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48話 勇者オクト

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 シンギ市場はラコ村から半日ほど離れた位置にある交易所だ。
 始めはキャラバンの中継拠点だったのだが、いつしか行商人達が集うようになり、今では都と辺境の物流を繋ぐ市場となっている。
 ハロー達は沢山の木材と農産物を持って、夜明け前にシンギ市場へ向かっていた。

「まずは僕らの用事を済ませるぞ。そしたらオクトと合流する。聞いてるか?」

 エドウィンはハローとナルガを振り向き、髪を掻いた。
 二人とも、険しい顔をしている。やっぱり前もって話すのはまずかっただろうか。

「けど黙ったまま会わせたら、間違いなく喧嘩になるだろうしな」
「何事も無ければいいのですけど……」

 私服姿のミネバが心配そうに言った。晩秋の風が寒いのか、上着の襟を両手で支えていた。

「エド、すこしひだりによせて」
「おお」

 言われた通りにすると、ハローは突然発砲した。
 四発の弾丸が、待ち伏せしていた野盗を撃ちぬいた。
 この時期は物流が盛んになり、それを狙って野盗達が襲ってくる。積み荷を守るためには、ハローのような護衛が必要となるのだ。
 そのハローは濁った眼のまま、殺意と怒気を放っている。ナルガは肩を叩き、

「銃を下ろせ、もう敵は居ない」
「あ、うん。……結局、この日が来ちゃったね」
「覚悟が決まらないままな」

 左足に幻肢痛が走り、ナルガは顔をしかめた。オクトに会うと聞いてから、度々痛みが襲ってくるのだ。
 エドウィンによると、奴は私に会いたがっているらしい。あいつと会って、何を語ればいいんだ。
 空が明るくなった頃、四人はシンギ市場へ到着した。

 シンギ市場は物見やぐらを中心に、多くの屋台と馬車が並んでいる。外周には宿酒場が立ち並び、多くの行商人が出入りしていた。
 まずは持ってきた荷物を行商人達へ売り捌き、その金で必要な物品を買い揃えた。
 村では手に入らない薬や、農具用の鉄、その他村人達の足りない日用品。冬を越すための最後の補給を済ませた。

「そろそろ買い残しがないかチェックしましょうか」
「そうしよう。エド、買ってない薬ある?」
「あとはいつもの業者をゆするだけ。お前らも欲しい物があったら買っていいぞ、少し余裕あるしな」
「ならば、砂糖を買いたい」
「子供達にお菓子を作ってあげるんだね」

 ナルガは頷いた。ラコ村で砂糖は手に入らないから、たまにはミコ達に贅沢をさせてあげたかった。

「砂糖ね……まぁ来週には祭りもあるしな。でも高いから少しだけだぞ」
「それでいい、恩に着る」

 小袋ひとつだけだが、砂糖を買えた。これだけあれば、ミコ達に充分な菓子を与えられる。

「ミネバにも手伝ってもらいたいんだが、構わないな」
「勿論です。よければ教会の厨房を使ってください」
「俺も食べていい?」
「子供達が優先だぞ。余った材料で別に作ってやるから、それで勘弁しろ」
「やった!」

 ハローは子供みたいにはしゃぎ、ナルガはくすりとした。少しは、緊張が解けたようだ。

「んじゃ、本命に行きますか」
「いよいよか」
「……勇者オクト……」

 小さな宿酒場へ向かい、オクトの居る部屋へ。ドクンドクンと、鼓動が早くなってきた。
 エドウィンは小さく息を吐き、ノックをする。すると、

「どうぞ」

 凛とした、美しい声が返ってきた。
 部屋に入ると、マント姿の旅人が居た。フードを目深にかぶって、顔を隠している人物こそ、勇者オクトだ。聖剣は置いてきたのか、腰には普通の剣を帯びている。
 オクトは扉が閉まるのを見ると、指を鳴らした。

「たった今、防音の結界を張りました。いくら大声を出しても、他の人には聞こえないでしょう」
「お気遣い感謝するよ」
「お久しぶりです、エドウィン氏、ミネバ嬢。そして……先代と、ナルガ氏」
 勇者オクトは顔を晒した。

 白銀のように輝く髪をアップに纏めた、魂が吸い込まれそうなほどの絶世の美女が現れた。
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