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3部
204話 収束する奇跡
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ミックから顛末を聞いたハローは、すぐさま動いていた。
馬を支度し、装備や道具を整える。魔神相手に普通の剣が通用するとは思えないが……何も持たないわけにはいかない。
「ごめんよ……私がガンバを止められさえすれば……」
「後悔するなら、文字通り後ですればいいさ。彼と一緒にね」
「付いてくるなら、あの阿呆をちゃんと保護しろよ。僕らじゃ手に余るみたいだし、お前が手綱握らなくちゃ困るよ」
ミックは頷き、両手を握った。
「ハロー……事を起こした奴が言うべきではないけれど、私の頼みを聞いてくれ。ガンバを、止めて。あいつの濁った心を、助けてあげて」
「任せてくれ」
ハローは心に響く声で返し、ミネバを見やった。
「アマト達を頼んだよ」
「はい。どうかご武運を……死なないで」
「父様、母様帰ってくる?」
「勿論さ。父さんが約束破った事あるかい?」
「……ない」
「よし! なら大丈夫だ! 母さんと一緒に帰ってくるよ、約束だ!」
アマトを抱きしめてから、ハローは馬に乗った。後ろには、リナルドも一緒だ。
父親として、リナルドには残ってほしかったが、彼の力が無ければナルガを助けられない。
ミックの話を聞いてから、リナルドは手を挙げてこう言った。
『母さんは、僕の魔剣を持ってるんだよね。だったら、僕なら母さんと話が出来るかもしれない』
魔剣の核となっていたリナルドならば、魔剣を通してナルガと交信できる。そう判断したハロー達は、義息子に託した。
結果は成功で、魔神の体内に居るナルガと話せた。リナルドが居れば、ナルガの後押しが出来るのだ。危険だが、彼にも同行してもらうしかない。
エドウィンはため息をつき、肩を竦めた。
「三十超えた大人達が、九歳の子供に頼るのはなんとも情けないもんだ」
「私はまだ二十代です」
「言い争いはそこまで。行くよ! ナルガが待ってる!」
「姉さんもね!」
四人で魔神の下へ向かう道中、エドウィンとオクトは、リナルドを通してナルガに指示を飛ばした。
「聖剣に魂を結び付けている構造だけど、磔刑に近いんだ。魂を固定する土台に、魔力の鎖で雁字搦めに縛っているのを想像してくれ」
「リナルド君が解放されたのは、循環させている魔力がアルター化した際に、土台と魂の間に割り込んで、強引に縛り付けている鎖を破壊したからです。アルター化を介してしまうと魂が傷ついてしまい、記憶喪失等の障害が残る恐れがあるんです」
『ならば魔力の鎖を、一つずつ壊すしか他にないわけだな』
単純だが、困難を極めるやり方だ。何しろ魔力の鎖は壊す先から再生してしまう。核となる子供から無尽蔵に魔力が供給されているからである。
鎖を壊す前に魔力の供給を断たねばならないのだが、外部からの干渉はその鎖自体が防壁として防いでしまう。鎖と子供が相互に機能しているせいで、剣から魂を剝がすのは事実上不可能なのだ。
鎖の内部から、核に手を出せる者が居ない限り。
『我がシェリーを抑制する。一時的にだが、鎖の再生を止められるはずだ』
「父上、助かります」
加えて、聖剣に直接繋がるために、魔剣が必要だ。聖剣と魔力のパイプで繋がっている魔剣ならば、内部に手を出せる。
ナルガは聖剣の刃に魔剣を押し当てた。すると頭に聖剣の中の様子が浮かび上がってくる。
『! 俺にも感じる、聖剣の、シェリーを通して』
『僕もだよ。魔剣で繋がってるからかな』
「家族も一緒とは心強いな、では始めるぞ」
ナルガはシェリーを縛っている鎖を壊していった。時にはハローとリナルドの力を借り、エドウィンとオクトからアドバイスをもらった。
ただ一人の、聖剣に囚われた少女を救うために、多くの人が関わっている。
