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101話 新旧勇者の手合わせ 

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 村の若者や子供達を交え、オクトは剣術指南を始めた。
 先の騒動で村人にも自衛意識の強まりがあったのだろう、男女問わず熱心に受けているから、オクトの指導にも熱が入る。ハローとナルガも手伝ってくれているから、指南は順調に進んでいた。
 ……男どもには多少よこしまな感情がうかがえるが、それはそれだ。

 しかし、私が指南する側になったんだ。

「昔を思い出しますね、先代は覚えていますか」
「君に武術を教えた事もあったね。と言っても、俺は我流だからなぁ。剣なんて、単に力任せに振り回しているだけだよ」
「いえ、先代の教えは私の基礎になっています。先代の教えが無ければ、今の私は居ませんよ」
「ありがと」


「なぁ、ハローさんと勇者様はどっちが強いんだ?」

 ふと、若者がそう投げかけた。
 あちこちからハロー派とオクト派で声が分かれ、ついには「手合わせして」とまで挙がるように。ハローは困ったように笑い、

「オクトの方が強いだろ、現役の勇者だし、若いし。俺もう二十八歳だぞ? もう昔みたいには動けないって」
「いえ、先代はまだ充分お強いですよ」
「お世辞はいいって、一介の村人と比べちゃダメだ」
「だが周囲の者は納得していないようだぞ。こうなれば、一度交える他あるまい」

 ナルガは二人に木刀を投げ渡した。

「私も興味がある、お前達二人が今手合わせをしたら、どうなるのか。向こうにも興味津々な奴が居るようだしな」

 ナルガが示した場所には、エドウィンとミネバが居た。遠目に見守る二人に、ハローは苦笑した。

「しょうがないな、くれぐれも幻滅しないでくれよ? 保険を掛けるわけじゃないけど、本当に昔より腕は鈍ってるんだから」
「安心しろ、普段から情けない姿を見ているから幻滅しようがない」

 中々厳しい意見である。もっと夫に優しい言葉をかけられないのか。
 とはいえ、ハローと手合わせできるなんて願ってもない機会だ。彼と交えるのは何年ぶりだろう。
 望外の手合わせに、オクトは喜んで構えを取る。ハローも乗り気ではないながらも、木刀を握りしめた。

 新旧勇者の手合わせは、非常に白熱したものとなった。
 ハローとオクトの実力は拮抗しており、どちらも有効打を取れず、鍔迫り合いが続く。超人同士の次元の違う剣戟に、皆固唾をのむしかなかった。

 やはり、先代は強い。全然鈍っていないじゃないか。
 オクトは本気で剣を振るっている、手を抜くのはハローに対し失礼に当たるから。けどハローは平然と追従していて、まるで衰えを感じさせないどころか、勇者時代よりも強くなっていた。
 と言うより、ハローは聖剣から気に入られていて、現在も力を供給されている。彼が言う程、オクトとの差はないのだ。

 もっと、ハローと打ち合っていたい。この瞬間だけは、ナルガではなく自分を見ていてくれる。ハローとのつながりと愛を感じるから、永遠に続いてくれればいいのに。
 だけどオクトの願いは通じなかった。木刀が耐えきれず折れてしまったのだ。

「あちゃ、魔法で強化してたんだけど、やっぱ棒切れじゃ無理があったか」
「残念です……」

 見事な手合いに周囲から拍手が起こるが、オクトが欲しかったのは田舎者達の喝采ではない。ハローと自分だけの時間だ。
 やはりハローは、ここから連れ出さないと。辺境でくすぶっていていい人材ではない。

「けどよかった、負けずに済んで。ナルガに格好悪い所、見られたくなかったし……」

 加えて、ハローからナルガを切り離さないといけない。前途多難だ。

「どうだったナルガ?」
「驚いたな、若い頃と遜色ない。もう私では敵わんな」
「でも昔は互角だったじゃない」

「全盛期だったからな、当時の私は父上よりも強かったよ。まぁ二十歳を過ぎてから力が陰ってきてな、今じゃ当時の半分も出せなくなってしまったよ」

 ついオクトはナルガの左足を見やった。
 自分との戦いで負った一生の傷だ。視線に気づいて、ナルガはコツコツと地面を突いた。

「足なら気にするな、とうに慣れている。それに今となっては、過度な力など不要だ。この村を守るだけの力さえ持っていれば、充分だからな」

 ミコを撫で、ナルガは穏やかに微笑んだ。認めるようで悔しいが、ナルガは敵対していた頃よりも美しくなった。ハローとの生活がナルガをより魅力的にしたのだ。
 羨ましいし妬ましい、なんでお前はそんなに先代から愛してもらえるんだ。私がどれだけ望んでも得られない物を、どうしてナルガなんかが得られるんだ。

「嫌な女……」
「どうかしたの?」
「いえ、なんでもありません」

 つい本音が漏れてしまった。幸い、ハローには聞かれなかったようだが……やっぱりナルガは、嫌いだ。
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