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幕間 アマンダの思慕

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 こうして乾いた空を見上げるのは、もう何日目だろうか。
 アマンダ・クルスは虚ろな目で虚空を見つめ、何度目かわからぬため息をついた。
 六歳になる彼女の前に広がる光景は、幼き女子が見るには酷なものである。
 ひび割れ、草一つ生えていない大地。井戸は枯れ、畑は荒れ果て、人々は痩せこけ身動きできない。
 こんな状況がもう、二ヵ月も続いていた。

「おなかすいた……」

 ぺたんこの腹をさすり、アマンダはカラカラの口を動かした。割れた唇から流れる血を舐めても味がしない、匂いもしない。
 アマンダの住む村は、突然の干ばつにより危機的な飢饉に見舞われていた。加えてはやり病まで襲い、壊滅が目前に迫っていた。

「……おとうさん、おかあさん……もう、しにたいよ……」

 両親は流行り病で寝込み、いつ居なくなってもおかしくない。アマンダも絶望的な状況を前に、心が壊れかけていた。

「おーおーおー、ここが噂の農村か? 確かに聞いた通り、ひどい有様だぜ」

 その時である。陽気な男の声が聞こえてきたのは。
 声のした方を見ると、十数名の集団が近づいてきていた。

「こら! 何へらへらしているのですか、不謹慎ですよ!」
「ヒーローは笑って現れるもんさ、美女の心を救うためにな。って事でhello everyone! 諸君らを救いにやってきたぜ」

 集団の先頭に立つのは、明るい笑顔を絶やさぬ青年である。光臨教会の制服を着ているものの、改造してラフなデザインにしており、随分軽薄な印象を受ける若者だ。
 その横に立っている眼鏡をかけた女性は、村を見て沈痛な面持ちになった。

「あと一歩発見が遅ければ、取り返しのつかないことになっていましたね……」
「だぁから言ったろ、俺様の勘は当たるってな。んじゃま、手始めに大地を復活させますか」

 青年は大地に手を突くと、莫大な量の魔力を放出した。
 するとどうだろう、枯れ果てていた大地が一瞬にして潤い、草花が生えてきたではないか。枯れた井戸からは水が噴き出し、死に絶えた畑からは麦や野菜が元通りに
 アマンダは幻かと思い、目を何度もこすり、しばたいた。だけど鼻に漂う土の匂いは、まぎれもない本物だ。

「相変わらず規格外な事をしますね……嫉妬してしまいますよ」
「するなら、今度一緒にホテルでも行くかい? リリーちゃんほどの美女なら大歓迎だぜ」
「行きません! 無駄口たたいてないで、病の治療もなさい!」
「へーへー、なんだよもぉ、俺様の魔剣にかかりゃあ極上モンの快楽が味わえるってのになぁ」

 文句を言いつつも、男は村全域に回復魔法をかける。すると病に苦しんでいた人々があっという間に回復していき、数秒後には全員病にかかる前よりも健康になって立ち上がっていた。

「からだ、苦しくない……どう、して?」
「そりゃあれだ、俺様が治したからだよ。お嬢ちゃん」

 青年はアマンダの頭を撫でた。大きく、ごつごつした頼もしい手だ。

「では救援物資の配給と炊き出しを始めます。準備を」
「ちょい待ちな、まだ仕上げが残ってる。この村にひどい目を遭わせた奴が出てくるぜ」

 青年が振り向くなり、大地が爆発した。
 ドロドロした皮膚と肉を持つ、ガマガエルが崩れたような化け物が現れた。三本指の巨大な手を振りかざし、村に迫ってきていた。

「アバドンか。あいつが大地の生命力を食い荒らして、村人に病をまき散らしたんだろう」
「貴方が大地をよみがえらせたから、何事かと思って姿を見せたのですね」
「はっ、てめぇにビュッフェを楽しませに来たわけじゃねぇよ。招待状を持ってない客は帰ってもらおうか」

 青年は指を鳴らした。
 刹那、アバドンを中心に大爆発が起き、青白い光が世界を照らす。大気が震撼し、びりびりと轟音が響いた。
 アマンダが目を開くと、アバドンは消滅し、巨大なクレーターが生み出されていた。