この瞬間に繋がるのに、必要な物がどれほどあるだろうか。それらが集まるのは、一体どれほど低い確率なのだろうか。
あらゆる奇跡が収束した結果、聖剣に施された五百年の封印が、解放されようとしていた。
「次が最後だ!」
最後の拘束を破壊するなり、聖剣が激しく輝いた。
まるで、燃え尽きる直前の蝋燭の様な輝きだ。力を失った聖剣は光を失うと、ガラスが割れるような音と共に刃が折れ、光の球が現れた。
光の球は少女の形を成し、ナルガは慌てて抱き留めた。
リナルドと同じ髪色の、痩せっぽちな少女だ。年齢は八つ程度、四年前のリナルドのような、ボロの布切れを着ている。
この娘こそがシェリー。リナルドの姉にして、聖剣の核だ。
「……こんなに小さかったのか……」
ナルガは小さな体を抱きしめ、頭を撫でた。たった独りで、悠久の時を過ごすには、あまりにも幼すぎる。狭苦しい剣に閉じ込められ、沢山の苦しい思いをしただろうに、他者を慈しむ心を失わなかった、とても強い子だ。
と、魔神の体内が揺れ出した。シェリーを摘出した事で、死を悟った魔神が抵抗しているようだ。
聖剣に残った力を使い、魔王が脱出口を開いた。
『早く脱出しろ、こやつは我らを飲み込むつもりだ』
「父上も共に!」
ナルガは聖剣に手を伸ばしたが、一手遅く攫われてしまう。魔神はナルガも飲み込もうと、黒い腕を伸ばしてきた。
「ちっ……すまんリナルド」
魔剣を投げつけると、腕は魔剣につられた。聖剣と同質の魔力を帯びているから誘われたのだ。
魔神の気を逸らした隙に、ナルガは脱出した。魔神の胸部から飛び出したはいいものの、足場が無く、シェリーともども落下してしまう。
このままではもろとも落下死だ。でも彼女には、
「ナルガっ!」
どんな時にも駆けつけてくれる夫が居る。
魔神の体を駆けあがり、ハローはナルガを抱きかかえた。着地と同時に馬へ飛び乗り、魔神から距離を取る。
「助け出せたんだね」
「ああ、だが無駄話は後だ。我々より、再会を渇望している者が居るからな」
エドウィン達の下へ戻ると、義息子が呆然と、シェリーを見つめている。
ナルガは彼の傍で、シェリーを下ろした。
「……姉さんだ……本当に……姉さんだ……!」
「……リナルドだぁ……あはは……リナルドだ……」
リナルドは泣きじゃくり、シェリーに抱き着いた。シェリーも弟を抱き返し、肩に顔を埋めた。
「わたしより年上になっちゃったね、これじゃ、リナルドがお兄ちゃんだ」
「違うよ……僕には、姉さんがずっと、姉さんで……どうしよ、上手く言えない……でもよかった……姉さんにまた会えた……!」
ずっと離れ離れだった姉弟の再会に、マンチェスター夫妻は涙した。念願だったシェリーの奪還は、無事成功だ。
「感動のシーンに水差して悪いけど、どうすんだあのデカブツ」
エドウィンの指摘にはっとなる。シェリーを取り出したのに、魔神はまだ止まっていない。
「どうやら、取り込まれたもう一人の人が、自分の魔力を与えて動かしているようですね」
「おいおい、凄い執念だな。自殺する気かよ。あーあー、見てみろあの顔。悪化してるぞあいつ」
のっぺらぼうだった魔神に、ガンバの顔が浮かんでいる。完全に魔神に取り込まれ、一体化してしまったようだ。
「どうするハロー? 放置しておいても、動力源が小さいからすぐに動かなくなると思うぜ。要するに戦う必要はないんだけど」
「でも引き換えに、ガンバが死ぬ。それじゃ解決にならないし、何より彼は……泣いている。心が折れて、倒れそうになっているんだ」
「目の前で苦しんでいる人を、見捨てられないよ」
「……思い出すねぇ、お前が勇者になった時と、全く同じセリフだ。だったら止めないよ、好きにしろ」
「ですがどうするのですか、聖剣なしで魔神を止めるなど。何よりシェリーを出した今、聖剣にはもう力が……」
「……ハロー、聖剣を呼んで」
枯れるような声で、シェリーはそう言った。
「大丈夫、わたしを信じて」
「分かった」
