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幕間 間者の魔法使い
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王城の長い廊下を、コハクは緊張しながら歩いていた。
案内をしてくれる宰相も肩に力が入っている。無理もない、これから会うのはかの偉大なる男なのだから。
「いいかコハク、くれぐれも粗相のないようにな」
「はい……ですが、私なんかで大丈夫なんでしょうか?」
「此度の件に関してはお前が適任なのだ。僅か14歳にして宮廷魔術師となったお前ならば、出来るだろう」
宰相にそう言われ、コハクは気付かれないようため息をついた。
事の始まりは一月前。ザルーガ地下洞窟に悪魔王グシオンなる魔物が出現した事から始まる。
王国最東部に出現した悪魔王はレベル800と強大な力を持っており、セピア率いる近衛兵団を用いても殲滅する事は出来なかった。奴はすでに王国東部を支配しており、このままでは国全土が呑まれる恐れがある。
そのため、国は賢者ハワードと……近年名を上げているSランク冒険者、カイン・ブレイバーに討伐依頼を出した。そのお目付け役として、コハクは彼らのパーティに組み込まれようとしていた。
「さぁ、この部屋だ」
「はい……!」
喉を鳴らし、コハクは意を決して扉を開いた。
「きゃーっ! やめてください賢者様、スカートめくらないでください!」
「王城メイドは黒のガーターベルトを着用か。しかもTバックとか可愛い顔してえぐいの穿いてるねぇ♡」
「やめなよハワードさん! カイン、君も止めるの手伝って!」
「見てヨハン! この部屋城下町を一望できるよ、うわー凄いや! 屋根に上ってみようかなぁ」
「おのぼりさんか! 恥ずかしいからはしゃぐのやめてよ! ってハワードさん何葉巻ふかしてんの!? ここ禁煙だよ!」
「俺様の法律では喫煙可なのさ。それに俺様の口は定期的にニコチンを入れないとトークのキレが落ちちまうんだよ」
「このお菓子美味しいなぁ、お土産にもらってもいいですか? 折詰したいんで箱かなにか貰えると嬉しいんですけど」
「自由すぎるだろ二人とも! あ、ど、どうも……」
「……こ、んにち……わ?」
来る部屋間違えたかな? コハクは本気で思った。
◇◇◇
思わぬ出会い方の後、コハクらは改めて王国東部へ出発する事となった。
ハワードの転移魔法により一瞬でザルーガ地下道に到着すると、鳥肌が立った。入口から、腹の底に響くような威圧を感じる。近づくだけで魂が汚されるような、嫌な感じがした。
なのに、だというのに。ハワード達は全く恐れる様子もなく。
「さてと、早いとこ済ませますか」
「夕飯までには帰りたいですね。今日のご飯何にしようかなぁ」
「ま、酒場でバーガーでも奢ってやるよ。それともケバブがいいか?」
「師匠が作ったケバブで!」
「へいへい、ヨハンもそれでいいか?」
「むしろ歓迎だよ」
悪魔王どころか夕飯を気にする始末。なんでこんな余裕があるのか、コハクは信じられなかった。
「あの、これから危険な相手と戦うのに……怖くないんですか?」
「キッチンのゴキブリの方が怖いくらいだ。なんならカイン一人で充分じゃねぇか?」
「あ、じゃあ俺だけでやってみてもいいですか?」
「構わねぇよ」
国の一大事だというのに、カイン一人で対処する? そんなの無謀だ。これから挑む地下道だってどんな罠や魔物が待ち受けているか分からないのに、彼一人に任せるなんて無責任にも程がある。
「せいやっ!」
その考えは、次の瞬間吹き飛んだ。
カインが剣を一振りすると、地下道が爆発してえぐり取られた。魔物も罠も全部消滅し、コハクは唖然とした。
隣ではヨハンが空笑いしている。見慣れた光景なのか、「相変わらずえぐいなぁ」とかつぶやいていた。
『だ、誰だっ!? げほっげほっ……我が住処をいきなり爆破したのは!』
埋まった地下道から、茶色の皮膚を持った悪魔がはい出てきた。
屈強な肉体を持ち、羊のような角が目を引く。翼を広げて宙を飛ぶなり、コハクたちを睨みつけてくる。
なんて眼光だ。ひとにらみされただけで体がすくみ、足が震え始めた。
人類では奴には勝てない。コハクは確信した。
『人間、我を誰だと思っての狼藉だ! 我が名は悪魔王グs「隙あり!」
名乗っている最中にグシオンへ剣を一閃、一撃で骨すら残さず吹き飛ばされ、あわれ悪魔王はこの世から消滅した。
またもやコハクは目を点にした。つーか相手自己紹介の途中だったよね?