「さ、最強の魔法スキル……【アルテマ】!? 詠唱は!? 指パッチンしかしてませんよね!?」
「詠唱なんてダセェ真似できるかよ、無詠唱でさらっと撃つのがcoolってもんだろ」
「あれ消費魔力が大きすぎて、凄腕の魔法使いですら一発撃てば気絶してしまうのに、ケロッとしてまぁ……というかなんで【アルテマ】!? 過剰火力すぎでしょう!」
「娯楽の少ない田舎の方々にちょっとしたエンタメの贈り物さ。さてオーディエンスども、これでもう村に危険は無くなったぜ! 今日から元通りの生活に戻れるぞ!」

 村人はもちろん、アマンダも信じられなかった。
 いきなり現れたかと思ったら、自分たちを苦しめていた全ての災厄を、まるで散歩でもするような気軽さで解決してしまった。一体この男は……。

「だれ、なの? どうして、こんな事出来るの?」
「その質問はこの一言で片づけられるよ。なぜなら……俺がハワード・ロックだからだ」

 青年……否、若き大賢者は白い歯を見せて答えた。

  ◇◇◇

 僧侶達の炊き出しが始まり、良い匂いが漂い始めた。
 嗅いだだけで腹が鳴り、アマンダは思わず涎を垂らした。

「おうおう、随分楽しみにしていたようだな。それじゃーお兄さんからプレゼントだ」
「これ、何?」
「ケバブだよ、世界一美味い食い物だ。一緒に食おうぜ」

 ハワードが手渡したのは、ラム肉とキャベツがたっぷり挟まれたサンドイッチだ。トマトの赤みとオーロラ色のソースが食欲をそそってくる。
 礼を言うのも忘れ、アマンダは勢いよく食べ始めた。美味しい……何日ぶりのまともな食事だろう。

「うめー! やっぱこれこれ! 一仕事の後のケバブはやっぱサイコーだぜ!」
「さぼってないで仕事しなさい! それ貴方の物じゃないんですよ!」
「いやいや、このお嬢ちゃんが一人で食べるの寂しいって言うから俺様仕方なくさぁ」
「子供をダシにつまみ食いしない!」
「いでっ! 殴らないでくれよリリーちゃあん」

 リリーに首根っこを掴まれ、ずるずると引きずられていく。にぎやかな男である。

「ちぇ、一個くらいいいじゃねぇか。なぁ?」
「ひゃっ、あれ? なんで後ろに……」

 よく見ると、リリーが引きずっているのは丸太である。この男、変わり身の術で逃げたのだ。

「ま、お嬢ちゃんが一番苦しんでそうだったんでね。特別扱いさせてもらったぜ。苦しい時や哀しい時があったとしても、誰かと一緒にケバブ食っときゃ解決するもんさ」
「そうなの?」
「そういうもんなの。それとこいつは受け売りだが」
「?」
「君が一番助けを求めていたから。それじゃ不満かい?」

 アマンダは目を大きく開いた。

「って殺気……こいつはまさか!?」
「ハ・ワ・ア・ドぉぉぉっ! 貴方は毎回どうして私を怒らせるのですかこのクソ賢者!」
「やっべぇクソビッチの鬼ババァが来やがった! んじゃなーお嬢ちゃんばっははーい♪」

 剣を振り回すリリーに追われ、ハワードは急いで逃げ出した。

「はわぁど、ろっく……けんじゃ、さま?」

 数日後、ハワードらは王都へ帰っていった。だけどなぜか、ハワードの姿が忘れられなかった。
 困難を前に笑う頼もしい姿は、幼きアマンダの脳裏に深く刻まれていた。

  ◇◇◇

 十年後。
 アマンダ・クルスは修道着に身を包み、王都にある光臨教会を見上げた。
 ハワード・ロックに救われてから、アマンダはシスターの道を志すようになった。
 きっかけは賢者ハワードに救われたから。悠然と人々を救った彼に憧れを抱いた彼女は、自然とシスターへの道を歩んでいた。特に、救援活動を主とする騎士修道会への所属を強く希望していた。
 十二歳から修道院に入ったアマンダは四年の修業期間を終え、今日から騎士修道会所属のシスターとなったのだ。

