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71話 数日間の恋人

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 ハワードに誘われ、デェトとやらに繰り出したはいいが、マーリンは困っていた。
 生まれてこの方、男と手もつないだことすらない。いきなりデェトなんて、何をすればいいのか全く分からなかった。

「それにその……」
「どうされましたか?」
「いえ、デェトとは男女二人きりで行うものじゃ?」

 ハワードの隣に居るアマンダが気になって仕方ない。しかしハワードはにかっと笑い、

「ハワード・ロックは世界一欲張りな男でね、目の前に美女がいるなら皆とデートしたくなる性分なんだよ。サイコーだぜ、美女二人に挟まれるなんて男の永遠の夢だ。そいつを独り占めできるなんて俺様幸せ者だ」
「はぁ……」

 もしかしたら世間の男性は、二人の女性とデートするのが普通なのかもしれない。マーリンはそう思った。

「ハワード、マーリンさんは世間知らずのようですし、間違った知識を植え付けるのは控えてください」
「そこがいいんじゃないか、純白なうちに俺様一色に染め上げて、他の男が寄り付かないよう夜の帳で調教しちゃわないと♪ 純粋エルフと一発するのが楽しみなのよ☆」

 めきしゃあっ★

「あの、賢者様が斧の下敷きになっていますけど……」
「大丈夫です、この程度でやられる程勇者パーティの賢者はやわではありませんので」
「それでも毎度毎度のお仕置きは堪えるわよ……まぁ復活するんですけどね」

 ひょいと立ち上がるなり、ハワードは二人に手を差し伸べた。

「とまぁ改めまして、美女特盛の極上デートだ。レディに恥かかせないようしっかりリードするから、隻腕のイケメン親父にしっかりついてきな」
「……はい」

 ワイルドな笑みについ頷いてしまった。そのままハワードに連れられるまま、街を回っていく。なぜかハワードは、マーリンが知らない場所を次々と紹介してくれた。
 レイクシティの穴場コースを巡り、新たな発見に驚かされる。ずっとこの街に住んでいたはずなのに、見ていなかった場所がとても多かった。

「あの、どうしてこんなに街の事を?」
「へへ、俺様には【分身】ってスキルがあってね。そいつで街中の観光スポットを見つけたのさ」
「だとしても凄いです、昨日来たばかりなのに、こんなに街の事を知っているなんて」
「そりゃ思いっきり遊びたいからな。人生は情報戦さ、何にも知らなきゃ楽しい事にありつけねぇからね」

 ハワードは確か、四十三歳と聞いた。なのに彼が見せる表情は、マーリンよりもずっと若々しくて活き活きしている。いいや、誰よりも輝いて見えた。
 今まで出会ってきた男性にはない、引き込まれるような魅力を感じる。

「そういや、ザンドラ湖にはサロメとは別にヌシってのがいるんだったよな」
「はい。私も見た事はないのですが、なんでも全長七メートルを超える大物なんだとか。こーーーんなに大きいそうですよ」

 ぐーっと両腕を伸ばし、懸命に大きさを表現してみる。ハワードは鼻の下を伸ばし、

「うーんナイス脇。巫女服なのに脇のスリット大きくて眼福だねぇ♪」
「ふっ!」

 アマンダのリバーブロー炸裂、ハワードの体がくの字に曲がった。

「やべぇ……あばら骨折れたかもしれないよアマンダたん……」
「でしたらご自分で治しては?」
「さいですね。んじゃまぁ骨折治したところで釣り堀にでも行ってみるか、今夜の昼飯は魚のバーベキューだ」
「私はムニエルをご所望します」
「そいつもいいねぇ、んじゃ期待してなよアマンダたん、絶品漢のムニエルを作ってさしあげよう。マーリンちゃんも楽しみにしててねぇ♡」
「お料理できるんですか?」
「その道で一生食っていけるだけの技術は持っているよ」
「やっぱり賢者様、凄いです。どんな事でもできるんですね」
「まーね♪ ハワード・ロックはこの世の全てに通じているのさ」