「せめて名乗りは聞いてやれよ、テーブルマナーは教えただろ?」
「すいません、中々攻撃してこなかったのでつい……」
「相変わらず容赦ないなぁ……あ、ごめんねコハクさん。もう終わったから大丈夫だよ」
「終わった、って……え、ええ……?」
私が居る意味あった? そう思うほどの有様である。
……こんな相手から、国の依頼を果たさねばならないのか。コハクは気が遠くなりそうだった。
◇◇◇
グシオンの一件の後、カインは国王から功績をたたえられ、勇者の称号を手にしていた。
納得の肩書である。一国を飲み込もうとしていた魔物を散歩感覚で撃沈してしまったのだから。
勇者の誕生に国は沸き立ち、カインはハワードに並ぶ英雄として称えられるようになった。そしてハワード擁する彼らは勇者パーティと呼ばれるようになり、コハクもなし崩し的に彼らの仲間となっていた。
……若干釈然としない所はあるが、どうにか国からの依頼を続けられそうである。
「私なんかで、本当にあの二人の弱みを見つけられるのかなぁ……」
コハクが国から受けている指示、それはカインとハワードの弱みを握る事である。
アザレア王は賢者ハワードと勇者カインを自国の戦力にしようと声をかけ続けているのだが、国の犬になるのはごめんだと、二人は固辞し続けているのだ。
力づくで引き入れようにも、二人は世界を滅ぼす力を持っている。うかつに手を出せば殉職者が何万人も出るだろう。
そこで王はコハクをスパイとし、二人を引き込むきっかけをつかもうとしていた。
コハクは「魔術の加護」を持ち、十四歳で国一番の魔法使いとなった実力者だ。その実力と、幼い少女ならばカインとハワードの警戒の隙を突けるだろうと、此度の一件に抜擢されたのである。が……。
「下手したら私の命がないかも……」
「ん? どうしたの?」
「ううんなんでも!」
カインに顔を覗きこまれ、コハクは笑顔を繕った。
彼の後ろには倒れ伏したアビスドラゴンが居る。人里を荒らしまわっていた魔物も、彼にかかれば一撃である。
……あれ、二個旅団並みの戦闘力があるんだけど、これもまた一撃で……。
幼い顔立ちで、性格も子供みたいなのに、途方もない戦闘力だ。しかも戦う姿はとても格好良くて、ついつい見とれてしまう。
というより、ときめいてしまう自分が居るのはなぜだろう。気が付くと視線が彼を追っていた。
「おうカイン、とっとと戻るぞ。下処理は済ませておいたからな」
ドラゴンの血抜きを済ませ、ハワードが声をかけてきた。
ずっとカインばかりが戦っているので、賢者が戦う姿は見た事がない。彼はカインの師匠だ、きっとカインよりもさらに強いのだろう。
それに……時々ハワードから、見抜くような目を向けられる時がある。その度にコハクはどきりとしていた。
もしかしたら、ハワードはもうコハクや国の狙いを見抜いているのかもしれない。だとしたら作戦が最初から破綻している。
「このドラゴンを解体したら、どれくらいの肉が手に入るのかな。今から楽しみだよ」
ヨハンは笑顔で言いながら、ひょいとアビスドラゴンを持ち上げる。二人の影に隠れているが、無類のタフネスと怪力を持つ彼も十分人間離れしている。
この三人、全員怪物じゃないか。一人放り込まれたコハクは青ざめた。
「コハク、やっぱり気分が悪いんじゃないかな? 顔色悪いよ」
「ううん、違うの。なんていうか……おなか一杯と言いますか……」
「体調良くないなら、手を貸すよ。はい」
カインは手を差し伸べてきた。思わず手に取ると、暖かい。それにとても大きい。
戦闘時はとても凛々しいのに、一度日常に戻ると優しく、一緒に居て心地よい気分になる。
彼と手を握っていると、胸が高鳴ってくる。この沸き立つ感情はなんだろうか。
その正体を知るのに、そうまで時間はかからなかった。
◇◇◇
ダンジョンを探索していた日である。コハクは気分がずっとすぐれなかった。
腹部が痛く、気持ち悪い。頭がぼーっとしてめまいもするし、体もだるかった。
こんな時に出てくるなんて、最悪だ。カイン達について行くのがやっとで、今にも膝をついてしまいそうだ。
「コハク、大丈夫?」
「うん、平気、平気だから……」
「そんな顔して、大丈夫なわけないだろ? 師匠!」
「いい判断だ。街に戻るぞ」
ハワードはすぐに転移で街に移動し、宿を取ってくれた。おろおろするカインとヨハンをよそに、賢者は落ち着いてコハクに毛布を被せ、
「ヨハンは桶借りて湯を張ってこい、ついでにショウガと蜂蜜もな。カイン、お前は薬草だ。必要な物は分かるだろ? 森に行けばあるはずだ」
『わかりました!』
二人は急いで飛び出した。コハクは申し訳ない気持ちで一杯になり、うつむいた。
「ごめんなさい……私、足を引っ張ってばかりで……」
「紅茶とコーヒーならどっち派だい?」
「え?」
「俺様はコーヒーだ。紅茶も悪くないんだが、コーヒーの香ばしさの方が好みでな」
「……私も、どっちかと言うとコーヒー、かな……」
「へぇ、気が合うな。気分が良くなったらいいカフェに連れてってやるよ」
ハワードは他愛ない話を続け、気分不快から気をそらしてくれた。時々情緒不安定になったけれども、賢者は取り乱すことなくコハクを受け止めていた。
「ごめんハワードさん、遅くなって!」