「ねぇ、アマンダは知ってる? 王都の騎士修道会って、あの人がいるそうよ」
「賢者様の事でしょうか」
「そうそう! この世界最高の英知と力を持った人なんだって。どんな人なんだろうね」
「実は、幼い頃に会った事があるんです。村が飢饉の時に助けてくれて」
「そうなの!? どうだった、かっこいい人だった?」
「少なくとも、世間で広まっている話より……偉大な人には見えなかったですね。ですが、とても頼りになる方でした」
「へー。ところで大丈夫? 貴方実技がすごく悪いのに騎士修道会に入るなんて」
「……自信はありません」

 騎士修道会を希望する者は剣術指南を受けるのだが、アマンダは成績が著しく劣る。座学に関しては優秀なのだが、それだけで騎士修道会はやっていけない。

「ですが自分で決めた事です、頑張ろうとは思います」
「そうね。それじゃあ、行きましょう」

 同僚とともに扉に手をかけようとした、その刹那。

「どわっはぁーーーーーーい!?」

 豪快に扉をぶっ壊しながら、男が吹っ飛んできた。
 無様に地面に転がった男を見てアマンダは目を見開いた。
 あんな派手な男を見間違えるはずがない。幼いアマンダを助けてくれた大賢者、ハワード・ロック本人だ。

「ってぇ~……思い切り投げなくていいんじゃないのリリーちゃん!」
「どの口がそんな台詞を吐くのですか! よりによって新人が入るこの日に!」

 顔を真っ赤にして出てきたのはリリー・ダージ。彼女もまた、十年前にアマンダを救ったシスターである。
 リリーは小さい水晶を握りしめ、ハワードに突き付けた。

「女子更衣室にあったメモリアルオーブです! あなたが仕掛けたのでしょう、きっちり指紋が付いてますよ!」
「ウソつけ! きちんと拭き上げたから指紋なんざつくはずが……あ」
「ボロが出ましたね、賢者ともあろう人が、女子更衣室の盗撮なんてして恥ずかしくないのですか!」
「賢者たるもの、美女の聖域を探求せずにはいられないのさ」
「恰好つけるなぁっ!」

 リリーに雷を落とされ、炎で焼かれ、水責めに遭い、風で切り裂かれる。だけどハワードには一切のダメージが入らなかった。

「いやー、丁度いいリラクゼーションだったぜ」
「このっ……馬鹿者がぁっ!」
「え、待って、物理は勘弁……あーーーーーーっ!?」

 思い切りぶん投げられ、教会の鐘にゴーン。汚らしい男が直撃し、清らかな鐘が打ち鳴らされた。

『…………』
「はっ! すみません、見苦しい所を……ようこそ騎士修道会へ。私はリリー・ダージと申します。神の御心は貴方方を歓迎していますよ」
「シスター・リリー、あの殿方は……」
「……後できちんと紹介したかったのですが……一応あれが、光臨教会より「賢者」の称号をもらった世界で最も偉大な男……ハワード・ロックです……」

 ハワード・ロックは新人たちもよく知っている。この世に数多の知識を授け、世界最強の力を持った大賢者である。

「そんな人が、盗撮してたんですか……」
「……あの阿呆に関しては忘れてください。では施設を案内するので、こちらへ……」

 施設の案内が終わった後、アマンダは外の空気を吸いに出た。
 明日からシスターとしての日々が始まる。そう意気込んでいたらだ。

「おっ、誰かと思えば新人シスターちゃんか」
「あなたは……」

 声をかけられ振り向くと、ハワードが居た。
 歳こそ取ったがあの時と変わらず、軽薄そうな笑みを浮かべている。手にはケバブが握られていた。

「全くさっきはひどい目に遭ったぜ、別に盗撮程度であんな怒らなくてよくない? なぁ」
「普通に犯罪ですが」
「んまー細かい事はいいとして。ケバブ食う? 半分こでいいならやるぜ」
「よろしいのですか?」
「おう。ほらよ」