ハローは迷わなかった。ずっと自分に連れ添ってくれた者の言葉だ、疑う意味などない。
手を掲げ、ハローは叫んだ。
「来い、聖剣!」
馬を支度し、装備や道具を整える。魔神相手に普通の剣が通用するとは思えないが……何も持たないわけにはいかない。
「ごめんよ……私がガンバを止められさえすれば……」
「後悔するなら、文字通り後ですればいいさ。彼と一緒にね」
「付いてくるなら、あの阿呆をちゃんと保護しろよ。僕らじゃ手に余るみたいだし、お前が手綱握らなくちゃ困るよ」
ミックは頷き、両手を握った。
「ハロー……事を起こした奴が言うべきではないけれど、私の頼みを聞いてくれ。ガンバを、止めて。あいつの濁った心を、助けてあげて」
「任せてくれ」
ハローは心に響く声で返し、ミネバを見やった。
「アマト達を頼んだよ」
「はい。どうかご武運を……死なないで」
「父様、母様帰ってくる?」
「勿論さ。父さんが約束破った事あるかい?」
「……ない」
「よし! なら大丈夫だ! 母さんと一緒に帰ってくるよ、約束だ!」
アマトを抱きしめてから、ハローは馬に乗った。後ろには、リナルドも一緒だ。
父親として、リナルドには残ってほしかったが、彼の力が無ければナルガを助けられない。
ミックの話を聞いてから、リナルドは手を挙げてこう言った。
『母さんは、僕の魔剣を持ってるんだよね。だったら、僕なら母さんと話が出来るかもしれない』
魔剣の核となっていたリナルドならば、魔剣を通してナルガと交信できる。そう判断したハロー達は、義息子に託した。
結果は成功で、魔神の体内に居るナルガと話せた。リナルドが居れば、ナルガの後押しが出来るのだ。危険だが、彼にも同行してもらうしかない。
エドウィンはため息をつき、肩を竦めた。
「三十超えた大人達が、九歳の子供に頼るのはなんとも情けないもんだ」
「私はまだ二十代です」
「言い争いはそこまで。行くよ! ナルガが待ってる!」
「姉さんもね!」
四人で魔神の下へ向かう道中、エドウィンとオクトは、リナルドを通してナルガに指示を飛ばした。
「聖剣に魂を結び付けている構造だけど、磔刑に近いんだ。魂を固定する土台に、魔力の鎖で雁字搦めに縛っているのを想像してくれ」
「リナルド君が解放されたのは、循環させている魔力がアルター化した際に、土台と魂の間に割り込んで、強引に縛り付けている鎖を破壊したからです。アルター化を介してしまうと魂が傷ついてしまい、記憶喪失等の障害が残る恐れがあるんです」
『ならば魔力の鎖を、一つずつ壊すしか他にないわけだな』
単純だが、困難を極めるやり方だ。何しろ魔力の鎖は壊す先から再生してしまう。核となる子供から無尽蔵に魔力が供給されているからである。
鎖を壊す前に魔力の供給を断たねばならないのだが、外部からの干渉はその鎖自体が防壁として防いでしまう。鎖と子供が相互に機能しているせいで、剣から魂を剝がすのは事実上不可能なのだ。
鎖の内部から、核に手を出せる者が居ない限り。
『我がシェリーを抑制する。一時的にだが、鎖の再生を止められるはずだ』
「父上、助かります」
加えて、聖剣に直接繋がるために、魔剣が必要だ。聖剣と魔力のパイプで繋がっている魔剣ならば、内部に手を出せる。
ナルガは聖剣の刃に魔剣を押し当てた。すると頭に聖剣の中の様子が浮かび上がってくる。
『! 俺にも感じる、聖剣の、シェリーを通して』
『僕もだよ。魔剣で繋がってるからかな』
「家族も一緒とは心強いな、では始めるぞ」
ナルガはシェリーを縛っている鎖を壊していった。時にはハローとリナルドの力を借り、エドウィンとオクトからアドバイスをもらった。
ただ一人の、聖剣に囚われた少女を救うために、多くの人が関わっている。
この瞬間に繋がるのに、必要な物がどれほどあるだろうか。それらが集まるのは、一体どれほど低い確率なのだろうか。
あらゆる奇跡が収束した結果、聖剣に施された五百年の封印が、解放されようとしていた。
「次が最後だ!」