「慌てて湯でもひっくり返したか? ま、何はともあれ湯あみの準備は整ったようだな。足湯に浸かりな、楽になるぜ」
「う、うん……」
「ヨハン、背中さすってやれ。蜂蜜生姜湯作ってやるから楽しみにしてな」
賢者はてきぱきとコハクの世話をしてくれる。いつもは女の尻を追っかけては、従者のアマンダにぶん殴られているのに……普段のチンピラっぽいバカさを感じない。
「取ってきました師匠! これでいいんですよね」
「おーうご苦労さん。あとは任せとけ」
カインから薬草を受け取り、ハワードが調薬に取り掛かる。けど腹痛の薬を作られても効果がないのだが……。
「あ、それもしかして、シャクヤク……他の薬草も……」
コハクは驚いた。カインが持ってきたのは全部、生理に効果のある薬草ばかりだ。
「今のコハクに効く物だけを探してきたんだ」
「探してきたって……服が酷く汚れてる……!」
「中々いいのが見つからなくてさ。でもこれで大丈夫だよ、師匠の薬はよく効くんだ。してほしい事とかあったら、何でも言って」
「じゃあ……手を」
カインにねだり、手を繋いでもらう。あちこちを探し回ったのだろう、手が傷だらけだ。
こんなになるまで、一生懸命に探してきてくれたんだ。
どこまでも真っすぐに、誰かのために動ける人を、コハクは見た事がない。
強くて、優しくて、けどどこか子供っぽくて……色んな顔を持つカインにいつしか、夢中になっている自分がいる。
ああ、そうか。私は彼の事が、好きなんだ。
◇◇◇
あの一件の後、コハクはカインに告白した。
純粋に彼に好意を抱いてしまった彼女は、彼との交際を始めていた。カインと一緒に居るのがとても楽しくて、嬉しくて仕方ない。
だけども彼をだましているような気がして、罪悪感も受けていた。
自分はカインとハワードの弱みを握るためにパーティにもぐりこんでいる。だから彼の隣に立つ資格なんてないのに……。
二つの感情がせめぎあい、コハクは苦しんでいた。
『まだ彼奴等の弱点を探れないのか?』
「はい……申し訳ありません」
『お前を送り込んでどれだけの時間が経ったと思っているんだ。陛下から何度も催促を受けているのだぞ、いいか、急げよ! 誰がお前を育てたのか理解できないほど馬鹿でもあるまい。お前がダメなら別の奴を送るまでだ、お前の代わりなんぞいくらでもいるのだからな!』
通話の魔法で宰相と密会し、コハクは心が擦り切れるのを感じた。
いっそ、パーティを抜けてしまおうか。計画がばれたと言えば、アザレア王も引き下がるだろう。
……コハクには罰が下されるだろうが、仕方がない。カインを守るための、必要な犠牲だ。
「外は晴れてるってのに、今にも雨が降りそうな顔をしているもんだな」
「! は、ハワードさん?」
急に声をかけられ、コハクはびくりとした。
いつの間にか賢者が居た。まさかさっきの話、聞いていたのか?
「俺様は何も聞いてないぜ? ただ風の精霊が俺様に噂話を運んできてな」
「しっかり聞いていたでしょう……」
「聞くまでもなく最初から気付いていたさ。ずっと前からカインを食おうと物影から覗きこんでやがったからな、食いしん坊な奴らだぜ」
「……知られた以上、私はパーティに、居られないわね……」
「言っとくが、カインもヨハンもとうの昔に気付いてる。途中下車する意味はねぇよ」
「えっ……え? 最初から知ってて、パーティに……なんで?」
「そういやお前さん、「白薔薇」って作家知ってるか?」
「また話をはぐらかし……白薔薇先生!?」
コハクが愛読している小説「彼の甘い指先」を執筆している著者だ。内容は色んな意味で女性向けなアレなのだが、繊細な心理描写と濃厚なストーリー展開で話題を読んでいるシリーズである。
「ついてきな、実は俺様の知り合いでね。サインの一つくらいは貰えるだろ」
「ほ、本当に!? 行く行く!」
そんな感じに連れてこられたのは、光臨教会騎士修道会。んでもって入り口には、責任者のリリーが居た。
「やっほーリリーちゃーん♪ ナイスタイミング☆」
「なんですかハワード、その笑顔は……嫌な予感しかしないのですが」
「別にあいさつしただけじゃん、気にしすぎだよぉ白薔薇先生♪」
「ばっ! 馬鹿! 人前でその名前を言うんじゃありません!」
「ええ!? リリー様が白薔薇先生!?」
「げ……まさか貴方、あのシリーズの愛読者……」
「どうして、なんでリリー様が白薔薇先生!? あ、握手してください! それからサインも!」
「ちょ、落ち着いて。ここは人目に付きますから、ね、ほら! ……ハワード!」
「べっつにー? だって俺様知り合いに君の小説読ませただけだしー。そしたら気に入っちゃって出版化しちゃっただけじゃん?」
「貴方が酔っ払った勢いでやらかしたから私の黒歴史が晒されたんでしょうが!」
「でも結局許可してる辺り、まんざらでもないんじゃないの?」
「そうですリリー様、この本は後世まで残すべき傑作です!(鼻血ぶー)」
尊敬の眼差しを向けられては、さしものリリーも怒れない。それに自分の小説が世に出回っているのも悪い気分がしないので言い返せないし。
「うぐぅ……あとで覚えていなさいハワード!」
「安心しろ、俺様の記憶力は鶏並みだからな」
「三歩歩いたら忘れるでしょうが!」
大騒ぎしながらも、コハクは憧れの白薔薇先生からサインをもらって上機嫌だ。