 賢者と二人でケバブを食べると、昔の事が思い起こされる。少し懐かしくなった。

「美味しいけど、辛い……」
「この辛さがいいのさ。王都のはずれにある屋台のが美味いんだ、休日にでも行ってみな」
「賢者なのにふらふらしていてよろしいのですか?」
「賢者だろうが腹は減るし好きなもん食いたくもなるさ、人間だもの」

 完食するなり葉巻をふかし始める。アマンダはハワードを見上げ、

「やはり、覚えていませんか」
「何が」
「いいえ、なんでも」
「しかしまぁ、修道着で隠れがちだが……結構な物もってんじゃない。EよりのDってところか。成長期だし確実に熟成できるな、こりゃ将来が楽しみだ」
「天誅!」

 反射的にアッパーが飛び出た。アマンダの馬鹿力でひっくり返り、ハワードは空中で三回転して墜落した。

「いい一撃だ、一瞬脳が揺らされたぜ」
「這いつくばって吐くセリフではないかと」
「胆力もあるし、将来有望なシスターだ。なんかあったらいつでも頼りな、一応言っとくが俺様は未成年には手を出さない主義だ、安心して頼るといい」

 さっきまでの行動を見て安心できるわけがないが……アマンダは一度ハワードに救われている。彼ならば確かに、頼りになるかもしれない。

「覚えていなかったのは、癪ですが……名乗ってませんでしたしね」

 ため息をつき、アマンダは空を仰いだ。

  ◇◇◇

 騎士修道会の主な仕事は、巡礼者の救援及び奉仕活動の際の護衛、災害地区での救助活動、聖地の管理が主である。
 役割上荒事にかかわる事が多くなるため、所属する僧侶とシスターには一定以上の力が求められるのだが……。

「またひどい怪我をしたな、大丈夫かいアマンダ」
「ええ……どうにか」
「座学の成績は優秀だったのだから、別の道もあっただろうに……悪い事は言わない、転属届を出した方がいいよ。君にはここは、向いてない」

 上司に言われたアマンダは、がっくりと肩を落とした。
 事務仕事はともかく、外回りの仕事で彼女は成果を出せていなかった。剣術が苦手なアマンダにとって、戦闘でどうしても足を引っ張ってしまう。

「かといって、魔法に秀でているわけでもありませんし……」

 今度、各部隊合同の演習がある。そこで結果を出せなければ転属と言われた彼女は、夜に修練場にて特訓することにした。
 でも、一人で剣を振っていてもいい考えは浮かばない。ただやみくもにふるっているだけでは、とても……。

「こんな夜更けに、雛鳥が飛ぶ練習をしていたとはね」
「! ハワー、ド様?」

 賢者が修練場に入ってきた。彼は葉巻をふかしつつ、

「はばたくのは結構だが、今日は静かな夜だ。派手に飛んだら周りに迷惑がかかるぜ」
「すみません。ですがその……」
「あー言わなくていい。周りの足引っ張るのが嫌で自主練してんだろ。けどなぁ、悪いが君に剣は向いてないぜ。お嬢ちゃんは自分の長所をまるでわかってねぇや」
「長所?」

「君、自分が何の加護を持っているかわかってんだろ? 「剛力の加護」。こいつは圧倒的な膂力を得られる加護だが、反面器用さが著しく劣る欠点がある。剣や弓といった技術の必要な武器とは相性が悪いんだ」
「確かに、剣を振っても軽すぎて、体が振り回される感じがするんです」
「いけないねぇ、ステップ踏み外したら捻挫するぜ。君みたいなプリマには、この魔法のステッキが似合ってるよ」

 ハワードは魔法で巨大な戦斧を出した。アマンダの背丈を超える、目を見張るような大斧だ。

「バトルアックス……ですが、これでは大降りになって余計に当たらないのでは?」
「当てるんじゃない、当たってもらうのさ。見てろよ」

 ハワードは豪快に斧を振り回した。すると凄まじい衝撃波が起き、アマンダの体をたたいた。地面を殴りつければ、振動で足がとられ転んでしまう。

「君の魅力は俺様すら吹っ飛ばすそのパワーだ、縮こまってちゃ折角の魅力が消えるだけ。小賢しいテクニックなんざ必要ない、自慢の魅力でねじ伏せればいいのさ」

 斧を渡されると、ずしりとした重みが伝わる。けど不思議と体にしっくりきていた。
 それからアマンダはハワードから基本を教わり、さらに演習までのトレーニングメニューも作ってくれた。彼曰く、このメニューをこなせば劇的に変わるとのことだ。

