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66話 死を味方にする追跡者

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「あの女の正体? 勿論、知らぬ」



 配下の質問に、ウルチは平然と答えた。



「だが予想は付く。突然娶った女となれば、間違いなく札付き。奴の経歴を考えれば……昨今敗れた魔王軍の残党の可能性が高いな。女が虚言に怯えて村から離れれば、工程を短縮できるが、まぁ望み薄だな。エドウィン・ワイズナーがブラフを見抜くだろう」



 それこそが狙いでもある。ウルチは「くかかっ」と嗤った。



「エドウィンを通して、ハローは狙いが自身だと知るだろう。そしてアリスとか言う女は、ハローに対し献身的、必ず奴に慰めを囁く。逆効果だと知らずにな」



 逆効果? 配下は首を傾げた。



「ハローはな、己のせいで大事な者を失うのを、極度に恐れている。故に慰められれば、温もりを失う恐怖が強まる。甘い言葉を掛けられるほど、「守らねば」、「背負わねば」と、自身に重りを付けていくのだよ」



 心理学の一説として、様々な理由から、優しくされると不安を感じる人が存在している。

 ハローもその中の一人だ。彼は相手からの優しさを重く受け止める癖がある。受けた優しさを返さなければと気負ってしまい、自身を追い詰めてしまう男だ。



「己を追い詰める事で、視野は狭まり、思考も女に集中していく。ブラフも決して無意味ではない、「もしかしたら本当にアリスの正体がバレたかも」と思うようになり、より奴の目をくらませる。兎角奴を乱せ、惑わせろ。過度の緊張を与えるのだ」



 ウルチは心の操り方を熟知している。事実、言葉一つでハローの周囲は大きく動き、彼を激しく追い詰めていた。

 加えて厄介な所は、ハローに反撃や抵抗の手段が無いと言う事。何しろハローはウルチが死んだと信じ切っている。エドウィンですら、ウルチの生存を計算していない。



 まるで蟻地獄のようだ。ずぶずぶとハローは、ウルチの作った罠に沈んでいる。



「全ては……我の掌の上だ」
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