勢いそのままにカフェでハワードにリリーの作品の素晴しさを語り、賢者も共感しながら聞いてくれていた。
とても聞き上手な人だ。相手の話したい事を上手に引き出して、気持ちよく話をさせてくれる。
「……私の事を、責めないの?」
「何で責めにゃならねぇんだ?」
「だって私、貴方達を監視していたのよ。貴方達の弱みを握ろうと……」
「俺様とカインには隠し事なんかないからな。お前さんが今まで見てきた全てが俺様達の全てだ。元から握らせるもんがない以上、責める事がねぇよ。んで、お前さんはどうして国王からの命令を律儀に守ってんだい?」
「……私は、元々捨て子なの。「魔術の加護」のおかげで小さい頃から魔力が沢山あって……才能を見込まれて国に拾われたのよ」
「要は親代わりってわけか」
「うん。だから、顔をそむけるわけにはいかないの。それに国王陛下はアザレアで一番偉い人でしょう? そんな人に睨まれたら、私は生きる場所がなくなっちゃう……」
「あるだろ、カインの傍が。さっきも言ったが、お前さんに責めるような事は何もないし、最初から何者なのか俺達は気付いている。怖いなら、遠慮なく俺様とカインを頼ればいい。勿論ヨハンもな」
「けれど、そしたら貴方達に迷惑がかかっちゃうから……」
「奥ゆかしい娘だ、カインの彼女にするにゃもったいないぜ。安心しな、その内お前さんが心おきなく過ごせるようにしてやる。第一、子供にこんな重い仕事を任せる親がどこにいるよ。お前さんは体よく利用されるために育てられただけに過ぎない。アザレア王はおろか、宰相の奴もお前さんを道具としか見ていないんだ。
少しは我儘になってみな。自分の人生は人に決めてもらうんじゃない、自分で決めるしかない。かといって一人で進めなきゃならないわけでもない、苦しければ周りを頼ったって、助けられたっていいんだ。誰かに頼れる力もまた強さの一つだからな」
「……ハワードさん」
「今日のところは帰りな。頭ん中ごちゃごちゃだろうから整理してこい」
「……うん」
乱暴だが、力強い激励だった。
ハワードに励まされたからか、心が少しだけ軽くなった。けれどどうするつもりなのだろう。変なところで無茶しなければいいのだけど……。
◇◇◇
「さてさて、そこで盗み聞きしていた勇者さんよ。こっち来な。話をしようじゃないか」
「……奇遇ですね、俺も師匠に話があるんです。たまたま入ったカフェに師匠が居るなんて、思いませんでした」
「嘘つけ、あの密会の時からずっと傍に居ただろうが。コハクに見えない所で見守ってやがったな?」
「彼女にも一人で居る時間は必要ですから。それにコハクは可愛いですし、万一誰かに襲われたらと思うと……」
「お前もお前でべた惚れじゃねぇか。んで? 事情を知った彼氏としてはどうするおつもりで?」
「彼女を縛る鎖を砕きます。それで、師匠に手伝って欲しいのですが」
「はーん? もしかしてアレか?」
「ええ、師匠が前に話したアレです」
勇者と賢者はにやりとした。
◇◇◇
数日後。とある新聞の一面が、アザレア王国に激震を走らせた。
その記事を見たコハクは仰天し、急いで騎士修道会へ駆け出した。
当然、修道会もパニックに陥っている。渦中の二人は平然としていて、周りの声を聞き流していた。
「カイン……ハワードさん、こ、この記事……!」
「ようコハク、そんなに慌ててどうした? 舞踏会に遅刻しそうなのかい?」
「ち、違う……こ、これって……これって何!?」
「見ての通りだよ。俺と師匠はアザレア王国に対して不可侵条約を結んだんだ」
不可侵条約は相互に相手国に対して侵略行為を行わない事を国際的に約束する事。普通は国同士で取り決める事であるが……アザレア王国は勇者と賢者の二人に対し結んだのだ。
「この条約で、俺様とカイン、および関わる奴らに対して一切の危害と不利益を被る真似をできないようにしたのさ。アザレア王のぐずった顔ったら、傑作だったぜ」
「傑作だったぜ、じゃありませんよハワード! なんでこんな無茶を……下手すれば国一つを敵に回す所でしたよ!?」
「回せりゃいいな、俺様とカインによ」
リリーの非難もどこ吹く風、ハワードはあっけらかんと笑っていた。
呆然とするコハクの手を、カインは握りしめた。
「大丈夫、とんでもない条約だけど、それを悪用する気はないから。あくまで俺達の大事な人を守るために、効率のいい方法を選んだだけだから」
「カイン……?」
「おっと、俺は何も知らないよ。ただ、人が嫌がる事をさんざんしでかして、挙句プライバシーまで侵害しようとした奴らにお灸をすえただけさ」
カインは悪戯っぽく笑い、唇に指をあてた。
後で宰相に確認を取ったが、彼は青ざめた顔で仕事の中止を伝えてきた。その上でコハクを宮廷魔術師から解任し、晴れて彼女は国との縁を切る事となったのだ。
自由になり、大手を振ってカインの傍に居られる。それはいいのだが……ただ一人の女の、それも僅か十四歳の少女のためだけに、賢者と勇者はとんでもない事をしでかした。
「あの、ハワードさん……」
「無職になってどうしようってか? 気にすんな、しばらくは俺様が面倒みてやるよ。何も無責任にほっぽりだす気はねぇからさ」
「そうじゃなくて! ……どうしてこんな、危険な事を?」
「友人のために国に喧嘩を売っただけだ。つーか聞かせてやりたかったなぁ、馬鹿国王と阿呆宰相にカインがなんて言ったか知ってるかい?」
