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11話 苦戦の狩人

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 俺達は白月管轄の樹海ダンジョンに来ている。ここが今日の仕事場だ。
 狙いはジュエルタランチュラ、腹部に巨大な宝石の結晶を蓄えた生きる鉱脈と呼ばれる虫だ。体長二メートルと大型で、虫嫌いな人が見たら卒倒するビジュアルをしている。

 なぜ腹部から鉱石が生えるのか、その原理は不明だ。けどタランチュラは腹部に刺激毛と呼ばれる器官をもっている。怒ったり危険を感じると足で飛ばしてきて相手を攻撃するのだが、毒性その物はなく、その名の通り相手に激しい掻痒感を与える威嚇武器なのだ。

 ジュエルタランチュラはその刺激毛が宝石になった蜘蛛であり、非常に攻撃性が高い。迂闊に姿を見せればすさまじい速度で襲ってくるだろう。

「蜘蛛ってあんまり速いイメージないけど、そんなに素早いの?」

 三人で「潜伏」を使い、茂みに隠れながら作戦会議をしている。アンナは冒険者なのにモンスターの知識が無さすぎだ。

「タランチュラには三つのタイプが居て、地中性・樹上性・地表性と住んでる場所によって分類されているんだ。中でも地中性と樹上性は凄まじい速さで動いてね、ジュエルタランチュラは地中性の蜘蛛なんだよ。俊敏性に関しては忍を超えるだろうな」

「まじか。それってやばくない? それってミコトより速いって事でしょ?」

 アンナと一緒に思わずミコトを見てしまう。彼女はレベル35の忍で、ステータスは俺達よりずっと上だ。

 忍は狩人と盗賊の系列に当たる、探索職の上位クラスだ。

 二つのクラスが持つ俊敏性に加え、忍だけが使える忍法スキルを駆使した幻惑が得意な職業である。俺達のスキルを一部使う事も出来る、完全上位互換と言っていい。

「ミコトより速いとなると私らじゃどうしようもないって、毒撃たれておしまいだよ」
「いいや、タランチュラはあまり毒が無いんだ。むしろ噛む力と機動力が脅威な肉弾戦車なんだよ。かといって近づこうにも、刺激毛を飛ばして弾幕張ってくるし、危険だな」
「完全私らの天敵じゃんか。そんな奴にどうやって挑むんだよぉ」
「当然、知識でだ」

 俺は狩人、モンスター退治のプロだ。蜘蛛の対処も当然知っている。ジュエルタランチュラの機動力を削ぎつつクエストを達成する道筋は既に出来ているのさ。

「それには君の力も借りたい所だが、頼めるかい? ミコト」
「お任せください。指示された任務は必ず果たしてみせましょう」

 ミコトは事務的ながらも力強く答えてくれる。彼女がどれほどの実力を持つのか、確認の意味でも注目したい所だ。
 作戦を伝え、配置につく。今クエストではアンナがカギを握っている。俺達の目的はジュエルタランチュラの討伐ではなく、奴から採れる希少素材だ。

「囮役は頼むぞミコト、俺もしっかり……狙い撃つぜ」

 樹上で「潜伏(改)」を使い、ボウガンを構える。アンナとミコトからの合図を受け、ピクウスでジュエルタランチュラを攻撃した。

―キキッ!

 威嚇射撃に食いつき、すぐ近くに居たミコトへ突進してくる。囮役をミコトに頼んだのだが、ジュエルタランチュラは凄まじい速さだ。対応できるのか?

「忍法「変わり身の術」」

 するとミコトは煙玉を使って煙幕を張った。そしてジュエルタランチュラが煙に飛び込むと……なぜか奴は丸太を咥えてやがった。
 なんと見事な忍術だ。思わず見とれてしまったぞ。

 ジュエルタランチュラが丸太を噛み砕くとミコトが姿を出す。ただ数がおかしい、ジュエルタランチュラを囲うように、二十人ものミコトが現れたのだ。

 今度は分身の術だ。モンスターを幻惑しつつも手裏剣を乱射し、ジュエルタランチュラをけん制する。凄い、あの獰猛な蜘蛛を完全に抑え込んでいるぞ。

「おっといけない、見とれてる場合じゃないな」

 手裏剣で抑え込めるのは持って数秒、こいつを撃ち込んで黙らせるとしよう。
 頭部めがけてボウガンを放つと、ジュエルタランチュラに黒い液体がかかる。事前に用意しておいたコーヒーだ。

 するとジュエルタランチュラは千鳥足になり、動きが鈍くなる。カフェインが効いてきたようだな。
 蜘蛛はカフェインを摂取すると酔っ払う。こんなフラフラな状態じゃ、まともに行動できないだろう。

