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75話 歴史をぶち壊す。

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「はーいたっだいまー。俺ちゃんの任務終了しましたー」
「おかえりなさい。こちらも頼まれていた情報を用意しています」

 宿に帰るなり、アマンダたんが淡々と出迎えてくれた。ちょこっと不機嫌そうなのは気のせいかしらねぇ。

「後で埋め合わせしとくさ。んで、街長はどうだったよ」
「貴方の予想通り、黒でしたね。過去贄となった方々は皆レイクシティ外の出身、もっと砕いていえば、身寄りのないエルフの方々ばかりです」
「マーリンちゃんのような子を探したり、もしくは直接人買いから漁っていたわけだな。んで、どうだった」
「ハワードが目を付けた場所を探してみました。そしたら、予想通りありましたよ」
「……けっ、最悪のケースに当たっちまったわけか。救助は?」
「無理でした、丁度街長が居たので。しかし証拠はしっかり押さえましたよ」
「ありがとさん。そしたら後は、儀式とエルマーを止めるだけだな。あのジジイどーせ雇ってんだろ? 敬愛のエルマーをさ」
「そのようです、ハワードに儀式を邪魔されないように」

 なーんか立ち位置が逆転しちまったな。エルマーめ、何がしたいんだあんにゃろう。
 これじゃ、協力して街長をとっちめようとしているみたいじゃねぇか。

「行動は変っちゃ変だが、深く考える意味はねぇな。俺様達は当初の目的通り、マーリンちゃんを助ける。んで街長の裏の顔を暴くとしようか」

 じゃねぇと、伝統の名の下に犠牲者が増えるばかりだ。
 カスみてぇな歴史や伝統なんざ知った事じゃねぇ、この賢者ハワードが全部救ってやるさ。

「じゃねぇとお前さんも夢見が悪いだろう、色男よ」

 窓から見える聖剣に聞いても、当然答えは返ってこない。
 ただよ、何年も目の前で惚れた女と同じ種族を食われているんだ。お前もいい加減我慢の限界だろう。
 大昔の勇者様よ、この賢者を信じて任せておきな。そしたら少しは、綺麗な景色を見せてやってもいいぜ。

「ところでハワード、埋め合わせの件ですが」
「なんでもいいぜ、君が望むまま、なんだって受け入れてやるよ」
「でしたら、ぎゅってしてくれますか?」
「喜んで」

 ってことでアマンダたんを抱きしめる。ご満悦な顔して可愛いねぇ。

「儀式が始まったら、リサちゃんと手はず通りに頼む。俺様はいっちょ、エルマーと遊んでくるからよ。タイミング見計らって出てきてくれ」
「仰せの通りに」

 多くを語らず察してくれる。パートナーとして最高の女だぜ。

「……えっと、ごめん。邪魔したっぽいね」
「おっとっと、リサちゃーんいらっしゃーい」

 アマンダたんとのハグ中にリサちゃん参上だ。なんか気まずそうな顔してっけど、君さえよければ一緒に抱きしめてあげよっか?

「い、いやー、あんたの腕がやっとこさ完成したから渡そうと思ったんだけどさぁ……いちゃこらしてんなら一言言ってよね」
「そら無理な話でしょーが。んで俺様の新しくなった腕はどんな具合かな?」
「アマンダ、いいの?」
「満足しましたので」
「……鼻の穴膨らませてる……まいっか。義手に付けた新しい能力、教えてあげるわ」

 リサちゃんは嬉々として教えてくれて、俺様もその能力に驚いた。

「やっぱいい仕事してくれるぜMy Buddy! 後でキスしてあげるよ」

 ベキッ!

「いらんわ! 殴るよ!」
「蹴ってから言う事ないじゃなーい」

 こめかみへの見事な回し蹴り、脳が揺れたぜ……。

「早速着けてよ、新しい機能を見てみたいんだ」
「んー……いや、ちょっと待ちな。いーこと思いついたぜ」

 ごにょごにょとハワードガールズに計画を話すと、二人とも面白そうに頷いた。

「確かに、それがいいかもね。あんたなら練習無しでもすぐに使いこなすだろうしさ」
「リサちゃんもハワード様の扱いに慣れてきたじゃなーい。んじゃ、悪趣味な伝統を語る儀式にShows overを叩きつけてやろうか」
「レッツプレイですね」
―うぉん!

 窓からがるるの返事も聞こえた。賢者ハワード、美女のために動くとしますか。

  ◇◇◇

 レイクシティの人々が厳かな面持ちで集い、一人、また一人と船に乗っていく。
 湖上には花やエルフの人形が浮かべられ、今日という日を彩っている。船上の人々の手には護符が握られ、孤島に佇む聖剣へ祈りを捧げていた。
 今日は儀式の日、マーリンが天へ召される日だ。
 浮島を囲うように船が並び、その中を豪奢な船が進んでいく。マーリンが乗った船だ。
 マーリンは美しく着飾られ、船首に立ってその美貌を人々に見せている。彼女は真っすぐに聖剣を見つめ、臆する事無く時を待っていた。

「大丈夫、私は死なない……賢者様が居るのだから」

 ハワードの姿はまだ見えない、だけど必ず来てくれる。
 大賢者ハワード・ロックは、決して約束を違えない男だ。

「よくぞ来たなマーリン。この晴れ舞台、勇者様もきっと喜んでおられるであろう」

 浮島に着くなり、街長テオドアが迎えてきた。
 彼の後ろには、贄を縛る鎖と巨大な杭が置かれている。この杭にマーリンを縛り付け、湖の底へ沈めるのである。
 マーリンは唇を噛み締めた。今まで受け入れていたはずの運命なのに、いざ死を目の前にすると恐くなる。ハワードが生きる希望を教えてくれたせいだ。
 杭に括りつけられ、魔法で杭が浮き上がる。人々の前に晒し物にされた。