「長所を伸ばしな、短所が淡く霞むくらいに。See you again」

 ハワードは手を振って去っていく。渡された戦斧を眺め、アマンダは唇を結んだ。
 そして数日後。

「次の方、どうぞ」

 合同演習、部隊対抗の戦闘訓練にてアマンダは、無双していた。
 斧とアマンダの相性は最高だった。たった数日練習しただけで、自分の手足のように操っていた。
 ガードされても盾や剣ごと粉砕し、回避するなら地面を揺らしてすっころばせる。時には拳で殴りつけ、力で相手をねじ伏せた。アマンダは一番の成績を残し、周囲を驚かせた。
 この演習をきっかけに自信をつけ、アマンダは成果を出すようになった。
 斧一本で屈強な魔物を粉砕し、多くの人々を救い出す。アマンダが理想としていたシスター像が、一瞬にして実現した。
 ハワードのたった一言で、文字通り世界が大きく変わったのだ。

「ありがとうございます、賢者ハワード様」
「突然どうしたのよ?」
「賢者様のアドバイスのおかげで、私は変わる事が出来ました。改めてお礼が言いたくて」
「なぁに、謝礼は出世払いでいいさ。特別に無利子で構わないよ」
「ですが、なぜですか? なぜ私にだけ、あんなアドバイスを」
「そりゃあ、毎日熱心に俺様を見つめていたらねぇ」
「まい、にち?」
「近くを通りかかる度、君からの視線を感じてな。君ってば自然に俺様を追いかけるんだもの、そりゃ俺様だって意識しちゃうよん♪ 二十歳未満だから手は出さないけどね」

 アマンダは頬を染めた。全く気付いていなかった、無意識だった。でもどうして賢者を追いかけていたのだろうか。

「おっとっと、気付いたら三時か、お茶の時間じゃない。一緒にどう? 奢るぜ」
「そんな、申し訳ないです」
「素直に指導を聞いたご褒美だよ、遠慮するなら強引に連れて行っちゃうぞ?」

 結局ハワードの押しに負け、彼御用達のカフェに連れていかれる。ザッハトルテをごちそうになり、アマンダは顔をほころばせた。
 ハワードには救われてばかりだ。一見すると傲慢なアホ男にしか見えないのに、細やかな気配りができる紳士ではないか。

「賢者様、どうして貴方はそんなに、人に手を差し伸べられるのですか?」
「んー? そりゃ簡単よ。女の子にモテたいからに決まってるじゃん。誰かを軽々と助ける男なんて格好良さの極みだろう? 俺様は常にイケメンで居たいのさ」
「……随分立派な志ですね」
「ま、こいつも受け売りさ。俺様が世界で唯一尊敬している人からのな。だがそれでも、男なら決してブレちゃならねぇもんでもある。俺様はただ、そいつを貫いているだけさ」

 簡単に言うが、その信念を通すのがどれだけ難しい事か。また賢者の新しい面を知る事が出来た。
 スケベで変態だけど、心の奥底にある硬い意思を感じ、アマンダは素直に尊敬していた。

  ◇◇◇

「抵抗はこれで終わりかね? 美しくも無力な人間達よ」
「く……ぅ……」

 受けたダメージが大きすぎて、アマンダは答える事が出来ない。無様に倒れ、弱弱しく敵を見上げるだけだ。
 満月の夜、アマンダはとある任務に出ていた。ヴァンパイアの討伐である。
 巡礼者が幾度も被害に遭っていると報告があり、住処としている廃城へ乗り込んだはいい。問題だったのは、相手が高レベルのヴァンパイアだった事だ。
 レベル102を誇るヴァンパイアを前にアマンダは当然、チームを組んだ僧侶達もなす術なくやられ、虫の息だ。