「今だアンナ!」

 俺の掛け声を合図にアンナが飛び出す。ジュエルタランチュラへ「ピックポケット」を何回か発動し、すぐさま離脱した。

「おっけ、二つ手に入ったよスパイダーコイズ! 品質60だけど」
「目当ては品質80以上が三つです。このままでは失敗ですね」
「何度かチャレンジしてみてくれ、スパイダーコイズは「ピックポケット」じゃないと手に入らないんだ」

 モンスターの素材にはドロップせず、「ピックポケット」のみで入手できる物も存在している。ジュエルタランチュラのスパイダーコイズがそれだ。
 そうした品は狩人の俺では取れない、「ピックポケット」が使えるアンナだけなのだ。

「これでどう!?」
「確かに品質80以上のスパイダーコイズが三つ、クエスト完了です。急いで離脱しましょう。ミスターコウスケもこちらへ」
「分かった」

 落下ダメージを受けないよう「曲芸回避」で木から降り、二人の下へ急ぐ。ミコトは素早く印を結ぶとスキルを発動した。

「忍法「閃光の術」」

 瞬間俺達はワープし、ダンジョンの入り口へ戻っていた。
 事前にマーキングした場所へ移動する忍法だ。移動魔法の「ワープ」によく似ているが、それよりも移動距離は短く、マーキングする下準備が必要になる。それでも瞬時にダンジョンを移動できるので、クエスト終了時には非常に助かるスキルだ。

「凄いなミコト。これだけ高度な忍術が使えるのか」
「どうも。早くギルドへ向かいましょう」

 ミコトはそっけなく去ってしまう。最低限のコミュニケーションしか取らないからやり辛いな……。

「ねぇねぇおじさん、ミコトを怒らせるような事したかな?」
「いいや、あれが忍って奴なんだろうな」

 主君に絶対服従し、忠実かつ冷徹に仕事をこなすしもべ。なぜか知らんが、忍になった冒険者は大抵ミコトのようにそっけない性格になってしまうんだ。
 狩人が獣系モンスターへのダメージボーナスを持つように、あれが忍のランク特性なのかもしれない。どんな特性だ。

「あの調子でリチュアと接したら恐がるかもしれないな、ああいう無口な人間は苦手だし」
「どーしよ、私今日夕飯に誘っちゃったよ」
「なんたるキラーパス。一体どうやった」
「ウチくる? OK! 的な感じで二つ返事でした」
「軽いな」

 若干キャラが掴めなくなったぞおい。本当にこれから大丈夫なのだろうか。

  ◇◇◇


 と言う心配をしてから一週間が経過した。

「ミコトさんいらっしゃい! 今日もご飯食べていきます?」
「勿論」

 この短期間でミコトはすっかり俺達パーティに馴染んでいた。
 なぜか知らんが、リチュアとミコトは波長が合っていたらしい。今じゃすっかり友達で、互いに恋バナに花咲かせる仲となっていた。

 いや……本当に意外だ。まさかミコトが恋バナ好きとは。リチュアもその手の話は大好きだからな、趣味の合致によりあっさりと意気投合してしまったのだ。

 でもって、女子たちの和気あいあいとしたやり取りにアンナが入らないわけがない。女性三人による男子禁制の空気が漂ってしまい、俺はすっかり居場所を失っていた。
 この歳で女性陣の会話に入るのは重すぎる。仕方ないから部屋でDLCでも眺めているか。

「ミスターコウスケは意中の女性が居たりしないのですか?」
「随分なイグナイトパスだな」

 あまりに早すぎてファンブルしそうになったぞ。

「そう言えばおじさんって昔は高位ランカーだったんでしょ? 意外と悪くない顔立ちだし、結構もてたんじゃない?」
「孤児院の女の子達からも人気ありましたね。村に若い男性が少なかったって言うのもありますけど」
「ノーコメントで。第一相手の好きな人を聞くのなら、まずは自分から言わないとダメなんじゃないか?」

 ここで逃げたら空気読めないしな、少しは会話に混ざらないと。

「えー、そんなら言わなーい」
「私も秘密です」
「忍は機密情報を漏らしたりしません」
「会話が成立しないからやめろその返答」

 混ざろうと思った途端にこれだよコンチクショウ、メンタルやられそうだ。
 なんかむかついた、こうなったらとことんやってやる。俺は狩人、狩られたままじゃプライドに傷が付く。

「リチュアは村でも浮いた話が無かったよな。大勢の冒険者達から言い寄られてたのに、全部断っていたようだしさ」
「あはは……あんまり荒っぽい人は好きじゃないので。冒険者って荒くれ者と言いますか、乱暴と言いますか。ああいうオークみたいな鼻息荒い人は嫌いなんです」
「……あのさぁ、二人って自分らの関係わかってないの?」
「? 別に変な関係じゃないだろ?」
「前に話したじゃないですか、コウスケさんは兄のような人だから恋愛感情はありません。コウスケさんもお茶どうぞ」
「ありがとう。おっと、髪に糸くずがついてるぞ。取るから動くなよ」

