちの親、すんごい毒親だったのさ。父はいつも私を蹴り飛ばしてたし、母はたばこの火を押し付けてきたし、二人が逮捕された後にジジババの所で引き取られたら、そこでもまぁ躾と称した酷い虐待。もう嫌になって、高校に行かず出て行っちゃってさ」
「再度児童相談所へ通報すれば解決した問題では」
「人間、そう簡単なもんじゃないんだ。会議室で話し合ってる連中じゃ、困ってる奴全員を救えないんだ。人と関わるのが嫌になって、逃げだして、色んなバイトを転々として過ごしてきたよ。中卒じゃ碌な仕事なんかなかったけど、どうにか自販機の仕事やってね。人と関わらないから気が楽だったよ。でも……寂しくてね。誰からも愛されないって凄く辛いんだよ」
「辛いとは。人が嫌いならば寂しいと思う必要はないでしょう」
「だから、人間は簡単なもんじゃないのさ。独りぼっちで押し潰れそうで、毎晩泣いてて。そんな時にたまたま、ここの補充の仕事に来たんだよ」
『彼女も、貴女が誘ったのですか』
『まぁの。白瀬は愛を知らぬが故に、誰かをどこまでも愛せる心を持っておる。ここの連中はどうにも子供っぽいのばっかじゃからの、オカンのような奴が必要じゃった』
「皆和気あいあいとしてて、それがなんか目についてさ。ぼーっとしてたら、社長に「うちで働いてみる?」って声かけられたんだ。中卒でも手に職付けりゃいいって、私なんかを正職で雇ったんだよ。んでもって、旦那に一目ぼれされちゃって猛アタックされちゃってそのまま結婚しちゃってなははは。もう今最高に幸せなんだよぉ」
また白瀬はだらしない顔になった。人間は誰かに愛されるとこんな風になってしまうのか、中々の恐怖だ。
「とまぁ、私はこの会社にデカい貸しがある。そいつを返すためなら、ロボットだろうと造ってやるし、皆をどこまでも愛してやる」
「よっ、羽山のオカン!」
「よせやい照れるべ!」
白瀬は救をべしっと叩いた。白瀬は「私も先輩とラブラブに……」などと呟いていた。
『昼飯時とあって面白い話が聞けたじゃろ』
『わかりません。過去に酷い目に遭って、なぜあんなにも人を愛せるのですか』
『愛を知らんからこそ、知った時の喜びが多いのじゃよ。人との繋がりは、それだけ心に響くもんなのじゃ』
繋がり、喜び。確かに人は、誰かと繋がっている時にとても楽しそうな顔をしている。
愛で繋がり、夢で繋がり、人間はなんて雁字搦めな生き物なのだろう。
「人はやはり、不便だ」
御堂のスマホを通して、工場の昼食の様子を観察してみる。御堂と救はいつも製造中のロボットの前に席を作り、食事を共にしていた。
「ほい今日の弁当」
「先輩は律儀だねぇ、私なんかのために朝の貴重な時間を費やすなんてさ」
「いっつもコンビニ弁当ばっか食ってる奴見てほっとけるか。また栄養失調で倒れても知らないぞ」
「問題ない、最近はサプリを飲むようにしているからね。人間の英知の結晶さ」
「味気ねー……絶対嫌だなそんな生活」
クェーサーは御堂に賛成だ。サプリで栄養を取れば食事なんて必要ない、あんな非効率な行動など排除すればいい。
人間は不便だ。感情、行動、その全てに無駄が多すぎる。
「よう二人とも! ここ空いてるかい?」
救と御堂の仲に、白瀬が入ってきた。彼女も自作の弁当を持ち寄る人間だ。
「姐さん旦那と食わねぇの?」
「ちょっと遠くに営業行っちゃっててさぁ、一人で寂しいんだよ。でも大丈夫! ちゃんとお揃いの弁当持たせて、12時に一緒に蓋を開けようって約束してるから!」
白瀬はだらけた顔で手を振ると、勢いよく弁当を開けた。彼女は工場の営業担当と、社内恋愛にて結婚している。夫婦ともにここで働いているのだ。
普段は夫婦で昼食を取るが、たまに夫が外回りで居ない時は、こうして二人と席を囲むのである。
彼女は「あの人と一緒のお昼だぁ」と蕩けた顔になっている。向こうも同じことをしているはずがないのに、どうしてあんな顔が出来るのか。
