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34話 おじさんと17歳

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 デイジーがハワードに連れてこられたのは、ビリヤードとダーツが楽しめるプールバーだった。
 ほの暗く、怪しい空気の漂うバーに放り込まれ、デイジーは少ししり込みしている。口では強がっているが、デイジーは臆病者だ。こうした場に来るのは、少し怖い。

「アダルトな空気に飲まれてるぜ、もっと楽にしな」
「別に、飲まれてないし」

 強がりだ。この親父に弱味を握られるわけにはいかない。

「まぁ、こういう所に入った事のない箱庭ガールにゃ、俺様のように刺激が強いかもな。肩の力抜いてリラックスしな」

 ハワードの手が伸びてくる。肩に手を置かれるかと思ったら、なぜかリサの肩に回っていく。二十歳未満に手を出さないと宣言した通り、デイジーには一切触れようとしない。
 なんだか子供扱いされているようで、少し不満だ。

「さてリサちゃん、ダーツで一勝負してみないかい? 負けたら互いの胸揉みを賭けるのはどうかな?」
「頭に釘打ち込んでやろうかエロ親父。そんなのあんたしか得しないでしょうが! ってか、私みたいな貧乳揉んだって楽しくないでしょうに」
「いやいや! おっぱいマイスターたる俺様に言わせれば、おっぱいってのは大きさで決まるもんじゃない。形、硬さ、感度のよさ。この3Kが揃えばどんなおっぱいだって名品に」
「乳乳うるっさぁい!」

 リサに投げ飛ばされ、ハワードが壁にめり込んだ。このおっさん、本当に懲りない奴だ。学習能力ないのだろうか。

「なんにせよ、折角来たんだ。楽しんでこうぜ」
「復活速いねおじさん」
「前世がフェニックスだったもんでね、おじさん不死身なんだよ」

 ハワードは飄々とダーツへ向かい、早速遊び始めた。
 義手の右手で矢を持ち、狙いをつける。あんな腕で本当にダーツが出来るのだろうか?
 そんなデイジーの疑問をよそに、ハワードは楽々と、宣言通りの場所に命中させる。さらには刺さった矢に別の矢を突き刺す神業を見せていた。これにはリサと共に拍手を送る。

「ほら、君もやってみな」
「うん……」

 ハワードに誘われるまま試してみるも、ダーツがうまく飛んでくれない。それを見かねてハワードがフォームを教えると、簡単に的に当たるようになった。
 ぱっと顔を輝かせてハワードを見上げ、すぐに目をそらす。はしゃいだらこの親父の思うつぼだ。
 ひとしきりダーツを楽しんだ後は、ビリヤードに移る。ここでもまたハワード無双だ。

 ブレイクショットで全球ポケットインさせるのは当たり前、手加減してもジャンプショットやドローショット等の美技を連発し、対戦相手が舌を巻いてしまう。
 終いには彼の一人舞台となってしまい、彼のテクニックに多くの人々が魅了されていた。

「あんた、ギャンブル弱いのにこういうのは強いのね」
「まぁな。教会に居た頃、よく宿舎から抜け出して夜遊びしてたからよ」
「おじさんって本当に賢者なの? なんか悪い事ばっかりしてる気がするんだけど」
「この善良なおじさんを捕まえて悪人呼ばわりするとは酷いぜキティ。賢者として、治安維持のために夜の見回りをしていただけだよ」

 ハワードは肩を竦めながらバーカウンターへ向かい、

「Heyマスター、スコッチくれ。昼だからジガーで頼まぁ。キティ達にはミルクでもだしてやってくれ」
「って昼からんなもん飲むなっ、ボディガードの最中なのに」
「依頼達成の前祝さ。俺様が依頼を引き受けた時点で成功は約束されているんだ、先に祝杯を上げても構わないだろう?」

 ハワードは絶対の自信を持ち、琥珀色の液体を飲み下す。そんな自信がどこから来るのか、デイジーは不思議で仕方なかった。

「おじさん、いつもそんな感じなの? 人を小馬鹿にしたような態度でさ、いずれ恨みを買うよ?」
「悪いがとうに売り切れでね、欲しければ在庫入荷まで待っていてくれ」
「いやあんたどんだけ喧嘩売ってきたのさ……」
「まぁ世界旅行が三周できるくらいの売り上げは達成したかもな。そういうわけでマスター、つりはいらねぇぜ」