「…………?」
「「コハクは俺が貰う!」だとさ」
「え、え……?」
コハクは赤面した。ハワードは肩をすくめ、
「ま、心配したくなければ、今度からはしっかり頼る事だな。じゃねぇと俺様とカインはこんだけ大がかりな馬鹿をやらかしちまうんだぜ? 冷や汗かきたくなければ、甘えてこい。そうすりゃ少しは、心配事もなくなるだろうさ」
「……ハワードさん」
見ていてとても冷や冷やする。カインも同じように、何も言わずにいたらまた勝手に無茶をしてしまうだろう。
だから、どうしようもなくつらくなったら、甘えても構わないだろう。
「もし困った事があったら、また頼っても、いいよね?」
「Off course」
ハワードは即答し、手をひらひら振って去っていく。
なんて無茶苦茶で、だけど大きく頼りがいのある大人なのだろうか。彼の背を見ているだけで、なぜか安心してしまう。
「ありがと、ハワードさん」
これから苦しい事があっても、きっと大丈夫だ。なぜなら、ハワード・ロックが居るのだから。
案内をしてくれる宰相も肩に力が入っている。無理もない、これから会うのはかの偉大なる男なのだから。
「いいかコハク、くれぐれも粗相のないようにな」
「はい……ですが、私なんかで大丈夫なんでしょうか?」
「此度の件に関してはお前が適任なのだ。僅か14歳にして宮廷魔術師となったお前ならば、出来るだろう」
宰相にそう言われ、コハクは気付かれないようため息をついた。
事の始まりは一月前。ザルーガ地下洞窟に悪魔王グシオンなる魔物が出現した事から始まる。
王国最東部に出現した悪魔王はレベル800と強大な力を持っており、セピア率いる近衛兵団を用いても殲滅する事は出来なかった。奴はすでに王国東部を支配しており、このままでは国全土が呑まれる恐れがある。
そのため、国は賢者ハワードと……近年名を上げているSランク冒険者、カイン・ブレイバーに討伐依頼を出した。そのお目付け役として、コハクは彼らのパーティに組み込まれようとしていた。
「さぁ、この部屋だ」
「はい……!」
喉を鳴らし、コハクは意を決して扉を開いた。
「きゃーっ! やめてください賢者様、スカートめくらないでください!」
「王城メイドは黒のガーターベルトを着用か。しかもTバックとか可愛い顔してえぐいの穿いてるねぇ♡」
「やめなよハワードさん! カイン、君も止めるの手伝って!」
「見てヨハン! この部屋城下町を一望できるよ、うわー凄いや! 屋根に上ってみようかなぁ」
「おのぼりさんか! 恥ずかしいからはしゃぐのやめてよ! ってハワードさん何葉巻ふかしてんの!? ここ禁煙だよ!」
「俺様の法律では喫煙可なのさ。それに俺様の口は定期的にニコチンを入れないとトークのキレが落ちちまうんだよ」
「このお菓子美味しいなぁ、お土産にもらってもいいですか? 折詰したいんで箱かなにか貰えると嬉しいんですけど」
「自由すぎるだろ二人とも! あ、ど、どうも……」
「……こ、んにち……わ?」
来る部屋間違えたかな? コハクは本気で思った。
◇◇◇
思わぬ出会い方の後、コハクらは改めて王国東部へ出発する事となった。
ハワードの転移魔法により一瞬でザルーガ地下道に到着すると、鳥肌が立った。入口から、腹の底に響くような威圧を感じる。近づくだけで魂が汚されるような、嫌な感じがした。
なのに、だというのに。ハワード達は全く恐れる様子もなく。
「さてと、早いとこ済ませますか」
「夕飯までには帰りたいですね。今日のご飯何にしようかなぁ」
「ま、酒場でバーガーでも奢ってやるよ。それともケバブがいいか?」
「師匠が作ったケバブで!」
「へいへい、ヨハンもそれでいいか?」
「むしろ歓迎だよ」
悪魔王どころか夕飯を気にする始末。なんでこんな余裕があるのか、コハクは信じられなかった。
「あの、これから危険な相手と戦うのに……怖くないんですか?」
「キッチンのゴキブリの方が怖いくらいだ。なんならカイン一人で充分じゃねぇか?」
「あ、じゃあ俺だけでやってみてもいいですか?」
「構わねぇよ」
国の一大事だというのに、カイン一人で対処する? そんなの無謀だ。これから挑む地下道だってどんな罠や魔物が待ち受けているか分からないのに、彼一人に任せるなんて無責任にも程がある。
「せいやっ!」
その考えは、次の瞬間吹き飛んだ。
カインが剣を一振りすると、地下道が爆発してえぐり取られた。魔物も罠も全部消滅し、コハクは唖然とした。
隣ではヨハンが空笑いしている。見慣れた光景なのか、「相変わらずえぐいなぁ」とかつぶやいていた。
『だ、誰だっ!? げほっげほっ……我が住処をいきなり爆破したのは!』
埋まった地下道から、茶色の皮膚を持った悪魔がはい出てきた。
屈強な肉体を持ち、羊のような角が目を引く。翼を広げて宙を飛ぶなり、コハクたちを睨みつけてくる。
なんて眼光だ。ひとにらみされただけで体がすくみ、足が震え始めた。
人類では奴には勝てない。コハクは確信した。
『人間、我を誰だと思っての狼藉だ! 我が名は悪魔王グs「隙あり!」
名乗っている最中にグシオンへ剣を一閃、一撃で骨すら残さず吹き飛ばされ、あわれ悪魔王はこの世から消滅した。
またもやコハクは目を点にした。つーか相手自己紹介の途中だったよね?
