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55話 儚き夜

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 宴も終わり、帰宅後、ハローは座り込んでぐったりした。

 久しぶりに飲みすぎて頭がくわんくわんする。頭を抱えていると、ナルガが水を出してくれた。



「弱いなら無理をするな。ちゃんとつまみは食べたのか?」

「ナルガの干し肉を沢山ね」

「あの失敗作をか? しょっぱかっただろう」

「でも酒に合うから、ついすすんじゃって。砂糖菓子はどうだった? ミコ達喜んでくれた?」

「とてもな。落ち着いて食えと言ったのに、あっという間に食べきってしまったよ」

「美味しかったみたいだし、仕方ないさ」



 水を飲み干し、一息つく。起きているのがちょっと辛くて、「あうー」と唸った。



「そんなに辛いのか」

「うん……目が回ってるよ」

「しょうがないな、ほら、来い」



 ナルガはベッドに座り、膝を叩いた。ハローは目を見開き、



「いやその、それは……いいの?」

「ぐだぐだ言わずにとっとと来い」

「わ、わかりました……」



 どうもナルガは酔っているらしい。おじゃましますと、恐る恐る膝枕をしてもらった。

 柔らかくて、温かくて、上を向けば絶景……ナルガの胸が見えた。ナルガはほろ酔い気分で機嫌がいいのか、鼻歌交りにハローを撫でていた。



「ナルガ、ラコ村の生活はどうかな」

「いいものだ。嫌いじゃないぞ」

「はは、貧しくて、毎日働きづめで、贅沢なんて全然出来ないけど」

「穏やかな時間が流れて、心が豊かになれる。剣を捨てる生活など考えたこともなかったが、こんなにも楽しい日々になるとは思わなかったよ」

「そっか、気に入ってくれて嬉しいよ」



 ハローはナルガの頬に手を当てた。彼女はされるがまま、ハローに撫でられている。



「ねぇナルガ、君はこの先、どうするつもりなの?」

「恐らく、冬を越せば体調も良くなるだろう。手配も取り下げられて自由になったし、ここに居る理由も無くなった。頃合いを見て、出ていかねばなるまい」

「でも! エドが言ってただろ、心の傷は油断したらぶり返すって。だから、完全に治ったってエドが言うまでは、居た方がいいよ。それがいい! それに君はまだ、ラコ村に四ヶ月くらいしか居ないだろ。春になったら森は花が咲いて凄く綺麗になるし、初夏は凄く気持ちのいい日和が続くし、長雨の時期は凄く落ち着くし、まだまだ君に見てもらいたい物が、沢山あるんだ。一人きりで当てのない旅に出たって、ラコ村みたいな場所があるなんて、保証はないわけだし……」



 ハローの鼻に指を当て、ナルガはくすりとした。



「必死になるな、頃合いを見てと言っただろう? 私もラコ村の四季を感じたい。ミコ達やミネバと別れるのも名残惜しいし、エドウィンの憎まれ口が無いと物足りない。留まる理由はなくとも、引き留める物が多くなりすぎた。お前との生活を手放すのも、心苦しい」

「じゃあ、居てくれるの?」

「ここに大きな子供が居ては、出ようにも出られないだろう」



 ナルガは愛おし気にハローを見下ろした。ランプの明りに照らされた顔は艶めかしくて、綺麗すぎて、ハローは赤らんだ。



「さて、この偽装婚はいつまで続くのだろうな。もしかしたら、何年も続くかもしれないな」

「俺は、続いてほしい。何年も、何十年も、ずっと……」

「私もだ」



 二人は手を握り合った。仮初の夫婦生活で、二人の距離は、とても近くなっていた。
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