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2部

80話 かつての姿

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 村長の掛け声の後、村人達は思い思いに宴を楽しんだ。
 秋に比べると落ち着いた空気の中、粛々と進んでいく。ハローもエドウィン、ナルガの二人とゆったり食事を堪能し、英気を養った。

「ミネバは来ないのか」
「教会で用事があるらしいからな。ま、向こうも忙しいんだろうよ」
「残念だなエド、会えなくて」
「何がだよ。別にいつでも会えるから残念でもないさ」

 エドウィンは肩を竦め、ワインを煽った。パイを頬張ると、「おっ」と目を見開く。

「美味いなこれ、作ったの誰だ」
「私だ。中々の物だろう」
「マジで料理上手いなお前。こんなの毎晩食ってるのかハローてめぇ」
「最高だろ?」

 ナチュラルに嫁を自慢するハローがなんかむかついて、エドウィンは腹を叩いてやった。

「なぁハロー! アレやってくれるか、アレ!」

 と、酔っ払った木こり仲間がハローに木刀を投げ渡した。
 ハローは苦笑し、「まだ早くない?」と返している。怪訝な顔をするナルガに、エドウィンが教えた。

「豊作を祈って、ハローが殺陣をするんだよ。まぁ酔っ払いどもにとっては酒のつまみ程度の扱いなんだけどな」
「神聖な儀式だろうに」
「夢見がちな都会人と違って、田舎者は現実主義なのさ。祈った所で腹が膨らむわけじゃないだろ? 見えない神より見える小麦さ」
「身もふたもないな、自然への感謝を忘れてはならんだろう」

 ナルガは木刀を貸してもらうと、ハローと並んだ。

「私もやろう。お前と刃を交えるいい機会でもあるしな」
「はは、お手柔らかにね」

 ナルガと殺陣が出来るからか、ハローは嬉しそうだ。エドウィンも太鼓を持ち出し、二人の殺陣に華を添える事にした。
 軽く打ち合わせをし、二人は構えた。ナルガは八相、ハローは中段に木刀を握り、エドウィンの合図と共に殺陣を始める。
 刃を交える内に、元勇者と四天王、かつて相対していた頃の記憶が蘇る。幾度も命のやりとりをしていた自分達が、今は夫婦の間柄になっているなんて。

「人生とは、本当に先が読めないな」
「俺は、こうなるのを願っていたけどね」
「……いつからだ? 私に好意を抱くようになったのは」
「覚えてないな、気づいたら恋してたから。それ以来ずっと君に夢中だ。他の人が目に映らないくらいにね」
「ふん……それはそうと、若い頃は結局勝負を付けられずにいたな。丁度いい、この機会に白黒はっきりさせるとしようか」
「え、ちょっと待って、うわわっ!」

 ナルガは照れ隠しに本気で打ち合ってきた。慌ててハローは応戦し、気づけば達人同士の戦いに発展していた。
 鋭い太刀筋に、アクロバティックな体術。激しい剣戟の最中、二人の目には、互いの若き日の姿がダブって見えた。

 ……やっぱりナルガは、今も昔も、綺麗だな。

「何やってんだあいつら」

 エドウィンは苦笑した。大方ハローがまたやらかしたんだろう。
 けどまぁ、懐かしい光景だ。目を細め、エドウィンはふと、涙が出ているのに気付いた。

「やれやれ、まだ涙もろくなる歳じゃないはずなんだけどな」
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