「皆の者! かつて世界を魔王の手より救った勇者様の魂はこの地に眠り、我々を見守り続けている。我らはその魂へ感謝を示すべく、勇者様が愛した者の魂を捧げるのだ! その魂を持つ巫女、アンブローズ・マーリンよ! 英霊となりて、勇者様と共に悠久の時を過ごすのだ!」

 テオドアの演説を聞きながら、マーリンは目を閉じた。恐くなったら目を閉じていろと賢者から言われているから。
 聖歌斉唱後、いよいよマーリンが落とされる時が来た。
 テオドアは満面の笑みを浮かべ、魔法を解く。マーリンが浮かべる、死の恐怖に怯える顔を見て、興奮しながら。
 水没する瞬間、死に直面する瞬間の表情こそ、思考の愉しみだ。

「さぁ……命を散らせマーリン……!」
「散るなら花吹雪の方がいいぜクソジジイ」

 刹那、何者かがマーリンをひきはがした。
 同時に周囲の影から花びらが飛び出し、ザンドラ湖を美しく彩った。人々が困惑する中、聖剣の前に隻腕の男が立った。

「もう目を開けていいぜ」
「賢者様……! やっぱり、来てくれたのですね!」
「約束は守るさ」

 ハワードはウインクすると、人々を、テオドアを見下ろした。

「賢者ハワード! 貴様、儀式を邪魔する気か!?」
「邪魔なんてとんでもない! コンサートにサプライズ出演してほしいって頼まれてね、自慢のロックンロールを引っ提げて華麗に登場してやったのさ」
「おのれ……これは歴史ある伝統なのだぞ! それを邪魔する意味、どういう事か分かっているのだろうな!」
「歴史が書き換わるだけの事だろ。伝統は変わりゆく物だ。今から俺様が、レイクシティに新たな伝統を刻んでやるよ。命を蔑ろにした、くそったれた儀式をぶっ潰してな!」

 ハワードは笑ってテオドアに喧嘩を売った。するとテオドアは、

「おのれ……我が愉悦を、邪魔しおって! エルマー! 奴を潰せ、何としても伝統を守るのだ!」
「かしこまりました」

 どこからともなく、エルマーの声がした。
 直後に水面が盛り上がり、爆発を起こす。そこから出てきたのは……。
 全長三〇メートルもの巨体を誇る、灰色の毛を携えたマンモスだった。
 雄々しい牙を振りかざし、天に鼻を伸ばすと、大量の水を噴き上げる。すると槍のように水滴が落ちてきて、人々を襲った。

「賢者様!」
「問題ないさ、俺様にかかりゃあな」

 ハワードが張った結界により雨は防がれた。するとマンモスはハワードを睨み、目を赤くぎらつかせた。

―ぱおーん!
「鳴き声可愛いなおい、どうして聖獣って奴は見た目と鳴き声にギャップがありやがるんだ?」
「聖獣!? あのゾウさんってもしかして」
「ご名答。あいつこそが水の聖獣サロメだ」

 サロメは魔法で水上に立った。すると頭上に見覚えのある人影が。
 ハワードは不敵な笑みを浮かべ、

「今度の玩具はそいつか? エルマーさんよ」
「その通り、テンペストの時と同じですよ。サロメのコピー体です。私は【複製】のスキルを持っているものでして」
「【複製】……読んで字のごとく、あらゆる物のコピーを作るスキルか。【封印】といい、面白いスキルを持ってる野郎だぜ」
「ただ複製するだけではありません。私のは特別性でして、オリジナルを超える能力を持ったコピーを生み出す事が出来るようになっているのです」
「ほーお? どおりで強い風貌を携えているわけだ。見た所レベル700の大物だな、わざわざ俺様を楽しませるために用意してくれてありがとよ」
「貴方をもてなすには、聖獣クラスの強者を用意するほかありません。今回私はテオドア氏に雇われた身、どうか手荒な歓迎をご容赦ください」
「乱交パーティは大歓迎だ。ま、俺様は刺されるより刺す方専門なんだけどな♪」

 ハワードはマーリンを背にした。

「待ってなよマーリンちゃん、君を死の淵に引きずり込む魔の手を、俺様が引きちぎってやるから。君に新しい朝を必ず見せてやる、約束だ」
「私の、新しい朝を……」
「ああ、ほかの奴にはできない、俺様にしかできない事さ」

 ハワードは自身を指さし、心から納得する決め台詞で答えた。

「なぜなら、俺がハワード・ロックだからだ」
「……はい、待っています」
「おのれ……エルマー! とっとと奴を始末しろ!」

 テオドアの一喝により、サロメが水の弾を発射した。
 まるで大砲のような一打である。ハワードは目を細め、指を鳴らした。
 するとどこからともなく、賢者の義手が飛んでくる。装着と同時にハワードは腕を突き出した。

「Fire!」

 掌から、水弾を凌駕する魔力のビームが発射された。
 白色に輝く光の剣はサロメを押し返し、巨体をなぎ倒した。ハワードは義手を握りしめ、

「愛する者の命を犠牲にした儀式なんざ勇者は望んでねぇよ。てめぇが作ったくだらん伝統、今日この時で終わりにしてやるさ」
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