「せめて名乗りは聞いてやれよ、テーブルマナーは教えただろ?」
「すいません、中々攻撃してこなかったのでつい……」
「相変わらず容赦ないなぁ……あ、ごめんねコハクさん。もう終わったから大丈夫だよ」
「終わった、って……え、ええ……?」
私が居る意味あった? そう思うほどの有様である。
……こんな相手から、国の依頼を果たさねばならないのか。コハクは気が遠くなりそうだった。
◇◇◇
グシオンの一件の後、カインは国王から功績をたたえられ、勇者の称号を手にしていた。
納得の肩書である。一国を飲み込もうとしていた魔物を散歩感覚で撃沈してしまったのだから。
勇者の誕生に国は沸き立ち、カインはハワードに並ぶ英雄として称えられるようになった。そしてハワード擁する彼らは勇者パーティと呼ばれるようになり、コハクもなし崩し的に彼らの仲間となっていた。
……若干釈然としない所はあるが、どうにか国からの依頼を続けられそうである。
「私なんかで、本当にあの二人の弱みを見つけられるのかなぁ……」
コハクが国から受けている指示、それはカインとハワードの弱みを握る事である。
アザレア王は賢者ハワードと勇者カインを自国の戦力にしようと声をかけ続けているのだが、国の犬になるのはごめんだと、二人は固辞し続けているのだ。
力づくで引き入れようにも、二人は世界を滅ぼす力を持っている。うかつに手を出せば殉職者が何万人も出るだろう。
そこで王はコハクをスパイとし、二人を引き込むきっかけをつかもうとしていた。
コハクは「魔術の加護」を持ち、十四歳で国一番の魔法使いとなった実力者だ。その実力と、幼い少女ならばカインとハワードの警戒の隙を突けるだろうと、此度の一件に抜擢されたのである。が……。
「下手したら私の命がないかも……」
「ん? どうしたの?」
「ううんなんでも!」
カインに顔を覗きこまれ、コハクは笑顔を繕った。
彼の後ろには倒れ伏したアビスドラゴンが居る。人里を荒らしまわっていた魔物も、彼にかかれば一撃である。
……あれ、二個旅団並みの戦闘力があるんだけど、これもまた一撃で……。
幼い顔立ちで、性格も子供みたいなのに、途方もない戦闘力だ。しかも戦う姿はとても格好良くて、ついつい見とれてしまう。
というより、ときめいてしまう自分が居るのはなぜだろう。気が付くと視線が彼を追っていた。
「おうカイン、とっとと戻るぞ。下処理は済ませておいたからな」
ドラゴンの血抜きを済ませ、ハワードが声をかけてきた。
ずっとカインばかりが戦っているので、賢者が戦う姿は見た事がない。彼はカインの師匠だ、きっとカインよりもさらに強いのだろう。
それに……時々ハワードから、見抜くような目を向けられる時がある。その度にコハクはどきりとしていた。
もしかしたら、ハワードはもうコハクや国の狙いを見抜いているのかもしれない。だとしたら作戦が最初から破綻している。
「このドラゴンを解体したら、どれくらいの肉が手に入るのかな。今から楽しみだよ」
ヨハンは笑顔で言いながら、ひょいとアビスドラゴンを持ち上げる。二人の影に隠れているが、無類のタフネスと怪力を持つ彼も十分人間離れしている。
この三人、全員怪物じゃないか。一人放り込まれたコハクは青ざめた。
「コハク、やっぱり気分が悪いんじゃないかな? 顔色悪いよ」
「ううん、違うの。なんていうか……おなか一杯と言いますか……」
「体調良くないなら、手を貸すよ。はい」
カインは手を差し伸べてきた。思わず手に取ると、暖かい。それにとても大きい。
戦闘時はとても凛々しいのに、一度日常に戻ると優しく、一緒に居て心地よい気分になる。
彼と手を握っていると、胸が高鳴ってくる。この沸き立つ感情はなんだろうか。
その正体を知るのに、そうまで時間はかからなかった。
◇◇◇
ダンジョンを探索していた日である。コハクは気分がずっとすぐれなかった。
腹部が痛く、気持ち悪い。頭がぼーっとしてめまいもするし、体もだるかった。
こんな時に出てくるなんて、最悪だ。カイン達について行くのがやっとで、今にも膝をついてしまいそうだ。
「コハク、大丈夫?」
「うん、平気、平気だから……」
「そんな顔して、大丈夫なわけないだろ? 師匠!」
「いい判断だ。街に戻るぞ」
ハワードはすぐに転移で街に移動し、宿を取ってくれた。おろおろするカインとヨハンをよそに、賢者は落ち着いてコハクに毛布を被せ、
「ヨハンは桶借りて湯を張ってこい、ついでにショウガと蜂蜜もな。カイン、お前は薬草だ。必要な物は分かるだろ? 森に行けばあるはずだ」
『わかりました!』
二人は急いで飛び出した。コハクは申し訳ない気持ちで一杯になり、うつむいた。
「ごめんなさい……私、足を引っ張ってばかりで……」
「紅茶とコーヒーならどっち派だい?」
「え?」
「俺様はコーヒーだ。紅茶も悪くないんだが、コーヒーの香ばしさの方が好みでな」
「……私も、どっちかと言うとコーヒー、かな……」
「へぇ、気が合うな。気分が良くなったらいいカフェに連れてってやるよ」
ハワードは他愛ない話を続け、気分不快から気をそらしてくれた。時々情緒不安定になったけれども、賢者は取り乱すことなくコハクを受け止めていた。
「ごめんハワードさん、遅くなって!」
「慌てて湯でもひっくり返したか? ま、何はともあれ湯あみの準備は整ったようだな。足湯に浸かりな、楽になるぜ」