「今宵はなんと運がいい、このような生娘の血を堪能できるとは。特に処女の血は期待が持てる」
「あっ……が……!」

 首を掴まれ、持ち上げられる。ヴァンパイヤは舌なめずりをすると、アマンダの襟元を破り捨てた。

「さぁ、味わわせてくれ。甘美なる処女のワインを」

 首筋に牙を突き立てられる、まさにその瞬間。
 屋根をぶち破り、何者かが乱入してきた。
 その男はヴァンパイヤの腕をへし折り、アマンダを救出するとコートを被せた。

「ABCを分かってないようだな、女の服は優しく脱がせとパパから教わらなかったかい?」
「貴様、何者だ!」
「紳士さ」

 男はアマンダをお姫様抱っこした。
 アマンダは目をしばたいた。信じられない、賢者ハワードが助けに来てくれたのだ。

「キスシーンにしては雑すぎるな、プリンセスに失礼だぜMr.vampire」
「減らず口をたたきおって。貴様、誰を相手に無礼を働いたかわかっているのか」
「口の利き方に気を付けろ。俺様は蝙蝠の王様が気安く話していい男じゃないぜ」

 軽口を交えながらアマンダを安全な場所へ移し、ハワードは首を鳴らした。

「そこで待ってなお嬢ちゃん、いい子にしてたらご褒美にサクランボでもごちそうするよ」
「ですが賢者様! そのヴァンパイヤ……いくら攻撃してもダメージが通らないんです!」
「左様。この私はヴァンパイヤでも高位の存在、ヴラド・ヴァンパイヤだ。貴様がいくら四肢をもごうが、それこそ頭をもごうが、見るがいい」

 ヴァンパイヤは見せつけるように腕を再生させた。ハワードは口笛を吹き、

「ヒュー、最近の吸血鬼はトカゲの血でも混じってるのかい?」
「調子に乗るのもそこまでだ! 要するに貴様がいくら攻撃しようが私は死なぬ、いわば不死の存在だ! 下賤なる人間ごときが高貴なるヴァンパイヤを討とうなどと片腹」

 ヴァンパイヤのセリフはそこで終わった。
 ハワードが胸元を掴むなり、豪快にぶん投げたのだ。
 ヴァンパイヤは空高く飛び、大気圏を突き抜けて、月に直撃する。地上からクレーターが出来たのがわかり、ハワードはにまっとした。

「見なよ、月がウインクしてるぜ」
「……今、何を?」
「お嬢ちゃんから悪夢を振り払ったのさ、十年前みたいにな」

 アマンダは目を見開いた。
 屋根の穴から月明かりが注いでくる。賢者が神秘的に青く照らされた。

「今、十年前って……」
「俺様は君の村を救ったはずだぜ? 一緒にケバブ食ったの忘れたのかい、アマンダ・クルス」
「私の事、覚えて?」
「記憶力には自信があるんでね」

 ハワードはアマンダの頭を撫でた。

「その縁もあって、見過ごせなくてな。ちょっと特別扱いしちまったよ。仕事投げ出しちまったし、こりゃ帰ったらリリーちゃんに怒られるかなぁ」
「まさか、独断でここに来たのですか」
「Off course」
「……私の、ために?」
「Off course」
「どうして、私だけのために、ここへ来れたのですか」
「君が助けを求めたから。それじゃ不満かい?」

 頭の奥がはじけたような気がした。小さい頃、ハワードにかけられた言葉だ。
 そうだ、その言葉を聞いて以来、ハワードが頭から離れなくなった。
 苦しくて辛くて、涙も枯れ果てたアマンダを救ってくれた。
 自信を失い、心が折れそうになったアマンダを支えてくれた。
 心を縛っていた鎖を千切り、アマンダの魂を自由にしてくれた。
 幾度もピンチを救ってくれる、途方もなくかっこいい正義のヒーローにアマンダは、惚れていたのだ。

