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3部
187話 母の、父の教え
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娯楽の少ないラコ村にとって、入浴日は最高の娯楽である。
子供達は大喜びで湯船に浸かり、体を洗いっこした。アマトとガイの背中を流すミコを眺めながら、ナルガは長い息を吐いた。
「疲れが取れますね」
「全くだ。おい、風呂場で走るなよ。滑って転ぶぞ」
「気を付けまーす。母様こっち来て、わたしがお背中流しますね」
「そうか、では遠慮なく、頼まれるとしよう」
ナルガは湯船から出ると、這うようにアマトへ向かった。義足を付けないと、思うように移動が出来ない。
「普段普通に歩いてらっしゃるから、意識しませんけど……やはり不便ですね」
「仕方あるまい、無くした物はもう戻らんからな。それに慣れた、今さらどうって事はない」
「ねぇ母様、どうして母様はこっちの足が無いの?」
アマトの質問にミネバは息を呑む。ナルガは微笑を浮かべ、
「食いしん坊の熊さんにあげたのさ」
「そっかぁ、熊さんお腹空かせてたんだね」
「ああ、とてもな」
上手い返し方だ。ミネバはほっとした。
「……いつかは、真実をお話されるのですか?」
「いいや、子供達には余計な憎しみや不安を抱かせたくない」
ナルガの左足は、リナルドとミコにも事実を伏せている。自分が受けた苦痛を、後の世代まで引き継がせる必要はない。
子供達が、同じ過ちを犯さぬよう見守るのが、親の務めなのだ。
「よーし流すぞー」
一方の男湯。ハローはリナルドにお湯をかけ、髪を流した。
義息子はぶるぶると頭を振って雫を払い、前髪をかき上げる。ハローに髪を洗ってもらい、リナルドは満足げだ。
隣では、エドウィンがヴァンの髪を洗っていた。
「とーちゃん! おれもおれも!」
「へいへい、鼻つまめよー」
父親にたっぷりとお湯をかけてもらい、ヴァンは嬉しそうだ。息子に懐かれるのは、父親として嬉しいものである。
「ねぇ父さん、僕はいつ剣を持てるの?」
湯船に浸かっていたら、リナルドからそう聞かれた。
ハローとナルガは、まだ二人に木刀しか持たせていない。子供らはそれが不満らしく、ぶーぶー文句を言っているのだが。
「二人が持つにはまだ早い」
「でもさっきの見ただろ? 僕だって魔物を倒せるようになったんだ。剣を持ったって……」
「その剣がどんな道具か、分からないわけはないよな」
「……人を殺す道具」
魔剣の頃を思い返したか、リナルドは青ざめた。
魔剣に居た頃、リナルドは大勢の生き血を吸ってきた。魔剣も聖剣と同等の力を持った武具、ひとたび持てば、多くの命を奪う物だ。
「剣術なんて格好つけた言い方しても、俺達が教えているのは殺し方だ。リナルドは魔物を倒せると得意げに語ったけど、言い換えれば人を容易に殺せるのを自慢してるようなもの。ああいう言い方をしている間は、剣を渡せないな」
普段は甘いハローでも、時には厳しい一面を見せる。
命を奪う行為は、人の心を壊す。自身が通った道だからこそ、リナルドには同じ過ちを繰り返させてはならないのだ。
アルターと約束した、多くの命を奪った男が果たすべき責任だ。
「リナルドが得た力の意味、重み、それらを理解した時に、改めて剣を渡すよ。子供のうちは、持つべき物じゃない」
「ま、同感だな。心ぶっ壊したら僕でも治せないんだ、自分から患者になるような真似はするなよ」
「……はい」
地獄を潜り抜けた二人の言葉は、リナルドに深く伝わっていた。
彼は、大切な人を守るために力を付けている。だが実行するには、相応の覚悟も必要とする。
リナルドが覚悟を受け止められた時には、とびきりの一振りを渡してあげよう。
子供達は大喜びで湯船に浸かり、体を洗いっこした。アマトとガイの背中を流すミコを眺めながら、ナルガは長い息を吐いた。
「疲れが取れますね」
「全くだ。おい、風呂場で走るなよ。滑って転ぶぞ」
「気を付けまーす。母様こっち来て、わたしがお背中流しますね」
「そうか、では遠慮なく、頼まれるとしよう」
ナルガは湯船から出ると、這うようにアマトへ向かった。義足を付けないと、思うように移動が出来ない。
「普段普通に歩いてらっしゃるから、意識しませんけど……やはり不便ですね」
「仕方あるまい、無くした物はもう戻らんからな。それに慣れた、今さらどうって事はない」
「ねぇ母様、どうして母様はこっちの足が無いの?」
アマトの質問にミネバは息を呑む。ナルガは微笑を浮かべ、
「食いしん坊の熊さんにあげたのさ」
「そっかぁ、熊さんお腹空かせてたんだね」
「ああ、とてもな」
上手い返し方だ。ミネバはほっとした。
「……いつかは、真実をお話されるのですか?」
「いいや、子供達には余計な憎しみや不安を抱かせたくない」
ナルガの左足は、リナルドとミコにも事実を伏せている。自分が受けた苦痛を、後の世代まで引き継がせる必要はない。
子供達が、同じ過ちを犯さぬよう見守るのが、親の務めなのだ。
「よーし流すぞー」
一方の男湯。ハローはリナルドにお湯をかけ、髪を流した。
義息子はぶるぶると頭を振って雫を払い、前髪をかき上げる。ハローに髪を洗ってもらい、リナルドは満足げだ。
隣では、エドウィンがヴァンの髪を洗っていた。
「とーちゃん! おれもおれも!」
「へいへい、鼻つまめよー」
父親にたっぷりとお湯をかけてもらい、ヴァンは嬉しそうだ。息子に懐かれるのは、父親として嬉しいものである。
「ねぇ父さん、僕はいつ剣を持てるの?」
湯船に浸かっていたら、リナルドからそう聞かれた。
ハローとナルガは、まだ二人に木刀しか持たせていない。子供らはそれが不満らしく、ぶーぶー文句を言っているのだが。
「二人が持つにはまだ早い」
「でもさっきの見ただろ? 僕だって魔物を倒せるようになったんだ。剣を持ったって……」
「その剣がどんな道具か、分からないわけはないよな」
「……人を殺す道具」
魔剣の頃を思い返したか、リナルドは青ざめた。
魔剣に居た頃、リナルドは大勢の生き血を吸ってきた。魔剣も聖剣と同等の力を持った武具、ひとたび持てば、多くの命を奪う物だ。
「剣術なんて格好つけた言い方しても、俺達が教えているのは殺し方だ。リナルドは魔物を倒せると得意げに語ったけど、言い換えれば人を容易に殺せるのを自慢してるようなもの。ああいう言い方をしている間は、剣を渡せないな」
普段は甘いハローでも、時には厳しい一面を見せる。
命を奪う行為は、人の心を壊す。自身が通った道だからこそ、リナルドには同じ過ちを繰り返させてはならないのだ。
アルターと約束した、多くの命を奪った男が果たすべき責任だ。
「リナルドが得た力の意味、重み、それらを理解した時に、改めて剣を渡すよ。子供のうちは、持つべき物じゃない」
「ま、同感だな。心ぶっ壊したら僕でも治せないんだ、自分から患者になるような真似はするなよ」
「……はい」
地獄を潜り抜けた二人の言葉は、リナルドに深く伝わっていた。
彼は、大切な人を守るために力を付けている。だが実行するには、相応の覚悟も必要とする。
リナルドが覚悟を受け止められた時には、とびきりの一振りを渡してあげよう。
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