「ほら見てこのLINE! ちゃんと開けたよーってメッセ来た!」
「仲睦まじくて羨ましいですね」
「まぁなー! 離れてても一緒に居る感じ……しゃーわせだよぉ」
『結婚5年目じゃが、ずーっとラブラブじゃのぉ。これで子宝に恵まれんのが不思議じゃ』
輪の中に、件の女性が神妙な顔で頷いている。彼女はクェーサーに工場の人間関係を、事細かに教えてくれている。まるで教師のような立ち位置になっていた。
話しかけては不審がられるから、クェーサーはメモ機能の筆談で彼女と会話をしていた。
『白瀬綾香はなぜ、夫を愛しているんですか? 結婚した人間は、5年もすれば相手への情が薄れるそうですが』
『人それぞれじゃよ。確かにそうした者も居るが、白瀬のようにどこまでも相手を愛せる者も居る。特に彼女は、愛の器が空っぽだったからのぉ』
『愛の器とは?』
『白瀬に聞いてみるとよい。どうして夫を愛しているのかとな』
「なぜ夫を愛しているのですか?」
「好きだからに決まってるだろ。何しろ私を好きになってくれた最初の男だしさぁ」
『ほれ、勝手に惚気始めたろ?』
女性は羽山工業の人間を熟知しているようだ。
「よくある話でさ、うちの親、すんごい毒親だったのさ。父はいつも私を蹴り飛ばしてたし、母はたばこの火を押し付けてきたし、二人が逮捕された後にジジババの所で引き取られたら、そこでもまぁ躾と称した酷い虐待。もう嫌になって、高校に行かず出て行っちゃってさ」
「再度児童相談所へ通報すれば解決した問題では」
「人間、そう簡単なもんじゃないんだ。会議室で話し合ってる連中じゃ、困ってる奴全員を救えないんだ。人と関わるのが嫌になって、逃げだして、色んなバイトを転々として過ごしてきたよ。中卒じゃ碌な仕事なんかなかったけど、どうにか自販機の仕事やってね。人と関わらないから気が楽だったよ。でも……寂しくてね。誰からも愛されないって凄く辛いんだよ」
「辛いとは。人が嫌いならば寂しいと思う必要はないでしょう」
「だから、人間は簡単なもんじゃないのさ。独りぼっちで押し潰れそうで、毎晩泣いてて。そんな時にたまたま、ここの補充の仕事に来たんだよ」
『彼女も、貴女が誘ったのですか』
『まぁの。白瀬は愛を知らぬが故に、誰かをどこまでも愛せる心を持っておる。ここの連中はどうにも子供っぽいのばっかじゃからの、オカンのような奴が必要じゃった』
「皆和気あいあいとしてて、それがなんか目についてさ。ぼーっとしてたら、社長に「うちで働いてみる?」って声かけられたんだ。中卒でも手に職付けりゃいいって、私なんかを正職で雇ったんだよ。んでもって、旦那に一目ぼれされちゃって猛アタックされちゃってそのまま結婚しちゃってなははは。もう今最高に幸せなんだよぉ」
また白瀬はだらしない顔になった。人間は誰かに愛されるとこんな風になってしまうのか、中々の恐怖だ。
「とまぁ、私はこの会社にデカい貸しがある。そいつを返すためなら、ロボットだろうと造ってやるし、皆をどこまでも愛してやる」
「よっ、羽山のオカン!」
「よせやい照れるべ!」
白瀬は救をべしっと叩いた。白瀬は「私も先輩とラブラブに……」などと呟いていた。
『昼飯時とあって面白い話が聞けたじゃろ』
『わかりません。過去に酷い目に遭って、なぜあんなにも人を愛せるのですか』
『愛を知らんからこそ、知った時の喜びが多いのじゃよ。人との繋がりは、それだけ心に響くもんなのじゃ』
繋がり、喜び。確かに人は、誰かと繋がっている時にとても楽しそうな顔をしている。
愛で繋がり、夢で繋がり、人間はなんて雁字搦めな生き物なのだろう。
「人はやはり、不便だ」
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