「……自分がバカのようですね」
「どしたよ、つぶやいて」
「なんでもありません」

 アマンダはそっぽを向いた。
 口元には、小さな笑みを浮かべて。

  ◇◇◇

「え、あの、アマンダ? これは本気ですか?」
「はい、お話しした通りです」
「いえ、ですがその……よろしいのですか?」

 一年後の事。アマンダはリリーにある嘆願書を渡していた。
 それは従者の希望である。嘆願書に書かれた人物名を見て、リリーは眉間にしわを寄せた。

「どうしてあなたがあいつの……!?」
「あの方は従者を従えていませんから、この嘆願書は通りますよね」
「え、ええ。貴方の仕事ぶりはこちらでも高く評価しています。ですが……よりによってこいつの従者に……あなたを……!?」
「まだ、何か?」
「……本気ですか? ハワードの従者になるなんて」

 アマンダは迷わず頷いた。

「考え直した方がよろしいですよ、あのド変態賢者の従者になったら何をされることか」
「私は未成年ですから手は出さないかと」
「あなたほどの敬虔な信徒であるならば、より相応しい方への紹介もできますよ?」
「私が行きたいのです。リリー様、お願いします」
「うう~ん……」
「賢者ハワード様は大変な問題児と伺いました。であれば従者をつけて監視させ、模範的な行動を促すのは効果的かと思われますが」
「む……確かにあなたが手綱を取る事が出来れば、ハワードのバカもあるいは……いやでもなぁ~……!」

 リリーは頭を抱え、本気で悩んでいた。アマンダは業を煮やし、机をたたいた。

「お願いします、やらせてください。これは私の本心なんです」
「……わかり、ました。そこまで言うのならばやってみなさい。ですが覚悟するのですよ? あの阿呆は本っっっっっ…(中略)…っっっっっ当! に超超超問題児なのですからね!」
「ありがとうございます!」

 こうしてアマンダは、ハワード専属の従者となった。
 後日、ハワードの執務室へ訪れる。意外と片付けられてこざっぱりしており、清潔感を感じる部屋である。

「ようお嬢ちゃん! 元気してたみたいだな、肌ツヤツヤだぜ」
「毎日レモンを二つ齧ってますので」
「いいねぇビタミンC万歳だ。ジョークが通じる子で俺様嬉しいよ」

 フレンドリーに迎えてくれたハワードに、アマンダは微笑んだ。憧れの男が目の前にいる。それが嬉しかった。

「まさか美女が自ら俺様の従者に立候補してくれるとは。二十歳未満なのが悔やまれるぜ、ホーリーシットだ」
「本日よりよろしくお願いします、ハワード様」
「Stop、様付けはなしだ。俺様堅苦しいのは苦手でね、呼び捨てで気軽に呼んでくれ。OK?」
「わかりました、ハワード」
「理解早いねぇ」
「言い返しても、「ここでは俺様がルールだ」とおっしゃるのでしょう」
「Exactry。きちんと俺様を理解しているようだね、関心関心♪」
「では私からも、どうか私をアマンダと呼んでください。いつまでもお嬢ちゃんはいやです」
「だったら、大人になるのを待つんだな。二十歳になるまで君は子供だ、そしてまだまだ君は産毛の取れない雛鳥だ。手を出しな」

 言われた通りにすると、ハワードは所有者の刻印を刻んだ。アマンダを確実に守れるようにするために。

「巣立つまでは俺様が守ってやる。君が大人になって一人前になったら、改めて名前で呼んでやるさ。可愛いらしく「アマンダたん」ってな」
「巣立つまで……ではなく。できればずっと、守ってください。約束ですよ」
「ああ、約束だ。んじゃま、さっそく一仕事してもらおうかね」

 ハワードはアマンダにケバブを渡した。幼い頃、一緒に食べたケバブだ。

「一緒に食おう。これから先、辛い事や苦しい事が山ほどあるだろう。そんな時こそケバブだ」
「ケバブを食べれば、大抵の事は解決するのでしたよね」
「その通り!」

 ハワードはウインクし、豪快にケバブを食べ始める。アマンダの事は、眼中になさそうだ。
 今はまだ、ハワードを振り向かせることはできないだろう。でもいつか、必ずハワードを振り向かせてやる。
 数多の女性が目に入らぬくらい、魅力的な女性になって。振り向かせてやる。
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