アラサーでクビになった魔王四天王ですが勇者に「結婚しよ」と告白され、溺愛されてるので今は幸せです

歩く、歩く。

文字の大きさ
上 下
191 / 207
3部

192話 怨嗟の鎖

しおりを挟む
 国境を越えたミックは、追手の有無を確認した。
 気配を消していたはずなのに、妙に鋭い男女に察知されてしまった。辺境の村人だからって油断していた、あいつら、只者じゃない。
 慌てていたせいで、痕跡を消すのが雑になってしまった。でも国境を超えさえすれば、相手も迂闊に追ってこれないだろう。

 ほっとしつつ、ミックは集落へ戻った。
 集落は着実に拡大しており、飢える者のいない、ほどほどに恵まれた生活が出来るようになった。子供達も生まれていて、皆新しい幸せを享受している。……たった一人を除いて。

「「オクトとの戦いには来れない」だと……くそ! ここもか!」

 帰宅するなり、ガンバの怒鳴り声が聞こえた。ミックはため息をつき、彼の背を叩いた。

「また断られたのかい?」
「ああ……どいつもこいつも、腑抜けばかりだ。この数年で牙を落としやがって!」

 作戦日が近づき、ガンバは他の集落へ招集をかけていた。近々オクトがラコ村に来る。ナルガの仇を討つ絶好の機会だ。
 だと言うのに、返ってくるのは断りの手紙ばかり。理由は共通していて、「今の生活を壊したくない」そうだ。
 ミックは気持ちが分かる。やっと生活が安定したのに、どうしてオクトと戦わねばならないのだ。

 招集した中には商いを大成功させた者も居れば、子を設けた者も居る。第二の人生を歩み始めたのに、なぜそれを捨てなければならない。

 ガンバに同調する者は少なく、この集落でも反対派が増えている。彼について来てくれる者はほんの一握りだ。

「それでもやるしかない……やるしか……!」

 ガンバの耳に、ミックの声は届かない。ガンバはオクトとの決戦を実行するだろう。
 彼には、死んでほしくない。ガンバを救うために、ミックは彼について行く決心をしていた。

 ……もう一度、あの人と話せればいいのに……。

 三年前、名も知らぬ男との会話は、ガンバの心を軽くした。ガンバ自身も、彼との再会を望んでいたのだが、結局会う事は叶わなかった。
 彼ならば、ガンバを止められるかもしれないのに。

「少数精鋭で行く、オクトの前では到底相手にならないだろうが、それでも敢行するしかない。他に、方法はない」
「……下見、行ってきたよ。オクトを誘い込む場所の目星はついた。前日が丁度新月だし、夜に仕掛けを用意しておく」
「苦労を、かけたな。信用できる奴はもう、お前しか居ない」
「ありがと」

 ガンバを抱きしめ、ミックは目を閉じた。
 彼は死ぬつもりだ。仮に全てが上手くいったとしても、ガンバの命はそこで終わる。切り札の魔物の使役にかかる負荷は、ガンバに耐えられるものではないからだ。

 ……どの道消える命だ。それなら残りの時間くらい、好きに使ってやる。

「なぁガンバ、今夜私を……女にしてくれるかい?」
「いきなり何を言うかと思えば。ふざけているのか?」
「伊達や酔狂でこんな恥ずかしい事言うわけないだろう。ただ、あんたと一緒に居た証が欲しいだけなんだ。オクトと戦って、無事に済むわけがない。だからあの世への土産にさ、残りの時間は、あんたの女で居させてくれ」
「……わかった、俺も少しくらいは、生きる楽しみを感じても、構わないだろう」

 その夜、二人は結ばれた。
 ほんの僅かに訪れた、ささやかな幸福の時間だった。でも未来を捨てた二人に、更に先の幸福は考えられない。
 怨嗟で繋ぎ止め、血を吐き続ける心を繕うだけの、虚しい行為。それでもミックは、ガンバにあらんかぎりの好意を込めていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

ニッチなまーったりな、異世界、楽々のーんびり通販生活♪

さよなら。TOYBEE
ファンタジー
ドカン!!! 異世界でニッチな通販商品を売って大金持ちになる~!!!!

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

【書籍化決定】ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

処理中です...