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102話 これがハワード・ロックだ

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「空が、暗くなっていく」

 聖獣と共にコピー体を全滅させたカインは異変に気付いた。
 ハワードがエルマーを倒してから、禍々しい気が迸っている。触れるだけで心が絶望に沈んでしまう、底知れない負の力だ。

「カイン、避難は終わらせたよ! って、何この嫌な感じ……」
「エルマーの後ろに居た黒幕が出てきたみたいだね。こっちの方にも」

 剣を担ぎ、カインは倒れたコピー体を見やった。
 死骸が集まり、聖獣達のキメラが出来上がる。サロメの胴にウロボロスの頭、ミトラスの尾にテンペストの翼をもった怪物が立ちふさがり、ヨハンはビビッて後退した。

「ははっ、トキメク演出をしてくれるじゃないか」
「言ってる場合!? なんか、すんごくヤバそうなんだけど!?」
『ヤバそうじゃなくて実際ヤバいのよ、緑髪のぼーや』

 ウロボロスの頭から女の体が現れた。冷たい漆黒の美女にカインは目を細める。

「アーサーさんから聞いた絶望の魔女、アリスかな? 確か倒されたって聞いたけど」
『ええ、肉体はね。けど死ぬ直前、魂を本に宿したのよ。あの勇者に殺された時の絶望……ああ……もうビンッビンに興奮しちゃったわぁ……♡』

 アリスは楽し気に言った。カインは「あっそ」と答え、一歩前に出た。

「遅れてごめんねカイン、結界張るのに手間取っちゃった」
「ありがとうコハク。アマンダさんにリサさんも、お手伝い感謝します」
「どういたしまして。そして彼女が」
「ハワードが言ってた悪女か。見たまんまね」
『あらまぁ、賢者の大事な人たちが勢ぞろいしているなんて。それに……下僕の元カノも残っているようね』

 アリスの視線の先には、ビオラが居る。エルマーが捨てきれなかった未練だ。

「貴方がエルを、誑かした泥棒猫……!」

『泥棒猫ですって? 面白いジョークね、百点を上げるわ。だって面白そうだったんですもの、失恋した男を煽ったらどんな事をしてくれるのか。そしたら彼ってばもう、最高の物語を描いてくれたのよ! 偽りの善意の下で働く凶行の数々、ああもう思い出すだけでゾクゾクしちゃう……あ、ああ……イっちゃうぅぅぅぅん!』

 エルマーの起こしてきた事件の数々を思い出し、アリスは絶頂していた。
 異常さに慄き、仲間達が退く中。勇者カインはため息をついた。

「アーサーさんからどんな悪党か聞いていたけど、なんてことはない。ただの愉快犯か。人が苦しみ、悲しむ姿を見るのが大好きな、世界で最も迷惑な狂人。それが貴方の正体だ」
『人の不幸は蜜の味って言うでしょう? 私ねぇ、弱い弱い奴を虐めて、泣き叫んで助けを乞う姿に何よりも……濡れてきちゃうのぉ……! 人が絶望の底に沈んだ時の青ざめた顔……思い出すだけで体がびくんびくんってしちゃうわぁ……! 貴方たちにも見せてあげたかったわ、賢者に打ちのめされた奴隷の顔。あんなに絶望に満ちた素敵な顔……やっぱり、最高だわぁ……!』

 恍惚な笑みを浮かべ、顔を撫でるアリス。こうまで露悪的な人間を、カインは見た事がなかった。
 弱い者いじめを大規模で行い、性的興奮を得るためだけに一国を絶望に染めた、はた迷惑ないじめっ子。それが絶望の魔女の正体だ。

『それに奴隷が最高のプレゼントを用意してくれたのよ。勇者カイン、貴方が持つのと同じ力、「疑似・神の加護」! アーサーが持っていた、史上最強の加護。どうしても欲しかったのよ。なにせ魂を本に移したはいいけど、肉体は復活できなかったの。でも「神の加護」があれば肉体を復活出来る。死んだ私が完全に復活するの。そのために頑張ったんだから』
「そんな事のために、エルを利用するなんて……!」

『あなたの彼氏、とっても役に立ったわよ。もう用済みだけど。
 さぁ、復活を果たした記念に、私の目につく人をみぃーんな虐めてあげる♡ この加護の可能性は無限大! 私の魔力が合わされば、より沢山の人を苦しめられるわぁ!
 手始めに、貴方たちを虐めてあげる。貴方たちをたっぷりと可愛がって、絶望の淵に堕としてあげるんだからぁ♡』

 狂気に満ちた笑みを見せ、アリスはカイン達を見下ろした。
 その目に見入られれば、誰もが心をくじかれるだろう。アリスもそれを期待した。

「はははっ、はははははははっ!」

 だけど、カインは笑っていた。
 期待していた反応と全く違う。誰もが畏怖した眼差しを、勇者は一切怖がっていない。
 それどころか聖獣達も笑っている。絶望の魔女を全く恐れていなかった。