 さらりと自慢しても嫌味を感じない。口だけでなく、確かな実力を備えているからこそだ。
 ハワードの案内で釣り堀へ向かう。そこもマーリンは行くどころか、存在すら知らなかった。

「街の中なのに、私って何にも知らなかったんですね」
「別に落ち込む事じゃないさ、むしろ喜ぶべきところだぜ。自分の知らなかった事を覚える事ができたんだから、よっ!」

 片腕で器用にえさを付け、ハワードは竿を振った。するとどうだろう、あっという間に魚がかかり、早速一匹目が釣り上げられた。
 矢継ぎ早に竿を振り、すぐさま次の魚がかかってくる。たった三分で十匹も釣れる入れ食い具合だ。

「凄い凄い! 魔法を使って魚を呼び寄せたんですか?」
「いんや、こいつも俺様の才能さ。本物のアングラーなら自然と魚が寄ってくるもんなのよ。ほらマーリンちゃんもやってみな。アマンダたんも満喫してるぜ」

 ハワードが指さす先では、アマンダが六匹目の魚を釣り上げている所だった。

「中々いいスポットですね、食いつきがとても爽快です」
「いい釣果だねぇ、ピラルクーか。バター焼きにすると美味いんだこいつが」
「お鍋にしても美味しいですよ。スパイスを利かせて、お野菜と一緒に煮込むんです」
「そいつもいいな、ブイヨンを工夫すればいろんな味が楽しめそうだ。んで、マーリンちゃんも竿を垂らしてごらん。魚も美女の来店にゴキゲンみたいだからすぐにかかってくれるよ」
「は、はいっ!」

 ハワードの手ほどきで釣りの準備をし、早速湖に投げ込んでみる。すると竿が思い切りしなった。体が湖に引きずり込まれそうだ。

「賢者様!? 私っ、このままだと……落ちちゃいますっ!」
「こいつはもしかして、来たかもしれねぇな」

 ハワードも加勢し、竿を引っ張り上げる。すると水面が弾け飛び、巨大な魚影が飛び出した。
 全長七メートルまで育った巨大なピラルクーだ。間違いなく、ザンドラ湖のヌシである。
 マーリンの偉業に人々が歓声を上げ、思わずハワードを見上げた。

「さっすが巫女様、持ってるんじゃないのぉ?」
「そんな、賢者様のお陰です」
「謙遜なさるなって。しかしこのヌシ、ちょっと食うにはでかすぎるよなぁ」

 ハワードはにまっとすると、

「てなわけで、こいつを捌いてランチタイムとしよう! マーリンちゃんとデートできて機嫌もいいし、ここに居る連中全員に特別に振舞ってやるさ、この大賢者様の手料理をな」
「本当ですか?」
「俺様美女には嘘をつかないよ」
「セクハラは働きますけどね」
「おいおーい、あんまり俺様をいじめたら、アマンダたんのパイナポーとちょっと大きなチェリーをもみもみといじめちゃうぞ♪」
「シッ!」

 頭を掴まれそのまま膝蹴り。ごきっと鈍い音が響いた。

「大変です、賢者様のお顔が血の海に!」
「このくらい治せるから平気よ平気。それよか料理料理っと」
「片腕ですが、大丈夫ですか?」
「ふっふっふ、問題なし。理由を教えてあげようか?」
「?」
「なぜなら、俺がハワード・ロックだからだ」

 決め台詞の後、てきぱきと手際よくヌシを捌き、次々に料理が出来上がっていく。塩焼き、ムニエル、フライ、そして鍋。これらは多くの人々に行き渡り、皆その味に感激していた。
 マーリンも賢者の料理を口にして驚いた。今まで食べた事がないくらい美味しかったから。