 ハワードは踵を返すなり、指で銀貨を弾き、空いたグラスの中に放り込む。終始格好つけてばかりの彼が、デイジーには格好悪く映っていた。

  ◇◇◇

 その後もハワードはカフェを梯子したり、書店を回ったり、服屋で二人を着せ替え人形にしたりと、デイジーを連れまわした。
 自由すぎるおっさんに振り回され、デイジーは疲れていた。ハワードのバイタリティは尋常じゃなく、彼女の方が参ってしまっていた。

「この程度でばてちまって、情けないねぇ。それでも十代かい?」
「おじさんが元気すぎるだけだし……なんなのこのバイタリティ」
「あはは……ごめん、こいつ無駄にタフすぎるからさ」
「人間タフに遊ばなくちゃ勿体ないぜ? 欲望抑え込んだ賢者の悟りなんざインクの染みみたいなもんさ。欲望吐き出して魂を磨きまくった賢者の悟りの方が心に響くもんよ」

 ハワードの軽口は絶える事が無い、無駄口の源泉は一体どこから来ているのだろうか。
 でも、デイジーにはハワードが少し、羨ましく思えた。
 人目を気にせず自身を謳歌し、心から生きる事を楽しむ彼は、自分とは違う。自分の歌声を誇りに思えず、空虚な人の目が気になって、母の影が継ぎ接ぎになった心は、ハワードと違って酷くみすぼらしい。
 ハワードのまじりっけのない心が憎らしく思ってしまい、デイジーはつい、悪態をついた。

「そんな態度取ってるから、右腕がなくなる天罰が当たったんじゃないの?」

 瞬間、リサの表情が消えた。
 それを見てデイジーは、自分が触れてはならない逆鱗に触れたのを悟る。

「あんたね、こいつは確かにどうしようもないロクデナシだけど、それに関してだけは許せないわよ。だってこいつは、カイン達のために……!」

 リサはデイジーへ詰め寄ろうとした。だけどハワードは小さく笑い、彼女を止めた。

「いいかいキティ、この世に天罰なんてもんはないのさ。なぜなら神に人を裁く権利なんかないからだ。俺様が腕を無くしたのは俺様の起こした行動の結果でしかない、そして俺様はそいつを後悔した事は一度もない」
「どうして?」
希望カインを守れたから」

 ハワードはウインクした。

「それに隻腕ってのもいいもんさ、極上の美女に一級品の腕を作って貰えるからな。おまけに毎日、夜の男の肌を触るように優しく整備してくれるんだぜ。こんな個性を持ってる色男はこの世で俺様一人だけ、そう思うと、自分が特別な存在になった気になるだろう?」

「……格好つけてばっかり。いい大人のくせに……」
「大人が格好つけちゃダメなのかい? 俺様に言わせれば、格好つけられない大人の方がよっぽど格好悪いと思うがね」

 ハワードが気取った言動を取るのは、自分を誇りに思っているからに他ならない。そんな男に、幼いデイジーが敵うはずがなかった。

「俺様の魅力を理解するには、君はまだ幼すぎる。大人になれば分かるぜ? 俺様がどれだけ魅力的な男なのかな」
「……子供扱いしないでよ」
「ほーう? じゃあ大人扱いしても構わないのかい?」

 ハワードは凶悪な笑みを浮かべると、デイジーににじり寄った。
 あまりの迫力にデイジーは後ずさる。さっきまでの軽薄なハワードと違う、幾つもの修羅場を潜り抜けてきた大人の男の目に、彼女の胸は射抜かれている。
 あっという間に壁まで追い詰められると、ハワードの腕が顔の横に押し付けられる。顎をくいと上げられ、デイジーはしどろもどろになった。

「え、ちょ、ま……」
「有無を言わさず強引に迫られ、爛れた愛をささやかれた事はあるかい? これが、大人扱いって奴だよ」

 ハワードは目を細め、耳元でささやいた。
 刺激が強すぎて、デイジーは目を白黒させる。ハワードの危険な大人の香りが、彼女の頭をクラクラさせた。

「俺様が二十歳未満に手を出さない理由が分かるだろう? ハワード・ロックは未成年には刺激が強すぎるのさ」
「ぁぅぅ……!」

 顔を赤らめ、デイジーは縮こまった。

「まぁ、今回ばかりは大人扱いしてよかったな。君を刃の雨にぬらさなくて済みそうだ」

 言うなりハワードは、デイジーを抱きしめた。
 直後、群衆の中から子供が一人飛び出してきて、ナイフを突き出してきた。
 ハワードが盾になり、デイジーに代わってナイフを受ける。肉を抉る鈍い音が、彼の体を通して聞こえた。

