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2話 サヨリヒメの伝承

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「ではクェーサー君の育成は、御堂君を中心に進めていこうと思うよ」
 まるでマフィアのような、ごつごつとした面立ちの壮年の男が、社員たちに伝えた。
 羽山工業の社長羽山十蔵である。ぎょろりと鋭い眼でクェーサーを見やり、にっこりと笑みを浮かべる。子供が見たら100人がもれなく泣き出してしまいそうな笑顔だ。

「クェーサー君は従来のAIと違い、自分で学び、アップデートする機能を持っているんだよ。だからエンジニアが弄るよりも、沢山の人間模様を見て、君自身の感情を育ててくれ」
「わかりました」

 多くの人を通して心を作る。これが自分の仕事のようだ。
 羽山は思い出したかのように手を叩いた。

「おっとっと! 忘れないうちにお礼をしておかないとね。神様を疎かにしては罰が当たるよ」

 羽山はいそいそと神棚へ向かうと、手を合わせて深々と頭を下げた。
 クェーサーはじっと羽山を観察したが、行動の意味が全く分からなかった。御堂に理由を尋ねると、彼女は肩を竦めた。

「あれはね、神様にありがとうってお礼をしているんだ。君を作っている間、社長はずっとああやってお祈りをしていたんだよ」
「神とは何ですか」

「人の妄想が生み出した偶像さ。大昔の人は大きな災害に遭遇した時、それを超常な存在の仕業だと信じたんだ。それから人々はこの世には神が居ると信じ、あらゆる形で信仰されるようになったんだよ」
「いや、神様は居るだろ。そんな邪険にしてるとお前、いつか天罰が落ちるぞ」
「じゃあその根拠を具体的に教えてくれよ、筋肉先輩」

 御堂と救はぎゃあぎゃあと喧嘩をおっぱじめた。さっきもそうだが、この二人はどうしてくだらない事でいい争いをするのだろう。

「止めなくてよろしいのですか?」
「いいんだよ、救君と御堂君の喧嘩はうちの名物だからね。ほら、皆面白がってはやし立ててるだろう?」

 羽山の言う通り、周りは二人の喧嘩を扇動していた。なんでも、二人は毎日小さな事で口喧嘩をするそうなのだ。
 しかも、大抵御堂から吹っ掛けるとの事。そんな無意味な行動をするのはなんでだろう。

「それよりもクェーサー君、君もサヨリヒメに挨拶しないとね。そこでいいから、神棚にお辞儀をしてごらん」
「人の妄想が生み出した偶像にする意味はあるのですか?」
「あるよ、妄想なんかではなく、神様は絶対に居るんだ。でなければ、この会社が君を生み出すなんて偉業はあり得ないからね」
「御堂ひかるは私を生み出す能力があります。神の存在は関係ないかと」
「でもその優秀な人材がうちに来なければ、君はここに居なかった。彼女を呼んでくれたのは、まぎれもなく神様のお導きがあったからだよ」

 クェーサーは羽山の言う事が理解できなかった。人工知能だから、クェーサーは瞬時に疑問をネット検索できる。その結果導き出したのは、神は御堂の言う通り、人が生み出した妄想の産物と言う結論である。
 この世に神など居ない。存在を立証できる説がどこにもないのだから。

「羽山工業で祀っているのは、サヨリヒメと言ってね。金運と商売繁盛の女神様なんだ。うちは主に、パワーショベルとかの部品を造っているのだけど、このご時世で幸いな事に沢山の企業がうちの部品を欲しがっていてね。これもサヨリヒメのおかげなんだよ。女神様が見守っているから、創業以来ずーっと黒字で安定した経営が出来ているんだ」
「単に運が良かっただけかと」
「そうかもしれないね。でも神様が見守ってくれていると思うと、なんだか安心しないかな?」
「よくわかりません」
「ふふ、いずれ分かるようになるよ。だって君は、人に寄り添える人工知能として作ったんだ。これから沢山の事を学んで、人の心が理解できるようになるはずさ」

「そうですか」
「さて! 痴話げんかはそこまでにして、仕事しようね二人とも」
「痴話げんかじゃないですよ! 神が妄想の存在だって、この脳金先輩にも理解できるよう説明していただけです!」
「残念でしたー俺バカだから言ってることなんも理解できていませーん」
「なんだとぉ!」

 また喧嘩を始めた二人に羽山は苦笑した。
 そんな意味のない光景を眺めていたクェーサーだが、ふと入り口に女性が居るのに気付いた。
 まだ美醜は分からないクェーサーだが、人間から見れば美女だと言える程の美しい女性だった。白い和服に羽衣を纏い、神秘的な空気を纏っている。

「扉に居る方はどなたでしょうか」
「へ? 誰も居ないぞ」

 救は勿論、御堂も羽山「居ない」と答えた。
 しかし、女性は確かにそこに居る。彼女はくすくす笑うと、壁をすり抜けて出て行ってしまった。

「壁を抜けて外へ向かいました」
「おいおい、そんな幽霊じゃあるまいに」
「先輩の言う通りだ。第一幽霊も所詮人の恐怖心が生み出したイマジナリーでしかない、この世に居るはずのない物なんだ」

 クェーサーの言う事は誰も信じてくれなかった。
 でも、確かに居たのだ。不可思議な女性が。
 あの人は一体、誰だったんだろう。
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