「凄い、こんなに美味しい物があるなんて……」
「だろ。俺様にかかりゃあ毎日がご馳走よ」
「確かに、ハワードと一緒に旅している私達は幸せ者かもしれません。カイン君が嫉妬してしまいますね」
「男からの嫉妬は遠慮願いたいんだがなぁ。それよか、気に入ってくれて何よりだ。俺様とのデートはいかがかな?」
「はい、凄く楽しいです」
「そいつは良かった。これで少しは気持ちも変わったんじゃないかな?」
「えっ……?」
「君、生きる事を諦めているんだろう?」

 心を見透かされたような気がして、マーリンは肩をはね上げた。

「儀式の生贄になると決まっているからかな。だとしてもそう簡単に死を受け入れるのはどうかと思うぜ」
「……ですが、それが私の役割ですから。私、実は捨て子なんです。里親をいくつも転々としていて、行く先々でひどい扱いを受けていて……それで最後に私を拾ってくれたのが、街長様なんです。私をここまで育てて、役割を与えてくれた方ですから、どうにか期待に応えたいのです」
「その応え方が生贄として死ぬことか。んでもって、君がどうして死にたがっているのか分かったよ。君を大事にしてくれる人が今まで居なかったから、だろう?」
「…………」

「勿体ないねぇ、こーんな美女を大事にしないとは。どうやら君を引き取ってきた連中は目ん玉じゃなくてガラス玉を入れていたようだな」

 ハワードはマーリンを抱き寄せ、顔を近づけた。
 急に男の顔が間近に映り、どきりとする。ハワードは黙っていればワイルドかつダンディなイケメンだ。男に免疫がないマーリンには刺激が強すぎる。

「んじゃあよ、一つ提案だ。儀式までの数日、俺様の彼女になってくんない?」
「えっ?」
「恋はいいぜ、心を豊かにしてくれる。自分がより大事にされてるって思うだけで、毎日がすんごく楽しくなるんだ。だまされたと思って俺様に付きあってみなよ、君にバラ色のひと時を約束するぜ」
「……は、はい……?」

 勢いに負けて頷いてしまった。そしたらハワードは満面の笑みを見せ、

「はい言質とったりー♪ そいじゃまさっそく恋人同士のあつーいベーゼのスキンシップを」
「はっ!」

 アマンダの豪快な背負い投げで地面とキスするハワードであった。
 それにしても、たった数日の賢者の彼女か。

「……なんでしょう、してはいけない約束をしてしまったような気がするのですが……」

 そうつぶやいた時、マーリンの耳に声が届いた。
 うっすらとした声で、はっきり聞こえなかった。だけど確かに自分を呼ぶ声だった。
 まるで、マーリンを励ますかのような、声だった。

  ◇◇◇

 一方、レイクシティ街長の邸宅では。

「ハワード・ロック……あの隻腕の中年が本当に伝説の賢者なのか?」
「その通りです」
「信じられぬな。あそこまで軽薄かつ馬鹿な親父が勇者パーティの賢者とは、世も末だ」
「ふふ、確かに一見阿呆にしか見えませんね。ですがそれこそがハワード・ロックの魅力でもあります。間抜けの仮面をかぶり、天才の爪を隠す。一種の謙虚さがまた美しいのです」
「……貴様、随分奴をほめちぎるな。貴様の雇い主が誰だかわかっているのか。敬愛のエルマー」

 街長は物静かにたたずむエルマーを睨んだ。

「儀式は何としても完遂させる、そのためには賢者の存在が邪魔だ。何としても奴を排除しろ、よいな?」
「かしこまりました。ガーベラの冒険者として、全力を尽くしましょう」

 エルマーは恭しく一礼し、去っていく。街長は興奮したように荒い息を吐き、

「もうすぐだ……もうすぐマーリンが生贄に……考えるだけでたまらんなぁ」
「…………」

 遠巻きに街長を眺め、エルマーは嘆息しながら本を開いた。
 エルマーにしか見えない啓示を閲覧し、小さく頷く。仮面の下で、彼はゆがんだ笑みを浮かべていた。

「断行しましょう、決行しましょう。それが貴方と私の望みであるならば」

 本を閉じ、空虚な男はつぶやいた。
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