「勘弁してくれ、ナイフに刺されたり肉を削がれたりするのは嫌いなんだ」
「あはははは! なら避けちゃえばよかったのに!」
「避けたら美女を捕まえられないだろう? 俺様は狙った獲物を逃さない狩人なんでね」

 子供の刺したナイフが抜けない。筋肉を締めて、ナイフをしっかり食いこませているのだ。

「懐かしいスキルを受けて素直に捕まりな、クィーン!」

 ハワードは義手を翳した。瞬間、彼の影が伸びて、子供に巻き付いた。
 【影魔法】。ザナドゥ幹部ジャックが使っていたスキルだ。ドラッグにより魔物化したことで、ハワードは奴の力を手にしていた。

「これ、ジャックの力? あははは! 殺して奪い取ったんだぁ、凄い凄い!」

 子供はナイフを手放すなり、影から抜け出した。
 すると子供の姿が粘土のようにうごめき、女の姿を作り出す。それは数時間前に母を襲った、ザナドゥ幹部、クィーンだった。

「成程、触れた相手の姿に変身できるのか。さしずめ、【擬態】ってスキルかね?」
「そうだよ、隠す意味ないから教えちゃう。だって分かった所でどうにもできないし! それにしても、その子の声もいいなぁ。ローラに似てて、とっても綺麗。ぜひコレクションに加えたいなぁ」

 クィーンは物欲しそうにデイジーを見やる。その冷たい欲望の眼差しに、デイジーは悪寒を感じた。

「にしても、ハワードも意外な弱点があるよねぇ。命が危ない人には、自分を盾にしてでも守る。かっこいい自己犠牲精神だ! おかげでレベル差があっても一撃与えられた!」
「ファンサービスで刺されてやっただけさ」

「あはは! かっこいいかっこいい! 女の子のために自分の体を犠牲にするなんて、パッチワーク仲間として誇らしいわ! もっともっとあなたの体を傷つけさせて、継ぎ接ぎにさせて! そしたらもっともっと好みの男性になってくるから!」

 クイーンはタガが外れたように笑い、ぺろりと舌を出した。
 二股に分かれた舌には、赤い錠剤が挟まっている。

「絶対殺すからねハワード! それとデイジー、また会おう! その声、絶対剥ぎ取って、この体に継ぎ接ぎしてあげるから。ね!」

 血の臭いがする錠剤を飲み下すなり、クィーンのレベルが急上昇する。ハワードから緊急離脱し、クィーンの姿が消えた。ハワードは肩をすくめ、

「やれやれ、マダムを襲ったのはこのためか。自分の姿を印象付けて、擬態能力をカムフラージュする。それで不意打ちできれば良し、失敗しても相手に疑心暗鬼を受け付けられる。随分自分にスポットライトを当てた作戦だぜ、人形劇の宣伝としちゃお粗末なもんだ」
「お、おじさん、ナイフ刺さったまま……痛くないの?」
「鍼治療に比べりゃあね、おかげで腰痛が治ったよ」

 ハワードはあっけらかんと笑い、ナイフを抜いた。

「にしてもまぁ、俺様の予想通りデイジーを襲い始めたか。俺様の命を奪おうとしたり、デイジーの体を奪おうとしたり、忙しいねぇ。書き入れ時かな?」

 ハワードは軽く言う。デイジーはクイーンの襲撃が衝撃過ぎて、頭が真っ白だ。

「おじさんは、恐くないの? あんな……やばい人に目を付けられたんだよ?」
「全然。何しろ俺様にはもっと恐い物があるからな」
「えっ?」

「ケバブが恐い。あのラム肉がたっぷりサンドされたピタパンを枕元に置かれたらと思うと……ヒューッ! 恐くてサブいぼが出ちまうぜ」
「嘘こけ、あんたケバブ大好物でしょうが」
「いやいや、香辛料を利かせたマトンのケバブなんか見たら下っ腹が縮こまっちまうよ」
「しれっと自分好みの味付けに誘導しようとすんなっ」

 ハワードはリサとのじゃれあいを楽しんでいて、クィーンへの恐れを全く感じない。
 そのせいか、少しだけデイジーは不安が薄れたような気がしていた。
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