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40話 解き放たれた怪物

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 一週間前の事。

 ガンドラ監獄。ここに収容されているのは、国賊を始めとした重罪人ばかり。国が存在を抹消し、一度入れば二度と出てこれない厳重な収容所だ。



 ここでたった今、ある男の死刑が執行された。



 ウルチ・マサガネ。十年前にキグナス島へ侵攻し、国盗りを企てた男だ。

 隣の大陸の重要人物であるため、執行には煩雑な手続きが必要となったが、先日ようやく片付き、執行と相成ったのだ。

 後始末を付け、兵士達は持ち場へ戻っていく。今日を持って、ウルチは死んだ。この世から消え去ったのだ。



「そう、ウルチは……くかかっ、死んだのだ」



 兵の一人は笑い、数名を伴って、人気のない場所へ移った。

 兜を外すと、その下にあったのは……死んだはずのウルチの顔だった。



「ご苦労だったな、我が同胞よ。影武者には礼を言わねばならんな」

「将のために死ねたのです、彼も喜んだ事でしょう」

「我らも将のため、この命を捧げます」



 王国兵はウルチに傅いた。彼らはアトラス国の者ではなく、ハローと同じ国の者だ。にも拘わらず、ウルチに忠誠を誓っている。

 ……十年の拘留期間、ウルチは脱獄のために動いていた。甘言、虚言を織り交ぜて見張りの兵の心の隙を突き、自身の手駒に洗脳していった。



 そして来る死刑執行の時、ウルチは脱獄を決行した。



 独房から出る直前、洗脳した王国兵と衣服を交換した。この日のために、ウルチに体格から面立ちまで似せた影武者だ。王国兵に扮したウルチは処刑に立ち会い、自身の死が偽装された事をその目で確かめた。



 そして今、ウルチは手駒と共に脱獄不可能とされるガンドラ監獄を、悠々と出ていった。



「容易いものよ、人の心など。言葉一つで、壊すも傀儡にするも思うがまま。くかかっ」



 ウルチの脅威は単純な武力にあらず。人心を巧みに操る知略こそが最大の武器。口ひとつ、舌だけでも動かせれば、千の敵を殺せる男だ。



「さて、では、動くとしようか」



 ウルチが目指すのは、アトラス国ではない。ウルチはアトラス国から見放されている、戻れば歓迎どころか、国盗りを出来なかった戦犯としてひっ捕らえられるだろう。



 だから拾ったこの命、復讐のために使うとしよう。



 獄中で、ずっとハローを考え続けた。アトラス軍を破り、牢獄へぶち込んでくれた、恨めしい小僧。獄中でずーっと、ずぅーっと、憎み続けていた。



「次こそは、童を殺してやろう。体ではなく、心をな。ハロー・マンチェスター。くかかっ」



 ガンドラ監獄から、絶対に世に出してはならない怪物が、解き放たれてしまった。

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