「絶望の淵に落ちるか。残念だけど、それは出来ないよ。大昔ならいざ知らず、今の時代でそんな事は絶対に不可能だ。だって俺達には」
『俺達には?』
「ハワード・ロックがいるのだから」

  ◇◇◇

「はっはっは、はっはっはっはっは!」

 一方のハワードも、アリスからの宣告を受けて笑っていた。
 アリスは勿論、男もきょとんとして、ハワードを見上げていた。

「……どうしたの? そんなに笑って。私何か面白い事言ったかしら」
「ああ傑作だ、本当に傑作だ! 手始めにカイン達を絶望に堕とす? 今年一番のトークショーだよ、腹筋がねじ切れそうだぜbaby」
「そう? じゃあもっと面白い事をしてあげる。そこの用無し君を目の前で処分してあげる! きゃあ! 貴方に止められるかしらぁ!」

 アリスが黒い槍を男に飛ばしてきた。「疑似・神の加護」によって強化され、光速で射出された。
 もうこれまでだと、男は諦め目を閉じた。



『涙を得た石造りの少女 我が呼びかけに応え招来せよ!』



 刹那、ハワードが召喚術を使用した。
 男の前に立ち、槍を受け止める者が現れる。目を開ければそこには……。

「あい……か?」
「そうだよ、アイカだ。久しぶりだなエルマー」

 大人の姿のアイカが、自分を守ってくれていた。

「呼んでくれてありがとうおじさん。あれが?」
「おう、俺様とパーティ中のマドンナだ。ちょっと過激なショーをご所望みたいでな、観客が居ないと盛り上がりに欠けるだろ?」
「事情は把握した。それで? アイカは何をすればいい。マドンナを倒せばいいのか?」
「いんや、そこでVIPを守っててくれ。最前列でかぶりつきたいそうだからよ」
「わかった。カインからスキルを教えてもらってな、それを使ういい機会みたいだ」

 言うなり、全身に【硬化】のスキルを使用する。本気で自分を守ろうと言うのか?

「君を捨てたのに、どうして……?」
「どうもこうも、おじさんがやれと言ったんだ。ならばやるだけだよ。ハワード・ロックの言葉は、それだけで信じる理由になる。それに、エルマーを見返してやりたいと思っていた所だ。きっちり守り切って、見返してやるチャンスを逃しちゃいけないだろう?」

 アイカは笑顔で答える。魔女を相手にしているはずなのに、臆する様子が全くない。
 「ハワードが居るから大丈夫」。顔にはそう、書いてあった。

「大した自信ねぇ。そこの男に捨てられたゴーレムの癖に。ならもうひと思いに火山でも爆発させちゃおうかしら、いくらハワードでも天災は防げないでしょう?」

 アリスが火山に呪いを仕掛けようとした、瞬間。突風が吹きすさんでアリスを妨害する。
 アリスすら感知できない速度で召喚術を使ったのだ。呼び出したのは勿論風の精霊、フウリだ。

『ふむ、サロメの次はアリスか。つくづく汝はトラブルに巻き込まれる体質のようじゃの』
「ふふん、刺激のない人生なんてつまらないだろう? トラブルを遊ばなくちゃ損だぜ」
『絶望の魔女を相手になんちゅう余裕をかましておるのじゃ。まぁそれも汝の魅力じゃがの』

 苦笑しつつも、フウリも恐怖を感じていない。
 なぜなんだ。自分はこんなにも怖くてたまらないのに、どうして彼女達は魔女を怖がっていないんだ。

「気に入らないわね。どうして貴方達、私を前に楽しそうなの? 私は絶望の魔女、絶望の象徴! ほら、とっとと慄け、泣きわめけ! 笑い者にされるなんて我慢ならないのよ!」

 アリスが黒炎を打ち出すが、それもハワードは防ぎきってしまう。伝説の聖剣を召喚し、一刀両断したのだ。

『アリス……エルマーが来た時から感じていた違和感は、奴のせいだったか』

 ハワードの隣に霊体が現れる。かつて魔女と戦った勇者アーサーだ。
 かつての仇敵を前にアリスはにやりとし、

「あらアーサー、貴方は霊体のままのようね。私はこの通り、肉体を持って復活したわよ。どう? 悔しいでしょう、妬ましいでしょう? あなたは何も出来ず、私が世界を蹂躙する様を見ているだけしか出来ないのよ。かつての英雄も落ちたものねぇ」
『いや別に何も思わないが。昔ならまだしも、今この時代にお前の居場所などないだろう』

 アーサーはあっさりと否定した。出鼻をくじかれ、アリスはさらに憤る。

「なんなの……なんなの貴方達! どうして私を前にそんな平然と居られるのよ! 私はアリス、絶望の魔女! これから世界を再び絶望に堕としてやろうとしているのに、なんで貴方達は怖がらないの、どうして絶望に落ちてくれないのよぉ!」

 とうとう憤りをぶちまけたアリス。するとハワードが呼び出した者達は、笑った。
 彼らだけでなく、麓でも。アマンダ達は笑っていた。誰一人として、魔女を恐れる者はいなかった。
 なぜ彼らが魔女を恐れないのか。そんなの一つしかない。