最後の拘束を破壊するなり、聖剣が激しく輝いた。
まるで、燃え尽きる直前の蝋燭の様な輝きだ。力を失った聖剣は光を失うと、ガラスが割れるような音と共に刃が折れ、光の球が現れた。
光の球は少女の形を成し、ナルガは慌てて抱き留めた。
リナルドと同じ髪色の、痩せっぽちな少女だ。年齢は八つ程度、四年前のリナルドのような、ボロの布切れを着ている。
この娘こそがシェリー。リナルドの姉にして、聖剣の核だ。
「……こんなに小さかったのか……」
ナルガは小さな体を抱きしめ、頭を撫でた。たった独りで、悠久の時を過ごすには、あまりにも幼すぎる。狭苦しい剣に閉じ込められ、沢山の苦しい思いをしただろうに、他者を慈しむ心を失わなかった、とても強い子だ。
と、魔神の体内が揺れ出した。シェリーを摘出した事で、死を悟った魔神が抵抗しているようだ。
聖剣に残った力を使い、魔王が脱出口を開いた。
『早く脱出しろ、こやつは我らを飲み込むつもりだ』
「父上も共に!」
ナルガは聖剣に手を伸ばしたが、一手遅く攫われてしまう。魔神はナルガも飲み込もうと、黒い腕を伸ばしてきた。
「ちっ……すまんリナルド」
魔剣を投げつけると、腕は魔剣につられた。聖剣と同質の魔力を帯びているから誘われたのだ。
魔神の気を逸らした隙に、ナルガは脱出した。魔神の胸部から飛び出したはいいものの、足場が無く、シェリーともども落下してしまう。
このままではもろとも落下死だ。でも彼女には、
「ナルガっ!」
どんな時にも駆けつけてくれる夫が居る。
魔神の体を駆けあがり、ハローはナルガを抱きかかえた。着地と同時に馬へ飛び乗り、魔神から距離を取る。
「助け出せたんだね」
「ああ、だが無駄話は後だ。我々より、再会を渇望している者が居るからな」
エドウィン達の下へ戻ると、義息子が呆然と、シェリーを見つめている。
ナルガは彼の傍で、シェリーを下ろした。
「……姉さんだ……本当に……姉さんだ……!」
「……リナルドだぁ……あはは……リナルドだ……」
リナルドは泣きじゃくり、シェリーに抱き着いた。シェリーも弟を抱き返し、肩に顔を埋めた。
「わたしより年上になっちゃったね、これじゃ、リナルドがお兄ちゃんだ」
「違うよ……僕には、姉さんがずっと、姉さんで……どうしよ、上手く言えない……でもよかった……姉さんにまた会えた……!」
ずっと離れ離れだった姉弟の再会に、マンチェスター夫妻は涙した。念願だったシェリーの奪還は、無事成功だ。
「感動のシーンに水差して悪いけど、どうすんだあのデカブツ」
エドウィンの指摘にはっとなる。シェリーを取り出したのに、魔神はまだ止まっていない。
「どうやら、取り込まれたもう一人の人が、自分の魔力を与えて動かしているようですね」
「おいおい、凄い執念だな。自殺する気かよ。あーあー、見てみろあの顔。悪化してるぞあいつ」
のっぺらぼうだった魔神に、ガンバの顔が浮かんでいる。完全に魔神に取り込まれ、一体化してしまったようだ。
「どうするハロー? 放置しておいても、動力源が小さいからすぐに動かなくなると思うぜ。要するに戦う必要はないんだけど」
「でも引き換えに、ガンバが死ぬ。それじゃ解決にならないし、何より彼は……泣いている。心が折れて、倒れそうになっているんだ」
「目の前で苦しんでいる人を、見捨てられないよ」
「……思い出すねぇ、お前が勇者になった時と、全く同じセリフだ。だったら止めないよ、好きにしろ」
「ですがどうするのですか、聖剣なしで魔神を止めるなど。何よりシェリーを出した今、聖剣にはもう力が……」
「……ハロー、聖剣を呼んで」
枯れるような声で、シェリーはそう言った。
「大丈夫、わたしを信じて」
「分かった」
ハローは迷わなかった。ずっと自分に連れ添ってくれた者の言葉だ、疑う意味などない。
手を掲げ、ハローは叫んだ。
「来い、聖剣!」
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