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3部

205話 勇者ハロー・マンチェスター

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 聖剣は魔神の奥底に閉じ込められていた。白銀だった刃は折れ、光を失い、鈍色にくすんでしまっている。
 ところが、ハローの声が届くなり、突然輝き出した。
 魔神を振り切り、主の下へ飛んでいく。巨体を突き破って、掲げられた右手へと。

「ね、来たでしょ」

 ハローはシェリーに頷いた。核となる子は失ったが、聖剣にはもう一人の魂が封じられている。

『お前と会うのも久方ぶりか。シェリーと共に、ずっとお前達を見ていたぞ』
「こっちこそ、挨拶が大分遅れてすいません。義父さん」

 手を触れた瞬間に分かった。聖剣の中に魔王が宿っていると。その魔王が聖剣の主導権を握り、自身の命を燃やして力を与えていた。

「魔王アラハバキ……成程、五年前にシェリーが、魂を聖剣に入れていたわけですか。どうりでアルター化が起こったわけだ」
『オクトか、お前とも久しいな。負けはしたが、おかげでリナルドを解放出来た。それでよしとしよう。ハローよ、ガンバを止めたくば急げ。聖剣は我が欠片によって、一時的に力を取り戻しただけだ。そう長くは使えぬぞ』
「大丈夫、俺に任せてください。義父さんのご厚意、絶対に活かしてみせます」
『義父か。婿からそう呼ばれるのは、嬉しくもあり寂しくもあるものだな……』

 魔王の意識が薄れていく。消える前に彼は、

『さらばだナルガ。ハローを通し、孫達の顔を見せてもらったぞ。どうか皆に、あらん限りの幸福を授けてくれ』
「ええ、必ず」

 ナルガは頷いた。
 魔王が消え去り、ハローは聖剣を担いだ。
 彼の背を見て、ナルガ達は懐かしさを感じた。
 聖剣がこれほど似合う男など、世界にたった一人しか居ない。
 勇者ハロー・マンチェスター。今ここに復活せり。

―ハロォォォォォォォォォォぉぉぉぉぉ!


 ガンバが咆哮を上げた。ハローは上段に聖剣を構え、どっしりと腰を落とした。

―お前さえ! お前さえ居なければ俺は……! お前が!!! 邪魔だ!!!!

 魔神の拳が振り下ろされる。ハローは真っ向から聖剣を振り抜き、腕を吹っ飛ばした。
 だけど、腕は驚異的な速さで再生してしまう。驚くハローに、もう片方の拳が打ちおろされた。
 巨体に似合わぬスピードで、ハローはもろに食らってしまう。だけど彼は倒れない、歯を食いしばって拳を受け止め、耐えていた。

 拳を押しのけ、ハローの斬撃が魔神の腹を抉った。欠損した部位を再生させ、ガンバは激昂した。

―この死にぞこないがぁ!

 魔神が乱打を繰り出すと、ハローも負けじと連撃で押し返した。
 大地が揺れ、大気がひび割れ、この世の終わりのような光景が広がる。両者ともにペースが上がり、激しい殴り合いが続いた。
 ハローが圧倒的に不利な戦いである。余力がある魔神に対し、ハローの聖剣は時間と共に力が落ちていく。彼に勝ち目のない殴り合い、にも関わらず。

―なんで俺が……押されている!!??

 魔神の再生力が間に合わないほど、ハローの斬撃が激しくなっている。嵐のごとき斬撃に魔神の表皮が抉れ、肉を裂かれ、骨を砕かれる。

―なぜだ! 俺は魔神の力を得た! 魔神と一つになった! なのになぜ! こんな落ちぶれた勇者一人に敵わない!?

「俺が、お父さんだからさ」

 ハローの濁りなき瞳が、魔神を捉えた。ハローと目が合ったガンバは、彼の透き通った心を感じ取る。

「お父さんは、家族皆の勇者なんだ。だから、強いんだよ」
―ほざけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!

 泣きながら打ち下ろされたガンバの右拳を、ハローは剣一振りで粉砕した。
 再生する間に、左足を破壊する。膝立ちになったら、再生したばかりの右腕を。左足を再生したら今度は右足を。そしたら左腕を。再生速度を上回る速さで、魔神を壊していく。

 魔神の再生力が自分を上回るのならば、それ以上の力を出せばいい。ガンバの憎しみがハローを超えると言うのなら、彼以上の意思を出せばいい。
 ガンバのような相手にどうすればいいのか、アルターとの戦いで学習していた。こういった相手に搦め手など不要。

 真っ向勝負の力押し、徹底的なごり押しで、相手の意思を粉砕するのが、唯一の作戦だ。

 食いしばった歯に罅が入り、全身の骨が悲鳴を上げる。限界を超えた力を出した筋肉があちこちちぎれ、ハローの体が耐えきれず、口から血が流れ出た。
 でも、家族の前で無様な姿はさらせない。お父さんは常に、家族のヒーローでなければならないんだ。

「俺は勇者でなければ……ならないんだ!!!!」

 とうとう魔神の力を上回り、嵐のような斬撃が魔神の体を削ぎ尽くした。
 後に残るは、露出した核と、それを大事に抱えるガンバのみ。ハローは跳躍し、魔神の核へ拳骨をぶつけた。
 核は硬くて、勇者になったばかりの、何も背負っていなかったハローでは、壊せなかった。

「ぶっ……壊れろぉぉぉぉぉぉ!」

 でも今の、多くの想いを背負ったハローは。
 親父の拳で、核を無理やり殴り壊した。
 核の破片は散り散りになり、霞の様に消滅していく。ハローはガンバを抱きかかえ、着地した。
 同時に聖剣から光が消えた。魔王が遺してくれた力を使い果たし、役目を終えたのだ。

「さようなら、相棒」
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