 彼女はこの通りとてもいい子だけどちょっと抜けてて、なおかつ男運が無くてな。そもそも冒険者なんてのはろくな奴が居ない、リチュアに近づく輩は狩人の罠を駆使して徹底的に潰してやったもんだ。
 俺としてはちゃんとした男の嫁に行ってもらいたいのだが、どうしたものかな。

「こーの無自覚親父が……」
「ですが本当に恋愛感情はないのでしょうか」

 またしてもミコトが場を掻きまわす事を言い出した。言葉少ない癖に全体を揺らすような事ばかり言いやがって。

「確かにそうだよね! だって兄のような人だとしても仕事辞めてまでついてきたりしないじゃん、ここまでついてきたって事はそれ以上の感情があるんじゃない?」

 その原因がアンナだ、いちいちミコトのパスを中継して場を炎上させやがる。まさかミコトの奴、それを狙って分かりやすいボールを回してるんじゃないだろうな。
 冒険者は舐められたら終わりだ。ここでパーティの主導権を握るべく、俺の弱みを掴もうとしているのだろう。

「うーん……確かにそこまで言われるとちょっと意識しちゃうような……ちらっ」
「リチュア、そんな赤らめて俺を見るな。場の空気に飲まれて心がどうかしているぞ。大体アンナ、さっきから人の事ばかり聞いているが……君自身はどうなんだい?」

 ミコトへの反撃に出る。ミコト自身へ質問を投げかけてはいなされてしまうだろう、それにそんな幼稚な反撃をしては彼女に見下される危険もある。
 だからこそアンナを中継する。こいつの行動は予測不能だが、この状況ならばある程度の誘導が可能だ。

「えーっとそれはそのぉ……ミコトはどうかな! 意外とワン支社長としっぽり行ってたりすんじゃないかな?」

 リチュアへ話題を振れば話が循環しなくなる、おしゃべりなこいつが話しづらい空気を作るのは避けるはずだ。
 だからこそだんまりを決め込むミコトに話を回す。さぁどう対応する? いかに忍と言えど、この空気を破ってはアンナとリチュアから顰蹙が来るのは明らか。
 そうなればパーティ間のヒエラルキーにおいて、当面の間ミコトは二人の下になる。事実上俺がリーダーだから、ミコトは俺へ強く出られなくなるだろう。

 かといって正直に話せば俺に弱みを握られた事になる。この時点でも主導権は俺が握った事になるのだ。
 さぁどう出るミコト、狩人をなめた報いを受けるがいい!

「ワン社長は一個人として尊敬していますが、異性としては受け入れられません。口は憚られますが、冷徹な所が苦手で。現時点でそうした想い人はいませんが……もし付きあうなら真面目で知識も経験も豊富な、女性想いな年上の方がいいですね」

 って俺を見ながら何たる完璧な返答を!?
 ワンとの関係性を打ち消し、気になる異性は居ないと前置きした上で、俺を見ながらあからさまに該当する要素を好みとして並べる。無論この要素に当てはまる男は他に山と居るだろうが、この場において当てはまるのは俺一人。
 となれば当然……。

「えっ、それってもしかして!?」
「その辺りどうなんですかコウスケさん!」

 勿論こうなる。二人の耳には明らかに「私はミスターコウスケが気になっている」と伝わっただろうからな。二人は完全にミコトの味方となった。将を射んと欲すればまず馬を射よという奴で、外堀を埋められた状態だ。

 ……若干リチュアからの視線が強い気がするのは気がかりだが、そこはいいとして。

 しかもこの状況では彼女が俺に好意を抱いているという状況が発生し、下手にミコトへ無碍な対応を取ればリチュアとアンナからの信用を失いかねなくなる。現状パワーバランスは俺が最底辺だ。
 そして彼女と俺が交際するなどと噂が広まれば、合法的に俺の傍にいる理由が生まれてしまう。効率よく俺を監視する環境の出来上がりだ。

 自分の弱みを強みに変える、たった一言で大逆転だ。こいつ只者ではない。

 しかもこれ、どう考えても詰みじゃね? 返答を誤魔化せばさっき言った事が全部ブーメランになる。
 くそ、考えろコウスケ……狩人が狩られては面目丸つぶれ、この場を乗り切る方法……そうだ!
 御者台からアンナの馬が見える。二人に気付かれないよう指弾で小石をはじき出すと、見事に命中。突然の攻撃に驚いた馬は急に暴れ出した。

 馬は臆病で繊細な動物だ、ちょっとした音や衝撃で途端にパニックとなるのである。

「わっ! リッキーどうしたの? どうどう!」

 アンナが離れた事で場の空気がリセットされた。どうにか話題をうやむやにする事ができたようだな。これで引き分けだ。
 とは言え、負けに等しいドローだ。ミコト……ワンが寄越してきただけの事はある。

「残念です。折角貴方の事を知るチャンスでしたのに。ねぇ、ミスター?」

 綺麗な笑顔が悪魔に見える……やっぱりこいつ侮れない。
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