「う、うん……」
「ヨハン、背中さすってやれ。蜂蜜生姜湯作ってやるから楽しみにしてな」
賢者はてきぱきとコハクの世話をしてくれる。いつもは女の尻を追っかけては、従者のアマンダにぶん殴られているのに……普段のチンピラっぽいバカさを感じない。
「取ってきました師匠! これでいいんですよね」
「おーうご苦労さん。あとは任せとけ」
カインから薬草を受け取り、ハワードが調薬に取り掛かる。けど腹痛の薬を作られても効果がないのだが……。
「あ、それもしかして、シャクヤク……他の薬草も……」
コハクは驚いた。カインが持ってきたのは全部、生理に効果のある薬草ばかりだ。
「今のコハクに効く物だけを探してきたんだ」
「探してきたって……服が酷く汚れてる……!」
「中々いいのが見つからなくてさ。でもこれで大丈夫だよ、師匠の薬はよく効くんだ。してほしい事とかあったら、何でも言って」
「じゃあ……手を」
カインにねだり、手を繋いでもらう。あちこちを探し回ったのだろう、手が傷だらけだ。
こんなになるまで、一生懸命に探してきてくれたんだ。
どこまでも真っすぐに、誰かのために動ける人を、コハクは見た事がない。
強くて、優しくて、けどどこか子供っぽくて……色んな顔を持つカインにいつしか、夢中になっている自分がいる。
ああ、そうか。私は彼の事が、好きなんだ。
◇◇◇
あの一件の後、コハクはカインに告白した。
純粋に彼に好意を抱いてしまった彼女は、彼との交際を始めていた。カインと一緒に居るのがとても楽しくて、嬉しくて仕方ない。
だけども彼をだましているような気がして、罪悪感も受けていた。
自分はカインとハワードの弱みを握るためにパーティにもぐりこんでいる。だから彼の隣に立つ資格なんてないのに……。
二つの感情がせめぎあい、コハクは苦しんでいた。
『まだ彼奴等の弱点を探れないのか?』
「はい……申し訳ありません」
『お前を送り込んでどれだけの時間が経ったと思っているんだ。陛下から何度も催促を受けているのだぞ、いいか、急げよ! 誰がお前を育てたのか理解できないほど馬鹿でもあるまい。お前がダメなら別の奴を送るまでだ、お前の代わりなんぞいくらでもいるのだからな!』
通話の魔法で宰相と密会し、コハクは心が擦り切れるのを感じた。
いっそ、パーティを抜けてしまおうか。計画がばれたと言えば、アザレア王も引き下がるだろう。
……コハクには罰が下されるだろうが、仕方がない。カインを守るための、必要な犠牲だ。
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「! は、ハワードさん?」
急に声をかけられ、コハクはびくりとした。
いつの間にか賢者が居た。まさかさっきの話、聞いていたのか?
「俺様は何も聞いてないぜ? ただ風の精霊が俺様に噂話を運んできてな」
「しっかり聞いていたでしょう……」
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「……知られた以上、私はパーティに、居られないわね……」
「言っとくが、カインもヨハンもとうの昔に気付いてる。途中下車する意味はねぇよ」
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「また話をはぐらかし……白薔薇先生!?」
コハクが愛読している小説「彼の甘い指先」を執筆している著者だ。内容は色んな意味で女性向けなアレなのだが、繊細な心理描写と濃厚なストーリー展開で話題を読んでいるシリーズである。
「ついてきな、実は俺様の知り合いでね。サインの一つくらいは貰えるだろ」
「ほ、本当に!? 行く行く!」
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「うぐぅ……あとで覚えていなさいハワード!」
「安心しろ、俺様の記憶力は鶏並みだからな」
「三歩歩いたら忘れるでしょうが!」
大騒ぎしながらも、コハクは憧れの白薔薇先生からサインをもらって上機嫌だ。
勢いそのままにカフェでハワードにリリーの作品の素晴しさを語り、賢者も共感しながら聞いてくれていた。
とても聞き上手な人だ。相手の話したい事を上手に引き出して、気持ちよく話をさせてくれる。
「……私の事を、責めないの?」
「何で責めにゃならねぇんだ?」
「だって私、貴方達を監視していたのよ。貴方達の弱みを握ろうと……」
「俺様とカインには隠し事なんかないからな。お前さんが今まで見てきた全てが俺様達の全てだ。元から握らせるもんがない以上、責める事がねぇよ。んで、お前さんはどうして国王からの命令を律儀に守ってんだい?」
「……私は、元々捨て子なの。「魔術の加護」のおかげで小さい頃から魔力が沢山あって……才能を見込まれて国に拾われたのよ」
「要は親代わりってわけか」
「うん。だから、顔をそむけるわけにはいかないの。それに国王陛下はアザレアで一番偉い人でしょう? そんな人に睨まれたら、私は生きる場所がなくなっちゃう……」
「あるだろ、カインの傍が。さっきも言ったが、お前さんに責めるような事は何もないし、最初から何者なのか俺達は気付いている。怖いなら、遠慮なく俺様とカインを頼ればいい。勿論ヨハンもな」