『汝が危険な存在である事は知っている。じゃがの、わらわ達には希望があるのじゃ。それはもう、大きな大きな希望がの』
『俺とは比較にならない、途方もなく強い男だ。彼が居る以上、何を恐れる必要がある? マーリンに尋ねても、同じ答えが返ってくるだろうな』
「おじさんはやると言ったら必ずやる人だ。だから、アイカ達を必ず守ってくれるに決まっている」
「考えてみたら、あのロクデナシが居るなら怖がる必要なかったね。ちょっと僕大げさだったかも」
「期待するだけの信用がある人だもの。本当にどうしようもなくなったら、遠慮なく甘えてこい。いつもそう言って、私たちを助けてきたもの」
「ん。あいつは本当、普段の行動だけはダメ親父だけどね。決して間違った選択はしない奴よ。いざって時の頼りがいは、私の知る中で一番かな」
「強大な力を持つ意味を知る人だから、私達は無条件で彼についていけるんです。いつでも彼が傍に居る安心感は、他にありません」
「色々言ったけど、俺達が言いたいのはたった一言の決め台詞だよ」

『なぜなら、彼がハワード・ロックだからだ!』

―ぴょおっ!
―ぱおーむ!
―きゅーっ!
―うおおっ!

 同調するように、聖獣達が一斉に鳴いた。
 いつでも心にハワードが居る。ただそれだけで顔を上げるきっかけになる。彼こそが、人類の希望なのだ。
 皆の期待を背負った賢者は鼻歌交じりに、いつものように笑顔で歩き出す。

「ウロボロス、お前の力を借りるぜ。集え、【希望の灯火】!」

 ハワードは義手をかざした。するとカイン達から少しずつ、魔力が分け与えられた。
 炎の聖獣のスキル。自身と関係を持った者達から魔力を分けてもらい、ステータスを向上させるスキルだ。
 カイン達から力を貰うが、その中には男も入っていた。
 一度は殺そうとした男すら、ハワードは救おうとしている。絶望を受けていた男の胸に、文字通り希望の灯火がともっていた。

「どうだい絶望の魔女。君の望む物は手に入ったかな? その様子じゃ大赤字になったみたいだねぇ」
「な……なんなの……なんで、なんであんた一人が居るだけで、全員絶望しないの……? どうしてあんたが居るだけで! 私が望んでいる事ができないのよぉっ!」
「たっぷり、時間をかけて教えてあげるさ。その前に」

「君を止めなくちゃね」

 賢者と勇者は走り出した。絶望を終わらせるために。
 魔女は二人に向けて、黒い槍を雨のように降らせた。だけども全部弾き飛ばされ、目前にハワードとカインが飛び込んでくる。

『THE END!!』

 勇者が魔女の虚像を切り裂き、虚無へと帰らせた。
 分身がやられたのを感じ、魔女が焦り出す。賢者だけでも倒そうと、巨大な黒炎を撃ち出した。
 賢者は分けてもらった力を魔導砲に込め、さらに巨大な光線を放った。賢者に寄せられた希望が、魔女の炎を粉みじんにする。

「う、嘘でしょ!? きゃあああっ!」

 ハワードの魔導砲をまともに受け、魔女が光に飲み込まれる。光線は宇宙まで突き抜け、月のど真ん中を貫いた。
 一瞬だが、魔女は死を感じた。恐怖に浸る余韻も許さず、ハワードが懐にもぐりこんだ。

「な、なんで? 貴方達と同じ力を持ったのに、この差はなんなのよぉっ!?」
「君は「神の加護」が持つ意味を理解していない。この加護は壊すための力ではなく、救うための力。人々の希望となる者が持つ力だ。ガキの我儘のような独りよがりで使いこなせるものじゃないのさ。
 俺もカインも、「神の加護」を私利私欲で振るった事は一度もない。強大な力の責任を理解しているからこそ、俺達は自分ではなく他者のために力を使う! 「神の加護」を使うには、強者として本物のプライドを持たなきゃならねぇんだ!
 力の本質を理解せず、プライドの欠片も持たない奴に、「神の加護」を持つ資格はない。悪いがそいつは没収だ! 絶望の魔女アリス!」

 賢者は魔女の持つ宝玉を奪うと封印術を仕込み、魔女に突き付ける。すると宝珠がアリスに力を放ち、吸収を始めた。
 アリスはあがき、手足をばたつかせるが、何の意味もない。

「な、いや、嫌よ! 折角出れたのに……折角復活したのに……こんな薄汚い親父なんかにやられるなんてぇぇぇぇぇっ!」
「残念だな、俺様は薄汚い親父じゃあねぇぞ」

 アリスが宝玉に封印された。ハワードは指で弾くと、

「超が付くほどカッコいいクソ親父なんだよ」

 確かに、超が付くほど格好よかった。
 男はハワードに見とれていた。揺るがぬ信念、ブレない強さ、何があろうと朽ちない心。人として完成された理想像だ。

「……これが……ハワード・ロックか……!」

 そう、これこそが……大賢者ハワード・ロックの生き様である。
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