「けれど、そしたら貴方達に迷惑がかかっちゃうから……」
「奥ゆかしい娘だ、カインの彼女にするにゃもったいないぜ。安心しな、その内お前さんが心おきなく過ごせるようにしてやる。第一、子供にこんな重い仕事を任せる親がどこにいるよ。お前さんは体よく利用されるために育てられただけに過ぎない。アザレア王はおろか、宰相の奴もお前さんを道具としか見ていないんだ。
少しは我儘になってみな。自分の人生は人に決めてもらうんじゃない、自分で決めるしかない。かといって一人で進めなきゃならないわけでもない、苦しければ周りを頼ったって、助けられたっていいんだ。誰かに頼れる力もまた強さの一つだからな」
「……ハワードさん」
「今日のところは帰りな。頭ん中ごちゃごちゃだろうから整理してこい」
「……うん」
乱暴だが、力強い激励だった。
ハワードに励まされたからか、心が少しだけ軽くなった。けれどどうするつもりなのだろう。変なところで無茶しなければいいのだけど……。
◇◇◇
「さてさて、そこで盗み聞きしていた勇者さんよ。こっち来な。話をしようじゃないか」
「……奇遇ですね、俺も師匠に話があるんです。たまたま入ったカフェに師匠が居るなんて、思いませんでした」
「嘘つけ、あの密会の時からずっと傍に居ただろうが。コハクに見えない所で見守ってやがったな?」
「彼女にも一人で居る時間は必要ですから。それにコハクは可愛いですし、万一誰かに襲われたらと思うと……」
「お前もお前でべた惚れじゃねぇか。んで? 事情を知った彼氏としてはどうするおつもりで?」
「彼女を縛る鎖を砕きます。それで、師匠に手伝って欲しいのですが」
「はーん? もしかしてアレか?」
「ええ、師匠が前に話したアレです」
勇者と賢者はにやりとした。
◇◇◇
数日後。とある新聞の一面が、アザレア王国に激震を走らせた。
その記事を見たコハクは仰天し、急いで騎士修道会へ駆け出した。
当然、修道会もパニックに陥っている。渦中の二人は平然としていて、周りの声を聞き流していた。
「カイン……ハワードさん、こ、この記事……!」
「ようコハク、そんなに慌ててどうした? 舞踏会に遅刻しそうなのかい?」
「ち、違う……こ、これって……これって何!?」
「見ての通りだよ。俺と師匠はアザレア王国に対して不可侵条約を結んだんだ」
不可侵条約は相互に相手国に対して侵略行為を行わない事を国際的に約束する事。普通は国同士で取り決める事であるが……アザレア王国は勇者と賢者の二人に対し結んだのだ。
「この条約で、俺様とカイン、および関わる奴らに対して一切の危害と不利益を被る真似をできないようにしたのさ。アザレア王のぐずった顔ったら、傑作だったぜ」
「傑作だったぜ、じゃありませんよハワード! なんでこんな無茶を……下手すれば国一つを敵に回す所でしたよ!?」
「回せりゃいいな、俺様とカインによ」
リリーの非難もどこ吹く風、ハワードはあっけらかんと笑っていた。
呆然とするコハクの手を、カインは握りしめた。
「大丈夫、とんでもない条約だけど、それを悪用する気はないから。あくまで俺達の大事な人を守るために、効率のいい方法を選んだだけだから」
「カイン……?」
「おっと、俺は何も知らないよ。ただ、人が嫌がる事をさんざんしでかして、挙句プライバシーまで侵害しようとした奴らにお灸をすえただけさ」
カインは悪戯っぽく笑い、唇に指をあてた。
後で宰相に確認を取ったが、彼は青ざめた顔で仕事の中止を伝えてきた。その上でコハクを宮廷魔術師から解任し、晴れて彼女は国との縁を切る事となったのだ。
自由になり、大手を振ってカインの傍に居られる。それはいいのだが……ただ一人の女の、それも僅か十四歳の少女のためだけに、賢者と勇者はとんでもない事をしでかした。
「あの、ハワードさん……」
「無職になってどうしようってか? 気にすんな、しばらくは俺様が面倒みてやるよ。何も無責任にほっぽりだす気はねぇからさ」
「そうじゃなくて! ……どうしてこんな、危険な事を?」
「友人のために国に喧嘩を売っただけだ。つーか聞かせてやりたかったなぁ、馬鹿国王と阿呆宰相にカインがなんて言ったか知ってるかい?」
「…………?」
「「コハクは俺が貰う!」だとさ」
「え、え……?」
コハクは赤面した。ハワードは肩をすくめ、
「ま、心配したくなければ、今度からはしっかり頼る事だな。じゃねぇと俺様とカインはこんだけ大がかりな馬鹿をやらかしちまうんだぜ? 冷や汗かきたくなければ、甘えてこい。そうすりゃ少しは、心配事もなくなるだろうさ」
「……ハワードさん」
見ていてとても冷や冷やする。カインも同じように、何も言わずにいたらまた勝手に無茶をしてしまうだろう。
だから、どうしようもなくつらくなったら、甘えても構わないだろう。
「もし困った事があったら、また頼っても、いいよね?」
「Off course」
ハワードは即答し、手をひらひら振って去っていく。
なんて無茶苦茶で、だけど大きく頼りがいのある大人なのだろうか。彼の背を見ているだけで、なぜか安心してしまう。
「ありがと、ハワードさん」
これから苦しい事があっても、きっと大丈夫だ。なぜなら、ハワード・ロックが居るのだから。
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